サンタはいない
ぼくはサンタに捕まっていた。
「ほんとにサンタなの?」
けれどサンタはトナカイのソリなんかに乗っていなくて、四つの車輪がついた四角い車に乗っている。その運転席でブーツまで脱いじゃって、臭い足を絡めてダッシュボードに乗っけていた。
「ああ、そうだよ」
疑うぼくへ、着ているコートを引っ張ってみせる。
「赤いだろ? で、ここ、白いだろ?」
でもやっぱり白いおひげはついていなくて、ぼくは隣の席でうつむいた。「……おじいちゃん、じゃないもん」
結んだ口で言ってやる。
「それはほっときゃそのうちなるから、心配するな」
言うサンタはなんだか適当だ。
「けどこの色とコートと、そら、三角帽子は間違いないだろ。これはこの時期にしか着ないし、今夜はお届け物をするって仕事が山ほどある。年末は忙しいんだよ。どうだ。サンタ以外に考えられない取り合わせだろう」
それでもサンタは次々に指さして、最後にぼくに頭へ乗っけた帽子をぐい、と見せつけた。仕方がないからぼくは顔を上げ、嫌々確かめ、また自分の足を見る。
そんなぼくの様子にサンタはなんだか諦めたみたいだ。前へ向きなおると運転席の中へずる、と沈みこんでしまう。三角の帽子を顔の上へ乗せかえたなら、胸の上で腕を組むと黙り込んだ。そのあとで、ぼくへ話しかけてくる。
「で、なんで、こんな夜中にボクみたいなちっさな子が外を歩いてんの?」
ぼくはそんなサンタにもっとずっと、ぎゅっと口を結んで、眉も結び返した。
「なんで、かな?」
けれどサンタはしつこくて、今度はぼくが諦める。
「ママが」
「ふん」
「ママが、サンタはいないって言うから」
サンタは少し驚いたみたいだ。顔に乗っけた帽子のすみっこから、びっくりした目でぼくを見る。本物なのにおかしいの。だからぼくはもう一度、サンタに聞いてやることにした。
「ねえ、ほんとにほんとのサンタなの?」
だのにサンタはすぐに答えず、顔の上からただ帽子を取る。それからおひげのない口をムズムズ、動かせた。ぼくはじれったいのが嫌だからもう一度、そんなサンタへ言ってやる。
「おひげはないけど赤いコートで三角帽子で、今夜はたくさんのお届け物があるから、本当のサンタなんだよね?」
嘘だったら絶対ぼくは許してやらない。
するとサンタはぼくを見る目をぐうう、と大きく開いていった。じいっと返事を待つぼくに、その目でにいっ、と笑ってみせる。
何だかやっぱりサンタっぽくないと思うけど、ぼくは返事がくるまで決めつけたりしない。だからサンタも放り上げていた足を降ろしてブーツを履いた。車輪のついたトナカイから振り落されないよう、体へベルトを巻き付け始める。
「ようしボク、サンタの仕事ぶりを見てみるかっ?」
本物かどうか知りたかったから、ぼくはすぐにうん、と答えて返した。ならサンタはぼくにもベルトをしろと言って、トナカイにムチを入れる。入れて前を睨み付けた。
「サンタはな、いつだってみんなが一番、欲しいものを知っている。そしてそいつを見事、届けるからサンタと呼ばれるんだ」
その通りだ。
「だからボクのママにも今一番、欲しがってるものを届けて、サンタがいるってことを証明してやる。いないとはもう、言わせない」
と、トナカイのお鼻は光って、目の前がまあるく白く浮き上がった。ぼくは提案に、わあ、と大きな声を上げて、そんなぼくへ帽子をかぶりなおしたサンタは振り返る。
「そら、ボクの家はどっちだ? 案内しろ。ママはきっと心配してる。家へ大事なボクを届けてやるさ」
トナカイには荷物を担いで走る昔の人のマークが貼りついていたけれど、揺られてタイヤの音を聞きながら、飛び出してきただけの道を辿って家を目指す。
メリークリスマス。
ママに言ってあげるために。
きっとママだってサンタはいるって、信じてくれる。
だって、メリークリスマス。
ぼくは今夜、サンタといる。