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彼方の隣人  作者: 夏目羊
14/17

12/21・泣けない宇宙人

 ふと思う。ここ最近、ずっと幼馴染と一緒だ。

 朝と放課後、それから夕食の時間。特に夕食の時間は三人ときどき四人で食卓を囲み、周は私の両親から家族の一員であるかのような扱いを受けている。それについては前から家族ぐるみで付き合いがあったため、別におかしいとは思わない。

 思わないが、夕食を共にするようになってから両親、特に母さんが高頻度でお土産に甘いもの(幼馴染の好物、ただし勘違い)を買ってくるようになったことには待ったをかけたい。

 一体どういうことなんだ。普段お土産なんてちっとも買ってこないのに。我が家は既に宇宙人に侵略されている!


 ……と、まぁ冗談はさておき。父さんも母さんも、周への好感度と信頼度はかなり高い。その理由を詳しく尋ねたことはないけど、きっと私が周と出会ってからあまり事故らしい事故に遭わなくなったことが関係しているのだと思う。


 一時期、外に出るとよく事故に遭いそうになる幼い私の身を案じ、両親はお祓いやらなんやらをいくつも試したことがあったらしい。

 伝聞調であるのは、私がお祓いをしてもらったことだとか、そういった事をあまり覚えていないからだ。ただ唯一、家から出してもらえなかった時期があったような……そんな記憶が何となくあるくらいなのだ。

 外に出られない私へ、両親は部屋遊びの為に本やゲームを買ってくれた。王子さまが出てくる話や男の子が冒険に出る話、蛙が東京を救う話は繰り返し何度も読んだ。

 ゲームは家族で出来るようなファミリーゲームと、それから魔王を倒す勇者が出てくるRPGなんかを買ってもらった。

 けれど現実問題、ずっと部屋の中に引きこもることなんて出来やしない。学校にだって行かなきゃならない。


 用心するように言い含められていたけど、事故というものは遭うときには遭うものだ。小学校から家へと帰る道すがら、私は隕石落下事故に巻き込まれてしまった。幸い怪我は大きなものではなかったが、大事をとって入院することになってしまう。

 その事件と同時期に、星川周は隣に越してきた。そして不思議なことに、ご近所づきあいで周と行動を共にするようになった私は事故に遭うことが少なくなったのだ。宇宙人をカミングアウトされた今、それは周が陰日向に助けてくれていたからだと私は認識しているが、真実を知らない母は別の解釈をしているみたいだ。


「周君には感謝してるのよ。ほら、あの頃のあんたって、あんまり喋らなかった周君について回って、お姉ちゃんみたいにしっかりするようになったでしょ?」


 つまり星川周と出会った私が、お姉さん風を吹かせてしっかりしだしたことの副産物として、事故回避が出来るようになったのだと、そう解釈したらしい。

 悩みの種を払拭出来てしまえるほど、娘に良い影響を与えた星川周。そんな存在に悪い印象を持つはずも無く。そんなこんなで水瀬一家の星川周への好感度は高く、信頼度もまたとても高いのであった。

 だから、好感も信頼も寄せている幼馴染がほぼ常に隣にいるという状況に関して私は窮屈だと思ったことはないけど、周はどうなんだろうか。

 夕食時は私の両親(特に母さん)に恋バナがどうのこうのといった面倒な絡まれ方をされていたし、ここ最近は私の身の安全を確保するためずっと隣に居てくれていた。

 彼の言う『観察』が重要な任務であり、観察対象に近づく為の正当な理由が出来たのは好都合なのだとしても、残業代が出るレベルの活躍っぷりだ。そこんところ、何か思うところは無いのか尋ねてみると周はあっけらかんと答えた。


「別に、なにも」


 わぁ、本当に何も思ってなさそうな顔。とても薄味な笑み。随分けろっとしている。私の質問はさらりと流されてしまった。


「紅茶とコーヒーどっちがいい?」という幼馴染からの二択の問いに紅茶と答えると、「ここで待ってて」と言って彼は扉の向こうに消えていった。

 今日は、久しぶりに周の家にお邪魔している。クリスマスイブかつ私の誕生日にどう過ごすか、話し合いをしに来たのだ。

 おじさんとおばさんは、事前情報通り留守にしているらしい。彼らが宇宙人だと判明して困惑の気持ちが大きいから、留守なのはタイミングが良かった。

 周の家に招かれるとき、通されるのは大抵リビングか周の部屋である。といっても、一時期全く話さなくなった頃くらいから周の部屋に入ることは無くなってしまったのだけれども。だから彼の部屋に足を踏み入れるのはこれが数年ぶりになる。


