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N.river よみきり短編集  作者: N.river
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アンドロイド

 ぼくの部屋にアンドロイドがやってきた。一メートル四方の段ボールに梱包されて二人がかり、宅配のお兄さんがボロアパートの階段を登って二階のここまで運び入れてくれたのだ。

「重いですねぇ、何が入っているんですか?」

 苦笑いでたずねるお兄さんは、こんな貧相な部屋に住むぼくがアンドロイドを購入したなど、微塵たりとも思っていない様子だ。そりゃあそうだろう。送り主の欄には誰も知らないような会社名が書かれていたし、内容もまた「精密機械」と表記されたきりときている。それにアンドロイドといえば購入後の維持費にメンテナンス代も安くない金持ちの、それも成金のステイタスシンボルなのだから仕方ない。

「新しいパソコンです。仕事に使うための特注品で」

 ぼくは誤解を解くのが面倒で、答えて受け取りのサインを済ませる。

「そうでしたか。毎度ご利用、ありがとうございました」

 かぶっていたキャップを脱いだお兄さんの一礼は一仕事終えたせいか、妙に晴れ晴れして見えていた。なんだかぼくまで満たされて、階段を降りゆくその背を見送り続ける。

 いや待てよ、と我に返った。お兄さんには悪いけど、メインディッシュはこれじゃない。今しがた狭い部屋の真ん中にでん、と据え置かれたアレだ。

 目がけてぼくは身を翻す。

 畳なのだからつい正座してしまうけれど、今日は人生の記念日にすらなりそうなのだから、かしこまるのもちょうどだろう。そうして改め段ボール箱を観察した。

 うん。何の変哲もないごくシンプルな段ボール箱だ。静電気防止とか、衝撃緩和の何かだとか、ついている様子もない。ただ側面に社名とロゴは印刷されると、上部にガムテープが貼られて封されているだけだった。この調子なら中には洗濯機でも入っていそうで、そんなことが起きれば一大事だとぼくは一人、苦笑してみる。

 ならそのときから胸は高鳴りだしたらしい。相手が人の形をしている、ということもあるだろう。アンドロイドだろうと「初対面」ならぼくは緊張を覚える。果たしてどんな顔をして、どんなスタイルの、どんな声を出す、どんな性格のアンドロイドなのか。期待と不安がおしくらまんじゅうで、ぼくの鼓動を早めていった。

 もちろんそれら設定は、後からいくらでも好みに合わせることが可能である。けれど最初から好きに調節してしまうなんて、ぼくには乱暴で醍醐味に欠ける行為だとしか思えなかった。だからぼくは最初のうちだけでも初期設定で楽しむことを決めている。それがまた期待と不安へ拍車をかけていた。

 ままに、箱へと手を伸ばす。

 ガムテープの端を爪で剥がした。

 つまんで一気に引き剥がす。

 けたたましい音は鳴って、箱の口が開いてわずか浮き上がった。

 そうそう、断っておくならぼくがアンドロイドを注文した理由にいかがわしいものは含まれていない。証拠に性別はメーカー任せだ。そんなぼくは労働力にも、話し相手にも不便していない。それでも高価なアンドロイドを購入したわけを明かすなら金持ちのステイタス、それらへの「憧れ」の一言に尽きた。バイクや車、旅行にブランド物と同じだよ、と言えば分かってもらえるだろうか。手に入れるため組んだローンも返済のため汗水たらして働くことも、だからありふれた話だと思っている。

 のぞき込んだ段ボール箱のフタには、そんなぼくの影が落ちていた。

 払いのけるようにしてそこへぼくは手をかける。

 いよいよだ。

 意を決し、期待のまま左右へ開いた。

 とたん「あ」と声は出そうになる。

 髪の毛だ。

 黒いそれが、詰め込まれた発泡スチロールの中にのぞいていた。つむじがあるから、頭の天辺あたりで間違いない。もう自分のものなのだから触れてもかまわないはずが、いささか抵抗を覚えて眺める。これは男のつむじなのか、女のつむじなのか、しばし考えを巡らせた。分かるはずもないなら諦めうーん、と声を上げる。何しろここに頭が見えているということは、箱の大きさから察してアンドロイドは三角座りか、でなければ正座でもして梱包されているはずなのだ。ならついさっき宅配のお兄さんが二人がかりで運び入れた通り、それを一人で引っ張り出せる道理はなかった。

