ある女騎士の苦労
私の名はコーゼット・スターゲイザー。スターゲイザー伯爵家の三女であり、オーシャン伯爵家の次女であるダイア・オーシャンと共に、ブルゾア・T・エミン王女殿下の側近をしている。
勇者一行が帰還してから今日で3日目。
王都全体が少しずつ落ち着きを取り戻しつつある中、私達は王城の一室に閉じ籠っていた。
扉がある壁を除く3方向の壁が全面鏡張りになっているこの部屋は通称“鏡の間”と呼ばれ、王族の皆様はこの部屋でご自分の立ち居振る舞いを確認し、その挙措に磨きを掛けておられるのだ。
私がお仕えする姫様は、特に熱心にこの部屋を利用しておられる。
ただ、その使用目的……というか、目指す立ち居振る舞いは、他の王族の方々とはかなり異なっているような気もするのだが……。
「うん、完璧ね。フォーメーションLはこれで完成としましょう」
「お疲れ様です、ブルゾア様」
私を含む3人のポーズを念入りに確認してから、姫様は満足気に頷かれた。
私がふっと全身の緊張を解く中、すかさずダイアがおしぼりと飲み物を姫様に差し出した。
「ありがとう、ダイア」
「いえ……はい、コーゼットも」
「ありがとう」
汗を拭き、一息つく。
しばらく休憩を入れていると、ふと姫様が声を上げられた。
「そうねぇ……やっぱり、最後には名乗りを入れた方が良かったかしら」
「名乗り、ですか?」
「そう! わたくしが指を鳴らしたら、ダイアとコーゼットの順で家名を名乗るのよ! その後でわたくしが名乗って、最後に2人がwith――」
「姫様、それはなりません」
不敬を承知で、姫様の言葉を遮る。
すると、姫様は不満そうな表情でこちらを向かれた。
「どうして? いい案だと思ったのだけど」
「どうして、というかですね……そろそろ怒られますよ? 超次元的存在に」
「?コーゼットが何を言っているのかわたくしには分からないわ」
「……左様でございますか。とにかく、先程の案は却下です」
「そう……コーゼットがそこまで言うなら仕方がないわね」
まだ少し不満そうなお顔をされながらも、渋々頷かれた姫様にほっと安堵の息を吐いて――
「ならダイアがファンタジー、コーゼットがミネラルと――」
「それも却下です! 大体、意味が分からないでしょう!」
「おもしろそうだから別にいいじゃない」
「だからそういうきわどい発言はやめてくださいと――――というか、何でそのチョイスなんですか。ミネラルって……絶対ミラクルの間違いでしょう」
「もう! またコーゼットがよく分からないことを言い出したわ! ねえダイア?」
「そうですね。きっとコーゼットには、わたくしとブルゾア様に見えていないものが見えているのでしょう」
「……いえ、本当にお分かりにならないのなら、それでもよいのですけどね……」
これが私達の日常だ。
姫様が考案されるフォーメーションとやらを練習しつつ、一定のラインを越えそうになったら私が止めに入る。
正直このフォーメーションの数々が、王族の立ち居振る舞いとして相応しいのかは甚だ疑問なのだが、少なくとも姫様はとても楽しそうにしておられるし、まあラインさえ越えなければいいかなと思って私もお付き合いしている。の、だが――――
「王家の私は7人の子♪ 1人は王子であとは姫♪ み~んな仲良く――」
「最新のやつを取り入れようとしないでください!! やっぱり分かっててやってますよねぇ!?」
「……冗談好き!」
「貴女がね!?」
思ったそばから全力でラインを踏み越えようとされ始めたので、慌てて止める。
まったく、油断も隙もない。
「というか、別に皆が仲良くはないでしょう」
特に、姫様の腹違いの姉に当たられる、双子の第4王女ユイ・P・エミン殿下と第5王女オカレナ・A・エミン殿下は姫様のことを嫌っておられる。
姫様の方に含むところはないのだが、お2人は自分達よりも2年後に生まれて、瞬く間に人々の人気を掻っ攫った姫様を妬んでおられるようなのだ。
時々姫様に絡んでくるだけで、特に実害はないのだが――――
なかなかに癖が強いお2人のことを思い出して私が溜息を吐いていると、不満そうなお顔をされた姫様がやおら高々と左脚を振り上げ、斜め前に音高く踏み出して――――
「インリン――」
「やらせねぇよ!? スカートでナニやろうとしてんだ!? いや、ズボンでもダメだけども!!」
思わず敬語も忘れて全力で止めに入る。
不敬もいいところだが、それでもこれだけは絶対にやってはダメだ。姫様の威厳やら尊厳やらが致命傷を負ってしまう。
「どうして? これをフォーメーションMにしようと思っていたのに……」
「M字開脚だからフォーメーションMだってか!? やかましいわ!!」
そろそろ敬意を維持するのが限界に達しそうになっていたその時、扉が外から控えめにノックされた。
