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ティアドロップ・イヴ

作者: さく


 教会の割れたステンドグラスの隙間から、光が差し込んでくる。空はきれいな紺碧に染まっていて、空の上の神様まで見通せそうなほど、透き通っている。

 横たわる本棚に、読んでいた本を戻す。読んでいたというよりは、目で文字を追っていた、という方が正しいかもしれない。今になっては、ゆっくりと本さえ読めない。彼女が口を開く。

「怖いんだ。何もかも壊れちゃうのが。」

そりゃそうだ、と僕は返す。僕もそれはとても怖い。「でも」

「全部昔のまま残っているのだって、同じくらい怖くないか?」

 流されてきた雲によって、差し込んでいた陽の光がさえぎられる。

「そういう話じゃなくて」

彼女はそっぽを向いた。そうかもね、と僕は苦笑する。

「あーあ。なんで見えてなかったんだろ。愛するべきものってのは、こんなにすぐ近くにあったのに」

 真剣な顔で、はあ…とため息をつく彼女に、またも苦笑で返す。


 とたん、頭を殴られたような痛みとともに視界が歪んだ。



 僕は、気付いたらこの半壊した教会にいた。なぜここにいるのかもわからないし、この目の前にいる女の子も誰なのかわからない。知り合いではないと思う。もちろん友達、家族でもない。一回顔を合わせたら忘れないであろうほどの美貌をもった彼女は、急に現れた僕におどろきもせず、ただ一言、

「どこに行きたい?」

と話しかけた。椅子に座っていた僕の斜め後ろから急に話しかけられたものだから、むしろ僕のほうが驚いた。声が出るタイプではないので、ひっ、と息を鋭く吐いたくらいだったが。緊張と動揺で声が出なくなっていた僕に、彼女は軽く怒ったように、

「もー。聞いてる?」

と付け足した。

「まずここがどこか教えてよ。話はそれからだと思うんだけど」

動揺が伝わらないように、極力静かに言った。

「教会に決まってるでしょう。」

「君はだれ?」

「…答えられない」

と、ひとしきり質問をしたが、望んだ答えは得られなかった。

「あのさ」

急に、寂しげな口調で彼女は僕に聞いた。

「もし急に、まわりのいろんなものが何もかも壊れちゃったら、どう?」

あまりに唐突だったけれど、なにか、大切な問いなんだと思った。僕は、彼女に顔を見せないように、近くの本棚から一冊の本を抜いて開いて、

「 」

と答えた。初めて会ったはずなのに。言葉を交わしたことなんてないはずなのに。僕は、それを伝えるためにここにいた。そんな気がした。

話は最初に戻る。





 次に目を開いた時には、教会の椅子に寝かされていた。後頭部に、柔らかい感触が広がっている。

「あ、やっと気づいた。」

彼女は、ぱっと笑って、僕にそう言った。

「もう。大変だったんだよ?いつもどおりこの潰れた教会で読書でもしようと思ってたら、男の子が落ちてるんだもん」

 そういうことらしい。僕は知らないうちに、ここで寝ていた、というか意識を失っていた。そしてそれを、彼女が介抱した。というかこの女の子、さっき話していた子とまったく同じ見た目だ。でも、中身だけ違う。今の彼女からは、さっきまでの鋭い雰囲気というか、寂しげな感情は感じられない。そのかわり、あたたかくて柔和な印象がある。

 彼女に、ありがとう、といいながら、ぼーっとする頭をどうにか持ち上げ、なんでここにいるんだっけ、と朧気な記憶を探る。さっきのことは思い出せるが、肝心なここに来た理由がどうしても思い出せない。まるで、なにかによって記憶がせき止められているようだった。

 とりあえず、現状把握に努めることにした。目に入った彼女の透き通ってきれいな白い髪は、教会にいることで、なおさら透明度が増しているような気がする。まるで天使かのようだった。その髪に負けないくらい白い清楚なワンピースを身にまとっている。そして僕はといえば、真っ黒な学ランで、なんなら神父様のといった方が近いかもしれない。とすると、むしろ場違いなのは彼女なのでは?と一瞬でも考えてしまうほど、突拍子もなく、まるで現実味を帯びていなかった。

 僕は椅子から立って、腰のこりをとるために伸びをしてから、彼女に尋ねた。

「ここはどこなの?」

すると、彼女は。

「ここはどこって、そりゃ、教会だけど。」

そういやさっきも同じこと聞いて同じ回答がきたな…。まだ頭が混乱しているらしい。

そろそろかな、とちらっと空を見た彼女は、

「じゃあ、外に出てみる?」

といった。




 彼女の誘導で外に出て、自分たちのいた教会のほうを振り返ると、雲を突きぬけるほど高い塔の下層部にさっきまでいた教会があったようで、そのてっぺんはとても見えそうにない。

