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金龍高校青春記Ⅰ  作者: 破死竜
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第6話 血の雨の季節

 「どうしてもワレ1人で行く言うんかい・・・」

 静かな、しかしおそろしく迫力のある声が部屋に響いた。ここはH市内某所、金龍高校格闘部に仇なす者達の本拠である。声を発したのは鬼道雷牙、口を利いた人間の数よりその拳で触れた人間の数の方が多いという一人の空手家である。

 「俺が行くしかないでショ? 鬼道サンが出て行くわけにはいかないしネ」

 百九十cmをゆうに超える長身の男が口を開いた。拳足の鍛えかたは鬼道程ではないが打たれ強さは彼以上だろう。コンクリートの詰まったドラム缶を何本も組み合わせたようなその肉体は、腕一本をとってみても小柄な女性の腰回りほどはある。その体つきに反して少年らしい風貌を青い瞳と金色の髪が見事に調和させている。

 「・・・・・・」

 鬼道は無言で目の前の男を見ている。その視線は片時も離れようとしない、まるで心の奥底を見透かすような・・・。

 「・・・・・・All right. わかってますヨ、鬼道サン。本当はあなたが自分で叩きたいと思っていることはね。But、それはいけないこと。アナタは最後の切り札ネ」

 ガーベイジは鬼道の視線を真っ直ぐに受け止めて言った。鬼道はその表情に固い決意を感じ取った。

 「羽山ならともかく、あの八木がやられたんじゃ。もうあいつらがただの餓鬼やないいうことはわかっちょるよのう?」

 鬼道の声は固い。今にも動き出してしまいそうな肉体を、爪が手のひらに突きたつ程に拳を握りしめることによって何とか抑え込んでいるのだ。

 「わかってますヨ、それもネ。それでも一人で行きたいんです、鬼道サン。これは俺のワガママ、勝手デス。でも、許されるベキ権利でもありますネ。俺はレスラーなんですよ、、鬼道サン。戦うために生きてるんデス。昔の日本の歌にもありましたよネ、『戦うために選ばれたsoldier』って。俺はそれデス。強い相手がいたら戦いたくなる、それは鬼道サンも同じですよネ・・・」

 部屋に沈黙が満ちた。空気が凍り付いたように動かない。

 「・・・・・・」

 そして、ようやく鬼道が再び口を開いた。

 「・・・わかった。ワシぁもう何も言わん、ワレの好きにせえ」

 「Thank you. 鬼道サン」

 ぬうっ、と巨体が立ち上がった。そして、ゆっくりと部屋の出口に向かいそこで立ち止まる。

 「最後に一つだけ。銀仮面には気をつけてください。アイツは・・・」

 「ああ、わかっちょる」

 彼の言葉を遮った鬼道に、ガーベイジは安心して笑みを返した。

 「これでもう心配は無しデス。・・・行きます」

 鬼道がうなずくと、静かに巨体のレスラーの姿が扉の外へと消えていった。

 六月はまたT国地方予選の行われる月でもある。舞台はまたもやH県H島ドーム、各県のちょうど中心に位置し、かつ交通の便が良いことから毎年ここが会場として選ばれているのである。

 「準決(勝戦)からは投げ間接(技)もOKなんだってんだから、進んだよなー教育委員会も」

 手慣れた動きでオープン・フィンガーグローブをつけながらまことが言った。柔術家である彼も、最近ではこれを手に着けても違和感のない動きをとれるようになっていた。

 選手控え室はいつもの様に人いきれがしている。戦いを控えた戦士達の呼吸音が肌で感じられるかのようだ。

 金竜高校格闘部員は男女に分かれそれぞれの準備を行っている。彼らの表情におびえや過ぎた緊張はみじんも見られない。

 「おまえに有利なルールだからって油断すんなよ、まこと。おまえは練習不足なんだからよ」

 ダンがなんだかよくわからないリズムで体を動かしながら言った。本人曰く、「ラテンのリズムは心と体をHOTにしてくれるんだなー、これが」、などと言っているが、誰もその動きを準備運動とは見ていない。有り体に言えば、大抵の者にとって彼は『ダンス男』以外の何物でもなかった。

 「おれた『あばら』の調子はどうなんだ、まこと?」

 白竜がダンの言葉を継ぐように問いかける。彼もまた総合格闘技であるJKDの使い手であり、このルールでは使える技が増え有利であっても不利にはならない。

 「ああ、大丈夫。手術っつってもテーピングみたいなもんだからな。やっちまった日は、熱とか出てひどかったけどな」

 発言の内容と同様にまことの表情に不安の色はない。心配事が解決したからだろうか?

