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ある薬師達の多忙な1日①

なんか急に話が降って来たので、予告を裏切って1話ぶっこみます。すみません。

でも、思い付いちゃったのだから仕方ない。

時系列は割と適当です。聖戦より後であることは確かだ、とだけ言っておきます。

「じゃあ、いってきます」

「いってきます」

「いってらっしゃいませ。レオ様、ミツラ様」


 オースチンさんに見送られながら、いつもより少し早く屋敷を出る。

 今日は往診の予定が詰まっており、診療所は休診にして丸一日を往診に当てることになったのだ。


「それにしても師匠。こんなにあちこち回るなら、やっぱり馬車を出してもらった方がよかったんじゃないですか?」


 今日の予定を確認しながらそう言うと、師匠はう~んと唸りながら首を傾げた。


「それはそうなんだけどな……でも馬車は小さい路地には入れないし、今日往診する家は割と大通りから外れた家が多いから、なんだかんだで歩いて最短距離突っ切った方が早いんだよね」

「まあ……そうですね」


 いかにももっともらしいことを言っているが、師匠は向こうから馬車を寄こされない限り、決して自分から馬車に乗ろうとしない。

 往診の際には、結構遠い場所でも決して馬車を出さず、必ず自分の足で向かうのだ。たとえ時間に余裕がなくても。

 当然その度にアタシも付き合わされているのだが、本当に時間がない時などは、裏路地どころか屋根の上を疾走することすらあるのでかなり大変だ。

 正直アタシが山奥で育った野生の貴族令嬢(?)でなければ、師匠の疾走に付いて行くことすら出来なかったと思う。


 そんな往診を続けた結果、いつの間にか「王都を爆走する薬師筆頭とその弟子」の姿は、一種の王都名物と化してしまっていた。

 今となっては、師匠が一声上げるだけで通行人が避け、通りの真ん中に道が出来るほどだ。


 正直アタシは、師匠がここまで徒歩にこだわるのは、単純に馬車が嫌いだからなんじゃないかと疑っている。

 しかし、そう聞いてみても毎回誤魔化されるので、真相は定かではない。

 あまりしつこく馬車を出すように言って、アタシが楽をしたがってるんじゃないかと疑われるのも不本意なので、アタシはもう必要以上に聞かないことにした。


(まあ、今日は余裕をもって屋敷を出たから、時間に追われて走ることもないでしょ)


 そんな風に考えたその時、左隣の通りの方から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 師匠と2人、一瞬だけ顔を見合わせ、すぐにどちらからともなく駆け出す。

 近くにあった脇道に飛び込み、曲がり角を曲がった先には――――


「おじいちゃん! おじいちゃん!!」

「お父さん! しっかりして!!」


 荷車から崩れ落ちたらしい、たくさんの布袋。

 そのいくつかは口が開いてしまっており、中から飛び出した麦が道路にぶちまけられている。

 そして、それらの下から覗いている、杖を握ったか細い老人の腕。


「し、師匠!」

「くっ!!」


 突然の事態にどうすればいいか分からず、とりあえず師匠の指示を仰ごうとその顔を見上げると、師匠は迷いなく荷車の方へ駆け出した。

 そして、あっという間に大量の布袋の下敷きとなっている老人の元へ駆け寄ると、必死に声を上げる娘と孫らしき2人を押し退けた。

 アタシも慌ててその背を追い、とりあえず、いきなり押し退けられて師匠に詰め寄ろうとしている2人の女性に声を掛ける。


「落ち着いてください。私は国家公認薬師のミツラ・オアシズ。彼は国家公認薬師筆頭のレオです。この場は私達に任せて、荷物をどかすための人手を集めてもらえませんか?」


 そう言いながら、アタシは懐から、国家公認薬師の証である銀のプレートを取り出した。

 プレートの表面にはアタシの名前と、伝説の薬草として語り継がれている真珠薔薇の彫刻が彫り込まれている。もっとも実物を見た今となっては、アタシにはこの彫刻の薔薇が、真珠薔薇とは全く別のナニかだとしか思えなくなってしまったが。

