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彼方の隣人  作者: 夏目羊
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12/10・交通事故と放課後の宇宙人

 星川(ほしかわ) (あまね)は基本的に誰からも好かれるような人間である。


 通常装備が真顔で初見だと話しづらい雰囲気があるけど、一旦話をしてみればその印象はガラリと変わる。星川周は話を聞くのが上手く、冗談は通じるし、最後にはニッコリとまではいかないけれど笑顔だって見せる。誰にでも平等で、誰にでもその淡い笑みを向ける。成績は良くて、スポーツだって別に苦手って訳でもない。詰襟の学生服は違反無く着られていて、染髪をしていなければ、耳にピアスなんかも空けていない。

 そんな模範的優等生だから生徒会なんかにも入っていて、その上、顔が平均よりも整っていた。どこか中性的なその容姿は女の子に好感を持たせる。星川周がもっと王子さま的性格をしていたら、今よりもさぞモテていたことだろう。

 全部ぐるっとひっくるめて優等生的な彼の魅力は多くの女子生徒を惹きつけ、特に一部の優等生的な女子の間で密かではあるけれども確かな人気を誇っていた。バレンタインにいくつかチョコを貰っていたけど、義理より本命の方が多かったんじゃないかな。


 私から見た星川周は、まさに神様にエコひいきされてる人間、だった。だってあんまりにも出来すぎている。神様に「二物も三物も与えすぎですよ!」と直訴しに行きたいくらいだった。

 もちろん星川周にだって欠点はあるけど、そんなの彼の良いところの数に比べればちっぽけな数に過ぎない。私なんか欠点ばかりだし。


 星川周は基本的に誰からも好かれるような人間である。

 そして、そんなフィクションの世界に出てきそうな星川周は、


 私のたった一人の幼馴染だった。



 ☆



 隣に立つ人間の、薄皮一枚隔てた内側は本当に自分と同じものなのだろうか。


 そもそも人とは、ヒトとは何なのだろう。例えば、内臓の形や体液の組成が他のヒトと呼ばれる個体達と同じであったら、ルーツが根本から違っていてもそれはヒトと呼べるのだろうか。

 私は自身がヒトであるということを自認している。古い時代から連綿と続く命の営みのなか、母の腹からオギャアと産まれた私は、海に落ちたり交通事故に遭ったり謎の飛来物により頭を打ち入院したりもしたが、どうにか十七年間生きてきた。


 だがしかし、今回ばかりはもうダメかと思った。死んだと思った。けれども私の人生は紙一重で助かることが多く、今回も例に漏れず私は助かった。


 居眠り運転なのか、それとも別の原因があるのかは分からない。私を庇って幼馴染が吹っ飛んだ。幼馴染を轢いた車は数メートルほど蛇行したのち事故現場から豪速で去っていった。

 私達の他に道に人はいなくて、頭が真っ白になって、吹っ飛んだ幼馴染を見たくなくて、足が震えた。

 車はブレーキを一切踏んでいなかった。勢いがつき過ぎていた。車と幼馴染がぶつかる鈍い音が耳に残っているし、狭い道のどこかに勢いよく幼馴染がぶつかったような音だって聞いた。


 こわい。どうしよう。いやだ。見たくない。でも、(あまね)を助けなきゃ。幼馴染が死んでしまうことの方がずっと嫌だった。


 ろくすっぽ働かない思考を無理やり働かせて幼馴染を視界に捉える。倒れている幼馴染は息をしているかどうか分からなかった。厚めのコートが彼の体を包んでいて遠目じゃよく分からない。

 震える足を叱咤し、よろよろと周の元に向かう。持ち主から離れた学生鞄と片方だけのローファーが周のまわりに転がっている。血は出ていないみたいだけど、彼は倒れたままピクリとも動かない。私は震える手でスマホの緊急用ボタンを押した。


「き、救急車って110番だっけ」


 救急隊員さんに必要事項を言えるだろうか。でも言えなきゃ周が死んでしまう。


「この場合110番に電話するのは正しいけど、それは警察の番号だ。救急車を呼びたいのなら119番の方がいい」

「あ、そうだね。110番は警察だ」


 …………。


 淡い笑みだった。いつもと変わらない表情。だけど一点。明らかにおかしなことが起きている。


「あ、あまね」

「うん」

「首、首が逆」

「……」


 人間の首は三百六十度回る設計になっていない。指摘された周はじっと私の目を真顔で見つめた後、両手を使って首の位置を正位置に戻した。幼馴染の後頭部とご対面。いや、普通に怖いから。


