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彼方の隣人  作者: 夏目羊
12/17

12/19・彼女の話

 気付かれてはならない。勘付かれてはならない。悟られてはならない。

 少しの綻びだって見逃してはいけない。慎重に、丁寧に。見逃してしまえば、そこで終わりだ。終わってしまう。

 鏡の中の自分と向き合う。口の端っこを持ち上げる。大丈夫だ。自然に笑える。これならきっと上手くいくはず。


 さぁ、今日も幼馴染と一緒に学校に行こう。



 ☆



「今日の放課後、先輩のお時間頂いても良いでしょうか」


 デジャビュである。伸びた背筋が印象的で小動物めいた雰囲気の彼女は目線を上げ、私としっかり目を合わせてそう言った。


 朝の時間、朝礼の十分前、三年Fクラス後方の扉近く。やっぱり彼女の佇まいは堂々としたもので、彼女より背が高いはずなのに何となく圧倒されてしまう。彼女の言葉を受けて頭の中で今日一日のスケジュールを思い浮かべてみる。放課後に別段用事は無い。強いて言うなら周と一緒に帰る予定があるくらい。

「ちょっと待ってね」と芳野さんに断りを入れて、周へメッセージを送ってしばし待機。数分後来た返信メッセージは簡素なものだった。……わかったよ。階段には気をつけて、ねえ。


「放課後、大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

「うん。どういたしまして」


 なんとなく気まずく思っていることがバレてしまったのか、芳野さんは困ったような笑みを浮かべた。彼女のリラックスした表情を見るのはこれが初めてだ。使い古された表現なのかもしれないけど、小さくて可愛い花が綻んだような笑みに心が解れる。

「先輩、修羅場にはなりませんので。放課後に昨日の裏庭で待ってます」と言って芳野さんは自分の教室に帰っていった。


 席に着くと笑いをこらえた様子のミヤちゃんが「水瀬、また修羅場?」と聞いてくる。どうやら今までのやりとりを見られていたらしい。


「違うよ」

「芳野ちゃん、星川のこと好きなんでしょ?」

「よ、芳野ちゃん……?うん、そうみたいだね。話があるから裏庭まで来てくださいって」

「ほうほう!」


 昨日の裏庭。つまり私が昨日、初国君と掃除の時間に見下ろしていた場所だ。そこで芳野さんは周に告白をしていた。きっと彼女が話したいのはそれに関することだ。


「あの子の話を聞く義理って水瀬にはないんじゃない?」

「そうかも。でも、私個人が芳野さんと話をしたいから行くよ」

「……普通さ、自分の彼氏好きな子の話聞かないんじゃない?本当に水瀬って星川のこと好きなの?」


 ミヤちゃんの言葉を真正面から受け止める。果たして私は今、上手く笑えているだろうか。口を開こうとして、チャイムが鳴った。担任が教室に入ってきて教室内の騒めきが一時的に大きく、それからクラスメイト達が席に着いていくのに比例してその騒めきが収まっていく。ミヤちゃんは私の顔をじぃっと見たあとにやにやしながら、すぐ近くにある自分の席に着いた。


 短縮授業だったため、放課後はいつもより早く来た。待ち合わせの場所に駆けていくと、芳野さんは既にそこに立っていた。何やら考えごとをしている様子で彼女は空を見上げてぼんやりしていた。足音に気付いた彼女はこちらに体を向け、会釈をした。


「遅くなってごめんね」

「いえ、時間ぴったりです。ご足労ありがとうございます」

「いえいえ」

「先輩の好みが分からなかったので、その、適当に選んでしまったんですけど……飲み物二本買いました」


 大いに気を遣わせてしまったようだ。「ごめん、払うよ」と言うと彼女は「いいんです。わたしが話している途中、喉が渇いてしまいそうだと思って勝手に買ってきたんですから」と私の動作を封じた。彼女が持っているのは紙パックの飲み物だ。おそらく、昇降口近くに設置してある自販機で買ったのだろう。

 黄緑色のお茶の紙パックと、茶色いココアの紙パック。「どっちが好き?」と聞くと彼女は「どっちも同じくらい好きです。なので、先輩が選んでください」と答えた。

 迷う余地というものは、私の中にまるきり存在していなかった。ココアの紙パックを受け取ると、彼女はホッとしたように口元を緩めた。


「どうしたの?」

「いえ、その」


 同じくらい好きだと言ったんですけど、正直に言いますと、わたし、お茶の方が好きなんです。

 そう言って彼女は眉を下げて笑ったのだった。



 ☆



 まず初めに、色々引っ掻き回してしまってすみませんでした。でも、星川先輩に気持ちを伝えられることが出来て本当に良かったです。

 身の内に気持ちを閉じ込めたままだったら、きっとわたしはこの気持ちを持て余して拗らせていたと思うんです。

 今まで、そこそこ長い間、星川先輩に彼女がいないことは知ってました。告白とか……そういうのはずっと断っているって噂で耳にしていましたから。

 ああ、先輩はそういうことに興味が無い人なのかな、って思っていました。どこか不思議な雰囲気の人ですから、そういうことなのだと思っていたんです。ならわたしは告白をしても仕方ないな、と諦めていました。


 だから星川先輩に彼女が出来た、という話は本当に青天の霹靂でした。ちょっと言葉にするのは難しい気持ちです。色んな気持ちが混ざって、居ても立っても居られなくなりました。

 でも、言い訳めいて聞こえてしまうかもしれませんけど、世に言う、略奪だとかそういうものは狙っていませんでした。ええ、そうですね。星川先輩がそういった不誠実な誘いに乗るイメージはありませんでしたし。

 そうです。断られるのが前提でした。どちらかというと、必ず断られるから逆に安心していた……と言いますか。実のところ、結果が負け戦だと分かっていたから吹っ切ろうと思えたんです。そうじゃないと温めたままの気持ちが、腐って別の何かになってしまうような、そんな気がして。


 本当に、自分のことしか考えてません。わたしの勝手な想いに先輩二人を巻き込んでしまって本当に……う、謝罪の言葉を封じられると困ります。じゃあ言葉を変えますね。

 あのとき、あの言葉をわたしに言ってくれたこと、すごく感謝しています。ありがとうございました。あ、大丈夫です。ハンカチは自分のものがあります。

 あの、星川先輩にもよろしくお伝えください。ちょっと、先輩本人にお会いするのはしばらく出来なさそうなので。……話はここで終わりです。この寒い中わざわざありがとうございました。


 あの、最後に。先輩と星川先輩は幼馴染なんですよね?

 何かの折に星川先輩が甘いものを好きだと聞いたとき、星川先輩が言ってたんです。自分が甘いものを好きなのは幼馴染の影響だ、って。

 星川先輩ってあまり表情が変わらないんですよね。その先輩が笑いながら話していたので、それが頭から離れなくて。だからこの前もびっくりしました。星川先輩はあんな風に笑う人なんですね……。


 星川先輩も、お茶とココアだったらココアを選びますよね。誤魔化さないでください。誤魔化したって、その笑い方で分かります。分かっちゃいます。

 だって、お二人の笑い方、そっくりなんですから。どうぞ、お幸せに。

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