「執事のマローンでございます。ブルゾア姫殿下、よろしいですか?」
姫様の視線を受けたダイアが素早く扉を開けに行き、私は姫様の側に控えた。
「失礼します」
入って来たのは、この王城に仕える執事のマローン殿だ。
現在は姫様の専属となっており、姫様の指示で動いている。
「ブルゾア姫殿下、レオ様をお連れしました。現在応接室でお待ち頂いているので、姫殿下も準備をなさってください」
「そう、分かったわ。では行きましょうか」
ちょうどいいタイミングで練習が中断されたことに内心ほっとしつつ、姫様の命に従い、部屋を出る。
あれ以上続けていたら、そう遠くない内に姫様の暴走を止められなくなっていたか、私の不敬が限界突破してしまっていただろう。
「お疲れ様です、コーゼット」
「……そう思うなら、お前も止めてくれないか?」
「それは無理です。わたくしはいついかなる時もブルゾア様の味方でいると決めているので」
「味方でいることと何でもかんでも肯定することは違うだろう」
「肯定したつもりはありませんよ? 実際先程も、わたくしは中立だったはずです」
「あれは黙認というんだ。結局私に面倒事を押し付けているだけじゃないか」
「そうだとしても、あそこでわたくしがあなたの味方をしたら、姫様の味方がいなくなってしまうでしょう? わたくしにはそんなこと出来ません」
「ならお前が真っ先に諌めてくれれば――――ああもういい。言うだけ無駄だ」
結局いつも通り。
もう1人の側近であり、私の相棒でもあるダイアがずっとこの調子なので、いつも姫様の暴走を止めるのは私の役目なのだ。
しかし、私が姫様のお傍に控えていない時に姫様が暴走されたという話は聞かないので、そういった時にはダイアが姫様を諌めているはずなのだが……今のところそういった光景は見たことがない。
あるいは……これはあまり想像したくない事態だが、姫様は私が傍にいる時だけわざと羽目を外しておられるのか。
そうだとしたら、私は姫様のストレスの吐き出し口扱いという訳で……いや、これ以上はやめておこう。他ならぬ私自身の精神の安寧の為に。
そんなことを考えていると、いつの間にか姫様の私室に着いていた。
中に入ると、すぐにダイアが姫様の身嗜みを整え始める。
その間やることのない私は、窓際に控えて念の為屋外の警戒をする。
すると、ダイアに髪を梳かされていらっしゃる姫様が、不意に声を上げられた。
「そうそう、レオさんがいらっしゃったらコーゼットは扉の前に控えてもらえるかしら?」
「はい? それは一体……?」
「退路は断っておかないといけませんもの、ね」
「……なるほど。承知しました」
どうやら姫様は、今日この場で一気に決めに掛かるおつもりらしい。
まあ姫様が焦るお気持ちも分からないではない。
レオ殿が婚約解消したという話は、王都に住まう貴族の間で瞬く間に広まった。
今までは、他ならぬ運命の巫女が婚約者だったので、どの貴族も迂闊に手を出せなかった。
だが、その婚約者がいなくなった今、レオ殿が所有する莫大な財産と人望を目当てに、自分の娘をその後釜に据えようと画策する貴族は多いのだ。
レオ殿は身分の上では平民だが、その財力はそこら辺の貴族など目ではないし、王都では庶民の味方として非常に高い人望を獲得している。
はっきり言って、現時点で一過性の人気では勇者一行に負けていても、王都民から向けられている親愛や敬愛の念は、レオ殿の方が圧倒的に上だろう。
その人気と財力、そして薬師としての権威は、王家も決して無視できるものではない。
現に先日の勇者一行の帰還以来、国王陛下はレオ殿との話し合いの場を設けようと何度も打診しておられる。
しかし、レオ殿はその打診を多忙などを理由に断り続けていた。
陛下としては、今回レオ殿の元婚約者と勇者の結婚を許したことについて、話し合いという建前でレオ殿に釈明と謝罪を行うおつもりなのだろう。
当然だ。今回の一件でレオ殿が王都を去って故郷の村に引き籠ったりしたら、誇張でもなんでもなく国家にとって甚大な損失となるのだから。
しかし、私としてはそんな心配は無用だろうと思う。
レオ殿は非常に理知的で聡明な方なのだから、救国の英雄である神託の勇者一行が出した要望を、国王の立場では無下に出来なかったということは理解しているはずだ。
そんなことで陛下に八つ当たりじみた真似したり、ましてや自分を頼る王都の患者を見捨てるような真似をするほど、レオ殿は狭量でもなければ無責任でもない。
そうすると、レオ殿が陛下の面会の要請を断っているのは、もしかしたら陛下御自ら姫様との婚約を勧められると思っているからかもしれない。
いや、実際それは十分あり得る話だと思う。