 自身と目の前の人間が本当に同じ人間であるかということは、普通に過ごしていたら分からない。

 目の前の人間の細胞を顕微鏡で見れば分かるのだろうか。あるいは目の前の人間の腹の中身や頭の中身を実際に見なければ分からないものなのだろうか。


 約十年間、一緒に育った幼馴染がいる。疑ったことなんて一度も無かった。


「とうとうバレてしまったね」


 頭がクラクラする。私は、スプラッタホラーやS Fが苦手だ。薄っすらと笑う彼に私はただただ呆気にとられた。だって幼馴染が人間じゃない、なんて普通思わないでしょ?



 ☆



 星川(ほしかわ) (あまね)は小さいころ、無口で無表情で今よりも宇宙人的な男の子だった。

 小学二年生のとき、空き家だった隣に引っ越してきたのが星川家だ。星川のおじさんとおばさんは美男美女で、とても感じの良い人たちだった。その一人息子である周もまた輝くばかりに愛らしい顔立ちの子で、私は初め彼のことを女の子だと勘違いした。

 星川夫妻は二人とも働いているようで、ほぼ毎日帰りが遅かった。それなのにお手伝いさんを雇っているわけでもないみたいで、周は私と遊んだあと明かりのついていない家に帰るのが常だった。

 不憫に思った母は、お節介になるかもしれないと思いつつ星川のおばさんに提案したらしい。仕事が遅くなる日は周君を預かりましょうか、と。


 そしてそれからしばらくの間、周は夕飯の時間までうちの家にいることが多くなった。星川夫妻は食費に何やらたくさんの色を付けたお金を母に渡していたみたいで、うちの両親はすごく恐縮していたらしいけど、星川夫妻のキラキラ笑顔の圧には勝てなかったみたいだ。結局そのままお金を返すことも出来なくて、周には多く作りすぎた肉じゃがやらなんやらを沢山持って帰ってもらっていた。


 うちで預かることになった周はとても『良い子』だった。ワガママを一切言わない手のかからない子どもで、なんでも食べるしお手伝いも進んでやる。星川周は、およそ子どもらしくない子どもだった。

 周が家に泊まらなくなったのは小学校の高学年くらいの頃だ。それくらいになると星川のおばさんが早く帰って来られるようになっていたから、うちで預かる必要が無くなったのだ。


「水瀬さん、今までありがとうございました。()()()ちゃんも、周の相手をしてくれてありがとうね」

「いえ、周君には勉強を教えてもらったりしたので」

「それ以上に周はあなたから色々教えてもらっているわ。この子、前よりもくるくる表情が変わるようになったもの」


 その頃の周は出会った当初よりずっと表情豊かになっていたし、よく喋るようにもなっていた。


「全部、あなたにならったのね」


 何となく、走馬灯のように星川のおばさんの言葉が思い出された。そして現在、高校三年の冬。学校から家に帰る途中で事故に遭い、実は幼馴染が宇宙人だったことを知ってしまった。あの言葉。『ならう』という言葉はきっと習う、ではなく倣うだったのかな。なんて今関係ないことについて考えて現実逃避。


 体温を持つ少しかさかさした手。私のよりも大きな手が私の手を引っ張っている。行き先は私達の家の近くの公園だ。


「地球に何しに来たの?」

「ヒトの観察をしに」

 歩幅は周が上手く合わせてくれている。

「私の記憶を消したりとか、するの?」

「今はまだ消さない」

「いずれ消すんだ……。おじさんとおばさんも宇宙人なの?」

 星川夫妻を頭の中に思い浮かべる。感じの良いおじさんとおばさん。最近あまり会っていない。

「そう」

「家族なの?」

「家族という言葉は適切ではない。どちらかというと先輩と後輩という言葉の方が合っている」

「星川はおじさんにもおばさんにも似てるのに」

「親子は遺伝的に似る部分がある。あさひだって、ご両親に似てるでしょ?」


 要は地球の人間の親子を踏襲しているらしい。実際、彼の面立ちは、キリリと落ち着いた雰囲気のおじさんに似ていると言われれば納得できるし、綺麗め寄りかつ愛らしい雰囲気を持つおばさんに似ているとも言われればそれも納得できるような絶妙な造形をしていた。

