Long time パルターナン
パラト歴215年 8月10日
旧メドゥ帝国領 クシャダス砦 周辺
悪友シドと戦神アレスが『教導者』として支配する異世界へ、その支配を打ち破る『侵略者』として舞い戻った私とダッキ。
けれど到着した先は・・・
「貴様ら、何者だ!?」
「敵襲!片方は丸腰だ!取り押さえろ!」
よりにもよって、『教導者』陣営野営地のど真ん中だった。
結果、四方をガッツリ塞がれた上、一斉に襲われた私たちは、一撃もやり返すことなく拘束され、装備もすべて没収。
粗悪な囚人服を着せられ、最寄りの城塞へと運ばれてしまったのです。
「嗚呼、囚人からスタートって、もしかしてこの世界には、ハヴォック神とかアルドゥインとかがいるんじゃなかろうか?」
「ハヴォ・・・?今異世界に居るのは、パラスとアレスだけ、で合ってるよね?」
「RPGネタのジョークだよ。・・・もぅ、あの駄女神めぇ。場所を選んで転送しなさいよぉ」
だが、いくら愚痴ってもあちらの世界には聞こえない。前回の時、2つの世界間で通信する為には、この世界に常駐しているもう一柱の女神、パラスを経由する必要があった。
だが彼女は現在、反アレス陣営の最前線である都市アトネスの防衛に徹しており、そこから動けない。
だから異世界に着いた私たちは、最初にアトネスを目指す予定だった。のに・・・
「・・・ねぇ、老け顔の兵隊さん。私達って、どうなるの?」
「誰が老け顔か!?・・・何もない所から突然、高等な魔道具を身に付けて現れたんだ。貴様らは『異世界人』とやらなのだろう?」
「あ、私達みたいな人たちの事、知ってるのね?」
「このパルターナンに福音をもたらす、あるいは災禍を振りまく為にやってくる者達だと聞いている。だが、前者は我らが王の居るアレオパゴス城でのみ召喚される。つまり貴様らは、災いの種。よって処刑が決定している」
「しょけっ・・・!?待って待って待ってぇ!ちゃんと取り調べてから判断してよ!」
問答無用で有罪判決なんて、まさしく某タムリエルの帝国軍の所業!邪悪なドラゴンが襲撃してくれなければ、助からないパターン!
私は御者席へ詰め寄ろうとするが、両手を縄で拘束されている所為で、馬車の揺れに耐えられず、尻餅をついてしまう。
そこへさらに、無慈悲な宣告が突き付けられる。
「黙れ!我が王からのお達しだ!城へ招かれた者以外の『異世界人』は、見つけ次第即刻処刑せよ、とな!・・・おっと、そろそろお別れのようだぞ、囚人」
老け顔の視線を追うと、馬車の行く先に石造りの城壁が見えた。
「あぁ、うそでしょ!?終わった・・・始まる前に終わった」
「あ、あわわ・・・そ、そうだ、イオリ!干し柿、干し柿を隠し持ってたんだ!私。この間、イオリに借りた本で知って持ってきたの。あるブショウが敵軍に捕まった時、干し柿がラッキーアイテムに成ってたでしょ?・・・合ってるよね?」
引きつった笑みを浮かべながら、ダッキはどこからか出したドライフルーツを差し出してくれる。
でもね、ダッキ。その武将は石田三成で、干し柿はラッキーアイテムじゃなかったから・・・。
******
しばらく後
クシャダス砦 中庭
石積みの城門をくぐってすぐに、私とダッキは馬車から下ろされ、槍を突き付けられながら移動する。
顔は動かさず、眼だけで周りを観察してみたところ、木箱や束ねられた武具、地図の束が随所に積み上げられていた。どうやら、この砦は物資の集積場として使われているようだ。
城壁も高いところでおよそ3m。防壁というより敷地を区切る為だけのもの。籠城戦を想定した改修も行われている様子はない。
「(ここは最前線じゃなさそう。内地に近い地域なのかな?・・・でもその割には)」
石造りの塔の上部や見張り小屋には、いくつもの弓弩が備え付けられ、しかもすべてが上を向いている。まるで対空砲のようだ。その周りにいる兵士も、皆一様に、怯えと緊張で表情を固くしていた。。
「(・・・空からの襲撃を恐れてる?でも<エニューオー>はアレス陣営の兵器だし・・・)」
航空技術が未発達のこの世界で、飛竜以外に唯一空を征くモノ、それが魔導式飛行船<エニューオー>。
しかし、3隻造られた<エニューオー>は全て、ジェイルが撃沈した。今この世界で空の脅威といえるのは、シドが揃えた騎獣部隊だけのはず・・・。
「そこで止まれ!・・・シキン将軍、新たにアトネス側の『異世界人』2名を捕縛し、連行いたしました」
もっと情報が欲しかったが、残念ながら時間切れらしい。
私たちは砦の中心区画に当たる広場に辿り着き、そこで、山賊の頭領といった方がしっくりくる中年男と、赤黒いシミにまみれた腰ほどの高さの断頭台に迎えられた。ギロチンではなく、跪かせて斧で撥ねるタイプだ。