 「さて、『たたきに』行こうか」

 白竜が宣言し、それを合図に三人は控え室を出た。

 (むしろ、白竜の方がいらついてるかんじかのー。なんかあったんかいな?)。

 ダンは口に出さずこっそり思う。実はいいかげんなように見えて(実際いいかげんだが)案外鋭いところもあったりするのである、この男。


 一方、女子控え室の方では絵里が準備運動をしていた。いつも以上に気合いの入った素早い動きで、宙に脚で軌跡を描いていく。

 「ヒュッ、フッ、ハンッッ!」

 大勢の他校生達も、彼女らにぶつかってしまわない正確さとそれでいて失われない飛燕の早さの二つを兼ね備えたその蹴りに金龍の勝利を予感していた。

 (あたしはテコンドーの使い手が行くべき道を突き進んでみせる。あの仮面の男に正しいやり方で勝ってみせる)。

 静かな決意を漲らせ、絵里は緊張感に耐えていた。

 T国地方予選が始まった。四角形の試合場に気合いとうめき声が入り交じり、さらに観客席からの悲鳴と歓声がカクテルされ、ドームはさながらその愛称たる『お好み焼き』状態である。

 金龍高校は先鋒ー白竜、次鋒ーまこと、中堅ーダン、副将ー絵里、大将ーパイ、といったメンバーになっている。これは部内の選抜戦の結果によるものであった。

 「先鋒、前へ」

 全員で礼をして互いに下がった後、審判の呼びかけに答えて一人ずつ前に出る。開始線まで出ると上座へ、お互いにと礼をしてそれぞれ構えを取る。

 (・・・よし)。

 白竜が覚悟を決めたとき、審判の大声が響きわたった。

 「はじめっ!」


 そして、金龍高校の生徒達は順調に勝ちあがった。二人抜き三人抜きも珍しくなく、準決勝にまで来てルールが変わってもそれは変わらなかった。そして、いよいよ決勝戦まで彼らはたどり着いた。

 「はじめっ!」

 相手先鋒は背の高い男だった。やや細身の体つきだが動きは素早い。両手を大きく天地に開きベタ足の古いタイプの空手の構えを取っている。

 対する白竜はいつものようにオン・ガード・ポジションで構え、体全体をリラックスさせている。

 「どっせい!」

 男が一気に間合いを詰め、前蹴りを放った。白竜は一歩下がるとその蹴り足を右手で払い、そのまま今度は逆に前に出た。

 軸足の膝を左の向こうずねで押しながら肩口をぶつけるようにして相手の体勢を崩す。

 「くわわっ」

 倒れまいとして踏ん張るその力を利用して、右手で帯をつかみ手前に引く。たまらず床に転がる男の胸板を白竜は迷わず踏み抜いた。

 「一本、そこまで!」

 審判の大声に、白竜ははっとして動きを止めた。

 (・・・ちっ、少しやりすぎた。年上のお姉さんもたくさん見に来てるってのにさ)。

 この後、白竜は体調不良を理由に会場を出た。その後どこへ向かったのかは中の人間にはわからない。


 そして、次鋒戦。投げ技『天狗勝』からの腕拉ぎ十字固めで相手を粉砕したまことは、こちらは本当に体調不良で試合場を出、念のために病院へと歩いていった。

 「まったく、どっちが勝ってるのかわからんのー」

 ダンがぼやくのも無理はない。後一勝で優勝が決まるというのに、自分たちの側には三人しか残っていないのだから。

 「儂が三人抜きすりゃ良いがやげんけどな」

 「へーえ」

 パイが冷たい視線を向けるがダンは頓着せず、根拠のない自信とともに開始線へと歩を進めて行った。


 戦場だろうが日常生活だろうが、常に同じ状態でいるのが格闘家の理想だといわれる。だがそれとは別に賭事や勝負においては『流れ』という考え方がある。個々の動ききっかけによってそれまでの流れが一気に変わってしまうという現実。この時のダンがまさしくそれであった。互角であるはずの対戦選手を三人抜きの一人目としか見ずに戦いに挑み、そこで勝ってしまったことが彼を流れに乗せた。彼の長い脚が縦横無尽に暴れ回り、相手は為すすべもなく倒れていった・・・・・・。

 「ふはははは、勝利!!」

 決勝戦が終わり、個人戦が始まってもダンは調子に乗っていた。宣言通り三人抜きをしてしまったのだから無理もない。会場の入り口まで来てもその態度は変わらなかった。

 「もー、恥ずかしいからやめてよ、浜口君」

 絵里が止めようとするが、ダンは気にもとめなかった。パイはあきれて一人で個人戦の表彰式を見学していた(皇と東雲は当然個人戦で優勝していたのである)。

 「・・・ん?」

 ダンを止めるのをあきらめ、ふと視線をはずした絵里は、入り口の扉の外に人影を見つけた。この会場でもそうは見かけないほどの長身、そして人待ち顔のその表情・・・。

 「ねえ、浜口君。たしか皇部長の話だと、例の鬼道の所には白人の・・・」

 「ハーッハッハッハ、儂が優勝校金龍高校の浜口・カルロス・ダンじゃあー」

 「馬鹿ぁっ!」

 その大声は扉越しにも聞こえてしまったらしい、長身の男ーガーベイジが全力で彼らの方へ向かって走ってきた。

 「Wooooo!」

 「おい、ガラス・・・」

 ガッシャーン!