「君の婚約者の勇者への嫁入りを無断で許可して悪かった。そのお詫びとして余の末娘である第6王女を君の婚約者に据えよう」と言えば、王家としてレオ殿に十分な誠意を示したことになるだろう。しかも、レオ殿と血の縁を結ぶことで、王家とこれ以上ない繋がりを作ることも出来る。
こうすれば、勇者一行は望み通りに結婚が出来て満足。
姫様も想い人と一緒になれて満足。
王家としても、救国の英雄である勇者一行と国の要人であるレオ殿、どちらの顔も立てつつ、その両方と円満な関係性を築くことが出来て満足という訳だ。
あとはレオ殿の気持ち次第なのだが……。
「これでよろしいでしょう」
「そうね。マローン、レオさんをお連れして」
「畏まりました」
「ダイア、例の書類は準備出来ているかしら?」
「はい姫様、こちらに」
「そう……ふふっ♡」
姫様が満足そうに眺めておられる書類は、国王陛下直筆の、姫様のレオ殿への輿入れを許可する旨が書かれた書類だ。ついでに私とダイアとの重婚を許可する旨も書かれている……らしい。
らしい、というのは、私がまだそのことを呑み込み切れていないからだ。
正直、あまり実感が湧いていないというのが正しい。
私とダイアは、元々姫様のレオ殿への輿入れに、従者として付いて行くつもりだったのだ。
私とダイアもレオ殿に対して強い想いを持っていたが、レオ殿に同じだけの愛を乞うつもりなど毛頭なかった。
ただ、姫様の伴侶となったレオ殿を主として仰ぎ、あわよくばお情けをもらえればそれでいいと思っていたのだ。
だが、勇者一行が帰還し、重婚の規制が緩和されたことで新たな道が生まれた。
それまで一部の大貴族にしか認められていなかった重婚が、妻同士の合意と伴侶全員を養えるだけの財力さえあれば、誰にでも認められるようになったのだ。
これによって、姫様は3人纏めてレオ殿に輿入れすることを望むようになられた。
しかし、私とダイアはつい昨日まで従者としてレオ殿に仕えるつもりだったのだ。
実際、私とダイアはレオ殿に想いを打ち明けた際、妻にして欲しいとは言わなかった。
私は騎士としての、ダイアは使用人としての立場を踏まえた上で、その想いを告げたのだ。
それを、重婚出来るようになったから一緒に嫁入りするぞと言われても、正直何が何やら……。
しかし、姫様の行動は早かった。
逡巡する私とダイアを他所に、昨日の内に書類を用意し、陛下に許可を頂くと、今日早速レオ殿を呼び出したのだ。……体調が優れないと騙るという力技で。
酷い力技ではあるが、レオ殿を呼び出すのにこれ以上の方法はないだろう。
薬師としての仕事で呼び出せば、薬師として強い誇りを持っているレオ殿が断るはずがない。たとえその依頼に何か裏があると疑ったとしても。そして実際裏しかないのだが。
「レオ殿をお連れしました」
扉の向こうから聞こえたマローン殿のその声に、私は自分の中の想念から引き戻された。
姫様が入室を許可されると、マローン殿が開けた扉を通ってレオ殿が入って来る。
「失礼します。国家公認薬師筆頭レオ、要請に応じ参上しました」
礼儀正しく一礼して部屋の中へと進むレオ殿。その背後へとさり気なく回り、レオ殿と扉とを繋ぐ直線上に陣取る。
「あぁレオさん! よく来てくれました。わたくし、今朝からどうにも体調が優れなくて……」
……姫様今朝から元気に鏡の間でフォーメーションの練習してましたよね?
「……殿下」
「はい?」
「……嘘でしょう?」
「はい、ウソです♡」
即行でバレてるし。そして即行で認めてるし。
それから、姫様はレオ殿の同情を煽り、言葉巧みに言質を引き出した。
……こういう時は本当に演技派ですね姫様。
そんな2人のやり取りを感心半分呆れ半分の気持ちで見守っていると、レオ殿が強行突破を図って来た。
扉を守る私に向かって、正面から真っ直ぐ突っ込んで来る。
……こうなっては仕方ない。
私の恩人であり、想い人でもあるレオ殿に手を上げるのは気が進まないが、なるべく優しく取り押さえることにしよう。
「レオ殿、失礼します!」
「いいえ! こちらこそっ!」
「えっ?」
こちらこそ、とはどういう意味か。
予想外の言葉に意表を突かれたその一瞬の内に、レオ殿がすっと視界から消えた。
そして、一気に身体を沈み込ませたのだと気付いた時には、私の伸ばした左腕の下から首元に掛けて、するりとレオ殿の腕が回された。
こんな時にも拘らず、私はその予想外に逞しい腕の感触に、一瞬心臓が跳ね上がるのを止められなかった。思わず少女のような声まで口を衝いて飛び出した。
しかし、私がそんなことに意識を奪われている間に、背後に伸びたレオ殿の左手が私の後ろ側の襟をしっかりと掴み、左脇から首に掛けてをがっしりと固められた。
それからは一瞬だった。
あっという間に両脚を背後から払われ、私の体はあっさりと宙に浮いた。
頭を打つ!
