<侵略者(アグレッサーズ)>
全ての始まりは、ギリシャ神話の女神アテナの企てだった。
知恵と防衛戦を司る彼女は、常に新たな知識を探求しており、ある日、一つのテーマに目をつけた。
『天地創造』
簡単に言えば、私たちが生きているこの世界を誕生させるという、ギリシャの神々の祖、ガイアとウラノスが成した偉業である。
それを自分で再現したい、と一念発起した女神は、まずは単独で異世界『パルターナン』を創造した。
けれど、その初代『パルターナン』は、人間たちの内紛により呆気なく自滅。
反省点として、『独りでやったから失敗した』と気付いたアテナは、叔父である海神ポセイドン、彼の息子トリトンの娘(要は海神の孫)であり、アテナの幼馴染(?)でもある女神パラス、商いの神ヘルメスらを巻き込み、『パルターナン』再生の為、一つの奇策を実行した。
それが、『エレウテリア・ファンタジー・オンライン(EFO)』。
剣と魔法、そして魔物の存在する広大なフィールドを舞台にしたVRMMORPGを、『天地創造』の成功例である現実世界の人類にプレイさせて、その内容をサンプルデータとして収集したのだ。
私、佐村庵も、そんな女神の思惑など知らずに、ジェイルというアバターに扮し、『EFO』の世界へ集ったゲーマーたちの1人だった。
(因みにアバター名は、私の名前を、さむらいおり→さむらい・おり→サムライ・檻と捩ったのが由来)
・NPCが存在せず、アイテムのやり取りはプレイヤー同士の物々交換のみ。またモンスターがドロップする通貨と素材以外は、武器も防具も、『街』ですら自作しなければならない。
・安全地帯は存在せず、初回ログインで降り立つスタート地点にも、即死級のモンスターが沸く。(造った『街』も防衛しなきゃ壊される)
・キャラが死亡すると、それまでのデータがアカウントごと消去されるという鬼畜仕様(しかもPKが禁止されていない)。
まさしくタイトルの通り『エレウテリア(ギリシャ語で『自由』の意)』なゲームだったが、全てが自由自在という魅力に惹かれた全世界1億人のゲーム廃人たちと共に、私は就職浪人予備軍になりつつ、のめり込んでいた。
弓での狙撃や隠密を得意とし、マナー違反を繰り返すプレイヤーばかりをPKする義賊ロールプレイヤー、通称<ナスティ・ジェイル>。それが仮想世界での、もう一人の『オレ』だった。
そんなある日、私のゲームアカウントに、運営会社『ミネルヴァ・カンパニー』から一通のメールが届いた。
受験した覚えのない、採用試験の合格通知。悪戯かと無視しかけた私だったが、次の瞬間には、女神アテナの御前へと瞬間移動させられていた。
そしてそこで、私は『EFO』の全貌と、アテナの企てについて知らされる。
だけど、私達のプレイデータを反映させて新生した『パルターナン』は当時、ある程度の発展を遂げたところで、いわゆるマンネリ化した状態となっていた。
アテナはその対応策として、有能なEFOプレイヤーを直接現地へ送り込む『革命プロジェクト』を立案。私にその第2陣になれと恐喝、もとい提案してきた。
仕方なく、私はジェイルを再現した肉体を与えられ、神の遣い<グルゥクス>の1人として、パルターナンの地へ降り立った。
しかし、到着地点はどことも知れぬ森の中で、さっそく遭難。しかも王女を誘拐し逃亡中の賊一行と鉢合わせるという、最悪な出だしだった。
それでも、無我夢中で賊を倒した私は、王女イルマと、救出に来た女騎士のイリアスと縁を結ぶ運びとなり、彼女たちの故郷、都市国家アトネスでは、<グルゥクス>第1陣唯一の生存者であり、リアルでの悪友でもある、Mr.アラバマことシド・グリーンヤードと合流する事が出来た。
それから私は、シドの助言により、この世界を管理するもう一柱の女神、パラスから追加の加護を受けたほか、活動資金調達の為に、冒険者ギルドの門戸を叩いた。
