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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第2章 内側の世界、外側の世界

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32 異質と変化

 沖の方でスキュラーたちが頑張っていた頃、碧たちはカルラの屋敷に集結していた。男とエドワードは渋い顔をしている。碧は不安げだ。


「自主的に島流しになってやったってのにわざわざ追いかけてくんのかよ」

「そう言えばオイラも賞金首? になってんのかな?」


 エドワードが溜め息混じりに呟く。のほほんとキースが淹れてくれた紅茶をすすりながら、シャオは首を傾げる。


「カルラさんたち大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫だと思うよ、バハムーンは戦闘特化種族だしね」


 たかだか人間の騎士が何人集まったところで覚醒バハムーンのバリーに敵う筈もない。この場で唯一それを知っている男はそう言ってクッキーに手を伸ばした。その足元では状況を分かっているのかいないのか、チビも大欠伸をしている。


 ルーナは第2の定位置となった碧の膝の上で丸くなり、喉を鳴らしている。ベリルは碧の手からクッキーをつついていた。そんな様子を見て羨ましくなったのか、窓から部屋に顔を突っ込んで来たグレイがエドワードにちょっかいをかけ始める。エドワードも口ではヤメロと言いつつ楽しそうだ。


「あ、そうだ! エド、マギア・リブの調子はどう?」

「あ? あぁ、この通り大丈夫だ」


 髪を食もうとするグレイを()()()押し返しながら、エドワードが笑う。長さが足りなかった腕には銀色に光る義手が繋がっていた。

 これが、ミズガルドを出る直前にエドワードが碧に行っていたマギア・リブだ。装着者が魔力を込めることで元の腕と遜色なく動かすことが出来る。魔法使いだけが使える義手だ。


 カルラは初日に言ったように工房と材料を揃えてくれていた。それらをシャオが調査の合間を縫って作り上げたのだ。昨日完成したマギア・リブは何の問題もなくエドワードの手として動いている。


「初めて使ったしよくわかんねぇけど、いいなコレ。動きがすげぇ滑らかだ」


 迫るグレイに義手でデコピンをしながらエドワードは感心する。そのまま指を開いたり曲げたりしてみても、引っかかる感じもなく意のままに動く。自分の手が再び生えてきたのかと錯覚するほどだ。


「んふふー」


 仕事を褒められてシャオはご満悦だ。床に届いていない足をぱたぱたと動かしている。尻尾もせわしなく揺れ動いていた。


 不意にその頭に褐色の手のひらが乗せられる。


「随分ご機嫌じゃないか」

「あ、カルラ!」


 ふかふかの毛に埋もれた手が、そのままくしゃくしゃと頭を撫でまわす。


「……大丈夫だったか?」


 エドワードがそう尋ねれば、カルラは少しだけ顔をしかめて見せた。


「あんまりにもぶっ飛んでたからね、お帰り願ったよ」

「まー、少なくともしばらくは顔見せないんじゃないかな?」


 ドアからひょっこりと顔を出したバリーが続ける。そうして部屋の中をぐるっと見渡して思い出したように口を開いた。


「バイパーって騎士知ってる?」


 名を聞くや否や、ベリルが険しい声を上げた。バリーが首を傾げている。


「んん……怒りっぽくてあんまり人の話聞いてくれない感じの人?」

「そう、そんな感じの人」


 シャオの言葉に頷いたバリーがベリルと、固まっていた碧に視線を向ける。


「犯罪者じゃないヒューマーを連れ帰りに来たみたいなこと言ってたんだけど」

「……アオイのことか」


 ぴくりと肩を揺らした碧と、激烈な反応を見せて碧に張り付いたベリル。何となく察したカルラは男の方へと視線を移す。


「そう言や、洗脳されたかたぶらかされたって話になってんだったか」


 初日にそう伝え聞いてはいたが、彼らの普段の言動からすっかり頭から飛んでいたのだ。


「おっさんとじじいが若人をたぶらかしてるって、響きがだいぶヤバいな」

「ゲホッ、んんっ」


 ぽつりとエドワードがそう言うと、眉間に渓谷を作っていた男が咳き込んだ。カルラも声を上げて笑う。事情を知らないバリーが首を捻りながら口を開いた。


「うら若い騎士(ナイト)様も迫って来てるから、四角関係かな?」


 不幸にも丁度紅茶を口に運んでいたエドワードがむせ返った。



◆◆◆◆◆



 次の日、碧は男とバリーに付き添ってもらい港に来ていた。昨日のカルラたちの話を聞いて、スキュラーたちの事を思い出したのだ。男は少し渋っていたが、カルラやバリーがむしろ下手に来れない今のうちに行っておいた方がいい、と説き伏せてくれたのだ。