そう直感してぎゅっと目を瞑ったが、しかしその直前でぐんっと頭を引き上げられた。
恐る恐る目を開けば、目の前には至近距離でレオ殿の顔。
「……」
レオ殿が私の頭の後ろに手を回している。
私は非力な少女のように全身を縮こまらせている。
更にはレオ殿の顔が極至近距離から私の顔を覗き込んでいる。
「~~~~~~~~っ!!?」
現状を正しく認識した途端、一気に頭に血が上った。
こ、こんな、これではまるで……レ、レオ殿が、わ、私にキ、キキキキキススぅぅぅぅ!!?!?
私が自分自身の妄想で半ばパニックに陥っていると、レオ殿の手がそっと引かれ、その体温が離れて行った。
「すみません!」
謝罪の言葉と共に、レオ殿が部屋の外へと走り去って行く。
しかし、その段になってもまだ私は起き上がることが出来なかった。
心臓がこれでもかというほど激しく暴れており、耳元で血液がドクドクとうるさいくらいに音を立てて流れている。視界もチカチカと瞬いており、なんだか全身の感覚がふわふわとして頼りない。
それでも、レオ殿が開け放った扉が閉まる音でなんとか精神を立て直すと、私は慌てて起き上がって姫様に向かって跪いた。
「っ、申し訳ありません姫様! 完全に油断しておりました! まさかレオ殿がここまでの使い手だったとは!」
しかし、姫様はというと、私の謝罪など耳に入っていないご様子でうっとりとした表情をしていらした。
「あぁ、まさか武術の心得まであったなんて……素敵過ぎますわ、レオさん」
「ええ、本当に……ところでコーゼット? 何だか顔が赤くありません?」
ダイアのその問い掛けに、私は思わず先程の感触を思い出してしまった。
ぐっと力強く巻き付いたレオ殿の腕と、密着したその体の感触を。
「……レオ殿の腕……意外と逞しかった……」
無意識に自分の首元に手を這わせながらそう呟くと、姫様とダイアが凄い勢いで食い付いてきた。
「「何それ詳しく」」
その後、私は微妙に鼻息の荒い2人に、レオ殿と密着した感触とその感想について、小1時間掛けて根掘り葉掘り聞かれることとなった。
* * * * * * *
―― その日の夕方
私達3人は王城を抜け出して大通りを歩いていた。
一応3人共フード付きの外套で姿を隠しているが、普通、王族が馬車も出さずに町に出ることなどありえない。
しかし、姫様は今回の外出について実にあっさりと陛下の許可を得てしまった。
もう本当にあっさりだった。
「ちょっとレオさんに求婚してきま~す」「いってら~。あっ、もし時間あったら余との面会の約束取り付けて来て~」くらいのノリで許可された。それでいいのか王族、と思わなくもないが、まあ私とダイアが信用されているのだと思っておこう。
その時、ふと背後を歩く姫様が声を上げた。
「あら、この劇まだやっているのね」
「ええ、王都の民に非常に人気のようですよ」
「そう、それはなによりね」
姫様が見ておられるのは、大通りに並ぶ数々の店の中でも一際巨大な、王都が誇る大劇場、その入り口に掲げられている看板だ。
看板には1組の寄り添い合う男女のシルエットが描かれ、その上に『奇跡の薬師と奇病の姫』というタイトルが流麗な筆致で書かれている。
タイトルからも薄々察しが付くと思うが、何を隠そう、この劇は姫様とレオ殿を題材にした演劇なのだ。
あらすじとしては、奇病に侵されて醜い姿に成り果てた絶世の美姫を、平民の薬師が救うといった話だ。
これだけならば実際にあった通りの話なのだが、クライマックスだけが少し脚色されていて、姫を治した薬師が、国王に認められて姫と結ばれるというエンディングになっている。
……このエンディングに関しては、劇の構想が上がった際に姫様が……その、まあ、うん、お願い? そう、お願いした結果、このような形になったのだが。
完成した劇を見て、姫様が満足そうに頷かれていたのは言うまでもないことだ。
ダイアが言った通り、この劇が王都民に非常に人気で、最近では続編として私やナオミ殿を題材にした物語も作ろうという話があるらしいのだが……流石に勘弁して欲しいところである。
そんなことを考えながら、大通りを逸れて脇道に入ると、真っ直ぐ貴族街を目指す。
レオ殿は貴族ではないが、その屋敷が元々貴族の持ち物だったため、レオ殿の屋敷は貴族街の一角にあるのだ。
特にトラブルに巻き込まれることもなく、歩くこと十数分。
貴族街の中でも一際立派な屋敷が見えてきた。
その屋敷は高い塀に守られ、その周囲を多くの警備兵が巡回していた。
その警備兵達が外套をすっぽりと被った私達に不審そうな目を向けていたので、この辺で外套を脱いでおくことにする。
すると、彼らも私達の正体に気付いた様子で、揃って目を大きく見開いた後、何人かが慌てて門の方へと駆けて行った。
しかし、特に呼び止められることはなかったので、そのまま門に向かうと、向こうから警備の責任者らしき壮年の兵士が近付いて来た。
「こ、これは王女殿下。おいでになるとは伺っておりませんでしたが……本日はどのようなご用件で?」
「レオ様に用があって伺いました。通して頂けますか?」
「はっ……いやしかし、レオ様はまだお帰りになっておりませんが……」
「では、中で待たせて頂いても?」
姫様の視線を受けたダイアが一歩前に出てそう応対すると、兵士は困ったような顔をした。
「むぅ……いかに王女殿下といえど、主の許可なく屋敷に通すわけには……」
渋る兵士を説得しようとダイアが更に口を開いた瞬間――――
「いかがなさいましたかな?」
兵士の隣に、オースチン殿が出現した。
兵士が「うおっ」と声を上げてのけ反り、私とダイアが反射的に身構える中、姫様だけは一切動じずに声を上げた。
「久しぶりね、オースチン」
「ご無沙汰しております、ブルゾア様。それで、当家にいかなるご用件ですかな?」
「ええ、ちょっとレオさんを誘惑しに」
ちょっ!? 求婚しにじゃないんですか!?
