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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第2章 内側の世界、外側の世界

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24 事件と修羅場


「……大変だったんだねェ」


 カルラは男たちの話を聞き終えると、それだけ言って話の途中でキースが運んできた紅茶で唇を湿らせる。男と碧に関してはバイパーらに吐いた嘘を流用しておいた。流石に海を超えたニダウェにはまだ情報が入ってはいなかったらしい。元々交流と言えるようなものもないので当然と言えば当然なのだろうが。


「アンタ義手つけるんだろ? 腕のいいのを紹介してやろうか?」


 カルラはエドワードの空の袖をちらりと見ると、頬杖をついて身を乗り出した。エドワードが肯定も否定もしないうちに隣でクッキーを齧っていたシャオを片手でひょい、と持ち上げる。

 きょとんと丸まった琥珀と目が合い、エドワードは視線を少しずらしてカルラの方を見る。が、彼女は再びさくさくとクッキーを食みだしたシャオをふらふらと揺らした。


「お前、雑貨屋じゃなかったか?」

「コイツは大概のモンは造れるよ」


 シャオの代わりに答えたカルラは彼を椅子に下ろすとテーブルの上に脚を置いた。ことん、と軽い音を立てて横たわるそれは、今は根本が彼女と繋がっていない。男が目を丸くする。


「義足……だったんだ」

「ガキの頃、ヒューマーに取られたのさ。高値で売れたらしいよ」


 カルラは事も無げにそう言うとテーブルの上の義足を撫でた。心臓が妙な音を立てて跳ねた気がして、碧は膝の上で手をぎゅ、と握り締めた。

 机の上の義足は黒のニーハイブーツに覆われ、膝上の数センチ程しか見えない。カルラの健康的な肌色に合わせて塗装してあるのだろうそれは、言われない限り本物の脚にしか見えなかった。


「最初は贔屓にしてる医者のを使ってたんだけどね。シャオのを使ってからはこれじゃないとしっくり来なくってさ」


 カルラは義足を取り上げると元通りはめ込んだ。踵で何度か床を叩いて調整すると滑らかな動きで立ち上がる。


「つっても、流石に工房がなきゃムリだ。その辺はウチのを貸してやる。材料も用意してやるし、金もアタシが持つ。ついでだ、ギムレーにいる間は宿とメシの面倒も見てやるよ」


 エドワードが片眉を吊り上げた。男も少し表情を変え、怪訝そうにカルラを見つめている。その訝し気な視線に気づいたのだろう。カルラはテーブルに片手をついた。


「で、代わりに手伝って欲しい事があるんだよ」

「俺に、か? それともアクア?」


 予想していたのだろうエドワードがそう尋ねれば、カルラは目を伏せる。


「可能ならここにいる全員かな」


 その言葉に自分もかと言わんばかりにチビが伸びあがってテーブルに顎を乗せる。その頭に碧の傍らから離れたベリルが舞い降りる。グレイとザクロも顔を見合わせていた。


「俺の腕の事は取り敢えず置いとくとして……手伝って欲しい事ってのは何だ?」


 艶やかなリップに覆われた唇が、少しばかり迷うように開閉を繰り返す。やがて意を決したように開かれた口からトーンの落ちた声を響かせる。


「……殺人鬼を、見つけてほしい」


 空気がひりつき、碧は息を呑んだ。カルラは無造作に上着に手を突っ込むと内ポケットから1枚の写真を取出してテーブルの中心に置く。

 それはスラム街の外壁の写真だった。薄汚れた灰色の壁に、黒ずんだ赤い筋が幾つも走っている。


プロキシー(代行者)?」


 エドワードがその赤線で描かれた文字を拾い上げる。カルラが微かに頷いた。


「ここ最近、ギムレー近くのヒューマーの居住区で次々ヒューマーが殺されてる」


 さっきも1人見つけたばかりだ、と続けたカルラに男とエドワードが視線を交わした。ギムレーに着く前にグレイやスキュラーが聞いた騒ぎはそれだったのだろう。


「こちらも全力を上げて探してんだが、尻尾すらつかめちゃいないんだ」


 カルラが言うには被害者は全て第一世代――つまりは犯罪者としてニダウェに送られてきたヒューマーのみ。老人であれ青年であれ、男でも女でもそれだけは共通していた。そして、写真にあったプロキシ―という血文字も毎回死体の近くに描かれている。


