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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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44 苛立ちの理由

「ほんとに角ないんだねぇ。わ、髪の毛さらさら~。兄ちゃんと一緒だ!」

「わ、ちょっと……」


 確認するようにこめかみの辺りを探っていた指が髪を梳き始める。きらきらした目で見上げてくるナツナにあまり強くも言えず、碧はされるがままに撫でまわされていた。


「すいません、俺も妹もヒューマーを間近で見るのは初めてなもので……」


 困ったように笑うディックに碧も曖昧な笑みを返した。


 改めて自己紹介を済ませた3人が座っていたのは、クラーケンの頭の上だ。波間を割るように進んでいくクラーケンの周りには、犬の頭がふよふよと回遊している。その内の一匹がクラーケンの身体をよじ登り、碧の足元にちょこんと座った。


『アオイ、だいじょうぶだった?』


 拙い言葉と共にタコの足が伸びてくる。碧は腕を伸ばしてそれを迎え入れた。ふ、と息を吐くと湿った身体を抱き寄せた。


『アオイ、寒い? ゴメンね、ボク濡れてるから』

「ううん、大丈夫」


 押し固めていた恐怖が溶解して流れ出してくるのを感じていた。ミズガルドでも何やら色々とこじれている部分があるらしい。恐怖と疲労がどっと押し寄せ、碧はもう一度息を逃がした。


「あの、一旦ニダウェに戻ってもいいかな?」

「あぁー、そうだね。連絡くらいはした方が良いかもね」


 ナツナはそう言うと肩から下げていた鞄を開く。ぴょこりと長い耳と角が顔を出した。


「ボクの仲間でジャッカロープのベティだよ! かわいいでしょー!」

『よぅ』


 思ったよりも重厚な声とワイルドな挨拶が脳内に響き、碧は少しだけ戸惑った。


 ナツナの鞄から出てきたのは両の手のひらより少し大きいくらいの愛らしい茶ウサギだった。長い耳とその間に鹿のような立派な角が生えている。その角には細い蔦が絡みつき、所々で小さな花を咲かせていた。


「ベティとスキュラーに伝言頼めばいいよ。あっちにはグレイもザクロもいるし。ぶっちゃけ、アクアさんたちにもスバルム(こっち)に来て欲しいし」

「皆の事知ってるの?」


 碧の問いにナツナは何故かディックの方を振り返った。ディックが微かに頷いたので、再び碧の方へと向き直る。


「アオイと、アオイの傍にいたヒトや魔物たちについてはまぁまぁ知ってるよ」


 そう言いながら、自分の目を指差した。つられて赤い瞳を覗き込む。


「ディアボロスの覚醒能力『アニマ』、ボクの目は魂を覗ける。記録された感情も出来事も、何もかも見通す力があるんだ」


 にこりと三日月に欠けた炎が渦を巻いた。もう一度瞬きをすれば炎は掻き消え、澄んだ赤玉が姿を現わす。


「覚醒能力……?」

「あ、そっか、知らないんだっけ。えっとね、バリーさんも覚醒者なんだよ」


 身近なバハムーンの名を告げられ、碧は瞳を丸めた。簡単に覚醒能力について説明を受け、不思議そうに首を捻る。


「ヒューマーにはないんだね」

「そう言われてるよ。まぁ、デミヒューマーにも多くはないけどね。にしても、ヒューマーってこう……か弱いよね。魔法使いも多種族に比べると相当少ないし、それに――」


 てしてしと後ろ脚で膝を叩かれ、ナツナは言葉を切った。ディックも呆れたようにぺしんと頭を叩く。


「お前は本当によく横道に逸れるな」

「あっは! ゴメンなさい」

「や、質問したのはこっちだから……」


 庇おうとする碧にベティがやれやれとでも言いたげに首を振った。


『取り敢えずアオイの無事を伝えて、スバルムに来るように言えばいいか?』

「ん、お願い」


 首を傾げたナツナとディックにベティの言葉を伝える。こくりと頷いた2人を見ると、ベティは碧が抱いていたスキュラーを前脚で手招く。碧が腕を緩めると、スキュラーはクラーケンの頭から飛び降りた。間髪入れずにベティが後を追い、波間から顔を出した頭に着地する。


『じゃあ、行ってくるぜ』

『またね、アオイ』

「……2人とも気をつけてね」


 元気に鳴き声を返した2匹が波間から見え隠れしながら遠のいていく。それがすっかり見えなくなるまで見送ってから、止まっていたクラーケンもざぶざぶと波を掻き分けて進み始めた。碧は居住まいを正すと、ディックとナツナに向き直る。


「それでその……魔物について、なんだけど」

「そうですね。道すがら説明しましょうか」


 ディックとナツナも丸く柔い頭の上で座り直した。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、彼方を映す鏡をここに」


