プロローグ
あの頃は良かった。何も知らなかった頃は。
灰色の肌が特異だという事を知ったのは、初めて島の外へ出た時だ。島を抜け出たのはその1回限りだが、ソロモン、ニューギニア、インドネシアの人種は我々とは違うものだった。肌を黒く塗り、町中を歩く僕を、僕自身は恥ずかしく思った。
「父さん、なんで肌を隠す必要があるの?」
「それはリヒトが大きくなってからわかることさ」
腑に落ちない答えではあったが、ふーん、と反応しつつ鼻頭を掻いた。きっと父は恥ずかしいのだ。肌の色が違うから。意気地無し。
外の世界は新鮮だった。テレビだって初めてソロモンのお店で見た時は感動した。箱の中で人々が歌って踊る。車という鉄の箱は4つの楕円で動いているらしい。なぜ僕らの島にはこんなに素晴らしいものがないのか。
様々なことに感動した。だが、それ以来島外には連れて行ってもらっていない。もう5年前の事になっていた。世界を知らなかった僕は、この目でもう一度世界を見てみたかったのだ。
「・・・島外に出る?」
セルジオは馬鹿にするような顔つきであしらう。
本気にしてないなコイツ・・・。
「そうさ、アルヒをこっそり抜け出して、俺達だけで世界を見るんだ。いつかはすごく遠い場所まで行きたいけど・・・、今は無理だ。だからせめて、ニューギニアくらいまで」
ヨウが目を輝かせた。「ソレいいね!着いてく!」
「いや・・・怒られるでしょ・・・」と、エレナは制すが、セルジオ以外の男子は聞く耳を持たない。
と、そこへ一番年上のアドガーが入ってきた。
「よう!なんか面白そうなこと話してんな?」
「アドガー!俺たち島外に出たいんだ。協力してほしくてさ!」「アドガーも行こうぜ!」リヒトとヨウが興奮しがちにアドガーに擦り寄る。するとアドガーは、「俺、外に出たことあるぜ」と楽しそうな顔で話し始めた。
「船を隠しても、絶対に見つからない場所を知ってる。んで、俺達は祭りの時に行ったのさ。わかるな?祭りの日は誰も外に出ちゃいけない。だから外で大人に見つかる心配もない。後で聞かれたら「神輿の中で楽器隊をしてた」って言えばいいんだ。・・・お前らが行きたいなら協力してやろう、子供は広い世界を見るべきだからな」
リヒトとヨウは興奮の面持ちでアドガーの話を聞いている。
「これ、本当にやる気なの?私どうなっても知らないからね?」とエレナは苦笑いしつつセルジオを見たが、あのわざと輪に入ろうとしない感じを見ると、行きたがっている事はわかった。
馬鹿しかいない。エレナは溜息を漏らした。
「オイ・・・完璧じゃねえか」
祭り当日に間に合うように組み立てた船は、荒波にも負けないよう頑丈な作りだ。親には楽器隊に選ばれたということだけ伝えた。
「これならいけるな!」
ヨウはもう楽しそうだ。島外に行くメンバーは、言い出しっぺのリヒトをはじめ、ヨウ、アドガー、エレナ、セルジオの5人である。
何だかんだでエレナも付いてきてるじゃねえか、とリヒトがエレナに悪態をつき、エレナは面倒を見に来ただけだと言い返した。なんだかんだでみんな楽しみなのだ。
「それじゃあ、行こうか!」
5人は船に乗り込み、海原へ出た。
5人は難なくソロモン諸島に上陸し、メインイベントのテレビにたどり着いた。ニューギニアは断念したが、僕らには十分だ。
「箱の中で・・・人が動いてる・・・」エレナはわかりやすく驚いていた。アドガーはそれを見て、これはニュースと言って、情報を伝える番組なのさと得意げに語る。リヒトはこれをみんなに見せたかったのだ。
唯一、セルジオはテレビの内容に顔をしかめている。
「軍事演習とか・・・物騒な世の中だな、しかもソロモン・・・」と言った所で、セルジオは口を止めた。
「・・・セルジオ?」リヒトがセルジオの顔をのぞき込む。セルジオは顔を真っ青にしていた。
「なんだよ珍しいな・・・どうしたの?」ヨウがセルジオに問うと、セルジオは恐る恐る口を開いた。
「・・・これ、アルヒじゃねえのか」
テレビの画面には、爆煙をあげ、燃え盛る孤島が映っていた。
5人が慌てて戻った頃には、島は更地になっていた。少年たちの、間違いであってほしいという願いは粉々に砕かれ、代わりに故郷が消えたという現実が彼らを襲った。何だ、何が起きているんだ。理解できないまま、祭りで盛り上がっていたはずの中心街へ歩いた。
見渡す限りの死。
燃え尽きた家。
生の欠片すら残っていない。
声にならない叫びが聞こえた。
泣き崩れるエレナ。混乱して唖然としているヨウ。死骸を揺すりながら叫ぶアドガー。微動だにせずただただ立ち尽くすセルジオ。一人ひとりを見渡して、初めて目の前の世界が現実味を帯びた。
そうか・・・みんな死んだのか。
リヒトは空を仰ぎ、泣き喚き、この世界を呪った。
更新は、できる限り定期的にしていきます。