お目付け役となったイリアスと一緒に、ゲームではおなじみの採取クエストや、突発的な狩猟クエストをこなしていった私だったが、同時期、アトネスは隣国メドゥ帝国の皇子グシャンの暗躍に悩まされていた。
彼を巡る騒動の中、私は盗賊ギルドの娘ダッキと出会い、彼女の協力の下、事態の収拾を図ったけれど、結局、グシャンによる侵略戦争が勃発してしまう。
だが、この戦争もグシャンの行動も、ある者達が『パルターナン』の支配を目論んで招いた事だった。
その者達とは、他でもない、悪友シドと戦の神アレス。
シドは、自分の思い描くMr.アラバマ像と実際の成果とのギャップに苦悩していて、そこでアレスに唆され、私達を裏切っていた。
それを知った私は、シドを連れ戻そうと一対一でぶつかり合い、結果、彼の放った銃弾をうけ、ジェイルのアバターを喪う事となった。
乱入してくれたダッキにより、現実世界へ戻る事は出来たけど、『パルターナン』はアレスの介入によって、凶暴な魔獣がはびこり、Mr.アラバマが武力で支配する戦乱の世界に成ってしまった。
・・・それから、4か月が経った。
******
パラト歴215年 8月10日
旧・メドゥ帝国 街道(魔界領域)
不吉を予感させる、どんよりとした曇り空の下、とある一行が、石畳が敷かれた街道を進んでいる。
2頭立ての馬車1台を中心に護衛の騎兵が4人。『X』の隊列を組んでおり、その足並みはゆっくりとしている。
馬車の先頭には御者と付き添いの兵士が1人ずつ。そしてその後ろの荷台では、私=佐村庵が、旅の供である少女と横並びに座り、景色を眺めていた。
「・・・ひな祭り、り」
「・・・リトマス試験紙、し」
「し!?・・・あ、しょうぶ湯、ゆ!」
「ゆ・・・遊星歯車機構、う」
「え?なにそれ聞いた事ないんだけど」
「簡単に言うと、歯車の組み合わせの一例、車のエンジンとかに使われるの。はい、う」
「う・・・浮世絵、え」
「・・・塩化ナトリウム、む」
「(にやり)睦月!き」
「(ふっ、甘いわわ)キメラ、ら」
「ちょっと、それ魔獣の名前でしょ。はい、反則負け~」
「それを語源にした、立派な科学用語よ。1つの身体に2つのDNAを持つ、特殊体質。ほら次、ら」
「ら!?・・・ら、ら、ら・・・ら~ら♪、らら~ら~、らら~ら~♪」
単語ではなく、某料理ドラマの主題歌をハミングしだす相棒に、私は自分の勝利を確信した。
そのとき、前に居る兵士がこちらを向いて、私達を怒鳴りつける。
「おい、後ろ!さっきから何を意味不明な事ほざいてやがる!?」
「なにって、『しりとり』よ。し・り・と・り。単語の最後の言葉を、次の単語の頭文字にしていくゲームよ。おじさんもどう?一緒にやる?」
「誰がするか!それに俺はまだ21だ」
「うっそ!?私より3つも年下!?ゴメンねェ、そうは見えなかったぁ」
「・・・くっ、良いから黙ってろ。自分の立場をわきまえているのか!?」
「当然。だからこそ、人生最後の時間を、できる限りで楽しんでいるんですぅ。ね、ダッキ」
「・・え?なに?聞いてなかった。でも見つけたよ、蘭学!オランダの学問の古い呼び方、で合ってる?」
「クロロホルム、ム」
「む!?・・・ムラマサも村雨もつかったしぃ・・・これ以上無理ぃ~!ねぇ今度は『日本』縛りじゃなくて、『3文字以上』縛りにしましょうよ!」
「・・・もういい、勝手にしろ!・・・なんなんだ?今日の囚人共は」
そう、私とダッキは、ノンビリ馬車の旅に興じているのではない。
異世界へ来て早々に捕縛され、処刑場があるというとある砦へと連行される道中なのだ。
そしてその原因は、我らが主神であるはずの女神、アテナの采配だ。
*****
数時間前(仮想西暦2035年 8月10日)
東京都 唄月市 『ミネルヴァ・カンパニー』日本支社
地下 転移鏡の間
私たちの世界と『パルターナン』を繋ぐゲートが設置されている、プラネタリウムのような空間で、私とダッキ、そして2色の瞳を持つ女神が、出発の最終確認をしていた。
「ようやく、準備ができたようですね」
