勇気の散髪の話
キャラ名がごちゃ混ぜになっていたので修正しました
混乱した方はもうしわけありませんが脳内修正をお願いします
「なあ、せっかくの成人式なんだ。この機に髪を切らないか?」
「えっ、それはまたどうしてわざわざ……」
幼いころからの腐れ縁、親友のダイキがそう提案してきた。12月31日の昼のことだ。
「いい加減長くなってきただろ。今を逃したら、今後の人生でももう二度とこの決心はできない気がするんだ」
「確かに割と重くなってきたしなぁ」
頭の上にまとめてある髪の毛に触れる。特に流行りを追っているわけでもなく、我ながら無難な髪形だ。しかしこの無難な髪形ができるのは髪を切っていないからであり、もし切ると……想像もできない。
「な、な。切ろうぜ、髪。俺らで新世代のデビューを果たそうぜ!」
「何だよ新世代のデビューって。あんまり変わったことをすると不良と間違われるぞ?」
「いやいやいや、よく考えてみろってタイチ。別に禁止されているわけでもないじゃないか。みんながやっていないってだけで」
「そこが問題なんだろ?」
カフェの中を見渡す。
うん、やっぱり髪を切っている人なんかいない。
「最近の若者は成人式で騒ぎ過ぎだってよく言うじゃないか。それに髪なんか切ったら一生ものだぞ?就職のときになんか言われたらどうするんだよ」
「そんな未来のことなんかいま考えなくてもいいって。な?」
「二年後だぞ。ほぼ確実に髪を切ったことがばれるじゃないか」
「なんだよバレるって。禁止されているわけじゃないってさっきから言っているじゃないか」
「それなら俺だって誰もやっていないってさっきから言っているだろ」
そう言うとダイキは不満そうに唸りながら背もたれに深く身体を預けた。腕を組み、口もへの字に曲がっている。だがやはり思うところはあるようで、眉をぴくつかせながらも真剣に考えこんでいる。
「……誰もやってないって、そんなに悪いことなのか?」
「悪くはねえよ。ただ目立つって言っているんだ」
「悪くないなら、やっぱりいいじゃないか。髪を切るくらい」
「くらいって……ちょっと聞くがダイキ、お前はなんでそんなに髪を切るのにこだわるんだよ」
「そうだな、そこを話してないとお前は納得しない。そういうやつだったな」
ダイキはリュックをごそごそと探り、一冊の本を取り出した。ずいぶん古ぼけている。
「もしかして昔の雑誌か?お前それどこから……っておい、背表紙に貸し出し禁止って書いてあるが」
「ちょっとな。親父の目を盗んで持ってきた」
「国営図書館だよな?ばれたらお前の父さんクビだろこれ」
「いいんだよ。専門家が見てもいいなら俺たちが見たって問題ない。で、このページだ」
ダイキが広げているのはどうやら大昔の中年用ファッション雑誌のようだ。見出しに『2017年もあと一ヶ月!来年のミドルに流行するのはこれだ!』と書いてある。
「昔のオッサンの服がどうしたって言うんだよ」
「時代遅れの服のことなんざどうでもいいんだ。見てほしいのはこのモデルの頭だよ頭」
「頭ァ?」
ダイキが指さすのを見てみると、いかにも大昔らしい短い髪を整髪料で軽く整えただけのオッサンがキメ顔で写っている。
「シブくてかっこいいだろ?」
「ええ〜……」
「なんだよその反応は。目が腐ってるのか?」
「それはこっちのセリフだ。これに憧れて髪を切ろうって言ってるのか?本気で?」
「本気だ。まあ今すぐ決めなくてもいい。この本は貸してやるから成人式までにじっくり考えておけよ。俺は信じているぜ」
「あ、ああ……」
そんなことがあって一週間。
明日が成人式なわけだが……。
「う、ううん……やっぱり恥ずかしいよな。だけどダイキはやるって言ってたし……」
いつまでも美容院の前でもじもじしているのも変だ。ここはもう決心するしかない!
「おお、タイチくん。いらっしゃい。成人式のための調髪だね?どういう風にしたいってのは決めてあるかい」
この美容院のオッサンはもう年齢も60になるが、腕は確かでこの10年くらいずっと髪を任せてきた。だからこそ言いづらいが、ええいままよ!
「この雑誌の感じで……」
「それは!タイチくん、その本はいったい……というか、本気か!?」
「あ、ああ!ダイキがこうするって言ってたんだよ。俺もやんねえとあいつだけ目立っちまってかわいそうだろ?」
「ダイキくんが……まあでも、ははは。いいだろう。人の髪を切るのは久々だが、うんとかっこよくしてみせよう」
オッサンはなんだかやる気らしい。それに、久々?
