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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片ユカリ
第2章 内側の世界、外側の世界

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26 子供と大人

 簡単な自己紹介を済ませると、碧はバリーの指示に従って荷物を仕分けていく。中身は主に缶詰などの保存食や簡単な衣服だ。重いものはベリルやチビが運んでくれる。それをバリーが次々と金網の向こうに放り投げていった。

 それらは地面に落ちる前に地面の方が迎えに行っていた。一瞬手を止めた碧に気付き、ラビが得意げに笑う。


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、剛の御手をここに」


 紡がれた呪いに応えるようにラビの元に砂が集まっていく。そうしてそれは巨人の手を形どり、降ってきた木箱を受け止めた。わぁっと子供たちが歓声を上げる。


「僕も魔法使いなんだ」


 指揮をするように指を振ればもう数本の腕が地面から湧き上がる。そのうちの一本には子供たちがじゃれ付いている。それをあしらうように、時には指先で撫でてやりながらも木箱をしっかりと受け止めては下ろしていた。


「でも、アオイすごいな! 二重属性の魔法使いなんて初めて見たよ。それもヒューマーの!」


 興奮したようにまくしたてるラビに数分前に同じことを言ったバリーが少し遠い目になる。バリーの表情に気づいたラビが首を傾げた。


「……魔法使いじゃないんだ」

「えっ」


 こちらも全く同じ反応にバリーは1人笑っていた。ラビはしばらく不思議そうに碧と碧にじゃれるチビとベリルを眺めていた。が、不意ににぱっと笑う。


「魔法使いじゃないのに魔物に好かれるなんてすごいな!」


 な! とチビとベリルに問いかけるとチビは応えるように尻尾を振り、ベリルも嬉しそうに一声鳴いた。ラビは目を細めると緩く首を傾ける。


「僕にも魔物の友達いるんだ。アオイなら仲良くなれるかもな!」


 もぞ、とシャツが蠢いて、小さな何かがラビの襟首から顔を出した。


「クルって言うんだ。僕と同じ、ノームの眷属のカーバンクルだよ」


 ふこふこと小さな鼻先を揺らすその魔物は桃色の毛並みのリスのような愛らしい姿をしていた。身体と同じくらいありそうな尻尾は勢いよく振られている。額には涙の形をした赤い宝石が埋まっていた。

 クルと呼ばれたカーバンクルは伸ばしたラビの腕の上をとてとてと走り、飛び上がって金網に貼りついた。そのまま数センチよじ登ると、大振りの黒真珠のような真ん丸な瞳で碧の顔を覗き込んだ。


「わっ、ちょ」


 が、突然間に割り込んで来たチビに碧はたたらを踏んだ。クルも肉食動物のドアップに驚いたらしく身を翻してラビの元に戻っていく。チビはよくわかっていないらしく前脚で金網に取りついたまま首を傾げている。


「ご、ごめん。大丈夫?」


 碧は慌ててチビを金網から引きはがした。ラビの襟元へと戻っていったクルは顔だけ覗かせてこちらを見ている。チビはというと不思議そうに金色の目で碧を見上げていた。


「や、大丈夫。びっくりしただけみたい」


 ラビが指先でクルの頭を撫でると、クルは甘えるようにラビの首筋に身体を擦りつけた。怪我やショックを受けた様子はなさそうだ。碧は胸を撫で下ろしつつ、チビのふかふかの頬を両手でつまむ。


「チビは大きいんだから気をつけなきゃ」


 自分でも言っていてよくわからなくなりそうだったが、むにむにと頬をつねってチビをたしなめる。耳が下がったので反省はしているのだろう。


「そのフェンリル、チビっていうの?」


 ラビに不思議そうに問われ、碧は言葉に迷う。


「……あんまりよく知らないけど、初めて会ったときは小さかったんだって」

「アオイが名づけたんじゃないんだ?」

「うん。名前をつけたのはこっち、ベリルだよ」


 碧が呼べば、ベリルは碧の腕に舞い降りた。何回やっても重い。ベリルは直ぐ気づいたようで碧の腕からチビの頭へと移った。


「まぁ、僕もカーバンクルにクルってつけてるし、人のことは言えないかな」


 小さな手がラビの頬をぺちぺちと叩いた。憤慨したふりをするクルに、ラビが笑う。


「本当に仲良しなんだね」

「それこそチビの頃から一緒だからね」


 名を呼ばれたと勘違いしたチビがウォン、と吠える。碧とラビは2人して笑った。

 それから作業はつつがなく終わり、空っぽになった荷車を前にバリーはトントンと腰を叩いた。


「んん、終わっ――あ、まだだった」


 伸びをしかけていたバリーが不意にそんなことを言ったので碧は首を傾げる。見ると糸目が僅かに開き、パールのような不思議な色を宿した銀の瞳が前方を見据えていた。


「恵みの精霊よ、加護を受けし者に応え、笞刑(ちけい)にて咎を洗え」


 軽く握った手のひらから圧縮された水が噴きあがる。水の笞(ムチ)はフェンスをすり抜け、中空をうねりながら近くにあったコンテナを破壊する。


「ぎゃあぁあッ!!」


 上がった悲鳴にバリーは溜息をつき、碧はびくっと肩を跳ねさせる。バリーは間髪入れずに同じ場所を鞭打った。ぶげぇ! と今度は潰れた悲鳴が上がり、鞭に弾かれた男が転がり出てくる。気絶しているのかぴくりとも動かない手元で鈍い刃が光っていた。


