ある日の聖戦
この第1話は短編『え?本当にいらないの? ~ある日の聖戦~』と同一の内容です。
短編の方を読んだことのある方はスキップして頂いて構いません。
「レオ様、レオ様、朝でございます」
肩を優しく揺さぶられる感触に、意識がゆっくりと覚醒する。
「ん……あぁ、おはよう、オースチン」
「おはようございます、レオ様」
目を開くと、俺がこの屋敷の管理を一任している執事のオースチンが、ベッド脇で恭しく挨拶をした。
「既に朝食の準備は出来ております。身支度が整いましたら、食堂の方へお越しください」
「あぁ、分かった」
「それでは」
そう言うと、オースチンは一礼して部屋を出て行く。
それを見送ってから、俺はベッドから降りると、手早く着替え始めた。
ここは王都の一等地にある俺の屋敷だ。
元々は大貴族の持ち物だったものを、俺が1年半前に買い取ったものだ。
本当は薬草を栽培出来る庭と温室が欲しかっただけなのだが、王都で一番大きな庭付きの家を調べたら、ここを勧められてしまったのだ。
正直こんな豪邸はいらなかったのだが、他の庭付きの家はどこもこじんまりとした一軒家しかなかったので、仕方なく、将来への投資だと思って思い切って購入した。代金は秘境から持ち帰った真珠薔薇を何株か売って賄った。
住み始めた当初は最低限の警備の人間だけ雇っていたのだが、俺が真珠薔薇の栽培に成功すると、王城からオースチン率いる王室御用達の使用人軍団と警備兵1個中隊が派遣されてしまった。
「まあ屋敷の管理と薬草の世話をしてくれる人が増えるのはいいことだよね」くらいの軽い気持ちで受け入れたのだが、彼らは気付けば俺のことを貴族のように扱おうとするものだから参ってしまった。
今のように自分1人で着替えるのも、オースチンにかなり渋られたのだ。
しかし、生まれも育ちも平民な俺にとって、着替えを誰かに手伝われるというのはかなり恥ずかしかったので、そこは押し通させてもらった。メイドの子達は不満そうにしてたけどね。
身支度を整えて食堂へ向かうと、既にミツラが席に着いて待っていた。
「あっ、おはようございます師匠」
「あぁ、おはよう」
ミツラは俺の弟子になって以来、この屋敷の離れに下宿している。
本当は本館の方にいくらでも部屋が余っていたのだが、流石に嫁入り前の貴族令嬢が男と同じ屋根の下で暮らすのはマズいということで、離れを貸すことにしたのだ。
それでも、わざわざ分けることもないので、朝食と夕食は同じテーブルで食べることにしている。
だから別にミツラがここにいるのは何の問題もない。そう、それ自体は何の問題もないのだが……
「……」
「どうしたんですか師匠? 早く食べましょうよ」
テーブルの上に並べられている食事は2人分。その2人分の食事が、広いテーブルの一カ所に隣り合うように並べられている。
「……」
思わず給仕担当のメイド達にジト目を向けてしまうが、彼女達は全員壁際に澄ました顔で並んでいた。
揃いも揃って何食わぬ顔をしているが、俺は彼女達のエプロンのポケットが揃って不自然に膨らんでいることに気付いた。形状からしてそれが恐らく何らかの薬瓶であることも。
……こいつら買収されてやがる。
恐らくミツラが調合した香水か化粧品でも渡されたのだろう。
女性にとってはある種のキラーアイテムなのかもしれないが、お前ら王室御用達の使用人としてのプライドはどうした。
「ほら師匠♪ 早くこっちに座ってください♪」
「……」
心底楽しそうにパタパタと隣の席を叩くミツラに、一度だけ小さく溜息を吐くと、大人しく観念することにする。
ここでごねても何ともならないだろう。むしろ変に意識したら負けな気もする。
ミツラ達から告白を受けて、今日で3日目。
その間、俺は5人から猛烈なアタックを受け続けており、それがここ最近の俺の悩みの種だ。
いや、別に彼女達の好意が嬉しくない訳ではない。
だが、仮にも俺は5年間想い続けた幼馴染にフラれたばかりなのだ。正直まだ次の恋を考えられる状態じゃないし、こんな状態で心の隙間を埋めるように誰かを選んでも後で絶対後悔する気がしたので、気持ちの整理を付けるまでもう少し待って欲しいと伝えたのだ。
「はい師匠、あ~ん」
「……」
伝えた……のに、コイツら滅茶苦茶グイグイ来るんだもんなぁーーーっ!!