「左様でございますか。そういうことでしたらどうぞこちらへ」
まさかの二重の意味でスルーだと!? それでいいのか執事!!
しかし、驚愕する私を他所に、本当にそのまま屋敷の中へ通されてしまった。
そして、姫様に構わないよう言われたオースチン殿は、私達に世話係という名の監視役を付けることもなく、あっさりとその場を離れてしまった。
もう一度言うが、それでいいのか執事!!
……まあ、別に私達を信用しているという訳ではなく、万が一私達がよからぬことを考えたとしても、それが成功する前に問題なく阻止できるという自信があるからこその対応なのだろうが。
私とて、オースチン殿が管理を任されている屋敷で悪事を働くほど命知らずではない。
そんなことを企てるのは、オースチン殿の前職を知らない愚か者くらいだろう。
「それで? どちらに行かれるのですか?」
私がそう訊ねると、姫様はにんまりという擬音がしそうな笑みを浮かべられた。
……あ、ヤな予感。
「お風呂よ!」
……ほらね。
* * * * * * *
「ほ、本当に脱ぐんですか!?」
「お風呂だもの。当然でしょう?」
露天風呂へと繋がる脱衣場にて。
さっさとドレスを脱ぎ捨ててキャミソール姿になってしまわれた姫様に、悲鳴交じりにそう問うと、何を言ってるんだという顔を向けられてしまった。
……この場合、一切恥じらいがなさそうな姫様の方がおかしいと思うのは私だけだろうか?
「ダイア……」
救いを求めるように相棒に目を向けるが、頼みの相棒もまたメイド服を脱ぎ捨て、既に下着姿になっていた。こちらは白いガーターベルトが実にセクシーだ。
……ダイア、お前もか。
「覚悟を決めなさいな、コーゼット。主人にだけ恥を掻かせる気ですか?」
「いや……」
肝心の主人が全く恥じらう素振りを見せていないのだがそれは……ああもう!!
どうせこうなっては何を言っても無駄だ。
私は覚悟を決めると、一息に騎士服を脱ぎ捨てた。
といっても、私の下着は姫様やダイアに比べると別に色っぽくもなんともない。
下腹部から胸までを覆うビスチェのような形状だが、布製ではなく柔らかくも頑丈な革製だ。
私はダイアほどではないが胸が大きい方なので、普通の下着だと剣を振る際に胸が揺れて邪魔になるのだ。
私としては、本当は頑丈なコルセットを着けて胸にはさらしでも巻きたいのだが……私がさらしを巻くことと髪を切ることは、姫様の勅命によって禁止されているので仕方ない。
しかも、髪に関してはポニーテール以外の結い方を禁じられてしまっている。
もっときっちり結い上げた方が邪魔にならずに済むのだが……姫様にそう告げると、「可愛くない」の一言で退けられてしまった。
流石に騎士として、「御身の安全と私の身嗜みとどちらが大事なのですか」と諫言させて頂いたのだが、「醜く生きるくらいなら美しく死ぬわ!!」と姫様に強弁されて何も言えなくなってしまった。
その後ろでダイアまで一緒になって頷いていたので、貴族令嬢とはそういうものなのかもしれないと思って無理矢理納得した。所詮、女らしさとは縁遠い私には、彼女達の価値観など理解出来ないのだろう。
それはそうと姫様、私とダイアの胸を見てからご自分の胸を見て悲しそうな顔をするのはやめて頂けませんか?
姫様も人並みにはございますし、これからまだまだ成長されると思いますよ?
「っ、さあ! 2人共スポンジと剃刀は持った? 持ったなら行くわよ!」
「はあ……ところで、この剃刀で私は何をすればいいんですか?」
何かを振り切るように仰った姫様に対してそう問うと、その質問の答えはダイアから返ってきた。
「もちろん、レオ様の毛のお手入れをするに決まっているでしょう?」
「!?はあっ!!?」
毛の……手入れ!?
それはあれか? 髪の毛や髭や……いや、貴族は男でも脚やら腕やらを剃るというし、それに噂によると……いや、まさか…………?