「ええ、こちらはばっちりです。というか、あれだけやってまだ不足だというなら、もう身体がもたないよ」
4か月の地獄、もとい鍛錬の末、佐村庵の肉体は、トップアスリート並みに引き締まったものになった。
体脂肪率は1桁、腹筋はうっすらとだが割れ目が浮かび、ニート予備軍時代に貯まった脂肪は使い果たした。(おかげで毎朝、文字通り手製のフルーツジュースを作れるようになりました)。
そんな私の仕上がりを確認したアテナは、及第点、というようにうなずくとこちらへ向かって手をかざす。
「『ネメアの獅子』狩り、ケイローンズ・ブート・キャンプ、メドゥーサとの組手、ミノアでの迷宮合宿・・・。あなたは多くの試練を乗り越えました。その対価として、ポセイドン叔父様とヘルメス、ヘファイストスにより合作された装具一式を授けましょう」
女神がそう宣うと、鏡の裏面に控えていたアラクネさんとメドゥーサちゃんが、ワゴンを引いて現れる。
その上には、金と朱で炎の装飾をあしらった黒地の防具と日本刀が乗っていた。
EFOで私がシンボルマークとしていた、『ゴクエン・シリーズ』を再現した装備だ。
2人に手伝ってもらいながら、数分かけて装備を身に付ける。
プラスチックのように軽いが、銃弾を受けても衝撃が内側に届かないほどの頑丈さを持っている、らしい。
一方、ダッキはというと、いつの間にか自前で用意した衣装に着替えていた。
中国の仙女のような、青を基調とした着物姿。鎧を着た私と並ぶと、真夏や年末にある某イベントのコスプレイヤーにしか見えない。
そんな私たちが身支度を整え終わるのを待ってから、女神は片手をこちらに掲げた。
「最後の仕上げとして、私から『パルターナン』で活動する為の加護を授けましょう」
直後、私の身体が一瞬だけ暖かい光に包まれる。
しばらく様子を見るが、特に異常は感じない。
私は、ほっと安堵のため息を吐くが、アテナは何やら不満そうだ。
「貴女の望むまま、2つの加護だけを授けました。ですが、本当にそれだけでよろしいので?敵は皆、アレスからより多くの加護、強靭な肉体や特殊な能力を与えられているのですよ?」
そんなアテナに、私は首を横に振り、言葉を返す。
「それは加護ではなく、呪いなんだよ。Mr.アラバマ、いいえシドは、アレスの呪いに苦しめられている。あいつは、親父さんの過保護から逃れる為にパルターナンに行って、自分の実力を知って挫折して。そんなときにアレスに誘惑されて。そんなあいつの目を覚ますには、ジェイルじゃない、人間、佐村庵としての私が行かないといけないの」
(まぁ、シド以外の相手、モンスターとかガチな兵隊を相手する為に、ゲームならSSR越えのアイテムを初期装備にしたことには、眼をつむっておく)
「まぁ!」
私の言葉を聞いたアテナは一転、心の底から楽しそうに、暗面の笑みを浮かべる。
「素晴らしいですわ、<グルゥクス>イオリ・・・いいえ、佐村庵。あなたのおかげで、私はまた一つ、人間という祖神の最高傑作の、新たな側面を理解することができました。知を司る女神として、これほど効用を味わえる機会はありますまい」
「あ~はいはい。そりゃどうも。わかったから、早く転移してくださいな。・・・できれば戦争の最前線から遠い、安全な場所に」
知的好奇心がくすぐられ、駄女神スイッチが入ってしまったアテナに、私は投げやり気味に催促の言葉を投げた。・・・投げてしまった。
前回、丁寧に転移しなかったために、予定地点から遠く離れた森の中へ落ちたことを忘れて・・・。
その結果、
「はっ!いけないいけない。それではお待たせしました。佐村庵、そして千年狐狸精のダッキ。あなた達の健闘を見守っています」
誤魔化す為か、所々の動作が雑になりながら、アテナは転移鏡を作動させた。
そして、私たちは虹色に輝きだした鏡面へと飛び込み・・・・。
気が付くと、アレスのシンボルを掲げた軍隊の野営地、そのど真ん中に着地したのだった。