 仕事中の漁師の邪魔にならないようにと船着き場の端に寄った碧はちょこんとしゃがみこんだ。そうしてはたと気づく。来たはいいものの、スキュラーは深瀬に住む魔物だ。港や浅い海域には滅多に現れない。

 どうしたものかとしゃがんだまま考えていると、近くの水面が揺れた。そちらへと意識と目を向ける前に、勢いよく水しぶきが飛んでくる。


「わっ」


 咄嗟に両腕で覆う。バランスを崩して尻もちを着いた足元で、ぺしゃりと水音が鳴った。


「みゅ!」


 続けて元気のいい鳴き声。ぺちぺちと足を叩かれ碧が視線を向けると、そこにはスキュラーがちょこんと座っていた。


「あ、えっと、久しぶり」


 保護者よろしく見守っていたバリーがほんとに来た……と呟くのが聞こえる。水の魔法使いの彼が呼んでくれたのだろうか、とそんなことを思いつつも碧は座り直してスキュラーの頭を撫でた。嬉しそうに鳴いたスキュラーが擦り寄ってくる。


「……昨日は大丈夫だった? 怪我はしてない?」


 バイパーの船を押し返したという話を聞いてから気になっていたことだった。確認するようにそっと抱き上げていると、波間から次々とスキュラーが顔を出してくる。


『ケガはしてないよ! あの"けん"はきもちわるかったけど、だいじょうぶ!』


 因みにバリーが持って帰ってきたモリオンの剣はエドワードとシャオ、魔法に精通するバハムーン数人で調べているところだ。


「ん、良かった」


 スキュラーを抱えたまま立ち上がると、周りがざわついているのに気づく。振り返れば、仕事の手を止めた漁師たちがこちらを遠巻きに見つめていた。

 スキュラーと碧が首を傾げていると、その内の1人がバリーに話しかけてくる。


「あの……これは一体……?」

「大丈夫だよ、この仔ら皆アオイちゃんに会いに来ただけだから」


 前述の通り、スキュラーは浅瀬には滅多に現れない。それが大量発生したので何事かと集まっていたようだ。仕事の邪魔をしてしまったかと恐縮する碧をスキュラーがきょとんと見上げる。


「そ、そうですか……てっきり海に何かあったのかと」

「……何かはなくもなかったけど、今は大丈夫だから」


 仕事に戻っていいよ、とバリーがそう言えば漁師たちは持ち場に戻っていった。それでもスキュラーたちが気になるらしく、横目でチラチラとこちらを覗ってくる。


「いや、改めてすごいね。これ何の才能なんだろ?」

「さぁ……」


 バリーと男がこそこそと会話を交わしている中、碧は集まってきたスキュラーを順番に撫でていた。そんな碧に1人の漁師が近づいてくる。手には布を被せた籠を持っていた。


「なぁ、アンタ」

「え、あ、はい」


 急に声をかけられたことに驚きつつも振り返れば、そのバハムーンは持っていた籠の布を取った。露になった籠の中にはりんごやぶどう、オレンジなどの果物が詰め込まれている。碧の腕の中にいたスキュラーが目を輝かせた。


「俺たち船乗りはいつもスキュラーの為に果物を用意して航海するんだ」


 そう言ったバハムーンは籠の中からりんごを手に取る。


「良ければアンタから渡してやってくれないか? その方が喜びそうだ」


 りんごを差し出されるが、両手が塞がっていて受け取れない。一旦下ろそうかと悩んでいる内に待ちきれなくなったのか、スキュラーがひょい、と首を伸ばした。


「あ」


 重なった2人の声にしゃく、と小気味いい音が被さる。くっきりと歯型が残ったりんごがバハムーンの手に残された。自分だけズルいと言わんばかりに海の中のスキュラーたちが口々に鳴き始める。それに慌てた2人は他のスキュラーたちにも果物を配り始めた。