「ちょっと待て!! 私は他人の体毛を剃ったことなんてないぞ!? そういうことはダイアの役目だろう!!」
「あら、わたくしだって殿方の毛のお手入れなんてしたことありませんよ? それに、刃物の扱いならわたくしよりも貴女の方が得意でしょう?」
「刃物は刃物でもこんな小さなものは専門外だ!」
「それならあなたの愛剣を使ってもいいわよ?」
「出来るとお思いですか!? 髪ならともかく髭とかは絶対無理ですよ!!」
「髪なら剣で整えられるのね……」
それからもしばらくごねたが、結局2人に押し切られてしまった。
脱いだ服を脱衣場の隅に隠してから、浴場の方へ向かう。
……もし実際に毛の手入れをすることになっても、適当に襟足だけ整えて後は2人に任せよう。
そう割り切りながら、浴場に足を踏み入れる。
「あら、なかなか立派ね」
「本当ですね」
姫様とダイアが、興味深そうに浴場を見渡しながら言った。
たしかに、随分と立派な露天風呂だ。
上を見上げれば美しい夜空が見え、どこからか花の香りが漂ってくる。
王城にはこれよりも立派な浴場があるが、それらはどれも室内で、このように室外に設置されている浴場は存在しない。かく言う私も初めてだ。
それからしばらく3人で浴場を見て回っていたのだが、ふと、私の耳が脱衣場の扉が開く音を拾った。
ダイアも気付いたらしく、待ち人が来たのかと浴場に一気に緊張が走る。
しかし、耳を澄ますと聞こえてきたのは……
(女の声……? いや、この声は……)
「ナオミ様……?」
ダイアも私と同じ推測をしたらしい。
衣擦れの音に混じって聞こえてきたのは、私達の恋敵の1人であるナオミ殿の声だったのだ。
……どうする?
予想外の事態に姫様のお顔を窺うと、姫様は一瞬迷うような素振りをされた後、はっきりと仰った。
「隠れるわよ」
「隠れるって……どこにですか?」
ざっと見渡してみるが、浴場には隠れられるような場所などどこにもない。
どうしたものかと思っていると、不意に塀の向こうでガシャッという音が3回連続して響き、更に塀をコンコンとノックされた。
「「「……」」」
思わず顔を見合わせてから、私が率先して様子を見ることにする。
ノックされた方の塀に向かって一気に加速すると、塀を一息に駆け上がり、上の縁を掴む。
それからぐいっと体を持ち上げ、塀も向こうを覗くと……
「……」
そこには脚立があった。それもご丁寧に3脚。
この状況だけ見れば、誰かが風呂を覗こうとしたのではないかという疑念が真っ先に浮かぶが、当然そうではないだろう。その証拠に、周囲には全く人の気配がしない。
そうなると、この脚立を設置したのは誰なのかという話になるが……なんとなく、私は脚立の向こうにイイ笑顔でサムズアップするオースチン殿の姿を幻視してしまった。
色々と疑問は湧くが、きっと考えても無駄なので諦める。
もう時間もないので、私はその内の1つに乗ると、2人を招き寄せた。
姫様をダイアが下から押し、私が上から引っ張り上げると、ダイアは私と同じように自分で塀を乗り越えた。
そうして左から私、姫様、ダイア、といつもの並び順で脚立の上で屈んだところで、脱衣場に繋がる扉が開いた。
そこから現れたのは、予想通りナオミ殿だった。……全裸の。
なんというか……すごかった。いや、すんごかった。
ちょっとあれは同性の私でも目を奪われずにはいられない。
とりあえず隣で姫様がまたしてもご自分の胸を悲しそうに見下ろし、それを完全に姉の顔になったダイアが慰めていた。
当のナオミ殿はそんな私達に気付いた様子もなく……というか、気付く余裕もなさそうな様子で、何やらぶつぶつ独り言を言っていた。
難しげな表情で浴場をうろうろした後、意を決したように浴槽に身を沈める。
そして、やおら脱衣場の方を振り向くと、肩越しに誰もいない扉に向かって声を上げた。
「あらレオさん。奇遇ですね?」
念の為に言うが、そこにレオ殿はいない。
何をしているのだろうと再びナオミ殿の方を見ると、ナオミ殿は何やら首を傾げ、今度は浴槽の中でうつ伏せになった。
その体勢で浴槽の縁に両腕を乗せると、組み合わせた両手の上に顎を乗せてちょっと首を傾げる。
そして――――
「あらレオさん。よかったら一緒に入りません?」
なにやら艶っぽい声でそう言った。
しかし、やはり納得がいかなかったらしく、今度は上体を起こして――――
「……あれは何をやっているのかしら?」
「恐らく……レオ様を誘惑する練習をしているのでは?」
どうやらダイアも私と同じ考えらしい。
その様は傍から見ているとなかなかに微笑ましいと同時に、少々滑稽にも…………いや、それを言ったら下着姿で脚立に乗って風呂場を覗いている今の私達は、滑稽を通り越してヘンタ……いや、やめておこう。これ以上考えてはいけない。
頭を振って思考を断ち切ろうとしている私の隣で、姫様がどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべられた。
