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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第1章 普通じゃない人たち

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18 おっさんと碧の友達

「何だ、知ってたのかよ」


 手配書を握り締めて男の元へと文字通りかっ飛んできたエドワードは、力が抜けたようにその場に脚を投げ出した。男はその握り拳の中から手配書を引き抜くと広げてしわを伸ばす。


「俺、生け捕りなんだ」


 写真の下の文字に男は少し驚いたようだった。が、エドワードは緩く首を振る。


「多分俺にたぶらかされてるんだか、洗脳されてるんだかって話なんだろ」

「……あぁ」


 唸るような相槌にエドワードは苦笑を返した。そうして金色の毛先を弄びながら、ふぅ、とわざとらしい溜め息を吐く。


「まぁ俺見てくれは良いからな。男の1人や2人、たぶらかしててもおかしくはねぇよ」


 んふっ、と男の鼻の穴が少し膨らんだ。変なこと言わないでよ、と震える声が訴える。


「まぁ、冗談はさておき……想像以上に早かったな」


 真剣なトーンになった声に、男も頷く。エドワードは肩に乗っていたヴェズルを撫でながら話を続ける。


「バーデン教団が強行したみたいだな。理由まではわからねぇが……山狩りのために騎士たち集めてやがる」

「……何か、焦ってる?」

「そういう風にも見えるな」


 男やエドワードの処遇を決めたのもそうだが、魔物狩りの予定はもう少し先だった筈だ。早めなければならない理由を、風がエドワードの耳に運んでいた。


「モリオンについて世論が割れてるみたいだな」

「どういうこと?」

「俺が雷落としたモリオンが爆発したからだよ」


 あれで安全性に疑問が浮かんだようだ。あの時エドワードが風の結界を張っていなければ、あの一帯は吹き飛んでいたはずだ。石畳に開いたクレーターを見れば、その程度の想像はつくだろう。

 水に墨が落ちてしまえば、それはもう透明ではない。目の前で滴り落ちるところを見てしまえば、安心して飲もうという気にはなれない。()()()()()のために多少のリスクは必要だという考えはそれでも多いようだが。


「しかもその後、燃えカスみてぇに消えちまったらしい」


 内に抱えていた魔力は無尽蔵というわけではないらしい。それでも爆発の規模を考えれば相当な量の魔力を秘めているのだろう。


「とっとと進軍して、効果の程を見せつけてやれば反対派も黙るだろってところか」

『まぁ、その効果の程も発揮できずにとんぼ返りになりそうだがなぁ!』


 突然に脳内に割り込んできた声にエドワードが目を見開いた。きょろきょろと辺りを見渡すが、この場には男と魔物しかいない。


『お話しするのって初めてだっけ?』

「エドワードとはそうなんじゃないの?」

『……あっ、そう言えばアオイともお話しはしたことなかったような気がするなぁ』


 そうだったっけ? と男とケルピーが同じ仕草で首を傾げる。そんな会話を聞いていたエドワードの口は開いていた。


「マジでか……」

『何じゃ、我らが話すのがそんなにおかしいか?』


 呆然とするエドワードの頭に尚も言葉は滑り込んでくる。


「いやだって、今まで挨拶すらしたことなかったじゃねぇか」

『その必要が?』


 あまりにも当然のようにそう言うものだから、エドワードは一瞬呆気に取られた。が、脳が追いついて肩を落とす。

 魔物は動物よりも気まぐれだ。同じ眷属の魔力を持つ者にだけ惹かれ、それ以外に関しては歯牙にもかけない。男があまりにも自然に会話し、戯れているものだから、時折それを忘れてしまっていた。


「……ていうか、この霧やっぱり魔法だったんだな」


 目の前で手をひらひらと振る。霧は揺らぎもしない。


『そうだよー、ボクが水に魔力を込めて』

『我が蒸発させた』


 ケルピーが胸を反らし、ワイバーンがふんすっ、と鼻息を漏らす。これまた当たり前のように言ってのけたが、エドワードは頭痛を感じていた。

 魔物に魔法を使えるものは滅多にいない。少し前に碧にはそう説明していた。碧が帰ってきたら訂正しなくてはならない。なにせ目の前に2体もいるのだから。


「でもま、これで一安心か。なぁ、アクア」

「そうだね。後は山から下りないようにだけ注意してもらわないと」

『それはボクらから言っとくよ』


 ケルピーの言葉にワイバーンが頷く。そうして再び空へ向かって吠えた。びりびりと空気が震え、直ぐに静かになる。2匹はそのまま男の方へと向き直った。今ので終わったらしい。


