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金龍高校青春記Ⅰ  作者: 破死竜
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第4話 迫り来る狂気、ブレイク羽山

 歓声がドームを満たしていた。H市某所に存在するこの建物の中で、今高校生たちによる空手の大会が行われているのである。観客の熱い眼差しが試合場の選手達に向けられている。そこでは、今まさに団体戦の決勝戦が行われようとしていた。


 金龍高校のメンバー達はこの決勝戦までの戦いをほとんど無傷で切り抜けてきていた。並んで座る彼等全員が、このまま優勝できることを露も疑っていない。

 「 どうだい、ダン?何人抜きぐらいできそうだ?」

 中堅を任されているまことが、隣のダンに問いかけた。

 「そうだな・・・。白竜がどこまで頑張るかにもよるけど、あの三人目の男さえ倒せりゃ五人目までいけると思うぜ」

 試合場の向かいに並ぶ相手選手達を眺めながらダンが答える。その中央には醜い顔の男が座っていた。

 「あれは、相当実戦を積んだ顔だ」

 「・・・いや、そーゆー理由であんな顔になったんじゃないと思うぞ」

 この場に皇や東雲がいればダンの言葉は冗談にはならず、大会に紛れ込んだその男の恐ろしさを前もって彼等に教えられたであろう。だが皇は隣の試合場で個人戦を戦っており、東雲はまだドームへ向かう途上にあった。

 「どうした、君達?」

 決勝戦を開始しようとした時突然5人の男達が立ち上がり、審判は怪訝そうな声をあげた。これから試合を行うはずのチームの内、一チームのメンバー全員が立ち上がれば、当然の反応であった。向かいに座っている金龍高校のメンバー達も同様にいぶかしんでいる様子だ。

 「うるさい、消えろ」

 「へ?」

 不意に放たれた前蹴りが審判の腹部に叩き込まれた。咄嗟に反応できず、彼は地面にうつぶせに倒れ込んだ。

 場内の観客も突如起こった事態を飲み込めず、ざわざわと騒いでいるだけだ。もっとも早く対応できたのは、やはり金龍高校のメンバー達であった。

 「『優秀なマージャル・アーティストとは、常に油断なく、何事が起こっても平常心で対応することができる者のことである』、てね」

 素早く立ち上がりながら、白竜は言った。他の四人も遅れずに立ち上がっている。

 暴漢の内四人がゆっくりと歩を進め、中央の開始線まで辿り着くとそこで足を止めた。 そしてただ一人動かずに立ち止まっていた男が口を開く。

 「 初めまして、一年坊の諸君。俺ぁてめえらの先輩で羽山って者だ。今からてめえらに人生の厳しさってもんを教えてやる。後輩思いの先輩の気持ちをありがたく受け取りな」

 言い捨てて、羽山は唾を吐き捨てた。

 「あの男が言ったことが本当なら、この人達は金龍の格闘部員だったってことになるわね。本当かしら?」

 絵里が少々早口でまくしたてた。らしくない饒舌は興奮、というより緊張のせいだ。

 「部長を呼んでくるわね」

 言い残してパイが走り出した。この場で最も足が速いのは自分だから、という判断だ。他の部員達はうなずくだけで振り返らず、目の前の敵に意識を集中している。

 四人の暴漢が少しずつ間合いを詰めてくる。どの男も人生のかなりの時間を格闘技につぎ込んだらしく、構えに隙がない。

 「一年坊なんざ、早いとこたたんじまいな。俺ぁ早いとこ皇達にお返ししてやりえんだからよ」

 羽山のその言葉が合図であったかのように、暴漢達が一気に襲いかかってきた。鬼道の配下全員が、というわけではないが、今回羽山が連れて来ていたのはかつて格闘部で修行を積んだ猛者達だった。だから彼は最速の勝利を確信していた。

 しかし、その予想は裏切られることになる。

 「・・・なにいっ」

 羽山は愕然とした。無理もない、その強さを信頼していた四人の部下達が、一瞬でたかが一年生に全滅させられたのだから。

 絵里のコロチャギが、ダンのサマーソルトキックが、白竜のフックキックが、まことの肘当てが、それぞれの相手を一撃で沈めていたのだ。

 「ふっはっはっは、大したことねーな」

 「確かに。こんなに弱い人達が先輩だなんて、笑えない冗談ですね」

 胸を張って高笑いを挙げたダンと、観客の視線を意識して丁寧な口調になっている白竜が、対照的にしかし同じ感想を口にした。二人とも余裕の表情である。

 「・・・役立たずどもが」

 羽山は歯ぎしりでもしそうな表情で吐き捨てた。いらだちが彼の体内でヘドロの様に溜まっていく。

 (俺の期待を裏切りやがって。てめぇらクズどもが唯一人の役に立てる機会を自分でつぶしやがって。馬鹿どもめが、俺の計画を邪魔しやがって。ピーチクパーチクわめきたてるしか能のないガキどものくせに)。

 「ぶっ殺してやるよ。この俺が、わざわざな」

 不満から生まれる憤りと人を傷つけられるという喜びで、羽山の顔がさらに醜くゆがんだ。

 羽山が構えをとった。アップライト(顔を上げ上半身を比較的まっすぐにする)というスタイルだが、グローブをつけた両の拳の間がボクシングのそれよりやや広い。通常の構えだと、たとえば蹴りを食らったときに威力を殺しきれずに自分の手で顔面を傷つけてしまうからだ。

