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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第3章 三つ巴の物語

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43 大陸からの使者

 王様、と碧が小さく呟く。何とも現実味がない話だった。想像していたよりも遥かに若い青年だったのも一因だろう。


「あんまり驚かないね?」

「えっ……?」


 どこか残念そうにするジェイドに、グランが咳払いをする。ジェイドがごめんごめんと笑うと、彼は困ったように溜め息を吐いた。なんだか不思議な関係だ。


「自己紹介も終わったところで、本題に入ろうか」


 そう言ったジェイドは何故か扉の方を振り返った。碧が首を傾げていると何やら騒がしい音と気配が駆けてくる。さほど間を置かず、けたたましい音を立てて扉が開いた。


「や」


 扉の前で呆然と立ち止まった黒衣の群れに、ジェイドは片手を上げながら朗らかに声をかける。豪華な刺繍の入った黒衣を纏った男――オルターが息を呑むのが分かった。ジェイドの表情が変わる。彼は懐中時計を取り出して時間を確認すると、オルターへと視線を戻した。


「今から1分、時間を与えよう。私が納得できるような言い訳をしてみるがいい」


 のっけから威圧感を放つジェイドは、オルターを冷たく見下ろす。グランはオルターの視線を遮るように碧の前に立っていた。軽く腰を落とし、背中の大剣に手を掛けている。


「……神の子の奪還は、我々教団の最も優先すべきことで」

「私はモリオンの調査を最優先で行えと命じた。その命に背いた理由はなんだ――後、40秒」


 オルターの発言に被せるようにジェイドはそう言い放った。ぐ、とオルターが喉を詰まらせる。数十秒の沈黙の後、かちりと懐中時計が音を立てた。


「時間切れだ――では、貴殿への課題の答え合わせをするとしよう」


 たったそれだけの言葉に、緊張が高まる。


「我が腹心の調査によれば、モリオンは魔力を内包する鉱石とのこと。外界からの刺激によってその潤沢な魔力を放出し、鉱石の大きさと刺激の度合いによっては爆発を起こす危険極まりない代物とのことだ――異論は?」


 大方エドワードが言っていたことを冷静に語るジェイド。オルターが喘ぐように口を開く。


「……モリオンは、魔物が嫌うオーラを放出しております。魔物を根絶やしにするために神が与えたもうた奇跡の――」

「貴殿の()()を聞きたい訳ではない。私に必要なのは()()のみだ。わきまえよ」


 ぴしゃりと遮られ、オルターは押し黙った。部屋の灯りを反射した冷や汗が光る。ジェイドは大きく溜息を吐いて、碧を手のひらで指し示した。


「……ところで神の子は怪我をしているが、どういうことだ?」

「それは、奪還の際に魔族が暴動を――」


 弾かれるように立ち上がり、口を開きかけた碧をグランが押しとどめる。オルターに見えないように唇の前に人差し指を立てた。そうしてその指で前を差す。視線でそれを追った碧が息を呑んだ。


「貴殿の為の物語を聞きたい訳ではない……先ほどそう言ったつもりでいたが?」


 冷えた声が重量を持って空気を押さえつける。碧の位置から見えるのは飴色の髪が流れる後頭部だけだが、それでも静かな怒りをひしひしと感じた。


「この期に及んで物語を騙るとはな。呆れ果てたことだ……いや」


 言葉をここで切ったジェイドが目を閉じる。もう一度姿を現したラベンダーの瞳が強い光を放つ。薄い唇が嘲笑に歪んだ。


「神の子自体が貴殿の創り上げた物語であったな」

「そんな……、ことは……ッ」


 オルターは反論しようと口をこじ開ける。そうしてグランの陰に隠れている碧を指差した。


「現に、その者は異世界からの光臨者です! この世界の平和の為……魔物と魔族よりヒューマーを救うために神が使わされた使徒なのですよ!!」

「……前半は事実だが、後半は貴殿の妄想だろう。アオイ殿には魔物を討伐する理由も、力も無い」

「それは……ッ! 魔族どもに洗脳を」

「ねぇ、その話まだ続くの? 長いよぅ」

「あ、おい!」


 不意に間延びした声が問答に割り込んだ。低音がそれを諫める。グランが一瞬で抜刀し、辺りを見回した。くすくすと笑う声が、どこからともなく聞こえてくる。はぁ、と重い溜め息が碧の髪をくすぐった。びくっと肩を震わせて振り返るも、そこには誰もいない。


