初めての馬車の話。
続きモノ。3話目。
「気持ち悪い……」
ユーリスがぽつりと呟いた。
馬車に酔ったのだ。
慣れない人に長距離の馬車は辛い。
「大丈夫ですか」
サイが聞く。
そういえば、ユーリスが馬車に乗ってしばらくしてから急に静かになったのは酔っていたからだったのか、と遅まきながら気づいた。
「大丈夫じゃない」
「水飲みます?」
「飲む」
鉄瓶に入った水をユーリスが受け取る。
「ぬるくて不味い」
「仕方ありません」
「わかってるよ」
「横になりますか? 眠ってしまったら楽ですよ」
こんな狭い場所でどうやって横になるのだという顔でユーリスがサイを睨む。
酔っているせいでとても機嫌が悪いのに元気がない。
話すのも億劫そうだ。
ユーリスとサイは馬車の最後尾、一例に繋がった四人席に二人で座っていた。
「靴脱いで、私の足を枕にして、少し足を曲げれば寝れますよ」
そういいながらサイはユーリスの靴を脱がす。
肩を掴んで自分の方に引き倒すとユーリスは素直に従った。
荷物から自分のローブを取り出しユーリスに掛けてやる。
ユーリスは目をつぶっておとなしくしていた。
確かに横になっている方が気分はだいぶマシだった。
しかし、昨夜ぐっすり眠ったせいか、それとも揺れる馬車の固い椅子のせいか眠気はさっぱり訪れなかった。
目を開けても、見えるのは窓の向こうに雲もない青空だけでつまらない。
「サイ」
「眠れませんか」
「うん」
「気分は」
「さっきよりは平気。それよりも退屈だから、なにか面白い話をして」
「……それはまた難しいことを」
少し苦笑して、サイはユーリスの気を紛らわす話をしようと思った。
「そういえば、宝石がお好きなんでしたよね」
「命賭けるくらいには好きだよ」
「予想以上ですが、そんな坊っちゃんに耳寄りの情報です。なんと迷宮の闇獣を倒すと、まれに宝石のような魔石が採れます」
「僕、闇獣、倒す」
「良いやる気ですね。坊っちゃんの戦闘能力って、如何程なんですか」
「さあ?」
「さあって。剣を使ったことはありますか」
「あるよ。だから持ってきた」
ユーリスが持っていたテディベアの背中から、ズルッと剣が生えた。
「……長さがおかしくありませんか」
「普通だよ」
「そう、ですかね。あー、良い剣のようですね」
「でしょ。子供の頃兄上からもらった剣だから、少し短いけど十分使えると思うよ」
「そんな金キラした剣でどんな闇獣を倒せるってんだ、お坊っちゃんよぉ」
前の席から不躾な声がかかった。
ユーリスはキョトンとしている。
確かにユーリスの持っている剣は、柄に大きな薄紅色の宝玉がはまり、銀色の鞘には虹色に光る透明な宝石が無数に輝いていた。
「いきなりなんですか」
少し不機嫌そうにサイが答えた。
それには男は答えずに。
「なあ、お前たちみたいなヒョロいのが二人で迷宮に潜ろうなんて無茶だぜ。俺が着いてってやろうか。ほら、俺は5級神殿兵のルオンて言うんだ」
そういいながら男が出した身分証には、ルオン・サヴォナという名前と、確かに5級神殿兵という文字が刻まれていた。身分証の色も5級以上を示す白色をしていた。
「5級神殿兵? 神殿騎士じゃないの?」
「俺みたいな平民が、神殿騎士なんて成れるわけねぇよ。もしかしなくても、坊っちゃんたちは聖桜国の人だろ?」
なっ当たりだろ?って笑顔で後ろを見てくる顔は、案外幼い雰囲気だった。
「否定のしようがないですね」
仕方がなさそうにサイが苦笑した。
「えっどうして分かったの?」
「坊っちゃんが世間知らずだからです。神殿兵を知らないなんて聖桜国生まれ以外ありえませんよ」
「そうなんだ」
「神殿兵は、子供の憧れの職業万年一位! しかも俺は聖桜国に入れる5級神殿兵だ!」
ドヤ顔でもう一度身分証を見せてくる。しかし、ユーリスにその凄さは分からない。
「へぇ凄いんだね」
とりあえずユーリスは褒めておくことにした。よくわからないけど、という言葉は飲み込んで。
いい気になったルオンは、さらに自分の剣まで見せてこようとする。
よく研かれて使い込まれた無骨な剣だった。
「それでものは相談なんだけどよぉ、俺を迷宮での護衛に雇わねえか? 護衛料は要らねえから」
「あぁ、それが目的でしたか」
「まあ半分くらいはな」
「もしかして今は聖桜国からの帰りですか」
「そうだ。よくわかったなあ」
「あんなに5級を自慢げにされればわかりますよ」
「5級ってどのくらい凄いの?」
「超凄い!」
呆れた目でサイがルオンを見る。
「坊っちゃんには、聖桜国に入れるって言っても、その凄さは伝わらないですよね」
「聖桜国生まれには、わからねえよなぁ」
「5級というのは簡単に言うと、人格・武芸共に優れている一流の強者ってとこですかね」
とてもそうは見えませんが、とはサイの言葉。
一言余計だぜ、とルオンが言い返す。
「サイとどっちが強い?」
「それ聞いちゃいます?」
「俺のが強い! ……目を離さなければな」
「なるほど。いいですよ、あなたを護衛に雇っても」
「本当か!?」
「ええ。護衛料は大して出せませんが、迷宮内での魔石の取り分は、倒した人のものということで」
「いや俺、護衛はほとんどやったことねえし、護衛料は貰えねえよ」
「若者が遠慮なんてするものではないですし、正当な対価して受け取っておきなさい」
「若者ってあんたの方が若……くないのか、もしかして」
ルオンはとっさに言葉を翻した。
その時のサイの笑顔は怖かったと、後にユーリスは語った。
「賢い子は嫌いじゃないですよ」
「ええっと、ちなみにお幾つか聞いても」
「50です」
「「ええ⁉︎」」
ユーリスとルオンの声が揃った。
「嘘です。24歳です」
「……びっくりしたよ。兄上より少し下くらいかなって思ってたから当たった」
「ああ、アレクセイ様って今お幾つでしたっけ」
「確か、26?」
「お前、兄貴の年覚えてねぇの?」
「普通は覚えているものなの?」
「そうじゃね。俺、兄弟いないからわかんねえけど」
「私も兄の年齢なんて覚えていませんけど、人それぞれなんじゃないですか」
「お兄さんいるんだ」
「ええ」
サイの顔がまたなんとなく怖かったから、詳しくは聞かないことにした。
***
いつしか日は傾き。
「ああ、ほら見えて来たぜ。あれがエシュカ迷宮都市だ」
「えっ、どこどこ?」
ユーリスが跳ね起きる。気分の悪さなど忘れたようだ。
砂煙の向こうに夕陽に照らされた街が見えた。
竜がいると言われる迷宮は、あと少しのところに迫っていた。
なかま が ふえた