「たまーにね、ああやって物資を奪おうとする輩が出るんだよね」


 驚く碧にバリーはそう言った。一応この物資は子供らの労働の対価だ。労働と言っても簡単な組立作業ぐらいのもので、報酬にはかなり色をつけて渡している。……ちなみに今しがたバリーが破壊したコンテナにその品物は入っていた筈なのだが。


「働かざる者食うべからずってね。楽したいのは分からなくもないけど、僕は許さないよ」

「く、クソッ! やっちまえ!」


 どこかで聞いたような三下の台詞と共に、壊れたコンテナから数人の男たちが飛び出してくる。悲鳴を上げた子供たちを背に、ラビが両手を広げる。


「君はちびっこたち護るのに集中してて、ね!」


 水の鞭がしなる。空を切る音と同じだけ悲鳴が上がり、壁や地面に輩どもが叩きつけられていく。


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、我らにあだなす悪意を阻め」

「オラァア!」


 振りかぶられた曲刀が砂の壁に阻まれる。舌打ちして引き下がった男は高圧水流によって声を上げる間もなく吹き飛んでいった。

 碧が呆然と見守る中、ものの数分で10数人はいたであろう輩の集団は一人残らず地面に伏していた。彼ら以外の怪我人は皆無だ。


「す、すいません。コンテナの中に入り込んでたなんて……全然気づかなかった……」


 ギムレーに入り込むつもりだったのか、物資を奪うつもりだったのか。1人残らずコンテナから引きずり出された男たちに問う気もないのだろう。バリーは鞭を操って男たちをひとまとめにすると適当に放り投げた。そうして散らばっていたコンテナの中身を器用に拾い上げ、荷車へと乗せる。


「気にしなくていいよ。じゃ、行こっかアオイちゃん」


 バリーは荷車のハンドルを掴むと笑顔で手を振った。縮こまっていた子供たちも大きく手を振っている。碧は慌ててバリーの後を追う。その後をベリルが飛んでいった。


「あ、アオイ! またね!」

「あ、うん! また、ね……?」


 ラビの声に碧は手を振ろうと振り返った。その視線の先でチビが金網に顔を突っ込んで鼻先をひくひくと動かしているのが見える。碧が駆け寄って肩を叩くとすぽんっと鼻を抜いて振り返った。


「ほら、行こう」


 毛並みが乱れていたのを撫でつけてやれば嬉しそうに手に擦り寄ってくる。うらやましくなったのか、クルもラビの首筋に頬を擦り寄せていた。


「アオイちゃーん、行くよ~?」


 そんな微笑ましい様子を眺めていると、後ろから声がかかった。言うまでもなくバリーだ。碧は慌ててチビを引っ張りつつ走り出す。


「アオイちゃんばいばーい!」

「ん、ばいばい」


 子供やラビの声を聞きながら、碧はベリルとバリーの元へと駆け寄った。滑空してきたベリルがチビの頭の上に乗っかって翼を畳む。


「時間もあれだしご飯食べてから戻ろうか。ついでにギムレーの中、案内するよ」

「ありがとうございます、お願いします」


 ヒューマー居住区から少し離れると、来る途中で嗅いだ潮風の匂いが漂ってくる。町並みは一変して真っ白になり、眩しさすら感じた。水揚げされたばかりらしい魚や貝を担いだバハムーンが快活に声を上げながら行き交っている。

 碧は何となく振り返った。フェンスはもう見えない。


「ご飯どうしようか。ギムレーは魚がおいしいけど、アオイちゃんは魚平気?」

「あ、はい。生魚はちょっと苦手ですけど……」


 正直にそう答えるとバリーは碧の手をがっちりと握って頷いた。彼も苦手らしい。


「新鮮ならおいしいとか大丈夫とか言われるけど、嫌なものは嫌なんだよね」


 バリーはそう言いながら荷車を一軒の店の前に停めた。暖簾をくぐると店員と一言二言言葉を交わして戻って来る。


「席空いてるって。あ、お金はお給料から天引きだから気にしなくていいよ」


 質問しようとしたことを先回りで答えられ、碧は一旦口を閉じた。が、チビとベリルを手で指す。


「あの、チビとベリルはどうしましょうか……?」

「あぁ、気にすんな。入れ入れ」


 バリーの背後から軽い声が聞こえ、バリー共々視線を向ける。店員らしきエプロンをつけたバハムーンの男性が腰に手を当てて立っている。シバ、とバリーが小さく呟くのが聞こえた。


「ここらじゃ魔物連れてる奴はそう珍しくはねぇからな」


 シバと呼ばれたバハムーンは顎をしゃくって碧とバリーを促すと厨房の方へと消えていった。カウンターに座ったバリーの隣に腰かけると、チビは碧の足元に伏せ、ベリルが膝の上に乗っかって来る。


