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金龍高校青春記Ⅰ  作者: 破死竜
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第7話 凄惨なる血着!、そして・・・

 真夏の日差しが照りつけている。陽炎が道の上でゆらゆらと蠢き、今年最後の幻を誰にともなく見せつけていた。その中を一人の少女が歩いている。高校の制服に不似合いに重く大きいデイバッグを担ぎ、疲れた足取りを続けていた。

 「・・・暑い」

 バンダナの下の端正な顔がゆがんでいる。彼女は夏の合宿の帰途にあった。そう、彼女こそは金龍高校格闘部員村雲絵里、その人であった。

 (砂や海の水があんなにトレーニングウェイトになるとは思わなかったなー)。

 彼女達は、夏休みの数日をとある海岸で過ごした。それは肉体と精神を極限まで鍛え上げるためのもので、血と汗を流し尽くした部員達は、泥のように眠った後それぞれの家路へついたのである。

 (『これだけやれば大丈夫』、なんて今まで思ったことはないけど、『これ以上やったら確実に死ぬな』、って思ったのは今回が初めてかも・・・)。

 朦朧とした頭で、絵里は思った。暑い暑い夏の日の午後の事であった。

 「・・・なーんで、8月31日は毎年忙しいかなっ?」

 浜口・カルロス・ダンは、自室の中で滅多に関わらない机に向かっていた。たまりにたまっている夏休みの課題を終わらせるためである。

 「ふっ、パイとの対決も着かぬまま勉学に励むとは、所詮儂も一学生に過ぎんということかのう」

 この日初めて開いた問題集を前にラテンの男は独りごちた。部屋中に鳴り響く音楽のように明るくノリの良い男であった。

 「さて、勉学の前にダンスでも踊って気分を盛り上げるかねえ!」

 誰にともなく言うと、ダンは椅子の上で逆立ちしながら両脚を回転させ始めた。音楽とともに次第に彼の動きのテンポも早くなり、椅子だけでなく机の上までもその舞台になっていく。