『アオイが戻ったら出発する?』

「……お前らついて来る気か?」


 エドワードが数分前の男と同じやり取りをしようとしたその時だ。エドワードの瞳が鋭く細められる。


「……山の入り口辺りに教団の連中がいるな」


 男の顔が強張った。何か言おうとしたのを制してエドワードは目を閉じ、耳に意識を集中させる。


「……な」


 不意にエドワードが目を見開く。男とケルピー、ワイバーンが顔を見合わせた。


「連中、アオイのこと探してやがる……!」

「な、どうして……っ」


 知るかよ、と返すエドワードの額に汗が滲む。男も手のひらがじっとりと湿り始めていた。思わず握り締めると爪が皮膚を食い破ろうとする。


「おい、落ち着け!」


 滴った汗ではない体液に気付き、エドワードが男の肩を掴んだ。男ははっとしたように拳を解く。


「経緯はこの際どうでもいい。とにかくアオイに知らせねぇと!」


 エドワードの言葉に平静を取り戻し、男は自宅へと走った。()()()のお陰でワイバーンとケルピー共々わずか数分で着いた玄関に転がり込む。少し遅れてエドワードが続いた。


「迎えに行く……訳にもいかないか」

「余計目立つだけだろうな。ヴェズルに手紙持たせるしかねぇ。ベリルにも知らせてくれ」


 肩に乗ったままだったヴェズルが大きく頷いた。男は紙にペンを走らせるとそれを適当に丸めてヴェズルの脚に括りつける。飛び立っていったのを確認すると、大急ぎで荷造りを始めた。30分ほどで終えると、エドワードは大きく息を吐いてまとめた荷物に寄り掛かる。


「正直もう少し猶予あると思ってたんだがな」

「ん、俺も」


 エドワードの言葉に男は力なく笑った。


「魔物を庇うのってそんなに重罪なのかな」

デミヒューマー(俺たち)に至っては存在するだけで死罪だしなぁ」


 エドワードは冗談のようにそう言ったが、男の顔には影が差していた。が、それを振り払うように頭を振るとエドワードに向かって握り拳を差し出す。とん、と緩く胸を叩かれ、エドワードは瞳を瞬いた。


「エディや君の両親は立派な人だよ……俺はそう思う」


 男の手のひらからエドワードの手のひらへと銀色の輪が2つ落とされる。涼やかな音を立てて重なり合ったそれらにエドワードは目を細めた。


「ん、サンキュ」


 言葉少なに一揃いの指輪を大事に握り締め、祈りを捧げるように額にあてた。そうして首に下げていたチェーンに通して服の中にしまう。


「正直諦めてたわ」

「まぁ、家の中は酷かったよ」


 捜査という名の家荒しを思い起こしながら男は顔をしかめる。そうか、とだけ言ったエドワードは特に何とも思ってはいないようだ。両親の墓と()さえ無事ならそれでいいのだろう。


「……ごめんな」


 思わず零れてしまった言葉をエドワードは拾い上げたりはしなかった。突然に轟いた轟音と地響きでどこかへ転がっていってしまったからだ。相変わらず部屋の隅で丸まっていたチビが跳ねるように跳び起きた。


「何だ!?」


 2人と1匹揃って外へと飛び出す。外で待っていたケルピーはぷるぷると頭を振っていた。4つ足故に耳を塞げなかったようだ。その隣で前脚で耳を塞いだワイバーンが可能な限り縮こまっていた。


『なに? すっごい音……!』

『麓の方から聞こえたが……』


 男とエドワードが顔を見合わせる。が、エドワードの方は首を傾げた。


「……教団の連中も戸惑ってるな。霧への対処もできてねぇ」


 エドワードの耳は霧とその向こうから聞こえた轟音に戸惑う教団員たちの声を聞いていた。霧の範囲外で右往左往しているようだ。


「何が起こってるの?」

「あぁいや、ちょっと待て……アオイ?」


 声を聞いたのか、名を聞いたのか。エドワードが名を呼ぶや否や男は駆けだしていた。チビもその後を追う。


『なんじゃ、帰ってきたのか?』

『アオイって魔法使えたっけ? 炎の匂いがするよ』


 ケルピーの言葉にエドワードが首を振って、地を蹴った。そのまま浮かび上がり、翼を広げたワイバーンに並ぶ。ケルピーも駆けだした。


 ――一方その頃。碧とシャオは自分たちが乗ってきたトロッコの残骸を眺めていた。


「あの……ごめんよ」

「だ、大丈夫……」


 シャオが距離間を誤って出口直前で炎を噴射してしまったのだ。スピードに乗った車体は出口を隠していた大岩と衝突し、相打ちとなった。

 寸前でシャオとベリルが碧を掴んで飛び降りたので、2名と1匹に大きな怪我はなかった。洞窟内に響き渡って反響した轟音に、耳の良いシャオがしばらく目を回していたくらいだ。


「ちょっと待っててね。今開けるから」


 トロッコの残骸を除け、砕けてしまった大岩を慎重に撤去していく。碧は少し離れた場所でベリルとともにそれを見守っていた。下手に手を出して崩れてしまっては危ないから、とシャオに言い含められたのだ。