 五人の間の空気がピリピリと緊張していく。気温までもが上がったかのように背筋に汗がにじみ出てくる。

 戦いの鯉口を切ったのは、まことだった。

 「ええいっ!」

 刀を持っている相手等接近が難しい敵に対抗するために編み出された高速の踏み込みだ。練習場の木人に行っていたのもこれである。一気に間合いを詰めての下段蹴り当てが羽山の膝を狙って放たれた。

 「馬鹿がっ!」

 「っ!」

 蹴りが当たる寸前、羽山が右足をさっとあげて打点をずらした。そしてその足を地面に下ろしざまに右ストレートを放つ。えぐり込むように放たれた強烈な打撃がまことの顔面に吸い込まれた。

 「 まことっ、大丈夫か?」

 白竜が声を掛けるが返事は返ってこない。どうやら失神してしまっているらしい。

 (咄嗟に顎を引いて額で受けたのに・・・、ということは!)。

 「気をつけて、あのグローブ何か入ってるわよ!」

 絵里も気づき、注意を促した。羽山は奇妙なイントネーションで慌てる彼等をあざ笑った。

 「バーカが、この、俺が、何でわざわざルールに従ってやる、わけがある?!くくくっ」

 ピンと張りつめた緊張が、その場の全員を迂闊に動けなくさせていた。たった一言話すだけで何かが起こりそうな気がして、誰もが黙ったままであった。

 (空手着は筋肉の動きを読まれないようにするためと打撃のダメージを減らすため、グローブは鉄板か何かを仕込んでパンチの威力を高めるため、か)。

 ダンが冷静に事態を見極めようとしていた。この男、周りの人間からは「何も考えていないようで、よく見るとやっぱり何も考えてない奴などと言われているが、実際は要点を押さえるのが得意である。単に普段から考え事をするのを面倒くさがっているだけのことなのだ。

 (で、どうするかが問題だな)。

 三人は羽山を中心とした円の円周上に立つ格好になっている。他の人々はいつの間にか彼等を囲んで遠巻きに眺めていた。

 「どうした?俺ぁ一人だぜ、どっからでもかかって来いよ!」

 軽くステップを踏みながら、羽山が挑発してくる。

 (あの傲慢な態度に油断したら駄目だ。口だけの男じゃないのは、ボクサーながらまことの蹴りをかわしたことで証明してるしな)。

 警戒して動かない三人。その様子を見て、羽山は考えを変えた。足を止めて何とグローブをはずし始めたのだ。

 (今更正々堂々と戦おうって?こいつはそんな男じゃねーだろ)。

 油断せず羽山から視線をはずさない彼等に、醜い男は突然攻撃を仕掛けた。拳で殴るでなく、足で蹴るでなく、はずしたグローブを投げつけたのだ。

 二つのグローブをかわしたものの体勢の崩れたダンに、二桁を越える攻撃が襲いかかった。素手のため手首に負担のかかるフックやアッパーが使えないとはいえ、一発0.3秒かからずに到達するパンチにダンはかわすの精一杯だ。

 「ちいいっ」

 相打ち覚悟で放ったダンの後ろ回し蹴りが羽山の顎先をかすめた。だが同時に彼は左ストレートを顔面にくらって意識をとばされていた。

 「・・・・・・」

 一瞬、たたらをを踏んで立ち止まる羽山。その隙をついて絵里の蹴りが彼を襲った。右上段回し蹴りだ。

 「く!」

 ガードを上げる羽山のその動きは絵里の読み通りだった。宙で角度の変わった蹴りが、ミドルキックとなって左脇腹にたたき込まれる。

 「とどめは僕ですよ」

 「うるせえ」

 白竜がステップして前にでてくる。そこに羽山の高速の右ストレートが襲いかかった。その攻撃を左手で受けると、白竜は右のパンチを羽山の下顎に叩きつける。

 「ガ・・・キがあ・・・」

 頭部へのダメージは脳を揺らせる。羽山の意思に反してその体が膝から崩れ落ちた。

 「ふう、終わった終わった」

 「みんな、大丈夫?」

 ようやく一息つけ、倒れた人々を介抱しにいけるようになった。羽山は駆けつけた警備員達に取り押さえられ運び出されようとしている。そこにパイとともに皇部長がやってきた。

 「・・・・・・羽山。おまえが来たということは、まさか?!」

 動揺を抑え来れず、皇は部員達の心配をするのも忘れていた。ようやく焦点のあってきた目でその姿を見て、羽山は薄く笑った。

 「そうよ、俺ぁあの人の使いで来たのさ。驚いたかい、皇部長さん?」

 「こら、喋るな」

 制止する警備員の声も羽山の耳には入らない。

 「覚えとけよ、皇。あの人はまた金龍に帰ってくる、必ずな。ヒィーヒッヒッヒ」

 ひきつるような笑い声を上げて羽山は笑った。その声は沈黙する金龍の生徒達の心に忍びいるようであった。


 -第4話 迫り来る狂気、ブレイク羽山 了。

 第5話に続く。

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