「ふふっ、この土壇場になって練習とは甘いわねナオミさん。日頃からあらゆる状況を想定して練習していないからそうなるのよ。いい? わたくしの合図でフォーメーションHで飛び出すわよ。タイミングを間違えないように注意なさい」
「……ハッ」
「はい」
フォーメーションH……あれ、か。
……タイミングを合わせるのが大変で、姫様が納得されるまで1カ月も練習する羽目になった、あれか。
当時のことを思い出して微妙に遠い目をしていると、隣から「くしっ」という小さな音がした。
「ブルゾア様、お寒いですか?」
「少し、ね」
それはそうだろう。
もう日は完全に沈んでいるし、風呂の熱気もここまでは届かない。
しかも結構風が強い。こんなところに下着姿でいれば寒気を覚えるのも当然だ。というか本当に何をやってるんだろう私。
自分の状況を顧みてまたしても落ち込みそうになっていると、上から何かが落ちてくる気配がした。
反射的にそちらを見上げ、落ちてきた何かを払い除けようとして――――
「……毛布?」
落ちてきた何かは、厚手の毛布だった。
更に立て続けにもう2枚。計3枚が上から落ちてくる。
それらを受け止め、隣の姫様にお渡ししてからよく見ると、屋敷の窓の1つに人影があった。
目を凝らすと、その人影が執事姿のオースチン殿だということが分かった。
オースチン殿は私達の姿を見ないように上を見上げたまま、こちらに向かってグッとサムズアップしてみせる。
そして、窓を閉めると何事もなかったかのようにその場を離れた。
……オースチン殿、貴方は神ですか?
姫様に1枚だけ返された毛布を受け取りながら、そんな風に思う。
本当は姫様に3枚とも使って頂こうと思っていたのだが、どうやら1枚で十分だそうなので、ありがたく受け取っておく。
3人で毛布にくるまってから改めて浴場の方を見ると、ナオミ殿はまだ予行演習を行っていた。
しかし、なんだか一周廻っておかしなことになっている気がする。
私も男を誘惑する仕草なんてよく分からないが、とりあえずその腰をクイクイ前後に振るのはどう考えてもやめた方がいいと思う。
微妙な気分でその後ろ姿を見下ろしていると、その艶めかしい背中がハッと緊張するのが分かった。
その様子に、私も耳を澄ましてみると、微かに衣擦れの音が聞こえた。
どうやら今度こそ待ち人が来たらしい。私達の間にも緊張が走る。
ナオミ殿はというと、結局浴槽の縁に両腕を乗せた状態で上体を起こす体勢に戻っていた。
……うん、私もそれが無難だと思う。
どうやら、今は上体を起こす角度の最終調整をしているようだった。
……チラチラと自分の胸を見下ろしていることからすると、恐らく頂点が見えないようにしているのだろう。というかすごいな。あれだけ上体を起こしていても頂点が見えないのか。
妙に感心しながらその後ろ姿を見下ろしていると、遂に脱衣場に繋がる扉が開いた。
開いた扉から、タオルを持った全裸のレオ殿が現れて――――
「あらレオさん。どうぞ、こちらにいらっしゃって? 一緒に温まりましょう?」
……それが最終形ですか。後ろ姿だけでもなかなかの破壊力ですね。
浴槽の縁に乗せた両腕の内、右腕だけを持ち上げて妖艶な仕草で手招きをするナオミ殿の後ろ姿を見て、本心からそう思う。
これは負けていられない、と合図を出されるはずの姫様の方を振り返ると――――
「……姫様?」
姫様は私の声など聞こえていないご様子で、その大きな瞳を零れ落ちんばかりに大きく見開いておられた。
その視線の先には当然レオ殿。
微妙に目を血走らせながらも食い入るように見詰めるそのお姿は、なんというか“ガン見”という表現が相応しいように思えた。
……まあ、無理もないか。
私は普段男に混じって訓練をしているので、男の上裸など別に珍しくもない。
メイド修行で男性の着替えの手伝いを経験しているダイアも、それは同様だろう。
しかし、姫様は違う。
恐らく、男性の体をまともに見ること自体これが初めてなのではないか。
もちろん私だってその……アレを見るのは初めてだが、ソコは先程からあえて見ないようにしている。
今更だが、結構罪悪感が尋常ではないのだ。
というか今になって急に恥ずかしくなってきたんだが、本当にこんな恰好でレオ殿の前に出るのか!?
たしかに腕の治療の最中に似たような恰好をしたことはあったが、あの時はレオ殿は薬師で、私は患者だった。
しかし、今は違う。
今、私はただの1人の女として、男としてのレオ殿に迫ろうとしているのだ。
そう思うと、何やら猛烈に叫び出したいような気持ちに駆られた。
しかし、そんな私の荒れ狂う心境などお構いなしに状況は動く。
ナオミ殿が何かを振り切るようにして、大胆にも全裸でレオ殿の腕に飛び付いたのだ。
それを見て、ようやく姫様も我に返られた。
素早く私達に目配せをし、頷かれる。
そして、がばっと毛布を脱ぎ捨てると――――
「そこまでですわ! ナオミさん!」
なんの躊躇いもなく飛び降りてしまわれた。
ちょっ、まだ心の準備が……いや、迷ってたらタイミングがズレる! 覚悟を決めろコーゼット! 私はレオ殿に全てを捧げると決めた騎士! その想いに恥じるところがないなら、これしきの事を恥じる必要などどこにもない!! 行くぞ!!