「すげぇ光景だな……」


 誰かがぽつりと呟いたのも無理はなかった。普段は漁師たちは持ってきた果物を籠ごと海に沈めてスキュラーたちに渡しているのだ。それが目の前では2人の青年の手ずから受け取っては嬉しそうに頬張っている。しかもその青年の片方はヒューマーなのだ。


「俺も行ってこようかな」

「あ、いいな。オレもあやかりたい」


 そんな事を言い出した漁師たちが手に手に籠を持って集まった。碧は戸惑っていたものの、スキュラーたちは機嫌よく頂き物を食んでいる。


 そんな、ミズガルドでは見られる筈もなかった光景を、男は目を細めて見つめていた。


「あの子、ほんとに何者?」

「……何者、って?」

「言い方悪いけど、正直言って異質だよ。わかるでしょ?」


 バリーも人だかりの方を向いていて、男と視線は合わない。


「お嬢が受け入れてるから僕から直接は言わないけどさ……昨日の件、あの子に絡んでるんだよね?」


 男はバイパーと直接会ったことはない。が、いわゆる典型的なミズガルドのヒューマーなのだろう。それもひどく()()()()()()男だ。


「あの手の輩は本人が何言ったって聞きやしないよ。それに多分、あの子自身への負担にもなる」

「……だろうね」


 碧が大切に思うものに臆面もなく侮蔑を投げつけ、何の躊躇もなく傷つける。そうしておきながら柔らかく笑みを浮かべて手を差し伸べ、助けに来たとのたまうのだろう。


「でもきっと、あの子はアレを切り捨てられない」


 男は開きかけた口を閉じた。バリーは男をちらりと横目で見ると、言葉を続ける。


「ヒューマーは面倒だ」

「そうだね」


 躊躇いのない肯定にバリーは少しだけ眉を動かした。


「俺もあんまり好きじゃない」

「ふぅん……」


 気のない相槌を最後に、2人の会話は終わった。薄っすらと漂い始めていた不穏な空気を払拭し、表情のなかった顔に笑みを浮かべる。そうして、こちらを振り返った碧に揃って手を振った。

 会話を聞いていなければ表情も見ていなかった碧は仲がいいんだな、とそんな感想を抱きながら手を振り返した。そしてスキュラーの声を聞いて視線を海に戻す。


『おいしかったぁ! ありがとね!』


 ご機嫌なスキュラーに碧はくすりと笑った。漁師たちも触れ合えたのが楽しかったらしく、上機嫌で漁に戻っていく。威勢のいい掛け声があちらこちらで聞こえ始め、スキュラーたちもそわそわとざわめきだした。


『じゃあ、ボクらおてつだいしてくるね!』

「ん、頑張ってね」


 碧はそう言うと抱えていたスキュラーを海に返した。波間から顔を出したスキュラーたちが犬の前脚をぶんぶんと振る。碧も手を振り返すと一歩下がった。


 リーダー格らしいスキュラーが鳴き声を上げる。途端にスキュラーたちは方々に散って船や漁師の元へと向かっていった。船を押し進めたり、網を咥えて引っ張ったりと張り切っていた。

 漁師たちは驚きつつも嬉しそうで、スキュラーたちに声をかけたりそろりと手を伸ばして撫でたりしている。


「いや、これほんとに何?」

「さぁ……」


 魔物が魔法使いではない者に手を貸し、懐いている。昨日ヒューマーの船を押し返そうとしていたのを目の前で見ている分、バリーの戸惑いはより大きかった。


「いや微笑ましいんだけど、何? もっかい言うけど、ほんと何?」

「いや、わかんないって」


 濡れた服をぱたぱたと仰ぎながら碧がこちらへとやってくる。戸惑いを隠しきれずに眉間にしわを寄せていたバリーを見上げる。


「どうかしたんですか?」

「や、ちょっとこの光景が信じがたくて」


 素直にそう告げると碧も振り返ってしばらく考え込んだ。そうして魔物の特性を思い出したらしく、あれ? と首を傾げる。


「……よっぽど果物が嬉しかったとか……?」


 本人も言いながら納得はしていないようだ。3人で首を捻るが、当然答えは出ない。


「ん~まぁ、考えても仕方なさそうかな。一応カルラには報告しとこうか」


 取り敢えずの結論を出すと、3人は港を後にした。因みにこの日の漁獲量はギムレー史上最大となったらしい。

おっさんとバリーが並ぶとなんだか不穏な空気になりますな。

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