「オッサンは髪を短くしたことがあるのか?」
「ああ、私のおじいさんが髪は短くないとダメだって頑固でね。小さいころ、よくお小遣い欲しさにおじいさんの調髪をしていたことがあったんだ。もちろん法律には違反しているんだが、家の中でろくに動けないおじいさんのわずかな楽しみだからいいだろうと父も許可してくれていた」
「へえ〜俺には想像もできないよ」
「そうだろうな。だが数時間もすればすぐわかるさ。じゃ、始めるよ」
ジョキン、と聞いたこともないような鋏の音がして、どさどさと髪が落ちていく。
ああ、やってしまった……。
そして、成人式の当日。
「おまっタイチ……!」
「ダイキ、怒っていいか?」
「マジでやったのか……?」
「ああ!やったよ!お前もやってくると信じてな!」
成人式に出席したダイキは髪を切っていなかった。フツーの、ありふれたセットの仕方だ。
視線が痛い……やめろ、俺を見るな!
「むしろなんでやってこなかったんだよダイチ!悪いことじゃないって言ったのはお前の方だぞ!」
「い、いや美容院に行く途中まではそのつもりだったんだけどよ……いざ鏡を前にして座ったときになんだかもったいなくなっちまって……」
「なにがもったいないだよ!クソ、お前の髪もこの場で切り落としてやろうか!?」
思わずダイキの胸倉をつかんでしまう。自分でも今までにないくらいの羞恥と怒りを感じているのは分かっていた。ダイキは涙目だ。
「だ、だってよぉ……人生で髪を切っていいのはたった一度だけなんだぜ?そのたった一度を、使い切ってしまうと考えると怖かったんだ」
「ここを逃したら機会がないって言ったのはお前だったろ!?」
「ご、ごめん……」
「……もういい。今日の晩飯はお前のおごりで焼肉な」
こんな変な髪でただでさえ目立っているのに、喧嘩なんかしたら余計に目立つ。もうあきらめるしかない。時間もそろそろぎりぎりだ。とりあえず、式の間に頭を冷やすとしよう。髪もないし、冷えるのは早いはずだ。
……何を言っているんだろう、俺は。
式が終わった。式中もあらゆる視線が突き刺さるのを感じたし、テレビカメラも心なしか俺を映している気がしていた。ダイキはのんきに居眠りをしていたが俺は眠気どころの話ではなく、晩飯はいいからもうさっさと帰りたくなっているくらいだ。
「ちょっと、そこのクールな髪のあなた!」
会場を出たときにそう声がした。クール、ねぇ。婉曲的な表現だが、この集団の中で変な髪をしているのは俺くらいしかいないので振り返る。
「はい、なんですか」
「あなたのその髪型!もしかして人生に一度だけの散髪をこの日のために!?」
「ああ、友人にはめられたというか、なんというか……」
「実に斬新ですね!何か髪形に込めた思いとかってあるんですか!?あ、申し遅れましたわたくし月間Men’sの記者なんですけれども!」
うるさい人だ、放っておいてくれ。ダイキも遠巻きながらに待ってくれているし、適当に答えてここは切り抜けるしかない。
「ああ、なんというか、大人になるから今までの悩みとか全部切り捨てて、さっぱりして新しい人生に踏み出したいなって、そんなかんじです」
「それがまさか流行るなんてなぁ……」
「お前よく俺の前でそんなことが言えるな。流行り出したらあっさり切りやがって」
「いやほら、みんなやってるしさ!それにもういいだろ?終わったことだし、焼肉だっておごったじゃん」
「まぁ、それはそうだけどよ……」
なんとこのヘンテコな髪形は成人式から半年たったいま爆発的に流行しており、あの時の羞恥が嘘のように俺の髪は世間に溶け込んでいた。さらに信じられないことに一部の人たちが髪の毛を切る回数が制限されているのはおかしいとデモを始めているそうだ。
「結局、みんなも前までの髪形に飽きてたってことなのかなぁ……」
「さあな。案外もったいないから切ってなかったってだけかもしれないぜ?」
「お前がそうだしな、ダイキ。それで今日はどうしたんだ?また悪だくみか」
「おお、勘がいいな。今日はお前に最初っから見せよう。コレなんだけど……」
再び出してきたのは古い雑誌。また国立図書館から無断で持ち出したらしい。
そしてダイキはページをめくりながら言った。
「眉、剃ってみないか?」