 そう思っているのはアタシだけではないようで、近い内にこのプレートのデザインは一新される予定らしい。


 アタシのプレートと家名付きの名乗りが効いたのか、2人の女性は一瞬目を見開いた後、慌てて立ち上がって周囲の人に声を掛け始めた。

 そちらを確認してから、アタシは師匠の背後に歩み寄る。


「どんな感じですか?」

「マズいな……完全に埋まってしまっている。これをのんびりどかしていると手遅れになる可能性が高いし、かといって無理矢理引っ張り出すのはもっと危険だ」

「そう、ですね……アタシが衛兵の詰め所まで走って衛兵を呼んで来ましょうか?」

「いや、それでも時間が掛かり過ぎる……くっ、こうなったら仕方ない。頼むから来てくれよっ! オースチン!!」

「はい、レオ様」

「うわっ!?」

「ホントに来た!?」

「はい、いつもニコニコ貴方の隣に控える執事、オースチンでございます」


 半ばやけくそ気味に師匠が名前を呼んだ途端、本当にどこからともなくオースチンさんが出現した。

 ピシっと着こなした執事服に、惚れ惚れするような美しい姿勢。そしてその顔に浮かぶ感情の読めない柔和な笑顔は、紛れもなくいつも通りのオースチンさんだ。……その右手にだらんと吊り下げられている、小太りの商人風の男がいなければ。


「ど、どこから出てきたんですか!?」

「向こうの通りですな。偶々所用で近くに来ていたところ、騒ぎを聞きつけて駆け付けたところです」


 所用って……あなたさっきアタシ達のこと見送りましたよね?

 その後屋敷に戻るところをアタシは確認してるんですが……いや、深く考えるのはやめておこう。


 頭を左右に振り、今度はオースチンさんに襟首を掴まれてぐったりしている男に目を向ける。


「……その人は?」

「ああ、この荷馬車を操っていた商人です。騒ぎに乗じて逃げ出そうとしていたので、とりあえず捕まえておきました」

「そ、そうですか……」


 相変わらず仕事ができる。いや、でき過ぎる。

 もはや軽い戦慄を覚えてしまっているアタシにニッコリと微笑みかけると、オースチンさんはその手に吊り下げていた男をその辺にぞんざいに放り捨て、師匠の下へ近付いた。


「おお、これはいけませんな。とりあえずこの荷物をどかしても?」

「ああ、だがなるべくこの人に負担が掛からないように、だ。……出来るか?」

「お安い御用でございます。そぉい!!」



 ブゥォン!! ドサドサドサッ!



 ……今、何が起きた?