 久しぶりに入った周の部屋は私の記憶の中の周の部屋と変わったところがそれほど見受けられなかった。ベッドに勉強机、ローテーブルとクローゼットとそれから本がぎっしり詰まった本棚。家具は色味を統一しているのか、全てがシックな色で揃えられている。

 壁には世界地図と天体図と月の満ち欠け推移図が画鋲で貼り付けられていて、大きな勉強机の上にはデスクトップのパソコンと、地球儀、家庭用プラネタリウム等が並んでいた。どれも私の部屋にはないものだ。

 プラネタリウムは円形白色の胴体に台形の台座がくっついたような形をしている。あまり大きいものではない。勝手に触るのもどうかと思い、観察だけしてみることにした。

 つやりとしたボディはパールホワイトとも言えるような白色で、銀色のボタンがいくつか付いている。天辺には黒々とした穴が空いていて、ここから星が生まれるようだ。


「プラネタリウムが気になるの?」


 開いた扉から周が顔を出した。両手でお盆を持っている。お盆の上には白磁のポットと、それからカップとソーサー、ティースプーンの一揃いが二組ずつ。それに加えて平皿が一枚。平皿にはクッキー類とチョコレートが乗っかっていた。

 お盆をテーブルの上に置き、周は視線をこちらに寄越す。気にならないと言えば嘘になる。素直に頷けば「点けようか」と一言。無言で見つめあって、私は外を見た。冬晴れだ。雲ひとつなくて、外で太陽はぴかぴか光っている。


「昼間だよ」

「遮光カーテンだから、問題ないよ」


 窓辺に立った周が半分、カーテンを引いた。光が遮られて部屋の中が少し暗くなる。なるほど確かに遮光カーテンというものは、その名の通りかなり光を遮るらしい。光を遮った黒の中から彼はこちらを見ている。


「どうする?」


 ある種の、挑戦めいた問いであるかのように聞こえた。挑戦されたのなら、これは受けるしかない。他の誰でもない、私の唯一の幼馴染からの挑戦なのだから。



 ☆



 遮光カーテンを閉め切ってしまうと互いの顔を認識することも難しいくらい部屋は真っ暗になった。この部屋だけ空間が切り取られて、夜になってしまったかのような錯覚に陥る。


「寝転がっていいよ」


 勧められるままベッドに仰向けで寝転がった。控えめにスプリングが鳴いて、次いでプラネタリウムが点けられた。周も、星空観察のため私の隣で仰向けに寝転がった。やっぱりスプリングは控えめに鳴いた。距離は近過ぎないくらい。

 本物の空と比べると随分狭い箱の中で、私達は偽物の星空観察をしている。家庭用プラネタリウムは自動式の星座早見盤といった趣きの機械だった。ゆるりと回転する銀河系は十数分で一回りするらしい。特別高くも低くもない周の部屋の天井に、点と点を結ぶ線が散見される。観察するのに問題ないレベルではあるが、ピントが合っていないのか像は少しぼやけていた。


「周は宇宙とか好きだと思ってた」


 プラネタリウムを持っていることは知らなかったが、夏休みの宿題を図書館ですることになったとき、周は必ず一冊は宇宙に関する本を手元に置いていた。本がぎゅうぎゅうに詰まったこの部屋の本棚にも、宇宙に関する本は少なくなかった。

 だから私は周が宇宙だとかそういうものが好きなのだと思っていたのだ。しかし、彼が好きだと思っていた甘いものが特別彼の好きなものではなかった、という事実を知ってしまった今では、それもまた事実とは乖離した勘違いなのではないか?と、疑り深くなってしまった私はそう思っている。そして案の定、周は否と答えた。


「特に好き、だとかそういうことは思ったことはないよ。ただ、魚は水を見ることが出来ないでしょ?

