2.入学初日。
「この学園は王国の最高の学び場であり―――」
明るい日差しの差し込む、広いこの講堂に学園長の声が響く。
その、呆れるほど長い祝辞を聞き流しながら周りを横目で見る。
学園の生徒達は皆、きちんと列を作って前を見ていた。
まあ、ここで暴れる様な教育を受けてたらびっくりだよ。
講堂の中心には、私と同じ制服を着た貴族科の生徒。
右側には式用の鎧を着た騎士科の生徒。
左側には従者科の生徒が居た。
それぞれの科については少し後で纏めて話そうかな。
「――皆、位に関係無く、ここで盛んに競い合い、意見を交わして欲しい。」
うん、超ご都合主義。
つまり、子爵令嬢が王子とか従者に身分関係なく接して良いと。
実際、前回の王子ルートだと、それ口実に使って王子が近づこうとしてきた。
……思い出すの気持ち悪い、鳥肌立ってきた。
▲ ▽ ▲ ▽
という訳で入学式が終わった。これから、それぞれの教室へ移動して科目の選択だね。
この学校は貴族科、騎士科、従者科の、3つの入学枠がある。
それぞれに必修科目があり、進みたい進路に合わせて入学枠を選ぶ事になっているよ。
貴族科は作法、政治。
騎士科は武術、魔術。
従者科は作法、歴史。
後は、自由科目が、数学、舞踊、地理、戦術。それと他の科の必修の科目も選べる。私だと、武術、魔術、歴史。
合計9科目。
まあ、私は全部受ける。その方がステータスが上がるし。
作法、政治、歴史、数学、地理、戦術、舞踊はもう全て覚えているので、さっさと初日に試験を受けて終わらせる。
本来は学力とか授業の参加率で合否が決まるみたいだけど、そんな事やってる暇は無い。
六人分の攻略だ。普通に勉強してちゃ、一年間じゃ到底足りない。
さて、残りの武術、魔術、はまだ自分の体力、魔力が成長してないので知識だけじゃどうにも出来ない。
大人しく授業を受けよう。
「先生、科目選択はこれで良いでしょうか」
「ああうん、はい? 全科目?……本気?」
「本気じゃ無ければ書いてきていませんよ。……後、明日修了試験を受けたいのですが」
「修了試験?……ああうん、どの教科?」
「武術と魔術以外全てでお願いします」
「え? ……え?!」
なんか固まった。まあ良いや、伝えるべき事は全部伝えた。席に戻ろう。
戻ってくるや否や、エルゼが話しかけてきた。
「プリシラ、選ぶの速かったわね。何を選んだの?」
「全部だよ」
「はい?」
「全部」
「……時間、足りるの?」
「武術と魔術以外は修了試験を受けて授業免除を貰うつもりだから大丈夫だよ。たまに授業受けに行くつもりだからその時は宜しくね」
ステータス調整とかイベント拾いに行ったりするよ。後は気まぐれ。
「それで、エルゼは何を選んだの?」
私がそう聞くと、エルゼは四本指を立てて言った。
「作法政治の必修に自由が魔術、舞踊ね」
「……普通だね」
「解ってると思うけど、全教科選んだ貴女が普通から外れてるのよ?」
呆れた様な目線でこちらを見てくるエルゼ。実際呆れてそう。そんな目で見なくても良いじゃん。
「出来るんだから仕方ないじゃん」
「なんで出来るのよ…………」
「そりゃ長い間勉強し続けたからね」
ざっと100周分だとしてして100年以上。すごーい。
▲ ▽ ▲ ▽
さーて、行くか。
今日はもう学校は終わり、という事でもう人は少なくなっているけど、私の用事は終わっていない。
「……あーあー」
小声でちょっと声を出してみる。
笑顔良し、媚びた声良し、よし行くぞー。
私は廊下の曲がり角に飛び出す。
どんっ。
「きゃっ」
この声、やろうと思えば意外とできる物だなぁ。まあ、自分の体なんだし、当たり前か。
そう思いながら、わざと体勢を崩し、ぶつかった男子生徒の方に倒れ込む。
その男子生徒……チュートリアル君は私をサッと受けとめた。
私は、わざとらしくならないように気を付けながら少し慌てる様にして立ち上がる。
割と完璧に近い動きができたな、よしよし。
「大丈夫? 怪我は無いかな?」
「あっ、はい大丈夫です」
……殺人衝動以外は問題無いです。
「僕はアルバン。君の名前は?」
「プリシラです。……アルバン様、心配させてしまい、申し訳ありません」
「プリシラ。こういう時は謝るんじゃなくて、感謝の言葉の方が嬉しいな」
ははは。いきなり馴れ馴れしく呼び捨てか。
はっはっは。殺す。いやまだダメだった。
「はい、すみま…… いいえ、ありがとうございました」
よし、台詞言い切った!
ついでに笑顔を付けてやる。ほらさっさと好感度寄越せ。
「気を付けてね、プリシラ」
「はい、気を付けます」
殺意漏れそうだなぁ。こっちの方が気を付けなきゃまずそう。
▲ ▽ ▲ ▽
服を払いながら学園の玄関へ向かう。
玄関へと向かう長い廊下には、まだ、真昼時の明るい光が窓から射し込んでいた。
光に照らされる静かな廊下に、私の規則的な小さい足音だけが聞こえる。
「……………!」
人が居た。私はさっと窓の近くの柱に身を隠す。
もう、放課後なのに。こんな時間に、誰だろうか。
「……あ」
窓から差す光に照らされる、黒髪の少女が居た。
その特徴的な長い黒髪は、日を受けて黒く輝いていて。
その黒い髪とは対照的な、白い肌が、何処か儚げな感じのする、彼女の美しさをより際立たせていた。
………ヴィルマだ。
話し掛けようとして…………やめた。
彼女に始めて会うのはイベントでないと駄目だ。そうしないと、ゲームの正しいストーリーから外れてしまう。
……それに、怖かった。
またあれを見るのが。
彼女を、また、酷い目に遭わせてしまうんじゃないか、と言うことが。
私は恐怖心を握り潰すかの様に手を強く握りしめる。
……一度、精神を落ち着けてから、再び彼女の方に向き直す。
「…………?」
落ち着いて様子を確認すると、彼女が、窓から外の何かを眺めて居るという事に気が付いた。
私も自分に近い窓からそちらを見つめてみる。
……蝶だ。
青い蝶が、黄色い花で埋め尽くされた、小さな花壇の上を飛んでいる。
その蝶の色はまるで、青空の様な――――
『あの蝶は空みたいな青だけれど、貴女の目は海に近い蒼よね』
――やめろ。
思い出すな。思い出す必要なんて無い。
『貴女、海見たこと無いの? それなら今度、見に行きましょうよ』
そんなの全部終わらせてから見に行けば良い。
――もう、……私は、自由なんだ。
幾らでも、見れるじゃないか。
『ええ、約束よ』
約束なんてただの口約束。
そんな物、守られる訳が無い。
――そもそも、今回は約束なんて無いのだから。
彼女はまだ、無関係な人間だ。
そして、これからも馴れ合うことなんて、無い。
友達になる事なんて、無い。
私は、頬を伝う雫に気づかない振りをして、そこを去った。
最後の微シリアスの場所は某地下物語の最後の廊下を想像してもらえばわかりやすいかと。
じごくでもえてしまえばいい。
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