「あは! こっち、こっち!」


 どこまでも明るい声音がからかうように響く。その場の誰もが視線や首をあちこちに巡らせていた。ふとグランの視線がベッドで止まる。同時に碧に腕を伸ばして引き寄せた。


「あ~……」


 残念そうな声と共に碧の腰の辺りを何かが掠める。ベッドのシーツが不自然にくしゃりと乱れた。ゆらりと蜃気楼が立ち昇る。


「見えてないのにすごいねぇ」


 ぱちぱちぱち、と口と手で拍手をする誰かがベッドに座っている。グランは片手で碧を抱き寄せたまま、切っ先をそちらへと向けた。


「そこにいるのか?」

「はい。敵意はないようですが、狙いはおそらく……」


 ジェイドの問いにグランが警戒を解かぬままに答える。ジェイドも太い腕に抱かれている碧に視線を向けた。体格差のせいで腕に腰かけているような状態になっている。


「グランからなるべく離れないように」


 そう言ったジェイドも腰の剣を抜く。オルターが片腕を上げると、黒衣の内の数名が虚空に手をかざし魔力を高めていく。しわの寄ったシーツがくすくすと笑った。


「物騒だなぁ」


 桜色の唇がそう言った。空間に滲み出るように、声の主が姿を現わしていく。


 幼い顔立ちの女の子だった。ベッドに座ってローブとミニスカートから覗く細い脚をぷらぷらと揺らしている。丸っこく大きな瞳は鮮烈な赤い色をしていた。黒檀のようなショートカットがふわふわと揺れている。その隙間からは、山羊のように湾曲した灰色の角が生えていた。


「ディアボロス……だったか」


 自身の種族名を呼ばれ、少女は目を輝かせた。


「そうだよ、よく知ってるねぇ! ヒューマーの王様なのに、すごーい」

「……友人に魔法研究の一環でデミヒューマーを調べているヒトがいてね」


 無邪気に脚をぱたぱたさせるディアボロスの少女にジェイドは苦笑をこぼした。


 ノア王国最強の魔法使いが言うには、ディアボロスはあまりにも精霊に愛されている種族とのことだ。そのほとんどが魔法使いの上、半数以上がラビのように2人の精霊の加護を受けている。


「で、君はここに何をしに来たんだい?」


 ジェイドがそう尋ねれば、少女は花が咲くように笑った。


「アオイに会いに来たんだよ! ちょっと助けて欲しくってさ」


 頬を掻きながら、少女は当然のように碧に手を差し伸べる。グランが碧を抱えたまま一歩下がった。む、と少女が唇を尖らせる。


「ボクはキミたちと違って、アオイに痛いことも酷いこともしないもん。ちょっと手を貸してほしいだけ」


 少女は勢いをつけて立ち上がると、大きく伸びをする。そうしてもう一度、碧を真っ直ぐに見つめた。


「スバルムに来てくれないかな、アオイ。キミにしか頼めないんだよ――魔物の声を聞けるキミにしか」

「え、」


 碧が若干の反応を見せる。ジェイドやグランも驚いた表情で碧を見上げていた。少女はオルターの方を手のひらで指し示しながら言葉を続ける。


「そこの黒装束たちがモリオンの採掘を加速し始めた頃から、魔物たちがすごく怖がってるんだ。でもボクらじゃ詳しいことわかんなくってさ」


 だからお願い! と少女は両手を合わせて懇願した。そうして、可愛らしく小首を傾げて碧を見上げる。碧が言葉を詰まらせていると、オルターが空気を掻き乱すように吠えた。


「神の子を惑わそうとする魔族め! 構わん、やってしまえ!!」


 高々と振り上げられていた腕が大きく振り下ろされる。グランがジェイドを巻き込みながら横っ飛びに伏せた。床に伏せた3人の頭の上を、次々と炎の矢が通り過ぎていく。


「オルター、貴様!!」


 素早く起き上がったグランが吠える。放たれた魔法は明らかにジェイドを巻き込む軌道だった。激昂する騎士を押しとどめ、ジェイドも立ち上がる。


「……今度はどんな物語を語る気だ、オルター?」


 皮肉を吐いたジェイドが首を傾げる。オルターはじりりと後ずさりしていた。自分がしでかしたことに怯えている訳ではなさそうだ。ジェイドの後ろを見つめ、震えている。


「びっ……くりしたぁ」


 間延びした声がジェイドの疑問に答えを与える。背を向ける危険性を一瞬忘れて、ジェイドは声の主を振り返った。


「危ないでしょ! アオイが怪我しちゃったらどうすんのさ」


 むぅ、と頬を膨らませた少女は、五指で炎の矢を挟んで止めていた。だというのに彼女の白魚のような指には火傷1つない。そのまま拳を握ってしまえば、炎は跡形もなく掻き消えてしまった。


「ば、化け物……!」


 魔法使いの1人が裏返った悲鳴を上げる。が、次の瞬間には声を無くして膝を着いた。他の者も同じように胸を掻きむしり、頭を振り乱しながら床を転げまわっている。


「何事だ……!?」


 動揺するジェイドとグランを尻目に、さほど間を置かずに黒衣の集団は1人残らず動かなくなった。グランが近くの1人の手首を取り、脈を確認する。少々早いが、生きてはいるようだ。ジェイドが少女の方を振り返る。