朝から夜まで時間も場所もお構いなく、「気持ちの整理を付ける暇なんて与えねぇぜ!」と言わんばかりにあの手この手で迫って来る。
おかげで失恋したばかりだというのに碌に落ち込む暇すらない。少しくらいセンチメンタルな気分に浸らせてくれってんだ。
「ほぉ~ら、し・しょ・う♡」
「……」
気にしたら負け気にしたら負け気にしたら負け………
* * * * * * *
朝食の席を無心になってやり過ごし、今俺達は、大通りに居を構える診療所にやって来ていた。
ここは俺の普段の仕事場で、往診がない限り、ミツラと一緒にここで王都の民の診察をしている。
今も、俺が普段から調剤器具でお世話になっているガラス工房の娘さんを相手にしていた。
「そうですか。順調に快復しているようですね」
「はい、おかげさまで。……あの、すみません。先生のお薬、とっても良く効くんですけど、私あれを飲むと少し眠くなってしまって……」
「あぁそうですか。ジギタス草が少し体質に合わないのかもしれませんね。そうですね……もうだいぶ治っているようですし、今度のお薬はジギタス草を減らして代わりにランジー草を多めに調合しましょうか」
「え? あ、あの……ランジー草ってすごく貴重だって聞いたことがあるんですけど……私お金が、その……」
「あぁ、お値段は前回と同じで結構ですよ。自分で栽培しているので安く済むんです」
「そ、そうですか。ありがとうございます。……それで……あの、先生? こんなこと聞いていいのか分からないんですけど……」
「何ですか?」
「その……先生、婚約を解消されたって……伺ったんですけど……」
「……あぁ」
急にもじもじし出したから何を言うかと思えば……まさかもう王都の一般民の耳に入るまで噂が広まっているとは。
「いやぁまあ……お恥ずかしながら」
苦笑いしながら肯定すれば、娘さんは一瞬パッと表情を輝かせた後、うっすらと頬を赤く染めながら続けた。
「そ、そうですか! ……あ、あのっ! もし先生さえよければ、私――――ひっ!」
決死の表情で何かを言おうとした娘さんの顔が、俺の背後に向けられた途端一気に引き攣った。頬に差していた赤みが一瞬で消え去り、逆に蒼白な表情になる。
「?」
サッ!
娘さんの視線を追って背後を振り返った途端、斜め後ろに控えていたミツラが何かを背中に隠した。
「……」
おい、今何を隠した?
一瞬チラッと見えただけだが、俺の目が正しければ薬草を切るのに使うハサミ(大)だった気がするんだが? 何でそんなもん診察室に持ち込んでんだ。
「どうかしましたか? 師匠」
まるで何事もないかのような微笑を浮かべるミツラに、内心で気にしたら負けだと自分に言い聞かせつつ、顔を正面に戻す。
「失礼。それで、何ですか?」
「えっ!? あっ、い、いえ……その、人には合う合わないというものがありますから……あまり、落ち込まないでくださいね?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「そ、それでは私はこれで……」
娘さんはすっかり怯えた様子で慌てて立ち上がると、そそくさと帰ってしまった。
「……次の方」
凪の心で次の患者さんに声を掛けると、入って来たのは馴染みの顔だった。
「失礼します」
「あれ? マローンさん?」
入って来たのは、王城勤めの執事で、オースチンの元同僚だというマローンさんだった。
ブルゾア姫の治療をしている際にも度々顔を合わせた彼がここに来るということは……理由は1つだろう。
「お忙しいところすみません。実はブルゾア姫殿下が今朝方から体調が優れないと仰っていまして。至急レオ様にお越し頂きたいと思い、参りました」
「……分かりました。すぐに向かいます。ミツラ、後は任せた。どうしても分からないことがあったら城に使いを寄こしてくれ」
「え!? 師匠、行っちゃうんですか!?」
「……殿下の命なら仕方がないだろう」
「そうですけどぉ……」
そう言うとミツラも渋々頷いてくれたが、その表情は明らかに納得していないようだった。
うん、まあ俺もどうせ大したことないだろうと思ってるけどな。
それでも王族の命とあらば否やはない。
俺は往診用の鞄を抱えると、すぐに王城に向かうのだった。
* * * * * * *
「あぁレオさん! よく来てくれました。わたくし、今朝からどうにも体調が優れなくて……」
部屋に通されるや否や、姫はそう言っていかにも「心細かった! でもこれで安心した!」とでも言いたげな儚げな表情を浮かべるが……はっきり言って嘘くさい。
そもそもコーゼットさんとダイアさんの立ち位置もおかしかった。
いつもなら2人の膝の上に座っている姫が今日は普通に椅子に座り、ダイアさんはその背後に控えている。
そして、コーゼットさんは俺の背後、部屋の扉の前に控えていた。そう、まるで俺の退路を塞ぐかのように。
「……殿下」
「はい?」
「……嘘でしょう?」
「はい、ウソです♡」
ですよね!!
