ある執事の1日 ー午前ー
およそ半年ぶりの更新……皆様、大変お待たせしました。
そしてすみません。オースチン視点、シリアスパートを書いた時点で力尽きてしまいました。
ちょっとこのテンションで後半パートは書けまへん……という訳で、前後編に分けます。
オースチンが本格的に活躍する後編も近日中に投稿しますので、今回はこれでご勘弁ください。
わたくしの名はオースチン。王城勤めの執事を経て、現在は国家公認薬師筆頭であるレオ様の屋敷の執事をしております。
執事の朝はまず、使用人全員が集まる朝礼から始まります。
屋敷の主人であるレオ様や、客人であるミツラ様が起きられるよりも早くに全員がエントランスに集まり、情報共有とその日1日の業務内容の確認を行います。
その後解散し、朝一番の最低限の清掃と朝食の準備が出来るまでの約2時間。この間にわたくしはレオ様に朝一番に目を通して頂く書類の準備を致します。
それが済みましたら、レオ様を起こしに参ります。
その際に書類も一緒にお持ちして、仕事に出られる前に目を通しておいて頂けるようにしておきます。
それが済みましたら、今度はミツラ様のお出迎えです。
屋敷の離れにお住まいのミツラ様は、使用人達とそう変わらない時間に目を覚まし、薬草園の管理をしておられます。
そのミツラ様が本館の方へ来られた際にお迎えするのも、わたくしの仕事でございます。
意識を集中し、屋敷の外へ聴覚を飛ばします。
庭園に聴覚を集中し、庭園を歩く足音を探ります。
足音というのは、実は多くの情報を含んでいるものです。音の大きさからはその人の体重、音質からは履いている靴の材質、音の鳴り方からは歩き方を、足音の間隔からは脚の長さと歩行速度を……などなど、足音を聞くだけでその人間に関して多くのことが分かるものです。わたくしくらいになりますと、この屋敷にいる人間なら足音だけで全員判別することが出来ます。
(さて、ミツラ様は……おや? 一緒にどなたか……ああ、なるほどそういうことですか)
ミツラ様とご一緒されている聞き慣れない足音の主に当たりを付けたわたくしは、お2人がいらっしゃる前に本館の玄関へと先回りしました。
そして、お2人が扉の前に差し掛かったところで、こちらから玄関を開いて出迎えます。
「おはようございます、ミツラ様、ラロザン様」
「……おはようございます、オースチンさん」
「ふんっ、相変わらず神出鬼没な男じゃな。貴様は」
「恐縮です」
ミツラ様の隣で不機嫌そうに鼻を鳴らされている顔見知りの男性に、わたくしは笑顔で応えます。
この方はヴジハ・ラロザン様。先代国家公認薬師筆頭で、レオ様のお師匠様です。本日よりしばらくレオ様が帝都を離れられるため、その間の薬草の管理と診療所の営業を代行するために、数日前からこの屋敷に滞在されています。
「ふんっ!」
わたくしの執事スマイルに、ラロザン様はまたしても鼻息を鳴らされます。……相変わらず、なかなかに気難しい方です。
「お食事のご用意が出来ております。食堂の方へお越しください」
「はい」
「……」
お2人の後を付いて、わたくしも食堂へ向かいます。
お2人の斜め後ろを歩いておりますと、ミツラ様がラロザン様に質問を投げかけておられるのが聞こえて参ります。ラロザン様はミツラ様にとっては大師匠に当たるお方。孫弟子として、この機に色々と聞きたいことがおありなのでしょう。
食堂に着きますと、わたくしはメイドと同じように壁際に控えます。
給仕は担当メイドである“盛餐厨”の3人の役目なので、ここでは基本的にわたくしは何も致しません。ただ、使用人達の動きに問題がないかを見張りつつ、不測の事態に備えておきます。……っと。
「あっ!」
「大丈夫です」
ちょうどミツラ様がグラスを腕で倒し掛けましたので、素早くその隣に移動します。そして、倒れる前にグラスを掴むと、傾いた方向へと素早く振り、縁から零れた水を完璧に回収してから元の位置に戻しました。