 「よっしゃあ、絶好調だぜー!!」

 ・・・その日、彼の課題はビタ一文進まなかった。合掌。

 9月に入って一週間がたった。白竜はこの日、茶道部の部室でくつろいでいる。畳の上に寝ころんだ彼の頭部は女生徒の膝の上にあった。

 「ん、先輩そこ痛いよ」

 「ああっ、ごめんなさい。ちょっと強かったかしら?」

 彼女は茶道部の3年生で、昨年のミス金龍コンテストにもノミネートされたほどの美人であった。

  そして今、彼女の右手には白い綿帽子のついた竹べら耳掻きがあった。

 「フフッ。憧れの先輩に耳掃除してもらったなんて言ったら、みんなうらやましがるだろうな」

 白竜が微笑を浮かべて言った。

 「ありがとう、白竜君。でも、きっと『あなたなら仕方ない』、ってみんな言うわよ。だって・・・」

 その先は、白竜の耳には入らなかった。彼は年上の美女との時間を楽しんではいたが、それだけにとらわれてはいない。彼はより人生を楽しむ方法を良く知っているのだ。

 (後半年たてば、僕は2年生になる。そうすると、年上の生徒は3年生だけになってしまう! 楽しめるうちに楽しまないとな)。

 白竜の口元がほころぶ。彼はやはり生来の魔少年であった。

 (芭月流『土蜘蛛』、ねえ・・・)。

 神岸まことはとある柔術の技術書を読んでいた。他流の技法を学ぶのも格闘家には必要である、として彼の両親はこの手の資料を多くそろえているのである。

 (これは普通の古流にはない技だよな。っていうか日本の打撃技じゃないだろ)。

 彼が見ているのは一つの蹴り技の絵であった。地面深く沈み込み、相手の下腹部などを蹴り上げるかなり特殊な技法であった。

 (大陸系の影響があるんだろうな。パイに聞いてみるか・・・)。

 全国大会まで、後数日。部員の緊張も高まりつつある日のことであった。

 シーン・・・。

 歌が流れた後の奇妙な短い沈黙が生まれ、そしてすぐに消えていった。会場全体に再びざわめきが戻ってくる。

 「それでは、ただいまより今年度、全国空手道大会を開始いたします!」

 9月の第三日曜日、T都のとあるドーム型巨大施設は熱気と歓声で満たされていた。観客の誰もが、試合場の選手達に素晴らしい戦いぶりを期待しているのだ。

 「くーうっ、燃えるねえ。こいつらみんな儂の活躍ぶりを見に来ちゅうわけやなっ」

 ダンが拳を手のひらに叩き付けながら言った。ちなみに本日の希望BGMは珍しくユーロビートだそうである。

 「いや、おまえだけじゃないだろ、ダン。というか、休み明けテストで大失敗して補習くらって練習不足だからおまえは補欠だし」

 「・・・くおらっ、何じゃい、その説明的なセリフは! 儂は練習せんでも強いんじゃあ。『虎は何故に強いか』、その答えは『もともと強いから』に決まっとる!!」

 白竜の鋭いツッコミに、ダンは昔の漫画のセリフを持ち出すことによって答えた。

 「まあまあ、全国は一回戦から投げ・間接有りだから負傷者が出る可能性も高いし、補欠の出番もすぐ来るかもよ」

 絵里がフォローを入れ、ダンはしぶしぶ納得する。

 「ふう、何にせよ1年に一度の見せ場じゃ、がんばろうや」

 皆がうなずく。どの顔にも緊張感が漂っているが、余計な気負いや逆に油断も見られない。

 (こいつらとなら、きっと優勝できる)。

 まことがそう確信した時、彼らの戦いの開始を知らせる太鼓の音が鳴り響いた。

 「っしゃあー!!!」

 その異変に初めにに気づいたのは、個人戦三年男子の部の優勝旗を受け取ろうとしていた皇輝格闘部部長であった。

 (・・・・・・!)。

 振り向いた先に彼は見た。その男が立っているのを。

 「鬼道、雷牙」

 彼の背筋を冷たいものが流れた。皇は鬼道という男を良く知っていた。、そしてだからこそ彼がここに何をしに現れたのかを一瞬で悟ったのだ。

 「みんな、逃げろー!!」

 大声で叫ぶ皇。しかし、事態は彼がその場にたどり着く前に進行してしまっていた・・・。


 団体戦は学年ごとに男女混合で行われる。 その試合場に異変が起こっていた。1年生の部準決勝の試合終了直後のことである。

 (・・・・・・この男が、鬼道雷牙)。

 白竜の体が恐怖で小刻みに震えている。いかなる事態にも冷静に対処することこそが最善の道であると誰よりも知っているこの少年が、だ。

 その男は何気ない動作で会場へと入ってきた。そして、そのまま金龍高校の方へ真っ直ぐに向かってきたのだ。いぶかしんでその途中に間に割って入ってきた審判員を男は無造作になぎ倒した。そこでようやく部員達は悟ったのだ。この男は会場全てを敵に回すことを承知で、こんなにも無造作に歩いているのだと。

 彼らの格闘家としての本能が、告げていた。『この男は、危険だ』、と。

 「もう、まったくこんな時に体が不完全だなんて」

 パイが床の上で身じろぎした。彼女は準決勝戦で2人抜きを果たしたが、その戦いで左足首を痛めてしまったのだ。今は同様に肋骨を粉砕されながらも対戦相手を投げ飛ばした柔道家の山崩五々郎と共に、寝ているしかない悔しさをかみしめている。

 「・・・・・・ほう、たったの4人でワシに挑もういうんけ?」

 鬼道の気がぐうっと膨れ上がった。付近の観客の中にはそれに気圧されて気絶してしまう者もいるほどだ。

 「えらいこったぜ、これはよう」

 ダンもいつものように軽口を聞く余裕がない。まるでその場の大気が帯電してるかのように、ピリピリと肌が泡だっている。

 「俺は、死ぬわけにはいかない」

 まことはごく自然に生死を意識していた。そして、同時に彼を待っていてくれるだろう人の顔も・・・。

 絵里もまた無言で覚悟を決めていた。彼女には行方不明の兄を探し出すという何ものにもかえられない誓いがあるのだ。

 「さて、死んでもらおうかのう」

 大気を裂いて拳が宙を走った。秒を数える間に三連撃がたたき込まれる。鬼道が思い上がりでなく本物の強さを持って現れた、その証拠であった。

 「うっ」

 「ぬわわっ」

 「ッツ」

 3人がぎりぎりでその凶器をかわす。その隙にまことが鬼道の足下に滑り込んだ。

 「阿呆がっ!」

 「来いっ!」

 まことがその左脇に鬼道の左足首を挟むと同時に、その腹を鬼道の左踵が踏みつけた。いくつかの内蔵が破裂する感触を受けながら、なおまことは左腕を離さず逆に鬼道の股間に右蹴足を跳ね上げる!

 (どうだ、まだ完全じゃないが山科流新技『死跳水』だぜっ)。

 しかし、鬼道は揺るがない。

 「金的が空手家に効くかよ」

 右脚を封じられながら鬼道の動きは速度を落とさなかった。相次ぐ連撃。ついに右の回し打ちがダンの頭部をかすめた。

 「・・・・・・!?」

 一瞬、意識が遠くなる。だが、彼の脳裏には未だ音楽が流れていた。

 (儂は、負けん。あの女に勝つまでは負けられんのじゃあっ)。

 ダンの上半身を振り下ろしての変則逆蹴りが鬼道に襲いかかった。かわせず受けた左の二の腕が嫌な音を立てて中程で折れる。

 「ガキがよ・・・」

 冷静な鬼道の声。白竜はその声にしかし動揺しなかった。

 「子供で悪い、ですか?」

 目を狙った白竜のフィンガー・ジャブを鬼道は前に出てかわした。突き指気味に曲がっていく左手の上を滑らすように右パンチを顔面にこすり当てる。

 一瞬息が詰まり動きの止まった鬼道に、絵里の必殺の踵落としが振り下ろされた。

 みちみちっ、と肉が押しつぶされる音が響く。

 それでも、鬼道はなお戦いをやめなかった。


 死合いが始まって数分が過ぎていた。鬼道の動きを、もはやすがりつくようにして止めている金龍の選手達の姿がそこにはあった。夏の合宿でさらに体力をつけた彼らが、しかしすでに気力を使い果たしているのだ。それが、死合いというものの恐ろしさであった。