一瞬で覚悟を決め、私は姫様の後を追って宙に身を躍らせた。更に私の後にダイアも続く気配がする。
姫様が一瞬早く着地されるのを横目に、空中で微妙にタイミングを調整して――――
ズン!ダン! ズダン!! ズダン!!
……うん、まあ及第点ではなかろうか。伊達に1カ月も練習していない。
すかさず体を起こし、カッと3人同時にポーズをとる。
そして、改めてレオ殿達の方を見ると――――2人共小さく口を開けて、ぽかんとした表情でこちらを見ていた。
その視線を意識した途端、先程抑え込んだはずの羞恥心が急激にぶり返してきた。
すみません! やっぱり恥ずかしいです!!
しかし、それを表情に出すわけにはいかない。
必死にキメ顔を維持しながら、私は脳内で全力で地面を転げ回っていた。
というか、3人一緒だったからまだよかったものの、これが1人だったら実際に転げ回っていたと思う。
そして、自分の意識と記憶が飛ぶまで地面に頭を打ち付け続けていた自信がある。
「一応聞きますが……ここには何をしに?」
我に返ったレオ殿が手で額を押さえつつ、そう訊ねてくる。
「お背中流しに来ました!」
「わたくしは前を」
「私は毛の手入れを」
剃刀を掲げながら、ずいっと斜め前に体を乗り出してキメ顔。死にたい。
しかし、幸いにというべきか、私が手に持った剃刀で自分自身の首を掻っ切る前に、浴場に新たな闖入者が現れた。
「うわぁぁーー師匠、奇遇です、ね……」
ミツラ殿だ。しかもこちらもしっかり全裸。
……仮にも貴族令嬢として、それはアウトでは? え? 今の私達も十分アウト? ちょっとなに言ってるか分からないです。
あと姫様、ミツラ殿の胸を見て勝ち誇った笑みを浮かべるのはやめてください。
……それからの記憶はあまりない。
なんだか姫様の後に続いて突っ込んだり、逆に制止したりとかなり忙しく立ち回った気もするが、よく覚えていない。思い出す気もない。
気付けばナオミ殿が目を回してぶっ倒れており、その介抱をするという名目で全力でその場を離脱したのは覚えている。
その際に抱え上げたナオミ殿の体が、鍛え上げられた私の体とは正反対に実に肉感的で、とても同じ人種とは思えなかったことも覚えている。あれは本当にすごかった。
そして気付けば、私達はオースチン殿に見送られて王城への帰路に就いていた。
肉体的には大したことはないが、精神の方はもう疲労でボロボロだ。今夜ばかりはベッドに飛び込んで朝まで思う存分惰眠を貪りたい。
「う~ん、あまりうまくいった感じがしないわ。やっぱりあそこはフォーメーションDを出すべきだったかしら」
そう思う私の後ろで、姫様は先程の戦いを振り返っておられた。何でそんなに元気なんですか。
「そうですね。あそこは先にミツラ様を牽制すべきだったのではないかと」
……ダイア、お前もか。
まあいい。そんなに余力があるなら、今日の夜警を引き受けてもらおう。今日は本当に疲れた。
まあ明日からはこんなことも滅多にないだろう。
陛下が、そうそう姫様が城下町に下りることをお許しになるとも思えない。
明日からはいつも通り訓練に打ち込んで、今日のことは早く忘れてしまおう。
「あっ、そういえばお父様に言い付かった面会の約束を取り付けるのを忘れていたわ」
「……エ?」
ま、さ、か…………
ギギギッと壊れかけのカラクリ人形のようにぎこちなく振り返った私の視線の先で、姫様はいいことを思い付いたと言うように、パンッと手を打ち合わせて――――
「仕方ないわね。明日、今度は診療所を襲撃しましょうか」
「嘘でしょおぉぉぉーーーーー!!!?」
夜の王都に、私の絶叫が響き渡った。
これは、これから長きに渡って続く私の受難の日々、その始まりに過ぎない。
やがてそれまでの苦労が全て報われるその日まで、私の羞恥と溜息に満ちた日々は続くのだった。
ミツラ視点:1万字 「う~ん、ちょっと長過ぎかな。次回からはもう少し短くしよう」
姐さん視点:1万1千字 「う、うん。次回、次回こそは!」
コーゼット視点:1万5千字 「うぼぁ(白目)」 ← 今ココ
信じられるか?これでも2つに分けたんだぜ……?
本当はコーゼット視点でもう少しシリアスな話も入れる予定だったのですが、そうすると余裕で2万字越えしそうだったのでやめました。
次回はオースチン視点の予定ですが、コーゼット視点シリアスバージョンもどこかのタイミングで入れようと思います。