「どうぞ」
「あ、どうも……って、いやいやねーよ」
「?」
「いやいや、オースチンさん一瞬前までテーブルの向こうの壁際にいましたよね?」
「言っても無駄じゃ、ミツラ。そやつに常識は通用せんわ」
「オースチンは常識の外にいるからな」
「「お前(師匠)が言うな(言わないでください)!!」」
* * * * * * *
「じゃあ師匠、しばらくよろしくお願いします。ミツラもよろしく」
朝食後、わたくし達はバブリー公爵家の依頼で公爵領まで往診に行かれるレオ様をお見送りに、玄関先に出ていました。
「はい、お土産は期待してますからね?」
「ふん、まあたまの休みじゃと思ってゆっくりしてこい。ついでに久しぶりに里帰りしてくればええわ」
「いえ、そういうわけにも……」
「気にするでない。どうせ流れでそうなるわ」
「はい? それはどういう……?」
レオ様が首を傾げられたその時、ちょうど迎えの馬車が参りました。
「レオ様、ご準備を」
「あ、うん……って、なにあれ?」
門の前に停まった馬車とその周囲を見て、レオ様の口がポカンと開きます。
まあ無理もないでしょう。なにせバブリー公爵家が迎えに寄こしたその馬車は異様に大きく豪華絢爛で、その周囲を囲む騎士の装備もこれまた立派。また、その人数も薬師1人を守るにしては明らかに過剰と思える人数だったからです。まるで国賓でも迎えるかのような装いです。
「ほれ、さっさと行かんか」
「あ、え? あれ? ミツラも一緒でしたっけ? だからあんな感じに……?」
「いえ、招待されたのはレオ様だけです」
「いやいや、いくら国家公認薬師筆頭とはいえ、平民相手にあの待遇はおかしいでしょう?」
「細かいことを気にするでないわ。いいからさっさと行けい!」
「わ、分かりましたよ……じゃあいってきます……」
ラロザン様に尻を叩かれ、レオ様は門の方へと向かわれます。
そして、馬車から降りてきた公爵家の執事に恭しく迎えられ、恐縮した様子で馬車に乗りこまれました。
「う~ん……」
「どうされましたか? ミツラ様」
レオ様を乗せた馬車を見送ってから、ミツラ様が首を傾げられました。
「いや、師匠の言う通り、国家公認薬師筆頭とはいえ待遇がなんかだいぶ過剰な気が……」
それは本来の目的が往診ではないからでしょうねぇ。
「ふん、大したことないじゃろ。現当主の甥を迎えるんじゃから、あれくらい当然じゃ」
「ああ、そう考えれば確かに………………え?」
「さて、そろそろ診療所に向かう準備をするかの」
「え? いや、ちょっとヴジハ様!? 今のはどういう……!?」
驚いた様子でラロザン様の後を追うミツラ様を微笑ましい気持ちで見送って、わたくしも屋敷に戻ろうと──したところで、屋敷を囲う塀の向こうが何やら騒がしいことに気付きました。
すぐさま聴覚を飛ばし、騒ぎの原因を探ります。
(ふむ……これは? ……ああ、なるほど……さて……)
どうやら、警備兵が招かれざる客と揉めている様子。どうせ追い返されるでしょうし、別に無視してもいいのですが……いえ、ここは後腐れないようにきっちり対応しておいた方がいいですね。
そう決めると、他の使用人に持ち場に戻るよう指示してから、塀の向こうに移動します。
「いかがなさいましたかな?」
客人の正面に出現してから声を掛けると、その周囲を取り囲む警備兵達が一様に肩を跳ねさせてこちらへ振り返ります。
「オ、オースチン殿……いや、それが……」
その中で最も地位が高い男が、困惑した様子で客人の方へと視線を送ります。
その視線の先には、地味な外套を頭からすっぽりと被った華奢な女性の姿が。当然顔も隠れておりますが、わたくしがその正体を見誤ることはありません。たしかにこれは、困惑するのも無理ないでしょう。
「あとはわたくしが引き受けましょう。あなた方は職務にお戻りください」