 「鬼道・・・・・・」

 皇、そして東雲はようやく現場に辿り着いていた。彼らの前には傷つきその戦力を失いながらそれでも倒れない一人の空手家が立っている。

 「皇、それに東雲か。・・・・・・その様子じゃ、勝ったんだな」

 鬼道がようやく動きを止めた。血を失ってふらつきながら彼は壮絶な笑みを浮かべている。

 同時に、金龍の若い選手達は血に崩れ落ちた。その表情は心なしか充実感に満ちていた。

 「そうか、東雲は皇とつきおうとるんやったのう。・・・・・・それで、幸せか?」

 鬼道の問いに東雲真実はゆっくりとうなずいた。

 「ええ。私、今幸せよ」

 そして、鬼道は皇に視線を移す。

 「強くなったのう、皇。今度はワシも勝てんじゃろう・・・。それにこんなは教える方も、うもうなった。あれからもずっとただただ強くなり続けたこのワシをたったの4人で止めてしまうんじゃけぇのう」

 皇輝は首を横に振った。

 「俺がおまえを倒せる程強くなったかどうかはまだ、わからないさ。それでもきっと互角ぐらいには戦えるだろう。だから、ずっといつかは試してみたいと思っていたんだ

、俺は」

 「フフ、嬉しいことを言ってくれるのう。ワシをただの暴れ者と見下さんとは・・・」

 再び東雲が口を開く。

 「私もよ、鬼道。あなたはずっと輝いている。そして、そのあなたを見ても心が動かないのが私が今幸せな理由よ。皇がたとえあなたより弱くても私はきっとこの人から離れられない。それでも私は強くなりたいし、強くないあなた達を想像できない。それが、私の素直な気持ち」

 それは鬼道の強さを認め、そしてそれだけにとらわれない彼に対する評価の証明でもあった。

 「・・・・・・もう、良え。ワシの飢えは満たされた。どうしようもなくたぎったものを腹に抱え、それを拳で癒やす日々ももう終わりじゃぁ。ふっ、こいつらにも目が覚めたら礼を言ってやらんとのう」

 鬼道はこれまで見せたことのない覚えず優しい笑みを浮かべてその4人の男女を見た。広い会場にようやく静寂が戻り始めていた。

 しかし、その時である!

 「鬼道達もこんなものか・・・」

 その場の誰もが判別できぬ程小さな声が聞こえた。けれど、その声は何故か誰もの耳に入ったのだ。鬼道がゆっくりと振り向く。そこには、長身の影があった。

 「銀仮面・・・・・・」

 異様な仮面の人物の出現に、にわかにざわめきだす観客達。

 「誰だ、あれ?」

 「声もこもっててわかんねーべ」

 「何言っとれん、あいつ?」

 「知っているのか、鬼道? あいつは、何者だ?」

 皇の問いにしかし、鬼道は首を横に振った。

 「あいつだけはワシにもわからん。不意に現れた男じゃけんの。じゃけど、これだけは言える。『あいつは強い』」

 表情の見えない仮面の下で銀仮面は何を思うのだろうか?

 「クックックックッ、まあ良い。俺はATPに帰るだけの話だ。また会う日まで、といったところかな、鬼道君?」

 「ATPじゃと・・・」

 ATP、それは世界随一の経済力を誇る企業グループの略称である。アメリカを中心に世界の半分をその傘下におさめる巨大な組織だ。

 「何故、その名が?」

 東雲の質問を銀仮面が黙殺した。

 「ATPの四天王の実力証明も兼ねて、行きがけの駄賃に君の組織のメンバーを全員病院送りにして置いてあげたよ。面倒が省けて良かっただろう?」

 「!」

 息を飲む鬼道。そして、彼は銀仮面に向かって走り出した。

 「駄目だ、鬼道! 今の体じゃあ!!」

 皇の呼びかけもむなしく鬼道は血塗れの体で走って行く。

 「馬鹿が・・・」

 銀仮面の右脚が高く高く掲げられ、そして空を裂いた。鬼道はさけきれず頭蓋骨を陥没された。

 「ふっ、これも報いかのう」

 「・・・・・・さてな、ではさよならだ」

 鬼道の体が静かに地面に崩れ落ち、銀仮面は姿を消した。こうして、2015年度の全国空手道選手権大会は団体1年生の部を終えることなく終了した。

 9月が終わり、10月が始まる。そして、4人の高校生達も再びそれぞれの道を歩き始めた。しかし、戦士には休息が必要である。しばし、彼らは安らかな日々を過ごすだろう。そして、また戦場に帰ってくる。その時は確実に迫りつつあるのだから。それでは、戦場から一旦、離れることとしよう。

 ・・・・・・物語は、まだ終わらない。


 -金龍高校青春記Ⅰ 了

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