 すさまじい音をたてて入り口の扉が砕け散った。ガーベイジはそのままの速度で突っ走りダンにタックルをかましてきた。

 「ちいいっ」

 必死にガーベイジを『切ろう』としたダン。だが、ブラジルで柔術家やルタ・リブレJの選手と戦った経験のある彼もこのタックルはつぶせなかった。

 「金龍、倒す!」

 「早えっ」

 地面へと転がされたダンはそのままガーベイジに馬乗りになられた。

 「離しなさい!」

 気を立て直した絵里が、ガーベイジの脇腹に蹴りをたたき込んだ。十分な手応え、分厚い筋肉を貫き骨まで威力が達したはずである。だが・・・、

 「効いてない?」

 ガーベイジは表情を変えず、ガラスで切った自らの傷口から流れ出る血で滑りそうになりながらもダンの首を絞めることはやめなかった。

 「離しなさい。離して、離して」

 ダンの顔色が青くなって行くのを見て、慌てて絵里は連続で蹴りを放つ。彼女の鍛えられた脚ですらきしみそうになるほど手加減のない蹴りだ。

 (プロレスラーってこんなに打たれ強いの?!)。

 絵里は驚愕していた。彼女の蹴りをかわした銀仮面といい、世には何と多くの強者がいることか。

 「カウントはとらない、タップもさせない。チョーク(気管を圧迫すること)だろうが五秒じゃやめないヨ」

 ガーベイジの血塗れの表情は、周りで騒ぐ人々に近寄りがたい闘志を発していた。

 「気持ちよくあの世へ行けるヨ。羽山にBody打たれるのに比べれば遙かに楽ネ」

 ガーベイジが抑揚に欠けた声でつぶやく。

 「・・・調子に乗るなよ、外人」

 その時、ダンが動いた。両の指先で首を絞めている腕の手首を思いっきり握りしめる。その手の締め付けがわずかにゆるんだ事をガーベイジがうるさがって締め直そうとする隙をつき、気のそれた下半身を持ち上げ脚を抜く。

 「You、グラウンド知ってるネ?」

 「カポエラを跳び蹴りだけしかないとか、ただのダンスにすぎないってレベルで見てたのかい、レスラーさんよ? 奴隷が両手首を手枷で固定された状態で主人と戦うために編み出した技術だぜ。使える技は何でも使うさあ」

 ダンの両足がガーベイジの首を絞めにかかる。三角締めだ。

 「オマエの方こそなめてる違うカ? レスラーの首はスティールでできてるネ。You,understand?」

 ガーベイジはなんと両の腕でダンの体を持ち上げ始めた。ダンが格闘家にしては細身の体であるとはいえ、これは尋常な筋力ではない。

 「いい加減倒れなさい!」

 絵里が巨漢を倒すセオリー、脚の膝を徹底的に蹴っている。ガーベイジがわずかに揺らいだ、かのように見えた。

 「Yeeeaaa!!」

 ガーベイジが奇声とともにダンの体を床に叩き付けた!

 パァッ。

 地面に紅い花が咲いた。ダンは受け身もとれず頭部をコンクリートの床に激突させていたのだ。

 「ダン?」

 絵里が声を上げる。しかし、それに一拍遅れるようにしてガーベイジが膝をついた。

 「No・・・」

 「へ、へへ・・・」

 ダンがふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。

 「あんな事言ったけど、やっぱり一番得意なのはやっぱ地面戦闘より蹴り技なんだったりするんだな、これが」

 地面にぶつけられることを察知した瞬間、ダンは頭部をあきらめガーベイジを蹴りいったのだ。

 「地面に体が触れてない状態で、しかも振りかぶる距離がなかったのになんて威力ナンダ・・・」

 ガーベイジがうめき声で対戦相手を賞賛した。これは前の二人なら考えられないことだ。

 「カポエラの秘技さ。0距離打撃は何も中国拳法の専売特許って訳じゃないからねえ!」

ダンの脳裏に宿命のライバルに一撃で倒された日々がよぎっていた。

 「二人が立ったところで仕切直しね」

 絵里が構えをとってリズムを取り始める。

 「All right.ここからが本当の勝負ね」

 ガーベイジは両手を高く持ち上げた構えを取った。攻撃をよけるのではなく受けてそこから組み・技投げ技に入ろうという意思が見える。裏表のない真っ直ぐな、それだけに強いガーベイジらしい構えだ。

 「じゃあ・・・行くわよ!」

 絵里のかけ声が合図であったかのように一斉に三人が動いた。

 絵里の左こめかみを狙った蹴りが空を裂く。同時に放たれたダンの蹴りがガーベイジの右顎を急襲する。ガーベイジは二つの蹴りに脳をシェイクされながらも前に出る。

 「に、」

 「人間じゃねえっっっ!!」

 奇しくも二人の声がハモる。ガーベイジの両腕がそれぞれをつかんで宙へと持ち上げる。

 (死・・・?!)。

 歯を食いしばり衝撃に備える絵里とダン。しかし、予想したような衝撃はやってこなかった。

 「・・・なんだ?」

 「あっ!」

 そして二人は見た、朱に染まったプロレスラーが立ったまま気絶しているのを・・・。


 ー第6話 血の雨の季節 了。

 第7話に続く。

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