舌をペロッと出して悪戯っぽく笑う姫は正直滅茶苦茶可愛かったが、俺はその悪びれない態度に思わず頭痛を覚えてしまった。
「騙してごめんなさい。でも、こうでもしないとなかなかレオさんを独り占め出来ませんから」
「あぁ……まあ……」
たしかに、普通に往診を依頼したのであれば間違いなくミツラが付いて来ていただろう。
今回は不意打ちで、急に診療所を空ける訳にもいかなかったから、俺1人で来ることになったのだ。
しかし……
「殿下……私には他にも患者がいます。勤務中にこのように私事で時間を取られるのは困ります」
「ごめんなさい……そうですよね。レオさんはお忙しいですもんね」
「いえ、分かって頂けたなら――」
「では、わたくしと結婚してくださいませ♡」
「……」
何が“では”だ! 接続詞おかしいだろ!!
益々頭痛が激しくなるのを感じつつ、ここ最近何度も繰り返している言葉をもう一度言う。
「殿下……私は婚約を解消されたばかりの身で、まだ次の恋を考える余裕はございません。そう何度もお伝えしているはずですが?」
「あら、失恋の痛みは新しい恋で癒すのが一番ですよ? 安心してくださいませ、わたくしは重婚にも理解がありますわ」
「いや、そういう問題ではなく……大体、王女が平民に嫁ぐなんて、国王陛下がお許しになるはずがないでしょう?」
そう言うと、姫は途端に表情を曇らせて俯いた。
「そう、ですよね……そんなこと、お父様がお許しになるはずが……」
「……えぇ、そうですよ」
「そうですよね……わたくしは王族。この国の為、いつかは誰かの元に嫁がなくてはならない身。たとえそれが望まぬ相手でも……」
「……」
その言葉とやるせない表情に、少し胸が痛む。
貴族にとって結婚は家同士の繋がりを強めるための手段であり、そこに当人達の私情が挟まれる余地などない。ましてや貴族の代表である王族なら、それはなおさらだろう。
「……心中、お察しします」
「本当に? なら……いつか陛下によって望まぬ結婚を強いられるだろうこの身を哀れんでくださるなら……1つ、お願いを聞いてくださいませんか?」
「ええ、私に出来ることな、ら…………ん?」
思わずそう言った途端、姫がそれまでの沈鬱な表情から一転して、してやったりといった笑みを浮かべ、ダイアさんが何かの書類を取り出したことで、俺は自分のミスに気付いた。
しまった、これは罠だ!!