「……はっ、ではお任せします」
兵達が巡回に戻ったのを見届けてから、わたくしは改めて客人に向き直りました。
「それで? 当家に一体どのようなご用件でしょうかな? テナ様」
「……」
わたくしに正体を見抜かれていたことが意外だったのでしょう、その肩がピクリと跳ねます。
そして、そのまま何を語るでもなく沈黙が続きます。恐らく突然のことで心の準備が出来ていないのでしょうが……生憎、こちらに彼女が覚悟を決めるのを待つ義理はありません。
「何もないのでしたら、お引き取り願えませんか? 当家にとってご自分が招かれざる客であることは重々承知のことだと存じますが」
「っ! ……たいの」
囁くような声。しかし、わたくしが聞き逃すことはありません。
この期に及んで、「謝りたい」ではなく「会いたい」ですか……やれやれ。
「残念ですが、それは出来ません」
「っ!? なんでよ! レオに会いたいって言ってるだけじゃない!!」
フードを荒々しく剥ぎ取り、彼女はわたくしに鋭い視線を向けて来ます。
その燃えるような瞳を……わたくしはにこやかな笑みを浮かべたまま、冷めた目で見返します。
「なぜか? 単純な話です。わたくしが──いえ、この屋敷の誰もがそれを望まないからです」
「なっ、なんで……」
わたくしが返した拒絶の言葉が意外だったのでしょう、彼女に目が大きく見開かれます。
「なぜ? そうですね、こう言えばいいでしょうか? あなたは……いえ、レオ様も気付いておられなかったでしょうが、あの日、わたくしもあの場にいたのですよ」
正確には、王城の庭にいて廊下での会話に聞き耳を立てていたのですが。
謁見の間のやりとりから、確実にトラブルが起きることは分かっておりましたからね。万が一レオ様が勇者様に害されるようなことがあれば、全力で止めるつもりで待機していたのです。
もっとも、ブルゾア様やミツラ様のおかげで、その必要はありませんでしたが。
「あのように主を侮辱されては、その使用人が嫌悪感を抱くのも当然でしょう?」
「あれはっ! ……っ」
「あれは? なんでしょう? はっきりと言っておられましたよね? 『田舎臭い男』だと。『アンタみたいな男を英雄である私が思い続けるわけがない』と」
「あれは……」
「まさか、本気ではなかったなどというつもりではないでしょうな? 浮気したことを責められたくなくて、ついキツイ言い方をして誤魔化してしまったなどと?」
「っ!?」
大きく目を見開いたその反応で、図星だということが分かってしまいました。あまりの愚かさに、思わず溜息が出てしまいます。
「はあ……まったく、救いがたいですね。心から軽蔑いたします」
「……っ」
まったく、愚かなことです。
恐らく彼女も、最初は「浮気をする私が悪い」という自覚があったのでしょう。
しかし、彼女は我が身可愛さにその罪悪感から目を逸らした。
その結果、やがて「レオよりも勇者様の方がずっと魅力的なんだから、私が浮気するのも仕方ない」と開き直るようになり、最終的に「浮気される程度の魅力しかないレオが悪い」と責任転嫁するようになったのでしょう。
実に救いがたい。
どんな事情があれ、一度した約束を一方的に反故にする方が悪いに決まっているでしょうに。
それを開き直るどころか、相手が必死に約束を守ろうと努力していたことを知ろうともせずに、相手にその責を擦り付けるなど……。
その過程で彼女にどんな葛藤があったのか、あるいは葛藤など無くすぐにそう思い込むようになったのか。そんなことわたくしは知りませんし、知ろうとも思いません。
レオ様にとって……そしてわたくしにとっても、大事なのは過程ではなく結果なのですから。
そしてその結果を見て、わたくしはこの方がレオ様に相応しくないということをはっきりと痛感しました。
過ちを犯さないようにすることも大事ですが、それ以上に大事なのは過ちを犯した後にどうするかです。
