<教導者(アグレッサーズ)>
拙作の一つ「ナスティ・ジェイル」の続編です。
しかし本作とは某型月のSNとZERO、あるいはApocryphaという関係にあり、どちらから読んでいただいても構いません。
・Aggressor
名詞(可算名詞)
語意:1侵略、またはそれを行う者。
2軍隊の演習・訓練において、敵役を務める部隊。教導部隊とも。
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仮想西暦2030年 某月某日
気が付くと、俺は冷たい床に倒れていた。
初めは頭に霞がかかっていて、異変に気づかなかった。が、ふと何気なく起き上がり周囲を見渡すと、視界に捉えた異常な有り様に飛び起きる。
「・・・う、ううん?・・・うわっ、なんじゃこりゃ!?」
俺はついさっきまで、我が家こと、安アパートの六畳一間の中で、缶ビール片手にネトゲをしていたはずなのに。今は、広さすらわからない暗い空間のど真ん中。
寝かされていた床は石畳で、俺を中心に何か細かい紋様がびっしりと埋め尽くされた円が描かれている。
俺自身とその円を照す明かりは、まるで檻のように周囲を囲むよう並ぶ燭台の上の蝋燭だけ。
ゆらゆら揺れるその灯りの外側は、真っ黒い壁に遮られたように何も見えない。
そして次に、居場所だけじゃなく服装まで変わっている事に気づく。
「・・・なんだぁ?この格好」
下は、ブカブカで薄汚いダメージジーンズに裸足。上は、裸の上に山賊みてぇな毛皮のチョッキ1枚のみ。そして、その下からちらりと見えるのは、入れた覚えのないトライブタトゥー。
だが不思議と、この格好には覚えがあった。
「こいつぁ、EFOのコスチュームか?」
「その通りだよ、カンタ・ヒャクヨウ。いや、ギルド『レイダーライダーズ』のマスター・勢鬼松と呼んだ方が良いか?」
突然、暗闇の奥から若い男の声が聞こえた。と同時に、暗闇の奥がパッと明るくなり、RPGの玉座のような場所に腰かける、カウボーイの姿を浮かび上がらせた。
そう、カウボーイだ。チェック柄のシャツの上に上品な革チョッキを着て、履いているのは膝の破れていない青いジーンズ。金の短髪と、ニヤリと細められた青い目が、薄茶色のハットの下から覗いている。
西洋の城にカウボーイというそのミスマッチにも見覚えがあり・・・・いや、むしろそれで全てを思い出した。
「あんた、Mr.アラバマか!?俺は本当に、異世界へ来たのか!?」
親の金で借りたアパートの一室で俺、百葉幹太は、VRMMORPG『エレウテリア・ファンタジー・オンライン(EFO)』をプレイしていた。
そしてゲームの中で、目の前でふんぞり返る男、Mr.アラバマに声を掛けられたんだった。
『こんな低レベルなお遊戯じゃない、本物を体験してみないか?」
最古参組の1人であり、そのカリスマ性から知名度も抜群。そんな男からの誘いに俺は興味をもって、イエスと即答した。
そしてMr.アラバマからダイレクトメールで届いた『招待状』を開いて・・・。
『異世界パルターナンへようこそ』
そんな文面に首を傾げた直後に意識が途切れ、気づいたらここに居た。
「そう、異世界だ。正確には、ギリシャ神話の女神アテナが作った箱庭、『パルターナン』。俺達がプレイしていたゲームを参考に創造された、剣と魔法、そして冒険が待ち受ける世界。もちろん、ドラゴンやゴブリンなんてモンスターから、エルフ族や妖精族なんてのもいる」
「え、エルフに妖精、だと!?」
俺がごくりと喉を鳴らすと、アラバマは「証拠を見せる」と、指をパチンと鳴らした。
すると玉座の後ろから、肩に青紫に光る何かを乗せた女が1人、現れた。
よく見れば、胸まで伸びた金髪から左右に飛び出している耳は、直角3角形型。そして肩で光っているのも、白い肌に蒼い髪の小人だった。
エルフとピクシー、ファンタジーゲーマーなら一度は夢に見た存在が、目の前にいた。