「代行者……ってことは誰かに依頼されてるのか?」

「さぁね。さっきも言った通り、ほとんどなんにもわかっちゃいないんだよ」


 エドワードの呟きを拾ったカルラが苦々しそうに呟く。


「……まァ、ヒューマー側からの抵抗もあって大っぴらには見張れないんだよ。だからヒューマーとか見た目がヒューマーに近いデミヒューマーがいるとありがたいんだ」


 ギムレーに住むデミヒューマーの多くはカルラと同じバハムーンだ。直接居住区に出向けばヒューマーの抵抗や妨害にあう。ならず者の集団は時代を経て独自の法を作り上げ、自治区を気取っていた。無論魔法を使っての変装による潜入や情報収集も行ってはいる。しかし、被害が収まるどころか、手がかり1つ見つけられずにいた。


「率直にいうと直で出向ける人員が欲しい。アクアやアオイはそのまんまでも居住区に入れるだろうからさ」

「おっさんはいいけど、アオイちゃんは危ないからダメかな」


 男の言葉にカルラは少し驚いたように眉を上げた。


「まァ、もちろん無理にとは言わないけどさ。魔法使いなら自分の身くらい守れるんじゃないかい?」


 エドワードが肩をすくめて首を振る。カルラが首を傾げてこちらを見るので碧は少し迷いつつも口を開いた。


「……魔法使いじゃないです。この仔たちが何で懐いてくれてるのかはよくわかりません」


 碧がそう言っている間にもベリルは机の上に置かれていた手に頭を擦りつけていた。甘えられるがままに撫でてやるとくるくると喉を鳴らして喜んでいた。それを信じられないものを見るような目で見つめていたのが2人。


「やっぱ不思議だよなぁ」

「魔法使いですらないヒューマーに……? アンタ何者なんだい?」


 しみじみとそう呟いたエドワードと疑問符を浮かべるカルラ。碧は曖昧に笑って首を振る。


「あ、でもその……お手伝いできることがあればさせていただきます」

「や、それはありがたいんだけど……」

「まぁ、その分おっさんが頑張るからさ」


 カルラは釈然としないようだったが、男の言葉に一旦疑問を呑み込んだ。そうして咳ばらいを一つして口を開く。


「その話はおいおい考えるとして……今日はメシ食って休みな。長旅で疲れてるだろうし」


 カルラはぱんぱんと手を叩いた。さほど間を空けずキースが部屋へと訪れる。


「客用の部屋と夕食の準備を頼む。……来な、その間に屋敷の案内してやるよ」

「かしこまりました」


 音も立てずにキースが出ていった後、手招いたカルラに連れられて4人は屋敷を回ることになった。部屋は1人1部屋ずつ。チビとベリルはそれぞれ男と碧と相部屋となった。グレイとザクロも突貫工事でつくられた小屋を与えられて嬉しそうにしていた。


 食堂で食事を終え、4人がそれぞれあてがわれた部屋でのんびりしていた時だった。男の部屋のドアがやや粗雑なノック音を立てる。お腹いっぱいでベッドで眠っていたチビに毛布を掛けると、男はドアの方へと向かう。


「ちょっといいかい?」


 扉の前に立っていたのはカルラだった。男は数歩引いて中へ招き入れようとするが、カルラは首を振る。


「話したいことがあるんだ。アタシの部屋に来なよ」


 男はチビが熟睡しているのを確認して、背を向けたカルラに続いた。男を自室に案内すると、テーブルに足を組んで座る。男は少し迷って入口近くの壁に寄り掛かった。


「アオイのことなんだけどな」


 男の眉がひそめられる。カルラはそれを気にせず、言葉を続けた。


「自衛の手段を持たせる気はないのかい?」


 男は微かに目を見開いた。表情の変化に気づかないふりをして、カルラは口を開く。


「簡単な護身術くらいならアタシが教えてやれる。あの細腕でもナイフくらいなら扱え――」

「ダメだ」


 今度はカルラが目を瞬かせた。真っ直ぐにこちらを射抜く視線に眉間にしわを寄せる。


「アンタらがあの子を巻き込んだんだろ。狙われてんなら、身を守る手段くらい与えてやった方がいいんじゃないの」

「あの子には必要ない。俺やチビたちがいる」


 ぴしゃりと半ば遮るように言う男にカルラが溜息を吐いた。そうして炎の灯り始めたアクアマリンを見つめ返す。


「あっそ……まァ、明日アオイにも聞いて――」

「ダメだ」


 木製の机が鳴き叫んだ。男が両手を着いた部分が軋みを上げる。黄金を溶かしそうな距離と温度で蒼い炎が煌々と燃える。放射される熱に一切ひるまず、カルラはまた口を開いた。