 オースチンさんが両腕を広げて何やら激しく旋回させたと思った次の瞬間、そこら中に散乱していた布袋が、1つ残らずきっちりと元の荷車に積み上げられた。

 おまけに一体どうやったのか、袋の中から零れ落ちていた麦までしっかりと元の袋の中に納まっているらしく、道路には麦の1粒も見当たらなくなっていた。


「……今、何を?」

「なに、片付け整理整頓も執事の仕事の1つですからな。いつも通り、散らかっているものを元の場所に直しただけのことです」

「……さいですか」


 ……深く考えるな。無理矢理にでもそういうものだと納得するしかないんだ。この人は。


「オースチン、大至急ボウルにいっぱいの熱湯と、火箸を持って来てくれ」

「畏まりました」

「……」


 そう、ちょっと目を離した隙にその姿が音もなく掻き消えていても、それはそういうものなのだ。うん。


「どんな様子で……うっ!」


 気を取り直して、師匠の前に横たわる老人の様子を確認したアタシは、思わずそんな声を出してしまうのを止められなかった。

 師匠によって仰向けにされた老人は、その両脚が不自然に折れ曲がり、青黒く変色してしまっていたのだ。

 幸い息はあるようで、苦しそうにゴホゴホと咳き込んでいるが、その咳には血が混じっていた。恐らく肋骨が何本か折れ、内臓を傷付けてしまっているのだろう。


「ミツラ、俺の鞄から担架を出してくれ」

「は、はい」


 言われるがまま、師匠の鞄から両側に短い棒の付いた布を取り出す。

 その両側の棒を師匠と協力して引っ張って伸ばすと、一緒に折り畳まれていた布が広がり、それはたちまち簡易の担架となる。

 それを地面に置いて、その上になるべく揺らさないよう、慎重におじいさんを乗せる。


 てっきりこのままどこかの医療院にでも運ぶのかと思いきや、師匠は信じられないことを言い出した。


「よし、清潔な寝床も確保出来たことだし、ここでやれるだけの処置をするぞ。ミツラ、手を貸してくれ」

「はい! ……? ……はいぃ!?」


 反射的に頷いてしまってから、師匠の言った言葉の意味に気付いて絶句する。


「ちょっ、ちょっと待ってください師匠! これ、どう見ても薬師の仕事じゃないですよね!? どう考えても医師の仕事だと思うんですけど!?」


 ちょっとした擦り傷や切り傷ならばいざ知らず、骨折なんかは明らかに医師の領分だ。

 手術後の投薬やアフターケアならばともかく、今の段階で薬師に出来ることなど小さな傷の消毒くらいのものだろう。

 だが、師匠は鞄から次々と大小様々な小刀や針、極細の糸、その他にもよく分からない道具をいくつも取り出しており、そんなレベルの処置で済ます気がないのは明らかだ。というか薬師の鞄に何でそんなもんが入ってるんですか。


「レオ様、ご要望のものを揃えて参りました」

「ありがとう、そこに置いておいてくれ」


 アタシが目を白黒させている間に、これまたいつの間にか出現したオースチンさんが、湯気を立てる巨大な銀ボウルと火箸の刺さった小型の火鉢を持って来た。

 ……周囲には既に結構な人だかりができているのだが、両腕にこんなものを抱えながらどうやってこの人垣を突破したのかについては、やはり深く考えてはいけないのだろう。


 そんな風に考えていると、師匠が小刀や他の道具を熱湯の中に投下しつつ、鞄から取り出した強い酒で手を洗い出した。


「ちょっ、本気でやるんですか!?」

「安心しろ。父さんから一通りの応急処置は習っている。ミツラは俺の言ったものを手渡してくれるだけでいい」

「いや、でも……」

「放っておいたら手遅れになる! いいから力を貸せ!!」


 いつになく強い口調で言われ、その真っ直ぐな瞳がアタシを貫いた。

 その瞳にあったのは、何としてもこの人を救ってみせるという強い覚悟と、圧倒的な使命感。アタシが憧れた、薬師の目だ。その視線に、胸の奥をきゅっと掴まれた。


 気付けばアタシは、師匠の隣にしゃがみ込んでいた。

 頭の中にはまだ、やっぱり止めるべきなんじゃないかという思いが強くある。

 緊急事態なのは分かるが、アタシの目から見ても、これは国家公認医師でも助けられるかどうかといったレベルの重傷だ。

 師匠の薬師としての腕に疑いはないが、手術となると求められる技術は全くの別物。だからこそ、薬師と医師は明確に別の職業として分けられているのだ。

 ここで下手に手を出して事態が悪化すれば、患者の命が損なわれるだけでなく、師匠の名前に大きな傷が付いてしまいかねない。


 しかし、そんなアタシの心配をよそに、師匠は迷いのない瞳のまま布で口元を覆うと、アタシに手を差し出してきた。


「ミツラ、アンビュラの水薬を」

「っ、はい!」


 その目を見て、アタシも覚悟を決めた。

 師匠が出来ると言っているのだ。弟子であるアタシが師匠を信じなくてどうする!

 自分の身可愛さに最善を尽くさないなんて愚の骨頂! 腹を決めろミツラ・オアシズ!


 アタシは一度頬を叩いて気合いを入れると、強い酒で両手を洗い、頼まれた薬を師匠に手渡した。






 それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 アタシの体感ではほんの10分、20分くらいのことだったが、もしかしたら本当は小1時間くらい経っていたのかもしれない。

