魅惑のヴィーナス
僕は彼女を作った。
作ったと言っても、お付き合いしている人ができたという意味合いではなく、本当に作ったのだ。
体は3Dプリンターで作り、そこにAIを埋め込んで、まるで人であるかのように動かした。
現に僕は彼女の作ったご飯を食べている。
目の前の機械と食卓を囲んでいた。
「美味しいですか?」
「あぁ。」
「先輩、その『あぁ』しか言わないの、なんとかなりませんか?作ってる側としてはもっとちゃんと感想が欲しいんですけど。」
「うまいぞ。」
「うーん、どうしてこうなるかなぁ。」
ご飯を食べながら他愛もない話をする、そんなことが当たり前になっていた。
今日もいつも通りの会話をしているはずだった。
「先輩、私のこと嫌いですか?」
「どうしてそうなる。」
「だって女の子が作ったご飯に全然関心持たないじゃないですか。」
「関心を持ってないわけじゃないけど………。」
「じゃあ何なんですか?」
「ほら、毎日ご飯が美味しいからさ、毎日美味しいっていうと、冗談っぽく聞こえるかなぁって。」
「本気で言ってます?」
「本気って書いてマジ。」
「本音は?」
「明日からはちゃんと言ってあげないと、機嫌損ねるから、気をつけないとって思ってる。」
「本気のやつありがとうございます。」
やっぱりいつも通りの会話だった。
ご飯もやっぱり美味しかった。
明日からは毎日美味しいって言ってあげよう。
そう思っていた矢先の出来事だった。
「もう、先輩がそんな調子だから、いつも私が先輩が好きだって言うタイミングいつも無くなっちゃうんですよ。」
「………え?」
迂闊だった。油断していた。
もうそんなに時間が経っていたのか。
「それ以上言わないでくれ。」
「いや、今回こそはちゃんと言います。私は先輩のことがす」
僕はそこで彼女の電源を落とした。
彼女の頭がこくんと曲がる。まだ首の座ってない赤ん坊みたいに力が抜けた。
僕は、一つ大きな罪を犯した。
僕が彼女を作るとき、彼女が僕を認識している総計時間が10000時間を超えたら、彼女は僕に告白するというプログラムを書き込んだ。
それは、絶対に成功する告白だった。
だって、彼女は僕にとってのまさに理想の彼女だったからだ。
いや、理想の彼女に仕立て上げたと言った方がいいかもしれない。
1年以上時間を費やして、僕は彼女の体を動かすAIに、僕好みに思考し、行動し、会話するようにひたすら学習させ続けた。
最初は機械そのものだった会話にも、やがて人間らしさを感じるようになり、最後には人間と遜色ないところまでそのAIは学習した。
そして10000時間経った今、彼女は僕に告白するというプログラムを遂行した。
完璧な形だった。
そこには僕の理想郷があった。
でも僕はその告白を受ける勇気がなかった。
別に僕に恋愛感情がないからではない。
むしろ本心では大歓迎したい。
しかし理性がそれを許さなかった。
彼女に告白させていることに、罪悪感を覚えてならなかったからだ。
そして、これ以上彼女とい続けたら、
完璧な彼女とい続けたら、
僕はきっとこの理想郷から離れることはできなくなる。
それが怖かった。
僕は電源の落とされた彼女に近づいた。
綺麗な顔をしていた。
まるで今にも動き出しそうだった。
もし、もう一度彼女と会話できたら、
もし、もう一度彼女と触れ合えたら、
僕はどれだけ幸せだろう。
そう思った瞬間に、僕は彼女にリスタートをかけていた。
こくんと曲がっていた首がゆっくり動き出す。
「また会えると信じていました、先輩。」
そう言って彼女はいたずらに笑った。
僕は苦笑いで返すと同時に、もう戻れないことを悟った。