 歌うように唱えたディックの両手の中に水が集まってくる。ノイズが入ったようにひび割れていた水面は、やがてつるりとした鏡面に変わり鮮やかな景色を映し出した。


「これが今のスバルムの魔物たちの状況です」


 覗き込んだ水面の中では色とりどりの毛皮を纏う魔物たちが身を寄せあい、震えている。小さな魔物は殊更に大きく、1つにならんばかりに身体をくっつけていた。


「1ヶ月くらい前からなんだか落ち着かない様子だったんですが、ここ最近は何かに怯えるように身を寄せ合っているんですよ」


 その様子はやはりモリオンに怯えていたチビやベリルとよく似ている。


「ベティとか、高位の魔物は大丈夫なんだけどね。それでもなんか居心地悪そうって言うか……ニダウェではそんなことなかった?」

「……覚えてる限りではなかったかな。モリオンに怯えてる魔物が似たような感じだったけど」

「やっぱりモリオンが関係しているんですかね……」


 ディックの言葉に碧はぎゅ、と手を握った。あれは本当に何なのだろうか。思い出すだけでも鳥肌が這い寄って来るような気がする。どうして自分だけが、あれを恐れてしまうのだろうか。


『アレがね、なくなってくたびにね、ぐらぐらするの』


 不意に拙い言葉が頭の中に響き、碧は水面を見下ろした。わちゃわちゃと何か揉めている様子のスキュラーたちの中から1匹が他のものたちに押されて前に出る。


『ボクね、スバルムのちかくにいたんだけどね、せかいがなんだかぐちゃぐちゃしてきたからニダウェにいったの』

「世界が……ぐちゃぐちゃ?」


 意味を測りかね、碧は首を傾げる。ディックとナツナは聞こえていない分、余計に不思議そうだ。


『正直何と言ったモンか……日に日に世界が不安定になってるっていうのか? 詳しいことは俺らもよくわからねぇんだ』


 クラーケンが補足するも、やはりよくわからないというのが実情らしい。ディックとナツナにそのまま伝えると、彼らも考え込んでしまった。


「魔物の様子は元より、モリオンについても調査が必要ですかね……」

「オルター、だっけ? アイツも覗いとけば良かったなぁ」


 ナツナはそう言いながら振り返ったが、もう船影も見えないほどに離れてしまっている。むぅ、と唇を尖らせたナツナの頭をディックが優しく撫でた。


「とかく、この話を早くレーラズに持ち帰りましょう。スバルムの魔物にも話を聞いていただきたいですしね」

「じゃあさじゃあさ、着くまでアオイの世界の話聞いててもいい?」


 一転してはしゃぎだしたナツナにディックは溜め息を吐いた。2人の間ではそれは了承の合図らしい。それからスバルムの陸地に到着するまでの間、碧はナツナからの質問責めにあうこととなった。



◆◆◆◆◆



 空高く舞い上がった黒水晶がお互いにぶつかり合い、火花を散らした。人々の遥か頭上で爆ぜたそれらは燃えかすのように崩れていき、地面に落ちることすらなく消えていく。


「そんな……っ、そんな馬鹿な! 我らの希望が……!」


 黒衣のヒューマーが建物の屋上に這いつくばって吠える。エドワードは涼しい顔でそれを見下ろしていた。


「鎮圧完了しました! そちらはどうですか?」


 更に下から声を投げられ、エドワードは地面の方を見下ろした。数分前に応援に来てくれたバハムーンたちが拘束した暴徒を一か所にまとめている。


「希望……希望ねぇ……」


 とん、と軽い音を立ててエドワードが屋上に舞い降りた。舞い散る燃えかすをうっとうしそうに払い、手のひらを上に向ける。狙ったように落ちてきた黒水晶を手中に収めると、教団員の方へと向き直った。


「にしちゃ、えらくぞんざいな扱いじゃねぇの?」


 エドワードはモリオンを片手でお手玉のように弄んでいた。どの程度の刺激で暴発するかはもう嫌というほどわかっている。そうしてしばらく手遊びしていると、攻撃してこないことに安堵したのか教団員の顔に険が舞い戻る。


「汚らわしい手で触るな! この魔族めが!!」


 伸ばされた手を難なく避け、エドワードはまた上空へと舞い上がった。風圧に押され、再び尻もちをついた教団員を尻目に、モリオンを握り締める。ぱちぱちと火花が散った。


「じゃあ、返してやるよ」


 酷く温度のない声が高みから降る。教団員が見上げた先で、エドワードが腕を大きく振りかぶった。


「な、待て!!」


 制止を聞く道理もない。エドワードはそのまま腕を振り抜きながらモリオンを手放した。教団員から少し離れた場所に吸い込まれるように落ちていく。


「うわぁああぁああああッ!!」


 悲鳴を上げながら這いずって逃げようとする教団員。受け止めないのかよ、と冷静に分析したエドワードはくい、と指先を動かした。


「あぁあああああ――!?」


 悲鳴の余韻が裏返った。教団員の足元で、モリオンがぴたりと止まる。それはふわりと舞い上がると再びエドワードの手の中に収まった。短い息を繰り返す教団員は怯え切った顔で空を見上げ、零れんばかりに目を見開いた。