「オメーはいつものだろ? そっちはどうする?」


 お冷を持ってきたシバは碧にメニューを突き出した。開いてみると文字だけのメニューだった。相変わらず苦も無く読めるが、正直何が何だか想像もつかないような文字群だった。多分魚の名前なのだろうが、さっぱりわからない。


「……同じのにしとく?」

「あ、すいません。お願いします……」


 思考停止していた碧に代わってバリーが注文を済ませた。シバが厨房に引っ込むと、バリーは軽く肩を回して伸びをする。ぺきぺきと首と肩を鳴らすと、碧の方へ向き直る。


「そう言えば、武器はもう決めたの?」

「武器……ですか?」


 何の事だろうと見返すと、バリーの方もあれ? という表情で見下ろしてくる。そうして考え込むように自分の顎をトントンと叩くと、急に笑顔になる。


「んー……ごめん、忘れて」

「え。ぁ、は、はい」


 苦笑いに近い笑みに思わず頷くと、バリーはどこかほっとした顔になった。それからはお冷を飲みつつ、ギムレーやヒューマー居住区の事を聞きながら料理を待った。バリーの話題はほとんどがカルラの事だった。


 バリーはカルラとは幼馴染で彼女が脚を失った時も傍にいたのだそうだ。その数年後、カルラはそのならず者を探し出して情け容赦なくフルボッコにした後、許したらしい。彼女曰くそれでお相子なのだそうだ。


「正直甘い気はしないでもないけど、お嬢が決めたことだしね」


 そう締めくくったバリーは半分ほど残っていたお冷を飲み干した。からんからんと氷を鳴らしながら、グラスを手の中で弄ぶ。そうしている内に、空気中の水分が集まり、グラスの中が再び水で満たされる。


「ほい、お待ちー」


 碧が言葉を探しているうちに戻ってきたシバが碧とバリーの目の前にそれぞれどんぶりを置いた。大盛りのご飯の上に魚や野菜の天ぷらが乗っている。碧の体格を考慮してか、バリーに比べるとご飯は少なめになっていた。


「わぁ……」


 思わず声を漏らした碧にシバは少しだけ照れ臭そうに頬を掻いた。減っていた碧のお冷を注ぎ足すと、朱塗りのお箸を渡してくれる。


「ほれ、冷める前にとっとと食いな」

「あ、はい。いただきます」

「いただいてま~す」


 碧が手を合わせるとバリーが隣で思い出したようにそう言っていた。シバは一瞬呆れていたが、美味しそうに食べているのを見て小言を言うのは止めたようだ。


「ん~、やっぱシバのご飯サイコー! ね、アオイちゃん」

「ん……はい、美味しいです」


 天ぷらは衣がサクサクで、魚は柔らかくてホクホク。上にかかったタレが甘辛くてご飯が進む。口の中のものを呑み込んでから答えるとシバは嬉しそうにしていた。厨房の方へ引っ込むと、小皿を手に戻ってくる。


「ほれ、こっちも食いな」

「わ、ありがとうございます」


 芋の煮物らしきそれは何となく懐かしい味がした。お醤油の味だ、と碧が独り懐かしんでいると、バリーが早々と空にしたどんぶりをシバの目の前に突き出す。


「お代わり」

「……毎回思うが、オメー歯にミキサーでもついてんのか?」

「舌噛んだら間違いなく死ぬね」


 シバは溜め息を吐いてどんぶりを受け取ると再び厨房へと引っ込んで行った。結局バリーは碧がどんぶりと小鉢を空にする間に3杯の天丼を平らげていた。チビとベリルも魚の煮つけや焼き魚を嬉しそうに平らげ、カウンターの上と下とでそれぞれウトウトしている。


「お腹一杯で眠くなるって子供かな?」

「チビはまだ子供らしいです」

「おぅふ」


 ベリルは碧が抱え、チビはバリーが抱えて荷車に乗せてくれた。ぷうぷうと鼻提灯を膨らませる様子に2人して苦笑し、シバに手を振って食事処を後にした。

 そのままカルラの屋敷に戻ると、同じように戻ってきていたらしいバハムーンの男たちがそれぞれにくつろいでいる。何人かは待機を命じられていたグレイとザクロと遊んでいた。


 当(・)た(・)り(・)前(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)。


 魔物とデミヒューマーは当然のように共存し、一部とは言えヒューマーも歩み寄っている。いい街だと言うのに、そこに影を落とすのはヒューマーなのだ。

 自分もそのく(・)く(・)り(・)にいるはずなのに、恐怖と嫌悪を覚えてしまう。それが少しだけ、怖かった。


「アオイちゃん?」

「え、あ、す、すみません」


 ぼんやりとしているとバリーが顔を覗き込んで来た。思わず謝った碧に首を傾げると、ぽんぽんと頭を撫でられる。


「明日もよろしくね」

「あ……はい」


 頭を振って暗くなる思考を追い出す。そんな碧を、バリーは微かに糸目を開いて見下ろしていた。

バリーは早食いですが、碧も食べるのは遅い方です。

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