 だれが建てたんだろう、とか思いながら向き直る。そこは、まばらに人がいる寂れた遊園地だった。かなり前に造られた遊園地なのか、かろうじて動いているような印象だった。

 子供の時の思い出とか、あったようななかったような思い出のなかにある。そんな遊園地だった。

「むかし、おばあちゃんに連れられてきたのが最初でね。そのときからこれくらい寂れてた。私に飴をくれたピエロが怖かったのをよく覚えてる。一緒に初めてメリーゴーランドに乗ったとき、自分がまるでお姫様にでもなったような気がして、すごい目を輝かしてた。それを見てたんでしょうね、何回もつれてきてもらったわ。けど、ある日を境に来なくなっちゃった。おばあちゃんが死んだの。しわが沢山入って、がっしりしたあの手をつないでたから、怖いピエロも耐えれてたんだけど。それからはもう近づくこともなかったの」

「だったら、どうしてその近くの教会に来てたの?」

「なんでなのか、私にはわからない。自分で来ようと思ったのか、人に命令されたのか。引かれたの。なにか、大きな力みたいなもので」

彼女のはっきりしない話は、絵本かなんかのようだと感じた。

「ねえ、なにか乗らない?」

彼女は僕の手を引いて、やさしく微笑んで言った。



 そこからは、僕もひさしぶりの遊園地だったので、思いっきり遊んだ。コーヒーカップで回しすぎた彼女を気遣うと、若干グロッキーになりながらも「つ、次…」と彼女は僕を連れまわした。寂れていたからすごくちいさく見えていたけれど、ちらっと見えたこの場所の地図にはかなりの数の遊具が描いてあって、全部回るには一日くらいかかりそうだった。

 そして彼女は全部回る気でいた。割高な遅めのランチを済ませ、またたくさんのアトラクションに乗った。シューティングゲーム、ジェットコースター、など、退屈はしなさそうだった。

 群青色の空に落ちていく橙色の太陽が僕たちを睨みつける。何種類目かのジェットコースターに乗った後、近くのベンチで休憩していると、「今だ!」と彼女が、急に走り出した。彼女がこっちを向いて顔で急かすもんだから、僕もよろけながら走り出した。向かった先には、夕方になってきて、煌びやかなライトをつけて回るメリーゴーランドだった。息を切らしながら、彼女に

「なんで今なのさ…」

と尋ねると、彼女は、いいから早く乗るよ、と手招きをして、無理やり僕を同じ馬に乗せた。

乗っている間、ちらっと外を見ると、だんだんと客の数が増えていて、遊園地としてはそれなりの賑わいを見せていた。乗り終わって彼女は、

「メリーゴーランドはこれくらいの時間がいいでしょ?あかりがついて、世界がもっと華やかに見えるから」

そう言った彼女の顔はこれ以上ないほどに輝いていて、心底楽しいんだろうな、と伝わった。不思議と、こういうのは人にも伝染するもので、僕もかなり楽しめた。と思う。

華やかだと彼女は言った。夢見る少女から夢を見ることを奪った世界に華やかさなんてあるのだろうか。

それから、ディナーを食べながら、こうこうと目を焼くくらいに色とりどりの光を放ってゆっくり動く大きな船のようなものの上で動物が踊るパレードを見た。それを見る彼女の目は、同じくらい輝いていた。懐かしいメロディと一緒に、動物たちが思い思いのダンスをしている。ちいさな女の子は、動物のぬいぐるみを大事そうに抱えていた。大人は、昔の写真を見るような目で、子供とパレードとを見ていた。パレードが通っていく道沿いで、人たちはそれぞれの夢を見ていた。



あたりはすっかり暗くなって、街灯の明かりだけがこの世界の明かりになった。去っていく巨大な光る塊を決して人々は追いかけることもなく、見えなくなるまで見ていた。メロディを小さく口ずさみながら。


「さー。こっからどうしようか?」

パレードが終わって、ずっと同じ体勢でいた彼女は、ひとつ伸びをして、僕に問いかけた。

だんだん眠くなってきた。ちょっと考えて、僕は小さいころからお気に入りだった遊具の名前を小さく言った。そして、ひときわ大きなアトラクションを指さした。


「もうそろそろ明るくなるかな」

ゆっくりと昇っていくカプセルのなかで、彼女はひとりごちた。

僕の腕時計の短い針は4を通り過ぎて、5に近づいていた。カプセルの中から、遊園地全体を見下ろしてみると、まだ多数の客が残っていた。キラキラした明かりが消えることはなく、朝を迎えた。