 段ボール箱を切り開くしかないのか、と考える。損じて、中のアンドロイドを傷つけてしまえばもう、立ち直れそうな気がしない。だが他に手段は思いつかず、ぼくはナイフを取りに立ち上がろうとした。

 そうして泳がせた目にそれは映り込む。開いたふたの内側だ。予見していたようにアンドロイドの取り出し方は、図解で印刷されていた。

 従い箱の角から飛び出したビニールのヒモを見つけ出す。手順とおり下方へ引けばバリバリと音はして、箱に裂け目は走っていった。次の瞬間フワリ、四方へ展開すると開く。詰め込まれていた発泡スチロールが一気に畳へあふれ出していた。中からアンドロイドは案の定、ヒザを抱えて姿を現す。青いプリーツスカートに、白いブラウスが清潔感たっぷりだった。部屋で開封されることを考慮してか、靴は履かされておらず、うつむき加減の顔へ伸びた髪がかかっている。そうして振り分けられた髪に白くうなじをのぞかせていた。

 女の子だ。

 これはすごいぞ。

 もう興奮が押さえ切れない。ぼくは発泡スチロールをかき分けすぐさま彼女のそばへ這い寄っていた。発泡スチロールはまだ肩や腰の辺りに残っていて、掘り返すように払いのける。そういして一度、身を引いた。あらわとなったアンドロイドの全身を、改めゆっくり見回してゆく。後ろへ回り、また前へ戻ると決心した。そうっとでないと落ち着けやしない。ぼくはアンドロイドの顔をのぞきこんでゆく。

 やはり作り物っぽさは拭えない。けれどそれは肌の質感だけのことで、顔には眉毛にまつ毛が本物そっくりと植えつけられていた。唇など、わずか湿ったように光ってさえおり、その上に開いた小鼻は今にも膨らむと、今にも最初のひと息を吸い込みそうでこれは油断ならないぞ、とぼくをなぜだか警戒させた。そんなことより何より驚かされたのは、そうまで近づいたところで新品の工業製品につきものの機械臭が全くしなかったことだろう。

 なんて完璧なんだ。

 近づきすぎた顔をぼくは引っ込める。

 それでも強いて不自然な点を挙げるなら、今だ微動だにしていないことくらいじゃなかろうか。いや、それも注文時に了承していたはずで、スタートアップはお客様自身で行ってください、という文言こそぼくでもどうにか購入できる価格の秘密にほかならなかった。

 飲み込んだなら眺めていても始まらない、と思う。

 よし、スタートアップだ。

 唱えてぼくは発泡スチロールの中へ手をもぐり込ませる。指に振れた取扱説明書を拾い上げた。なら、さすがハイテクノロジー商品というべきだろう。自律する予定にあるそれの説明書は、パソコンなどとは比べものにならないほども薄かった。おかげですぐにも作業へ入れそうで、意気込み勇んでぼくは表紙をめくる。

 きっと本体のどこかに、スイッチはあるはずで、通電したなら各ソフトにアプリケーションをインストールさせてゆくに違いない。手順を、何の根拠もないまま想像する。

 完了までいったいどれくらいの時間が必要なのか。初めてのことだけに見当はつかず、もし、つきっきりで作業しなければならないのであれば今のうちアルバイト先へ休む旨を伝えておいた方がいいかもしれない。思案してみる。

 だがお手入れの方法だの、水に濡れたら、なんて項目が続いたところで、肝心の起動手順こそ出てこない。

 まさか。

 ひそめた眉で、ぼくはとにかく文字を追った。だが薄いのだから、読み進める文字などあっという間に尽きてしまう。気づけばもう最後一枚になっていた。嘘だろう。罵るまま、ぼくはその最後一枚を裏返す。と、それは一番下に、たった一行、書かれていた。



 なお当製品は「生きている」というお客様の感情移入完了直後より、起動いたします。



 だまされた、なんて思っていない。ハイテクノロジーは時に魔法を彷彿とさせるものだ、と聞いている。それほどまでにこのアンドロイドは高価でもあったのだ。

 だからしてその日から、彼女へ話しかけることがぼくの日課になった。最近ではようやく彼女が人間だ、と思えてきた様子である。なぜなら彼女はときおりぼくへ、笑いかけるようになっていた。良い兆しだ。全起動の日も近い。そのためにも手抜きは敵だ。今朝も優しく話しかけてから、ぼくは仕事へと向かう。

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