2人を従えるように振る舞いながら、アラバマは更に説明する。
「ここは俺たちの拠点。世界の東半分の中心、ウエイスト連合国首都、アレオパゴス城の玉座だ。ここに呼ばれたお前さんの役目は、この世界を賑やかしていくこと。戦神アレスの遣い<スパルテュイ>としてな。ま、俺は<教導者>ってぇ呼び名の方が好きなんだが」
「・・・アレス?さっきはアテナっていってなかったか?」
ゲーマーである俺は、アテナもアレスも知っている。
どちらもギリシャ神話に登場する神だが、互いにすこぶる仲が悪いという設定のはずだ。
すると、俺の疑問を予想していたようにアラバマは頷くと、一変して残念そうに肩をすくめるポーズをとった。
「ああ、そこがこの話のキモなんだ。・・・この世界は初め、女神の実験場として作られた。テーマは『天地創造』。つまりは、俺たちの住む世界とおんなじものを、自分の手で再現しようとしたんだ。だが、失敗した」
「失敗?」
「ああ、この世界は魔法の力があるにも関わらず、文明は古代ギリシャレベルで停滞、つまりマンネリ化しちまったんだ。俺も最初は女神の遣いとして、テコ入れにチャレンジさせられたんだが、邪魔が入っちまってな。それがこいつらだ」
パチン、と指をならしたアラバマの頭上に、3人分の顔写真がホログラムのように浮かんだ。
その中の一つに、俺は見覚えがあった。唯一「×」マークで消されている、某有名劇団の男装女優みたいな顔のそいつは、EFOで俺の分身を殺した・・・。
「ジェイルっ!」
「そう、EFOでは<ナスティ・ジェイル>の二つ名で呼ばれるブービートラップ使い、ジェイル。こいつは俺よりも後にこの世界に来たにもかかわらず、他の2人、この世界の女神パラスや、都市国家アトネスの王女イルマと結託して、俺の邪魔をしやがったんだ。この世界を発展させないように、自分達の利権を守る為に」
「な、なんてひどい野郎だっ!」
自分がその立場にいれば、同じ選択をするであろうことは黙っておいて、俺はアラバマが気に入りそうな返答をした。
すると、アメリカ人の若造は、こちらの読み通り、嬉しそうにこちらを見た。
「だろう!?だがそんな俺にも、別の神が味方してくれたんだ。それがアレスだった。かの男神は、アテナの創ったこの世界の欠陥に気づき、俺を彼の遣い<スパルテュイ>として選び、この世界を正しい方向へ導くという使命を与えてくれた」
ダンッ、とブーツを鳴らしながら発ちかあがると、Mr.アラバマは、一人芝居をやるように語り始める。
「そして今は、共にその使命を全うしてくれる仲間を募っている最中。で、お前さんは、その1人に選ばれた、というわけだ」
「神の・・・遣い」
事情が理解できた俺は、胸のうちから歓喜の衝動が沸き起こるのを感じた。
「・・・ぐふ、ぐふふふふ」
堪えきれず、笑みをこぼしてしまった。
ファンタジーな異世界、神様の遣い・・・
「まぁ、大層な肩書きだが、お前さんのやることは至極単純。俺達に反抗しているアトネス陣営を攻めて滅ぼす、つまりは陣取り合戦をやってもらいたい」
「・・・戦争か。なら、アラバマさんよぉ、一つ確認させてくれ」
理性を総動員して、落ち着きを取り戻しながら、俺は尋ねた。
「なんだ?」
「戦争ってことは、捕虜が出るよな?敵の兵士の。そいつらの処遇、とくに女の騎士とかは、好きに扱ってもいいんだよなぁ?」
「あ?女騎士??確かにちらほら見かけるが・・・どうするつもりだ?」
「んなもんきまってらぁ!ハーレムっきゃ、ねぇだろう!」
「・・・は?」
Mr.アラバマが呆れた風な声を上げたが、気にしない。
異世界召喚モノのお約束。それは、主人公の周りには美女が集まってくるという展開。
初期装備でモンスターにやられかけたところを、通りすがりの女冒険者に救われたり、その逆パターンだったり!冒険の最中に出会った敵の魔物娘を戦いで打ち負かし、手下に加えたり!いやむしろ、ラスボスである魔王が女で、最終決戦で惚れられて嫁になったり!