「実はここにお父様直筆の――」
「すみません! 患者が待っているのでこれで失礼します!!」
往診用の鞄を引っ掴むと、背後の扉に向けてダッシュする。
すると、予想通りコーゼットさんが俺の行方に立ち塞がった。
「レオ殿、失礼します!」
「いいえ! こちらこそっ!」
「えっ? ひゃあっ!!」
俺を取り押さえようとするコーゼットさんの腕を素早く掻い潜ると、空いている左手と足を使って投げ技を放つ。
俺はこれでも、真珠薔薇の探索に行く際に一通りのサバイバル技術と護身術を習得している。
本職の騎士相手に勝てるほどのものではないが、今回はコーゼットさんが油断していたおかげで綺麗に決まった。
頭を打たないように地面すれすれで勢いを殺し、そっとコーゼットさんを床に横たえると、俺は「すみません!」とだけ言い残して全速力で姫の部屋を後にした。
「っ、申し訳ありません姫様! 完全に油断しておりました! まさかレオ殿がこれほどの使い手だったとは!」
「あぁ、まさか武術の心得まであったなんて……素敵過ぎますわ、レオさん」
「ええ、本当に……ところでコーゼット? 何だか顔が赤くありません?」
「……レオ殿の腕……意外と逞しかった……」
「「何それ詳しく」」
……背後からそんな声が聞こえた気がしたが、俺は聞こえないフリをして振り返ることなく王城の外まで逃げ出した。
* * * * * * *
「はぁ……」
王城を出ると、俺は診療所に向かって、来た道を戻った。
何だかどっと疲れた。
ちょうどお昼時だし、診療所を任せているミツラの分も何か昼食を買って行こうか。
そんなことを考えつつ、曲がり角を曲がったところで……
「きゃっ!」
「うわっと」
誰かが俺の身体にぶつかって来た。
……いや、念のため言うがぶつかったんじゃない。明らかにぶつかって来たのだ。
その誰か……なぜか口にパンを咥えたナオミさんは、どこかわざとらしい感じで体勢を崩すと、地面に尻もちをついた。そして咥えていたパンをいそいそと布に包んで鞄にしまってから、棒読みで声を上げた。
「いったぁ~い」
「……」
「いたたたた……あれ? レオさんじゃないですか! 奇遇ですね!」
「……そうですね」
……何だこの茶番は。
そう思いつつも、ぶつかったのは事実なので手を貸して助け起こす。
「よっと」
「ありがとうございます。それで……何か感じません?」
「……? 何か……とは?」
「そのぉ……運命的な何かを」
「……いえ、別に?」
「え? そ、そうですか?」
作為的な何かなら感じてるけどな。
「ナオミさんはこれからお仕事ですか?」
「え? え、えぇまあ」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「え、えぇ……レオさんも」
そう言うと、ナオミさんは怪訝そうに首を傾げながら歩き去って行った。
……結局何がしたかったのかよく分からないが、深く考えるのはやめておこう。
* * * * * * *
その後、診療所に戻った俺は、ミツラに代わって患者の診察を続けた。
途中何度かミツラが女性の患者を怯えさせるという事件があったが、それ以外は特に問題なく診察を終え、今日の分の薬の調合と配送を終えたところで帰宅した。
離れに向かうミツラと屋敷の前で別れ、玄関を開けると……
「おかえりなさい! ご飯にします? お風呂にします? それともぉ……わ・た・し?」
「……」
……なぜかナオミさんに出迎えられた。そのグラマラスな肢体にエプロンだけを身に付けたナオミさんに。
……何ぞこれ?
あまりにもあんまりな光景に思わずフリーズしてしまっていると、バチコン☆と音がしそうなくらい見事なウインクを決めたナオミさんが、そのままの体勢で徐々にプルプル震え出した。
笑顔が引き攣りだす。顔がどんどん赤くなり、瞳に涙が溜まっていく。
「……あの――」
「う、うわああぁぁぁん!!! ビアンセ姐さんのバカァァァァァ!!!!」
「えぇーーー……」
とりあえず何か声を掛けようとしたところで、ナオミさんはとうとう耐え切れなくなったかのように叫びながら、屋敷の奥へ逃げて行ってしまった。……その肉感的なお尻をこれでもかとばかりに見せつけながら。
「……オースチン……」
俺の傍らでナオミさんを視界に入れないよう地面に視線を固定している執事に、「なぜ彼女を屋敷に入れた?」という思いを込めて声を掛ける。すると、オースチンは澄まし顔で「わたくしはレオ様に幸せになって頂きたいだけでございます」と答えた。
……なぜナオミさんを屋敷に入れることが俺の幸せに繋がるのか小一時間程掛けて問い詰めたい衝動に駆られたが、藪蛇になる気がしたのでぐっと飲み込む。
「それで、どうしましょうか?」
「……風呂だ。流石に全身が薬臭いしな」
「畏まりました」
何事もなかったかのように頭を下げるオースチン。
……その面の皮の厚さに怒るべきか、それとも使用人としてのプロ意識の高さに感心すべきか、判断に迷うところだな。
この屋敷には、庭の一角に大きな露天風呂がある。
ここで沸かされたお湯は、配管を通ってこの近くにある温室の床を通り、温室内の温度調節に使われるようになっているのだ。
しかしそういった機能面を抜きにしても、俺はこの夜空と花の香りを楽しむことが出来る風呂を、非常に気に入っていた。
脱衣場で服を脱ぎ、身体を洗うためのタオルだけ持って浴場に入ると……
「あらレオさん。どうぞ、こちらにいらっしゃって? 一緒に温まりましょう?」
……浴槽には先客がいた。蠱惑的な笑みを浮かべ、妖艶な仕草で手招きをするナオミさんが。
「……」
しかし、その顔はどう見ても風呂の熱さとは別の意味で真っ赤になっているし、唇の端はヒクヒクと引き攣っていた。
……無理するなよ。もう、限界なんだろ?