「今のは君が……?」

「いえ、俺がやりました」


 ジェイドの問いに答えた声は明らかに男のものだった。弾かれるようにそちらを見れば、膝をついたディアボロスの青年が呆然と座り込んでいた碧に手を差し伸べている。

 傍らの少女と何となく似通った雰囲気を持つ青年だ。同じ色の髪は後ろだけ長く伸ばされ、細く結われている。紅玉がジェイドを映し、申し訳なさそうに伏せられた。


「このような手段に出たことはお詫びします。ですが、事は一刻を争うのです」


 青年は碧を立たせるとそっと頬に触れた。ひやりとした感覚に碧の肩が跳ねる。青年はそのまま碧の頬を覆っていたガーゼを取り去った。


「え、あ、傷が……?」


 血が固まったばかりでじくじくと痛みを訴えていた切り傷がなくなっている。青年は続けて同じように冷たい指先で碧の腕を取り、包帯を外した。当然のように傷の消えた腕が露になる。


「あ、えっと……ありがとう、ございます」


 未だ混乱から抜けられないままにお礼を言った碧に、青年は柔らかく微笑んだ。


「名乗りもせずに申し訳ない。俺はディック、こっちは妹のナツナと言います」


 青年――ディックが少女を手のひらで指す。ナツナは楽しそうに手を振っていた。そうして跳ねるように碧に近づくと、下から覗き込むように見上げてにぱっと笑う。


「よろしくね!」

「あ、うん……その、よろしく」


 人懐っこく目を細め、甘えるように碧の腕に抱き着くナツナ。碧は戸惑いながら艶やかな黒髪を見下ろしていた。そんな2人を自分の陰に隠すように、ディックが一歩を踏み出す。


「貴方方もアオイ殿に用があるご様子ですが、先も言いました通り事は急を要するのです。それに――」


 ディックは言葉を切ると、累々と転がる黒衣を見回した。


「貴方方ヒューマーにも関連する事かもしれません。申し訳ありませんが、こちらを優先させていただきます」

「っ、待ってくれ!」


 す、と手を掲げようとしたディックをジェイドが呼び止める。動きを止めたディックが小首を傾げた。


「君たちは一体何者なんだ? それに、魔物の声が聞けるとは一体……?」


 ジェイドの視線がディックから碧に移る。ぎゅ、と抱き着いていた腕に力がこもり、ナツナは不思議そうに碧の顔を見上げた。


「俺たちはスバルムの奥地、レーラズに住むディアボロスです。最近スバルムの魔物たちが酷く落ち着かない様子なので、原因を調べていました。アオイ殿については――」


 事務的に答えるディック。彼はちらっと碧の方をうかがった。その視線を受けて碧が口を開く。


「少し前に魔物の話している事がわかるようになったんです……理由はわかりません」

「意思疎通出来るという認識でいいのかな?」


 ジェイドの問いに碧はこくりと頷いた。


「魔物はね、アオイのことが大好きなんだよ! オルター、だっけ? が今死んでないのもアオイのお陰!」


 ナツナ、とディックが咎めるように名を呼んだ。彼女はぱっと自分の口を塞ぐ。だが、吐いた言葉を呑み込むことは出来ない。


「どういう……ことだ?」

「……言葉通りです。そこの男がアオイ殿を傷つけたにも関わらず魔物に襲われずにいるのは、アオイ殿がそれを望まないが故」


 温度を下げた声が淡々と事実を述べる。


「今もクラーケンがアオイの気が変わるの待ってるんだよ!」


 ナツナが明るくそう言うのと同時に轟音が鳴り響く。扉も窓もない壁をこじ開けるように、突き立てられた触手が壁を削り取っていく。グランは咄嗟に片腕を伸ばしてジェイドを庇った。が、鎧を叩くのは壁の破片くらいのものだった。


『大丈夫か?』


 碧の脳内に聞いたことのない声が響く。にゅるりと伸びてきた吸盤の付いた足先が、心配そうに碧の頬を撫でた。


「ん、ディックさんに治してもらったから大丈夫」


 表情を緩めてクラーケンを迎え入れる碧に、ジェイドも信じるしかない。


「君は本当に――?」

「神さまじゃないよ」


 ジェイドの言葉をワントーン低くなったナツナの言葉が遮る。ジェイドはぐっと唾を飲み込んだ。


「アオイはただのヒューマーだよ。ミズガルドに住むヒューマーと何も変わらない――何も特別じゃない」

「だが……」

『もういいか? オレもそろそろこれから離れたい』

「あ、やっぱり気持ち悪い?」


 壁孔から覗いたクラーケンの大きな頭部が上下に揺れた。碧も多少落ち着いたとは言え、ぞわぞわと這いよる寒気は収まってはいなかった。


「あの、クラーケンが気持ち悪いから早く離れたいって……」


 おずおずとそう言うと、ナツナがぱっと花が咲くように笑う。


「わかった! ……進撃の精霊よ、加護を受けし者に応え、彼のものたちから宝を隠せ!」


 高らかな詠唱に応えるように熱風が巻き上がって碧たちを包む。ジェイドとグランが顔を庇っている間に、3人の姿は掻き消えていた。

ちょっとは平均年齢下がったかな?

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