いや、こちらに惚れなくても構わない。これは戦争で、こっちは勇者なんだ。エロゲーよろしく『勇者の特権』でやりたい放題ができる。
あんなことや、こんなことを・・・・
*****
1人で妄想にふける幹太を、アラバマは冷めた目で見つめる。
が、ソレにも飽きると、玉座に背を預け、腰の銃を引き抜いた。
「はぁ・・・またハズレか」
「・・・あ?なぁ、あんた、いやアラバマさん?いったい何のマネd」
幹太がこちらの挙動に気づいた瞬間、アラバマはその眉間を躊躇いなく、無慈悲に撃ち抜く。
ドサッ
魔方陣の中へ仰向けに倒れた男の顔は、自分が死んだ事にも気づいていないような、ポカンとした表情が浮かんでいる。
アラバマはそれを面倒臭そうに一瞥すると、ぐったりと玉座に戻り、傍に控える金髪のエルフに命じる。
「おいディスノミヤ、さっさと片付けてくれ」
「もう。私は清掃係でも、ましてや商品サンプルでもないのだけれど?」
エルフの女は、ため息と共に愚痴を漏らしながら、しかし指示には従い、死体へと手をかざす。
「おいで、カリュブディス。ご飯よ」
すると、魔方陣周辺の床が、水面の様に揺らぎだし、やがて死体を中心に、直径3mほどの渦が出来上がる。
そして幹太の遺体は渦の中心へと、瞬く間に沈んでいった。
その数秒後には渦も消え去り、まるで今までのやり取りが初めからなかったように、広間は静まり返る。
そして、アラバマのため息だけが響く。
「あーくそっ!これでなん連続目だ?完全に『爆死』じゃねぇか。おいシルウィアてめぇ!ピックアップはちゃんとやってるんだよな?」
自棄気味に投げ掛けられた誹謗に、シルウィアと呼ばれた小妖精は反論する。
「私のせいじゃないわよ、あんたが設定した条件が問題なの!『ジェイルと関係のある人間』なんて、有能な奴らはとっくにアテナが囲っているのよ?こっちの召喚に引っ掛かるのは、今のみたいなザコかゲス野郎くらいね」
「そもそも、これ以上人数を集める必要があるの?あなたを含めて<スパルテュイ>、もとい<教導者>は12。対して反抗勢力は、残り7カ国。アレス神の魔獣たちも使って、2人で1カ国ずつ掛かれば、十分制圧できそうだけど?」
ディスノミヤは冷徹に言葉を紡ぐ。
しかし彼女のボスは、素直には首を縦に振らなかった。
「けどなぁ。今のメンツじゃ、ヤツが現れた時の対策が不十分なんだよ」
「ヤツ・・・?」
「<ナスティ・ジェイル>、サムラ・イオリだよ」
「ジェイルって・・・あなたと喧嘩別れして、撃たれて逃げた?もう4ヶ月も音沙汰無いじゃない」
「戻ってくるさ。オレの知ってるイオリなら、な」
Mr.アラバマは苦笑しながら立ち上がると、クリスマス間近の子供のように、心底楽しげに語り出す。
「だが、どう仕掛けてくるかが解らねぇ。前回、ヤツを仕留めきれずに逃がしちまったのもそのせいさ。リアルで15年、ネットでは5年、家族同然に付き合ってきた仲。だがら手の内は全部知り尽くしている・・・はずだった」
「じゃあ、なんでトドメさせなかったのよ?」
もう何度目か数えるのをやめるほど、同じ話をを聞かされているシルウィアは、うんざりした顔で文句を垂れた。
ディスノミアがそれを諌める。
「シルウィアっ!」
「いや、いいんだ。ディスノミア」
アラバマは平気だとアピールしながら小妖精の言葉を受け入れた。
「ああ、そうだ。俺はヤツを仕留め損なった。しかもクソ忌々しい弁舌をほざかれた。・・・イオリは、俺が知らない間に限凸レベルアップしてやがったんだ」
だからガチャを回すのさ。と、Mr.アラバマは、ようやくエルフと小妖精の方を向いた。
「昔のジェイルではなく、今のサムラ・イオリを知る、特効キャラを引きたいんだよ。ってなわけでシルウィア・・・」
「だ~か~ら~。あんたの言うレアキャラは、アテナに邪魔されて召喚できないんだって!あんたの言い回しを使えば、『ぴっくあっぷの対象外』っ!」
ブンブンと全身を振って否定するシルウィア。しかしそこへ唐突に、暗がりの中から軽薄な声が投げ掛けられた。
「おやおや~、それならアッチの世界の人間にこだわる必要はナッシング、なのでは?」