素直に心変わりしてしまったことを告白し、レオ様に心から謝罪していれば、レオ様があそこまで傷付かれることもなかったでしょうに……。
言い訳するだけならまだしも、責任転嫁して、本来自分が背負うべき心の痛みを相手に押し付けるなど言語道断。そのような女性に、レオ様に近付く資格はありません。
「さて、わたくしがあなたをレオ様に会わせたくない気持ちは、十分お分かり頂けたかと思いますが?」
「し、使用人のくせに、仕事にそんな私情を持ち込んでいいの!?」
「確かに。レオ様が会いたいとお望みならば、わたくし共にそれをお止めすることは出来ませんな」
「なら──」
「ですがレオ様ご本人も、あなたが王都に帰って来られた日以来、あなたに会いたいと口にされたことは一度もございませんので。いえ、それどころかあなたの名前すら口にされたことはありませんな。それ以前は、ふとした時によく口にされておりましたが」
「っ!」
唇を噛んで俯く彼女に、わたくしは一礼しました。
「どうぞ、お引き取りください。レオ様がそう望まれない限り、わたくし共は決してあなたとレオ様を引き合わせるつもりはございませんので」
そうはっきりと告げるも、彼女はその場を動きません。予想はしていたことなので、特に驚きもありませんが。
「……と、言いたいところですが」
「……?」
「あまり何度も押し掛けられても困りますからね。……どうぞお上がりください。ただし、くれぐれも勝手な行動は慎んでくださいね」
そう告げると、彼女の横を通り抜け、屋敷の裏口に向かいます。
すると、一瞬背後で困惑したような気配を感じましたが、すぐに後を追いてくる足音がしました。
「こちらです。では、外套を脱いでいただけますか?」
「……」
「お預かりします。どうぞこちらへ」
裏口を開けると、彼女を招き入れます。
わざわざ裏口に回ったのは、彼女に招かれざる客であることを自覚させるためです。その意志が伝わったのか、彼女は少し憮然とした表情でこちらを睨んできました。しかし、わたくしがその視線を涼しい顔で受け流していると、やがて小さく「お邪魔します」と呟いて門を潜りました。
そのまましばらく歩いておりますと、きょろきょろと周囲を見回しながら追いてきていたテナ様が、落ち着かない様子で口を開きました。
「あの……レオはどこに?」
「レオ様はいらっしゃいませんよ」
「え!?」
「おや、わたくしはレオ様に会わせるとは一言も言っておりませんよ?」
「じゃ、じゃあ何のために……」
「あなたにレオ様のことを知って頂くためです」
「何よ、それ」
「すぐに分かりますよ」
そう告げると、また黙って歩き続けます。
しかし、どうにもテナ様は落ち着かないようで、またすぐに口を開きました。
「あの……この屋敷は、本当にレオの……?」
「もちろんレオ様のものですよ。元はあなたをお迎えするために用意したものだと伺っております。……たとえば、あちら」
「……?」
「覚えておられませんか?」
「えっと……」
「セルラナです。薬草としては何の価値もない花ですが……この窓から一番よく見えるあちらの花壇で、もう何年も栽培されています。なんでも、故郷の丘で時々咲いていた思い出の花だとか」
「あ……」
「レオ様は、あなたとのとても大切な思い出だとおっしゃっていましたが……あなたは忘れていたようですね」
「っ!!」
もう何度目か。顔を伏せ、唇を噛み締めるテナ様を、わたくしは冷めた目で見詰めます。
この花壇だけではありません。この屋敷には、レオ様が用意したテナ様の為のものがたくさんあります。それらが用意される光景を、その際にレオ様が浮かべた優しく切ない笑みを知っているからこそ、それらが一切報われていない現状にやるせない気持ちになります。
(いつか、この屋敷からそれらがなくなる日が来ればいいのですが)
切なく大切だった思い出は、辛く悲しいだけの思い出へと変わってしまいました。