「よいっ……しょっ、と」


 一際大きな掛け声とともに、岩がずらされる。松明の頼りない光で照らされていた洞窟内に、一筋の光が差し込んだ。シャオはそこに手を突っ込んでぐい、と身体を持ち上げる。


「ぷはぁっ」


 地上へと顔を出すと岩に引っかかっていた耳が遅れてぴょこん、と跳ねた。ぷるぷると顔を振って砂埃を払うと辺りを見回す。


「あ」

「え」


 1音だけの会話とも呼べないやり取りに傍らのフェンリルが首を傾げた。岩の隙間から上半身だけ出したドワーフと頬に傷の走った厳つい男が見つめ合う。


「……あ! キミ、アクア……?」


 少し間を置いてつい最近見た写真と目の前の男がシャオの脳内で結びつく。男は驚いた表情を浮かべていたので合っているのだろう。


「アクア、どうしたんだ?」


 ふわりと柔らかい風が吹き抜け、上空からエドワードが金色を揺らしながら着地する。いぶかし気に辺りを見回していたが、地面から生えていたドワーフの生首もどきと目が合って一瞬固まった。


「……何でここにドワーフが?」

「あっキミ、エドワードでしょ? アオイから聞いたよ!」


 え、と男とエドワードの声が重なった。男は地面に膝をつくとシャオを見下ろす。


「アオイちゃんの事知ってるの?」

「うん、今下にいるよ」


 ちょっと待っててね、と言うとシャオはぐい、と腕を突っ張った。が、しばらく唸った後、困ったように眉を下げる。


「尻尾引っかかっちゃった……」


 男とエドワードは顔を見合わせる。誰かはわからないが、敵意も害意も感じない。それに先ほどからチビがシャオと地面の隙間に鼻先を突っ込んで匂いを嗅いでいた。男が頭を撫でるとずぼっと顔を引き抜いて、一声吠える。碧の匂いがするのだろう、


「チビ、お願い」


 男が短く名を呼べば、勢いよく尻尾を振る。そうしてシャオの周りの地面を掘り始めた。おぉ~とシャオが関心している間に砂を掘るかのように岩をがりがりと削っていく。

 ある程度隙間が空いたところでシャオが自力で這い出てきた。入れ替わるようにチビが穴に顔を突っ込む。わ、と小さいながらも聞きなれた声が聞こえた。チビの尻尾が全力で振られる。


「上がってきて大丈夫だよ、アオイ」


 シャオがそう声をかけるとチビは後ろに下がった。それを追うようにベリルが文字通り飛び出てくる。にゅっと細い手も顔を出した。男がそれを掴んで引っ張り上げる。


「わっ、とと……」


 一瞬宙に浮いた身体がゆっくりと地面に下ろされた。間を置かず、がっしりとした身体に抱きすくめられる。


「無事で良かった……」


 心の底から湧いたような言葉だった。それだけ心配していたのだろう。


「ご心配おかけしました」


 ぽんぽんと分厚い背中を叩くと体温が離れていく。傍らでシャオとエドワードが所在なさげに佇んでいた。その後ろからケルピーが走ってくる。


『アオイおかえりー!』


 頭の中に響いた声に、碧はきょとんとする。一拍遅れてワイバーンが砂煙を巻き上げながら舞い降りた。


『おぉ、無事だったか。良かった、良かった』


 ワイバーンが碧の事を覗き込みながらそう語りかけるので碧も理解したようだ。無言のまま2匹を指差すと、男が頷く。


「お話し出来る子もいるんですね……」

「俺も今日、初めて知った」


 エドワードが溜め息を吐いた。


「にしても早かったな。どうやったんだ?」

「シャオがトロッコに乗せてくれたんです」

「じゃあ、さっきの爆音は?」


 碧が曖昧に笑う。シャオもきまり悪そうに頭を掻いた。察したエドワードは質問をやめて苦笑いする。


「改めてオイラ、シャオだよ! ドワーフで炎の魔法使い!」


 元気よく自己紹介してくれたドワーフに男とエドワードも挨拶を返す。男はそのまま視線を碧へとスライドさせた。


「ナーストで教団の人たちからかくまってもらったんです」


 教団と言う単語を口にした瞬間、男が気色ばむ。が、直ぐにシャオへと笑顔を向けた。それを受け取ったシャオが少し目を伏せてもじもじと口を開く。


「それでオイラ、ミズガルドに居られなくなっちゃったからさ。ついてっていいかな?」

「君がいいなら、勿論……アオイちゃんのこと、助けてくれてありがとう」


 へにゃ、とシャオが笑う。友達だからな! と胸を張ったシャオに男も口角を上げた。

 こうして、ノア王国からの逃亡の旅にシャオが加わることとなったのだった。

ダイナミック帰還

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