次の瞬間、左手の柱の影から、道化の装束を身に纏った男が飛び出し、玉座のすぐそばへと、ピョンピョン跳ねながらやってくる。
そして彼を皮切りに、こっそりと一部始終を覗いていた面々が姿を表し始める。
髪と目元以外の全身を包帯で覆った少女に、逆に胸元と股関節だけを毛皮で隠す、半裸姿で両手斧を担いだ女。そして、仙人の装束を纏い、腰の左右に2本の青竜刀をぶら下げた女。
「なんだお前ら、居たのかよ」
Mr.アラバマは、現れた者たちに警戒を示さず、しかし呆れ声で呟いた。
それに道化男が返す。
「そりゃ定例会議の時間ですから~、むしろ居ない方が問題だねぇ。・・・て、半分くらいはマジで来てねぇし」
<スパルテュイ>として集められた者は全部で12名。しかしこの場に集ったのは、道化男と包帯少女、半裸の女戦士に仙女、そして玉座に最初からいるアラバマ達3人の、合計7名。この場にいるべき顔が5つ足りない。
「居ないのは・・・、ああ、いつものメンバーですか。召喚翌日から行方知れずとなったスウィンドラー氏はともかく、フォボス殿にダイモス殿、エリス様にエニューオー様。神話の時代よりアレス神に使えている従者が誰も来ていないとは・・・」
「・・・まぁいい。必要なときに働いてくれさえすれば、どこでどうしていようが見逃してやるよ」
ギリシャ神話のキャラは、身勝手なのがデフォルト設定。そう悟ったMr.アラバマは、態度を改めて一同を見やる。
「それじゃあ仕切り直して、だ。アーゲス、このSSR排出率がクソなガチャの代替え案が、何やらあるようだが?」
話を振られると、道化師アーゲスは包帯少女の方を指し示しながら、提案する。
「我らが宿敵、ジェイルが直近で活動していた場所といえばぁ、アトネスの冒険者ギルド。そこに所属する冒険者にぃ、フォリエ嬢の能力を使えばよろしい」
「ぇ、・・・わたし?」
名指しされた包帯少女は、びくりと身を強張らせ、隣にいた女戦士が、両手斧を構えながら抗議する。
「あそこは今、敵側の最前線だぞ!そんなところへアタシのフォリエを送り込むってのか!?ピエロ野郎」
「エ、エンデュラ・・・乱暴は・・・やめて。・・・コワイ、から」
「っ!ごめん、悪かった」
さらに縮こまったフォリエの姿をみるや、エンデュラは一変し、怒気を斧とともに治める。
アーゲスはやれやれ、と肩をすくめながら、続きを語る。
「ご心配なく。わざわざアトネスへ行かずとも、先日ラミアンの戦線で捕虜になった冒険者がおりましてぇ・・」
「・・・あいつらか」
Mr.アラバマは、ふと思い出したようにつぶやくと、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「いいアイデアだ。フォリエ、アーゲスと一緒にラミアンへ行ってくれ。他はいつも通り、各々が任された国を運営しつつ、ランダムエンカウントな反乱軍を蹴散らしてやれ。それと、サテュロ王国の制圧レイドは、1週間後に行う。そっちの準備もやっておいてくれ」
精神的な余裕を見せつつ、そう宣うアラバマ。しかし直後、シルウィアが何かに気付いたようにハッと声を挙げる。
「あっ、そんな事してる余裕ないかも。メドゥ帝国領内へ、誰か召喚されたみたい。それもアテナの術式で・・・ってぇ!この反応はジェイルとあの化け狐だよ!?」
「「「「「!?」」」」」
噂をすれば影、というタイミングでの敵の襲来に、一同の間に緊張が走った。
「(ま、俺にとっては、正しく原典通りの『説曹操 曹操到』だがな)」
と、Mr.アラバマは内心に沸き起こる喜びを押し殺しながら、仲間たちのもとへ歩み寄りながら檄を飛ばす。
「落ち着け!俺達はヤワな女神ではなく、屈強なるアレスに選ばれた<スパルテュイ>だ!この戦争に勝利し、発展途上の『パルターナン』を導くのは、俺達『教導者』だ!総員戦闘配置、侵略者を叩きのめせ!」
その声が玉座の間に響き渡る前に、アラバマを除く全員がどこかへと転移していった。
1人残された若き王は、玉座の背後の壁に飾られた、ライバルの置き土産であるダガーを睨みつけながら、独りごちる。
「4ヶ月か、ずいぶん待たせてくれたなぁ。さぁ、どんな策で来るのか、楽しみにしてるぜぇイオリ」
袂を分かった悪友との再戦に、アラバマは心を躍らせた。