何だかもはや、妙に優しい気持ちでそんな風に思ってしまった。
何だろう。告白を受けて以来、俺の中のナオミさん像がどんどん崩れていってるんだが。
とりあえずタオルで前を隠し、ナオミさんのあられもない姿から目を逸らすと、頭を掻きながらナオミさんに声を掛ける。
「あぁーーー……ナオミさん? 恥ずかしいなら無理しない方がいいと思いますよ?」
「べ、別にはずかしがってなんかないもん!!」
「いや、“もん”って……」
どうしてくれようかこのなんちゃって痴女。
そんな風に頭を悩ませていると、ザバッというお湯を掻き分ける音がして、次の瞬間タオルを持つ右腕が柔らかい感触に包まれた。
「いや、ちょっ!!?」
「逃げないで! こっちを……私を見てっ!!」
耳元で、そんな切なさに満ちたどこか必死な声が紡がれる。
その切なげな声と右腕に伝わる何とも言えない柔らかな感触に頭がパンクしそうになっていると、突如頭上から声が聞こえた。
「そこまでですわ! ナオミさん!」
声のした方を反射的に見上げると、そこには月を背後に舞う3人の人影。
ズン!ダン! ズダン!! ズダン!!
……何だ今の妙にリズミカルな着地音は。
ちなみに、ズン!(姫が足を着いた音)ダン!(姫が手を着いた音)ズダン!!(コーゼットさんが着地した音)ズダン!!(ダイアさんが着地した音)だ。
(恐らく塀の上から)飛び降りて登場したのは、ブルゾア姫達3人組だった。3人共肌着しか身に着けておらず、全裸のナオミさんに比べればマシだが、それでもうら若い乙女がみだりに異性に見せていい恰好ではなかった。
……とりあえず、これだけは言っておこう。
止めろよ!! オースチン!!!
夜空にイイ笑顔でサムズアップする執事の顔を幻視し、軽く殺意が湧く。
「一応聞きますが……ここには何をしに?」
「お背中流しに来ました!」
「わたくしは前を」
「私は毛の手入れを」
そう言うと、姫とダイアさんはスポンジを、コーゼットさんは剃刀を取り出した。
……不敬を承知で言わせてもらおう。
お前ら馬鹿か!? ナニ考えてんだ!! 王族のブルゾア姫は当然として、コーゼットさんもダイアさんも立派な貴族令嬢だろうがぁぁぁぁああぁぁぁ!!!
ナオミさんを引き剥がすことも忘れて内心で絶叫していると、ガチャッと屋敷へと繋がる扉が開く音がした。
「うわぁぁーー師匠、奇遇です、ね……」
棒読みでそう言いながら入って来たミツラが、俺達5人を見て固まる。
そちらを見ながら、俺は頭の中で開戦を告げる角笛が鳴るのを感じた。
これは、幼馴染にフラれた俺の新たな日常の一部。
俺が彼女達を受け入れるまで、こんな風に騒がしく姦しい日常が続くことになる。
しかし、そんな濃密な日常を過ごしていたせいだろうか?
やがて俺が彼女達の想いに応えるようになる頃には、俺はテナにフラれたことなど、遠い過去の出来事のように感じるようになっていたのだった。