「アンタがあの子の保護者だとしても、そこまで口出す権利ないだろうよ」

「……っそれでも!」


 控えめなノック音が男の言葉を遮った。振り向いた視線の先で、ノックの意味を疑いそうな勢いで扉が開け放たれる。


「すごい音したけど、大丈夫ー?」

「あの、何かあったんですか?」


 半開きの扉から顔を覗かせたのは、碧とシャオだった。お風呂あがりらしく、髪や毛がしっとりと濡れて湯気を立てている。カルラが少し身体を傾けて男の肩越しにそちらを見る。4つの視線が噛み合う。シャオは首を傾げ、碧は何かに気付いたようにはっと口元を押さえた。


「違う」


 碧がそれ以上何かを言うよりもするよりも前に、男は短くそう言った。いつかのように一足飛びで碧の元まで飛んでいくと、そっと閉じられようとしていた扉を押さえた。


「違うからね。アオイちゃんが考えてるようなシチュエーションじゃないからね」

「あ、え、えっと……その、すみません……」


 鬼気迫る顔に押され、碧は思わず数歩後ずさりながら謝罪する。そんなよくわからないやり取りをシャオはぽかんと見上げていた。が、不意に部屋の中から笑い声が聞こえてきたのでそちらへと顔を向ける。


「何だよ、アンタから迫ってきたクセして」


 ケタケタと笑うカルラがこの状況を面白がっているのは明白だった。男が牙を剥きそうな勢いで振り返る。


「何でもろもろの経緯をすっ飛ばすの……!」

「何だ? 言っちまっていいのか?」


 ぐ、と男が言葉に詰まった。別にやましいことはないのだが、出来れば碧には聞かれたくない。それを分かった上で、カルラは意地の悪い笑みを浮かべてルージュに彩られた唇に指を当てる。


「まさか、あんなに熱くなるなんてなァ……?」


 カルラが言っているのは碧に関しての口論の事だ。が、そう解釈出来るのは男とカルラだけである。じわっと赤くなった碧はそぅっと後ずさるが、敢え無く男に捕まる。

 なんでこんなに必死なんだ。男の冷静な一部分がそんなことを考えるが、後には引けない。


「す、すいませ……っ、あの、邪魔しちゃって……」

「違うからっ、ほんっとに、違うから。だからあの……あぁ、もう!」


 男は焦れば焦るほどドツボにはまっていく。カルラの方は違うツボに入ったらしく、声を殺して笑い転げていた。男の恨めしそうな視線も何のそのだ。


「お前ら、何やってんだ?」


 不意にいなかったはずの声が割って入り、皆が一斉に音源へと視線を投げた。エドワードは一瞬たじろいだが、部屋の中を覗き込む。そうして眉間にしわを寄せて同じことを尋ねる。


「……何やってんだ?」

「さぁ? オイラもなんかおっきい音したから見に来ただけなんだけど」


 シャオと共に首を傾げるエドワード。カルラはとうとう声を上げて笑い、目尻に浮かんだ涙を拭っている。


「あー……騒がせて悪かったな。何もないよ、いや、ほんとに……フフッ」

「そう! 何もないよほら、解散!」


 ぐいぐいと3人を押しながら部屋を出ていこうとする男に、カルラは言葉を投げる。色っぽく窄められた唇から、可愛らしいリップ音が一緒に飛んできた。


「続きはまた今度な」


 無論これも碧の自衛手段に関しての話合いの事なのだが、碧は弾かれるように男を見上げてしまう。男は何を言ってもまたドツボに嵌まる未来に口をつぐむしかなかった。エドワードが男とカルラ、そして碧と男をそれぞれ交互に見比べる。


「……何の修羅場だ?」

「違うからね?」

「わぁってるよ」


 こちらもからかうように笑ったエドワードを小突き、男は与えられた自室へと戻っていった。碧やシャオとは途中で別れたが、シャオはともかく碧の誤解が解けたかどうかは正直微妙だった。

碧は思春期なので。

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