 今までいたところを客観的に視覚情報として受け取ったのは体を獲得してからだから……興味がある、といった感じかな」


 近付き過ぎれば、見えなくなってしまう。確かにそれは真理だ。今までのあれこれを思って少しだけ笑ってしまう。シンプルに、距離を置くことで見えてくることもある。


「ホームシックになることはある?」

「ヒトとは違う。だからホームシックになんかならないよ。宇宙にはあまり興味をそそられるものが無いし」


 じっと息を潜めて目を閉じる。太陽光が入ってこないこの部屋は、少しだけ寒いような気がする。私と出会う前の周はここよりも寒いところにいたのだろう。体が無かったから、寒さや熱さは感じなかったのかもしれない。

 空気のない暗闇の中、浮遊する体のない幼馴染。体が無いのだから浮遊する感覚とも違うのかも。じゃあ体の無い幼馴染は宇宙空間に漂っていたのだろうか?それはちょっとシュールで、少し寂しい。地球外から来た隣人は静かに息をしている。


「それに、宇宙には君がいないから」


 偽物の星と違って本物の星は動かない。いつだって動くのは私達だ。コペルニクスさんとガリレオさんが教えてくれた。

 ベッドのスプリングが先程よりも大きく鳴る。「あさひ?」と訝るような声音はあえて無視してやる。

 半ば覆いかぶさるように至近距離で見つめれば、いつもは透徹している瞳が困惑の色に染まっていた。色付かない、滑らかな頬。切りそろえられた真っ黒な前髪の、指の通りはすこぶる良い。


「嫌なら体を押し返して」


 囁くように言えば微かに空気が固まった。けれども一向に体が押し返されるような気配は無くて、私はつい期待をしてしまう。望みがあるのだと思ってしまう。

 流れ星が視界に出現して消えるまでの時間よりも遥かに短い時間。口付けはほんの一瞬だけ。熱が伝わるか伝わらないかのあわいの上で爪先立ち。


「好き」


 瞬間、体勢が逆転する。いつだって周には余裕があって、私に配慮を欠かさなかった。そんな幼馴染が私の肩を痛いくらいに掴んで、ベッドに沈み込むくらいに押さえつけている。


 感情が無いだなんて嘘ばっかりだ。彼の瞳の奥で星がぱちぱちと弾けている。何かを押し殺したような声が私の鼓膜を揺らす。


「君は、この暗い部屋の中で僕にこうされるかもしれないということを予想しなかった?」

「君の、僕が知らない感情を引き出すために、僕が強引にこうしたかもしれないと想像はしなかった?」

「部屋を暗くして、ベッドに仰向けになるよう言ったとき、君は素直に従った。

 それは信頼しているから?それとも、感情の無い僕ならこういった行為に及ばないと思ったから?」

「こういった行為は、種の保存をするのに必要な行為だ。君たちヒトには必要のあることで、僕には必要ないものだ」


 周は呼吸を整えて、小さく囁くように言った。


「でも僕には、必要がないのに、その真似事が出来てしまう」


 人の体を模してはいるけど、根本的に何かが違う。彼の目から涙は出ない。例えどれだけ悲しく思っていたとしても、彼の目から涙は一滴も出てこない。

 周の表情を見ていると胸の奥がちりちり炙られているような感覚に陥る。何も言えないでいると、周はわざとらしい表情を張り付けてうわ言を呟くように口を開いた。


「こんな思いをするなら、()()は、()になりたくなかった」


 出てきた言葉が嘘だったなら、どれだけ嬉しかっただろう。周。周が泣けないのなら、私が泣くしかないじゃないか。天井の星がぼやける。投影された星座達は滲んでもう何が何だか分からない。

 目の辺りに手が翳された。ああ、()()記憶を消すつもりなのか。抵抗したいけど体が思うように動かない。きっと、周が抵抗できないように何かしているのだろう。

 少し前から思っていたけど、やっぱり神経系を支配出来るって、とんでもないチート技だと思う。これがゲームで、周という存在がプレイアブルキャラクターならば、一発で使用停止になるくらいの違反行動だ。文句は無限に出てくるけど、結局周には伝えることが出来ないまま、私は偽物の眠りに就くしかなかった。このオチ、あと何回体験すればいいんだか。

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