夜通しやっている遊園地を僕は見たことも聞いたこともなかったが、驚くことが多すぎてそんなことは簡単に受け入れられるようになっていた。

僕は昔から観覧車が好きだった。遠くまで見えるから。普段見えないところまで見える。そして、ちいさなカプセルの中には、そこだけの時間が流れる。それが僕は好きだった。

そして、彼女が言った通り、地平線の向こうからは、かすかに太陽が昇ってきていた。

夜通し遊んだ僕は、疲れでうとうとしながら、自分たちのカプセルが下に来るのを見て、一緒に降りた。

彼女はずっと無言だった。朝日に照らされる彼女の顔は、なにかに耐えているようで、泣きそうに見えた。


客は、おお、と感嘆の声を出しながら登ってくる太陽を見ていた。初日の出と大して変わらないんだな、こういうの。寂しげにそれを見ていた彼女に、その理由を聞いた。彼女は、僕のほうを見ないで言った。


「あのね。君はもうすぐここから、いなくなっちゃう。ここは、この世とあの世の間にあるの。人は死んだあと、ここで最後の一日を過ごして、向こうの世界に行く。観覧車に乗っていた君の体から、少しずつ光が漏れてたのが見えちゃって」

なんとなくわかっていた。自分の死に際は自分でわかるってことかもしれない。

「私は、死んじゃった人たちの一日限りの監視役をしている。この日だけは好きな場所で過ごせるんだけど、君の場合は、遊園地なんだね。どうしてなの?」

涙ぐんだような、湿った声で彼女は僕に聞いた。ああそうだった。

「 」

「そう。よかった。それを聞けて」

そう言った彼女は、泣きながらぎゅっと僕を抱きしめた。彼女の涙は、僕の頬を伝った。そんな経験がなかった僕は、むしろ驚いた。涙が落ちた彼女の手を僕は優しく握った。あたたかった。

体からは光が漏れ続けていて、足の先はもう消えていた。

「ありがとう。もう数えきれないほど繰り返してきたけど、最初はみんな、ここはどこかって私に聞く。そして、私のことを死神だとか言って、そこから逃げ出そうとする。激昂して私の首を折った人もいたし、気が狂って私に乱暴した人もいた。けど、君は私と一緒に楽しい時間を過ごしてくれた。それだけだけど、私にとってはそれはほぼ初めてのことだったの。ずっとこの時間が続けばいいのになあって」

なんと答えていいかも、よくわからなかった。徹夜明けの頭が警報を鳴らしている。と、体が前に倒れそうになった。わっ、と彼女は僕を抱きかかえた。僕の体はもう半分以上消えていた。他の客に、僕たちの姿は見えていないらしい。

「言い残したことはない?」

涙を溜めて彼女は微笑みながら僕に尋ねた。

一個だけ言えるなら。


「メリーゴーランドはもっと早い時間に乗るのがいいと思うよ」

もっと、ちゃんと、世界を見てあげて。世界はね。君の思っているよりもっと、もともと華やかなんだよ。だから……。

その言葉が彼女に届くことは、なかった。

 前からこういう話が書きたいなーと思っていましたが、まとまった時間ができたので一気にまとめました。

 さて、この話は、いろいろと謎を残したまま終わりますが、解釈は読者さんの豊かな感性にお任せします。なぜそこにそんなセリフなのかとか。一切おまかせです。

 現代国語とかだと、「このセリフの意図はなんですか」みたいな問題が頻繁に出題されますが、私は、人それぞれにそれぞれの考えをもって読むべきだと思うので、そうじゃないんだよなあとか思いながら勉強していました。出題者といかに同じ考えに至るかかみたいなところありますからね、あれ。恋愛とかになると、ほんっとにダメで。諦めました。女の子は主人公に恋しすぎ。そしてその女の子ウザめの親友持ちがち。もっと自分を大切にしなよ、とか思ってました。

 とまあ、話がそれましたが、この小説もそれと同じように、ここはこうかなあとか、想像を膨らませてお楽しみください。

 私からのメッセージも詰めましたが、つまるところ、そんなことはどうでもいいのです。みなさんが楽しくて、私も楽しめれば、私は万々歳でございます。

 といったところで、おなかが痛くなってきたのでこの辺で。



  桜咲く一歩手前

  寒さの影る、3月下旬にて。

            さく

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