 美男美女のおじさんとおばさんの遺伝子を、表面上受け継いでいるような周は、成長した今でも変わらず均整のとれた顔をしている。


 前を向いている周をぼんやり見ていたら、突然視線がこちらを向いた。車一台通れるか通れないかという幅の道の端で立ち止まり彼は私の手を引いた。距離が詰められる。

 宇宙をぎゅっと閉じ込めたような真っ黒な瞳には『観察』という言葉がしっくりくる。感情を交えないそのフラットな視線は、彼が小さな頃から時折、私に寄越すものだった。


「……さっきは周と呼んだのに、何故、今度は苗字でぼくを呼ぶの?」

「さ、さっきのは気が動転してたから」


 あまりにも近い距離に動揺が隠せない。周は眉根を微かに寄せて、じっと私の目を覗き込んでいる。


「……ぼくは情報を秘匿するため、ここでの生活は障害なく営めるようにしてきた。人間関係において波風が立たないよう、余計なことは言わないようにしている。

 でも、この際だから言っておくけど、ぼくとあさひは幼馴染だ。仲だって良好で、世間一般からしてみれば親密な間柄だ。親密な間柄の人間は、より砕けた親密な呼び方で互いを呼ぶ。

 それなのに中一の冬から君は一歩引いた『星川』という呼び方でぼくを呼んでるわけだけど、それは何故?」


 の、ノンブレス……!

 変なところで宇宙人を発揮しないでほしい。こちらを見やる瞳は何とも無垢な瞳だ。ただただ純粋に疑問を呈している。宇宙人みたいなやつだな、と思ったことは実際、何度もあった。

 周は人の感情の機微に疎い。だから、そういった事柄に関して私に何でも聞いてきた。小さい頃はそれが顕著で、ここ数年は「インターネットを使って調べれば」で躱すことが出来ていたけど。繋いでいた手をほどき周の平たい胸を両手で押して距離をとる。


「インターネットを、」

「ぼくが聞きたいのは不特定多数の答えではなく、君の答えだ」

「……中学生くらいになると、男女で仲良くしてたらからかわれるでしょ。それが嫌だったからだよ」


 呼び方を変えたとき周は何も言わずに私に合わせてくれていた。学校では私のことを「水瀬さん」と普通に呼んでいたけど、実は疑問に思っていたのか。


「……高校に入ることができる年頃の人間は中学に入ることができる年頃の人間よりも精神的に発達しているのが普通だ。

 今更ぼく達が名前呼びをしているからといって、からかってくる人間が多くいるとは考えづらい。呼び方、戻しても良い?」

「今更変えても、『え、付き合い始めたの?』ってなるでしょ」


 彼は首を少し傾けた。彼の感情は何も見えてこない。


「それなら好都合だ」

「えっ」

「あさひ、付き合って」


 どう見ても好きな相手に告白するときの態度ではないし、そういう雰囲気でもなかった。彼の表情はあんまりにも平坦すぎる。何を考えているのかさっぱり分からない。

 でも、それも仕方ないのかもしれない。だってこの約十年間、私は星川周が人でないことを見破れなかったのだ。星川周について、私は何も分かっていなかった。そんな相手の真意を見破るなんて、出来ない。


「星川のその言葉の裏には、どんな目的があるの?」


 そう言った私の態度はあまり良いとは言えないもので、まるで不貞腐れた子どものような態度をとってしまった。そんな私に周は一瞬、若干戸惑うような表情を見せて顔を伏せた。まるで本物の人のようだ。胸のあたりがぎゅうと痛くなる。顔を上げた周は無表情だった。


「あさひの誕生日が訪れる約二週間後まで、あさひにはさっきみたいな生命の危機が多数訪れる。その危機から君を守る為にもぼくが近くにいた方が都合が良い。

 だから、ぼくと付き合ってほしい」


 宇宙人に、生命の危機。一体どこのSF映画?と言いたくなるような組み合わせの言葉は、今のこの状況と合わせると私の理解の範疇を軽く超えていた。


  そしてそんな混乱極まる私の顔を見た周は「あさひ、見たことない顏をしてる。すごく間抜けな顔だ」と、この場にそぐわない呑気なコメントをしたのであった。いや、わざわざそんなの教えてくれなくても良いから。

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