なのに、レオ様は未だに、この薬師にとっては無駄とも言える花壇を、別の花に植え替えようとなさいません。それが意識的なことなのか、それとも無意識的なことなのか……わたくしには分かりません。
ですが、いつかこの花壇に別の花が植えられる日が来るといいと、そう思います。
その時植えられる花がどんな花であれ……わたくしは心から歓迎したいと思うのです。
* * * * * * *
わたくし達が中庭の入り口に辿り着きますと、ちょうどラロザン様が扉を潜って屋敷に戻って来るところでした。
「お疲れ様です、ラロザン様」
「む? ……なんじゃ、わしに客人か?」
「いえ、こちらの方を中庭に案内したところです。テナ様、こちらはヴジハ・ラロザン様。先代の国家公認薬師筆頭であり、レオ様のお師匠様です」
「あ……はじめまして」
「テナ……ああ。ふんっ、レオをフッた幼馴染か」
その言葉と剣呑な視線に、テナ様は委縮したように肩をすぼめました。
そちらは気にせず、わたくしは中庭の方を指し示します。
「あちらをご覧ください」
「……?」
そう言われても、何も見えないでしょう。
当然です。中庭には大きなドーム状の緑の生け垣があって、その中は外からでは一切見通せなくなっているのですから。
「あそこには、真珠薔薇が栽培されています」
「えっ!?」
「あなたとの約束……大陸一の薬師になるため、そしてあなたにその花を見せるため、レオ様が命を削って育て上げた真珠薔薇です」
「……」
「ふんっ、今でも鮮明に思い出せるわ。突然暇を乞うたと思うたら、その足で真珠薔薇を探しに行っちまったんじゃからな。あの阿呆は。1人の女のためによくやるもんだと、感心通り越して呆れたわ」
「心中お察しします。……テナ様、これを見て、あなたはどう思いますか? まだレオ様に会いたいと、そう思いますか?」
「……」
テナ様は、吸い寄せられるように手を伸ばし……途中でグッとこぶしを握ると、無言で俯きました。
その姿を見て、わたくしはもう十分だと判断しました。
* * * * * * *
「それでは、お気を付けて」
「……はい。ありがとう、ございました」
そう言って頭を下げるテナ様に、わたくしは最後の言葉を掛けました。
「申し訳ありません、テナ様。実はわたくし、1つ嘘を吐いておりました」
「え?」
「レオ様があなたの名前を口にされたことはないと申し上げましたが……あれは嘘です。今でも時々、レオ様はあなたの名を口にしておられます。ただし──」
そこでわたくしは目を開くと、テナ様の目をぐっと見詰めます。次の言葉を、その心に刻み込むために。
「眠りながら。苦しそうな声で、ですが」
「!!」
いかなる感情によってか、その瞳を大きく揺らすテナ様に、更に言葉を続けます。
「そうして目覚めた朝は、いつもよりも食が細くなられます。……最近は、そういったこともだいぶ減ってきたのですが」
それもこれも、ミツラ様やナオミ様……そして何より、ブルゾア様のおかげですね。
ブルゾア様の我が身を削る芸人根性と奉仕精神には、心より敬服いたします。……何も分からずに付き合わされているコーゼット様が、少し哀れではありますが。
「あなたが何を思ってレオ様に会おうとされたのか、わたくしは存じません。ですが今、レオ様は多くの方の支えがあって、少しずつ立ち直られているところなのです。ですからどうか、あなたにレオ様を思う心が一片でもあるなら……二度と、レオ様の前に姿を現さないでください。心よりお願い致します」
「……」
テナ様は、深々と頭を下げたわたくしをしばらく見詰めてから、無言で立ち去りました。
そのどこか小さく頼りない後ろ姿を見送ってから、わたくしも屋敷に戻りました。
わたくしの言葉が、どこまで彼女の心に響いたのかは分かりません。
ですが、彼女がもうレオ様に会おうとしないだろうということだけは、妙にはっきりと確信致しました。