しかもその傍らには、見覚えのある甲冑を着た兵士たちが4人、私たちと同様に拘束され整列させられている。
オリーブの枝の記章、アトネスの守備兵だ。
「(イオリ、どうする?私が本気を出せば、空から脱出できそうだけど・・・)」
ダッキが、私達だけに聞こえる声で、そう囁きかけてくれるが、私は首を横に振る。
「(ダメ。どういう訳か、対空設備が整ってる。飛んだら撃墜確実ね。それに、どっちへ逃げればいいかもわからないし、あの人たちも助けないと・・・)」
でも、彼女の案が現状で唯一の生存ルートである事は間違いない。
ならば、私がやるべきは2つ。逃げるタイミングと方角を探す事。
「(太陽は・・・、こっちか)」
見上げれば、分厚い雨雲が8割を占める空の残り2割から、途切れがちに太陽が確認できた。
中天よりやや下。残念ながら、昼前なのか昼過ぎなのかを判断する材料はない、
しかし・・・
「(ん?・・・今、何か見えた?)」
薄雲で緩和された丸い光源の中に、小さな影が見えたような気がした。
だが、それが何かを確認する前に、私は背中を突き飛ばされ、処刑台へとよろめき出てしまう。
「まずは貴様からだ、小娘」
シキン将軍の合図で、私はさらに、前へ連れていかれ、ついには鉄と脂の臭いがする石の台へ、頭を押し付けられる。
ご丁寧に、太陽の方を向かされて。
「イオリっ!」
ダッキの悲鳴が聴こえるが、私は体を捻って抵抗の真似事をするぐらいしか出来ない。
「(あぁ、コンチクショウ!もうダッキに暴れてもらうしか・・・・ん?)」
一か八かの賭けに出ようとしたその時、ふと、両眼を刺していた日差しが和らいだ。
うっすらと瞼を開くと、丸い光の中、黒い大きな影がはっきりと見えた。
なぜか私は、それが大きな翼を持った4本足の動物で、背中に人が跨っているように思えて・・・
「(まさかっ!?)ダッキ!みんな!伏せてっ!」
予感は的中し、私が叫んだ直後、空から丸い油紙の塊がいくつも降ってくる。
そしてシキン将軍が、私の目の前で、それを不用心に拾い上げた。
「なんだこれは?・・スンスン、油と何かこげたにおっ(バァァン!)」
BBBbbbb・・・・
強烈な閃光と爆炎が、将軍の上半身を飲み込んだ。と同時に、他の場所でも同様の爆発が一斉に起こり、あたりには白煙が立ち込める。
敵兵たちは混乱し、私も拘束から逃れる事が出来た。
その直後、白煙の向こうから人影が飛びついてくる。
「イオリ!・・・どうなってるの、これ?」
妖孤の本性を露わにし、半獣半人の姿になったダッキだった。
私を取り押さえていたらしい敵兵を、回し蹴りで煙の奥へ吹っ飛ばしながら、状況の説明を求めてくる。
「これ、イオリがアトネスで作った爆弾?」
「・・・ちょっと違う。煙の量が多いから、発煙弾だ。でも、まだ試作段階だったのに、誰が・・・?」
ふと、混乱の直前に見えた影が脳裏に浮かぶ。
すると、求めていた答えが、煙の奥から叫び声として届いた。
「敵襲っ!アトネス軍だ!・・・<グルゥクス>ジェイルが現れたぁ!!」
「「・・・は?」」
私とダッキは、自分たちの置かれた状況を一瞬忘れ、ぽかんと口を開けてしまう。
すると、白煙の向こうからまた人影が飛び込んでくる。今度は、先ほど捕まっていたアトネス兵の内の1人だった。
どうやら自力で拘束を解いたらしい。
「お前ら、無事か?一緒に来い!アトネスまで脱出させてやる!」
私と同い年ぐらいの青黒い髪の青年は、そう短く伝えると、私の手を取って駆けだす。
私もとっさにダッキの腕を掴み、3人で数珠つなぎになりながら、白煙の中を逃げる。
「対空!何をやってる!?早く撃たんか!」
「駄目です!弓弩の半数が潰されました!射手もかなり食われて・・・うわぁぁ!」
頭上から悲鳴と共に、砕けた壁とバリスタの残骸が降ってきて、前方の道を塞がれる。
そして最後にその上へと、重力に逆らってふわりと降り立つ者達がいた。
白いライオンの胴体から生える四肢は、後ろが蹄で前は鉤爪。金色の両翼を持ち、その頭は猛禽。
現実世界では、文化の垣根を超え各地で語り継がれる伝説の獣、グリフォン。
その背にまたがり、黄金の手綱で操るのは、黒地に金と朱の糸で劫火を全体にあしらった陣羽織を纏う女騎士。
私とダッキは、彼女たちをよく知っていた。
「うそっ!?」
「・・・ナイルに、イリアス!?」
「っ!?・・・ダッキ?それに、そこに居るのは・・・まさかっ」
辺りに怒声と轟音が満ち、火の手もあがり始める中、私たちは互いに見つめあったまま、しばらく動くことができなかった。