「お前らさぁ……何がしたいの?」


 文字通り目と鼻の先に、すっかり表情を削ぎ落した顔があった。世間一般的なエルフの例に漏れず、エドワードは端整な顔をしている。明るい表情によって緩和されていたそれが、威圧感を伴って見下ろしてくるのだ。


「ヒューマーもデミヒューマーもめちゃくちゃにして、何がしてぇの?」

「わ、我々はヒューマーだけの世界を――」


 声を震わせながらもそう答える彼は、流石に狂信者だ。表情のない顔に青筋だけが浮かぶ。エドワードは緩慢な動作で立ち上がるとローブの襟首を掴んで持ち上げた。何事か喚いているのを丸々無視して、屋上の端へと引きずっていく。下が見えるようにとうつ伏せに放り投げようとすれば、落とされると思ったのかしがみついてきた。


「デミヒューマーに縋っていいのかよ」


 呆れたようにそう言うが、教団員は応えない。


「……まぁ、いいや。とにかく下見てみろよ」


 エドワードが言うまでもなく、下の惨状は見えているだろう。焼け焦げた地面、倒壊した建物、怪我人は数えきれない。泣いている子供の声が、怒号が、風に乗って流れてくる。


「何がしたかったんだよ、()()()


 戦闘の最中に見えていなかった訳ではないだろう。それでも全て終わった後の爪痕というのは殊更に生々しいものだ。


「ほとんどお前がやったんだぞ。俺やギムレーの奴らはせいぜい鼻血吹かせるくらいしかしてねぇからな」

「…………わ、私はただ命令に従って」

「命令だったら何でもすんのかよ」

「…………」


 だんまりか、と追撃するが教団員は口を開かない。目を細めたエドワードはまた、教団員を持ち上げる。宙吊りになった脚がバタバタと暴れるのをしばらく観察した後、興味をなくしたように放り投げた。


「え、」


 浮遊感は一瞬。次の瞬間にはごうごうと耳元で風が唸るのを聞いていた。伸ばした手はどこにも届かない。地面が迫ってくるのが見なくても感じられていた。


「あぁああああああ……!」


 感情のない翠玉が見下ろしてくる。両手をポケットに突っ込んだ美丈夫は、くるりと彼に背を向けた。金糸の揺れる背中が溺れ、歪んでいく。


「あ、ぁ……」


 短い息を吐き切って、そこで彼の意識は途切れた。


「…………」


 エドワードは地面を見下ろすと、やにわに飛び降りた。風を纏い、ゆっくりと地面に降り立つと、バハムーンの1人が駆け寄ってくる。


「下ろすなら合図してくれよ、すげぇ怖がってたぜ?」

「ん、悪ぃ」


 言葉だけの謝罪を述べると、エドワードはバハムーンの案内に従って歩き出す。途中で顔も股間も湿らせた教団員を見かけたが、素知らぬ顔で通り過ぎた。


「まだ戦闘してる地区あるか? 応援必要なら行くぞ」

「飛べるヤツはいいよなぁ……っと、北の方がまだ収集ついてねぇみたいだ、頼めるか?」


 返事の代わりにふわりと浮き上がれば、頼んだぞー、と気のいい声が背中を押した。


「…………」


 ヒューマーに、夢を見過ぎていたのかもしれない。エドワードはふとそんなことを思った。

 愛し合った両親から産まれ、ヒューマーの友人に恵まれた。ヒューマーにとって自分が忌み嫌われる存在であることを忘れていた訳ではなかった。


 それでも、ヒューマーの中にも一定数()()()()はいるのだろうと信じていた――信じていたかった。


「あーぁ……」


 久しぶりにヒューマー相手に感じた失望だった。腕を落とされた時ですら、腹を立てることはなかったのに。


「いや、違うか……」


 独り言ちてスピードを上げる。耳元で痛いほどに風が唸り、銀色に変わった腕の先が脈打った気がした。


 あの男にはまだ、確固たる信念があった。民衆を救わんと己に刃を向けたのだろうと。その認識が間違いであっても納得することが出来た。

 同じことを期待していたから、ああも腹が立ったのだろう。あの程度で揺らぐ信仰心の為に多くのヒューマーやデミヒューマーが傷つけられたのが腹立たしかった。


 彼らはモリオンに縋り、神の子に縋り、祈ることしかしない。高いところから他人を操作し、挙句に命令されたからと自分のしでかしたことを他人に擦り付けて逃げようとする。


 それもヒトによるのだろうか。全てがそうではないと、まだ信じていていいのだろうか。


 エドワードは頭を振って思考を散らした。今はとにかく暴動を治めなければならない。もうもうと立ち昇る煙に真っ直ぐ向かう。

 全部終わったら、真っ先にアクアとアオイに会いに行こう。彼らが魔物と戯れているのを見れば、もう一度、信じられる筈だ。

優しい人と怒らない人はイコールではないんですね

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