深夜二時
深夜二時。
「クソあっちーんだけど」
手のひらへ落としたマガジンの残弾は十。
「クーラーでもつけりゃどう」
押し込みなおす背後でアジンが、両脇のダガーの位置を調整していた。
「バカ言わない。室外機運転させて待ち伏せは笑う」
「ならこの無駄口もだ」
標的を追いかけ始めたのはうららかな春の正午。花見のシートのその上で、一斉配信されたターゲットの情報を受け取っていた。そりゃあ界隈には界隈のルールがあるってものを、派手に破って目立つだけ目立ったソイツはどうやら一匹狼を気取っているらしい。首を取れば年末のモチはもちもち、食べ放題の案件そのもの。つまり競合他者も枚挙にいとまはなく、始まったビッグレースにこちらもサービスへ誠心誠意と心を込めて、最速の成果を目指したあげくが、真夏の締め切った室内で電気もつけずターゲットのご帰宅をいまや遅しと待ち構える今となっていた。
「暗がりならこっちの方が目はもう慣れてる」
アゴ先の汗を拭う。
左側、窓際のベッドには涼し気な藤編みの枕。
おかれた3LDKの一軒家は、どうもターゲットのプロファイリングと噛み合わない。シンプル極まる室内はほかにめぼしいものはなく、水玉模様の壁紙に囲まれ仁王立ちを決め込む。
「予定通りなら帰宅はターゲット、一人」
ダガーの位置を整え終えたアジンが背後から身を乗り出してきた。
「入って来たところを俺が仕留める。だが複数の場合は」
こちらと肩を並べ、やおらそこで声のトーンを落とす。合わせてチラリと投げた視線は、すでにわかっているなと語っていた。
「こっちの出番。パーティでもおっぱじめるんじゃないなら弾も間に合うはず。で」
ならこちらは真逆だ。返す声を高くしてやる。
「ギャラは折半だよん」
などと間際で念を押すのは疑っているからじゃない。混線極める競合合戦のただ中で、どういうわけだか組むに至ったのは完全な利害の一致というやつで、でなければ互いに一人でここまでたどり着くことなどできやしなかっただろうことはすでに、互いが嫌というほど思い知っていた。そしてそもそも折半したところでギャラは、ビンボー染みついた身にはモチがもちもちのモチ、には変わりない額だ。
「長かったぁねぇ」
ウンザリしたようにアジンが絞り出す。
「最初のギャラの使い道は、散髪かな」
返したとき、玄関のロックは解かれる。仕掛けたセンサーが探知した音に、左手首のモバイルウォッチが振動した。
来た。
口にする代わりだ。
開いた両足の間へ軽く腰を落として身構える。銃を掲げたなら否応なくその先端にまで緊張は張り詰め、感じ取ったアジンも背へ同じものを一本、通した。
ややもすれば玄関の、無防備とタイルを弾く靴音がかすかに鳴る。脱いでいるのか、服の擦れる音もガサゴソ空気を揺らした。
傍らから、近づくようにアジンがゆっくり踏み出してゆく。その忍び足はネコがごとし。途中、こちらへ振り返ったなら、ドアノブ側の壁へ背をそわせると動かなくなった。
あいだにも玄関の気配は曖昧なそれから輪郭を持った人の動作へとすり替わる。交互に落とす踵をドスドス、この部屋へ続く廊下に響かせた。
つまりここからは、し損じなど許されない一発勝負というやつだ。備えてアジンも入って来たろうターゲットに、こちとらいるなら続いて入って来るだろう連れの気配に、息を殺して神経全てを傾ける。
ホーリーシット。
たちまち吐き出しそうになって飲み込んだ。
足音がポリフォニーを刻んでいる。似たようなリズムで少しづつズレながら幾重にもなりドスドス、ドドドド。廊下をへ上がり込んでいた。
二、三、四……。
急ぎ数える最中で、トンデモない顔で振り返ったアジンと目と目は合う。そのあとはもう重なり過ぎた足音に数えるのを諦めた。足音も確信を持つとこの部屋めざし、駆け出し始める。
とんでもなかったアジンの顔が、今度はどうするんだ、と問いかけていた。いや、どうにもこうにも事態に過るのは想像以上の想定外というやつで、一言でいえば上げ損ねた声そのもの、「ヤバイ」の三語だ。
瞬間、ひとつ、またひとつ。突き破ってくるナニカにドアが小さく粉を吹き上げる。開いた小穴に発砲されたのだと気づくまで秒もなく、伏せて床を転がった。体がすぐにもベッドへぶつかる。おかげで気配は察知され、そこから先は乱射となった。所せましと撃ち抜かれたドアの向こうから細く光が束なり差し込む。
蹴破る足が突き出した。
向かい、伏せたままでだ。銃口をかざす。
視界へアジンは飛び込んでいた。
同時に喉を掻き切る動きは直線的で、美しいほど無駄がない。血飛沫も浴びぬ角度の切り口もまた毎度のごとく鮮やかで、たちまち虚脱して崩れる落ちる体がドア前をふさぐ。
その顔に眉間を詰めた。
ターゲットじゃあない。
それどころか競合者だ。
クソ。
トリガーを絞った。
トコロテンよろしく、現れた次の顔へ食らわせる。倒れたならその向こうからはたまた新手は身を乗り出して、アジンの投げダガーが額に突き立った。
倒れゆくのを見るまでもなく、きびすを返したアジンがこちらへ身を弾ませる。背後を護り、こちとらトリガーを絞り続けた。排莢のリズムはこんな時でも小気味よく、辺りへ次第に火薬臭さは広がって、ほどの火力にいっとき相手が後退する。
スキに、ベッドへ飛び上がったアジンが窓へ手をかけたようだが、開かないなど意図的な工作でしかないだろう。ダガーを握り変えていた。刃を盾に、いったん身を引き窓へと飛び込む。
深夜二時、聞き慣れた銃声よりガラスの割れ飛ぶ音が耳に刺さる。
「っ、ちょっ」
アジンの体はきれいさっぱり消え去って、名残りと破片を浴びていた。全弾撃ち尽くしたスライドはそこで開き切る。
「こっちだっ」
立ち上がれば被ったガラスが飛び散っていた。
まったっく、ここが一階じゃなきゃどうしていたんだ今夜。
ベッドを蹴りつけ外へとこちらも身を躍らせる。
「これ、どーゆーことっ」
もう息を殺しても意味はない。
「こんな夜中まで熱心なこったっ」
つまり握らされたのはガセネタで、ターゲットに辿り着くどころか争奪レースから抹消されかけた、ということらしい。
「それ、お互い様っ」
くどくど追いかけてこないのが何より証拠だ。
手を引け。
脅したつもりなら冗談じゃない。
返答は二十四時間後にも知るだけのこと。
「うあ、表にもまだいるじゃんっ」
「だろうなっ」
アスファルトを蹴りつけ横っ飛び。
深夜二時から遠ざかる。
もくろみ目指し、巡り来る次なる二時へと夜を走る。
「note」の「シロクマ文芸部」お題、「深夜二時」参加作品