 ひたすら師匠に言われるがままに薬や道具を手渡し、師匠の手際に見惚れていると、いつの間にか処置は終わっていた。


「ふう、とりあえずこんなものかな」

「お疲れ様です、レオ様」


 師匠が口元の布を外しながら一息つくと、すぐさま出現したオースチンさんが、師匠に冷たい水を差し出した。


「ミツラ様もどうぞ」

「あっ、ありがとうございます……」

「いえ、大したことではございません」


 ニコッと笑うオースチンさんの前で、おじいさんの娘と孫らしき2人が、おじいさんに近寄って声を掛けていた。

 恐らく、処置の最中邪魔にならないように、オースチンさんがこの2人を引き留めていてくれたのだろう。


「このご老人はどうなさいますか?」

「そうだな、俺に出来る限りの(・・・・・・)ことはした(・・・・・)が、やっぱり本職の医師に診せた方がいいだろう。このまま医療院に運んでくれるか?」

「畏まりました。衛兵への説明や荷馬車の持ち主の引き渡しは済ませておきましたので、お2人はこのまま往診に向かってください」

「分かった。ありがとう」

「いえ。ああそこの方、このご老人を運ぶのを手伝って頂けますかな?」


 オースチンさんが周囲の人だかりから大柄な男性を指名して、2人で担架を運び始めるのを尻目に、アタシ達はその場を離れた。

 師匠が歩き始めると、進行方向の人垣がさっと割れ、道が開ける。

 その道に踏み込むと、たちまち周囲から称賛や尊敬のこもった視線が集まるのを感じた。その視線は先を行く師匠だけでなく、手伝いをしていただけのアタシにも向けられていて、何とも落ち着かない心地にさせられる。

 その視線を振り払うように早歩きで師匠に追い付くと、その背中に声を掛けた。


「それにしても見事な手際でしたね。あんな技術どこで身に着けたんですか?」

「ん? さっき言っただろう? あれは父さんに習ったんだよ。まあ飽くまで応急処置だけ、だけどな」

「……応急処置、ねぇ」


 後ろでさっきのおじいさんもう立ち上がってるけど、飽くまで応急処置らしい。

 あんれぇ~~? あのおじいさん両脚折れてなかったっけ?


「俺の故郷の村では、薬師は俺の両親だけしかいなかったし、医師なんかは1人もいなかったからな。だから父さんが医師の、母さんが産科医の真似事なんかもしてたんだよ」

「……へぇ」


 さっきのおじいさん、「腰が軽い! 腰が軽いぞぉ!! わははははーーー!!」とか言って杖を放り出して走り回っちゃってるんだけど。それでも飽くまで医師の真似事らしい。


「だから、だな。そんな両親の側で小さい頃から治療の様子を見てたし、ゆくゆくはその跡を継ぐつもりだったから、一通りの処置は出来るようになったんだ。まっ、本職の医師には到底敵わないだろうけどな」

「……」



 チラッ



「うそ……おじいちゃんが普通にしゃべってる……」

「お父さん! 私のことが分かるの!?」

「何を言っとる? 我が子のことが分からぬ親などいるはずがなかろう! ああ、それにしても気分がいい! 腰だけでなく頭まで妙にすっきりしておるわ! ふははははーーーー!!」

「お、お父さーーーん!!」

「おじいちゃーーん! よかったよぉーーー!! うわぁぁーーん!!」



 ……………………


 ……あぁ! そっかぁ、“応急”処置じゃなくて“王級”処置だったんだねーー。

 うんうん、そっかぁ。じゃあ仕方ないよねぇ。まあ師匠だしネーー。


 それにしても、さっきのお孫さん結構可愛かったなぁーー。胸も大きかったし。

 娘さんの方もお孫さんの年齢の割に随分若くて綺麗だったなぁーー。大人の色気むんむんって感じ? しかも、既婚者なら上げているはずの髪を下ろしてたってことは、あれ多分未亡人だよねーー。いや、別にいいんだけどね? 全然、いいんだけどね? ハアァァ…………。


「うお!? 時間ヤバい! 普通に遅刻だ! 急ぐぞ、ミツラ!」

「はぁ~~い」


 アタシは色々と諦めて思考を放棄すると、慌てて駆け出す師匠の後を追った。


「すみませーん! 少し道開けてくださーーい!!」


 師匠が声を上げると、たちまち通りを歩いていた通行人が左右に分かれ、真ん中に道が出来る。


「ありがとうございます! うおおおおぉぉぉぉ!!」

「……」


(結局走るんかーい)


 そう胸の中でぼやくと、アタシは軽く溜息を吐いてから、師匠を追うべく全力で足を踏み出した。

次回はコーゼット視点です。

この話の続きはまたどこかのタイミングで入れます。たぶん次の『ある薬師達の多忙な1日②』は、レオ視点で《愛の虜》を訪ねる話になるかと思います。

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― 新着の感想 ―
なんか、「オースチン、後は頼む!」だけで全て解決しそうな気がするのは気のせい?
[良い点] “応急”処置じゃなくて“王級”処置 上手い!
[良い点] レオさん、すごい人かと思ったらめちゃくちゃすごい人だった…
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