第3話 「大会」、始まる
1
金龍高校格闘部はこの「春の高校生大会(上級生も参加するので新人戦とは呼ばない)」のような対外試合の際は、空手の試合に参加する事になっている。時には部外の相手との戦いも経験しておく必要があるし、さらに教委やPTAを納得させるためには公式の戦いに出場しておくべきである。だが、部員全員が完全に納得できるようなルールはあり得ない。したがって公式という制限の中でなるべく制限の少ないルールを探したその結果が、「空手の公式戦」だったからだ。
春の大会-正式には「全国高等学校春期スポーツ大会空手の部兼全国空手道大会高校生の部H県予選」というが誰も覚えていない-当日がやってきた。会場となるドーム型の施設はH市民球場の跡地に建てられた多目的施設で、イベントや交流の場として市民に親しまれている。ここで優勝した高校のみが地方大会、全国大会へと続く道への切符を手に入れられるのだ。
ちなみにH県ではH市に多数の高校が集中しているので市以下のレベルの大会は行われない。その方が公正を期せるからだ。
2
「ドームか、野球見に来る以外で来るのは初めてだな」
移動用のバスから降り立つと、まことはドームを見上げて言った。
「儂はコンサートを見に来たことがあるぞ」
続いてダンが降り立った。身につけたヘッドホンからはリズミカルで明るいダンスミュージックが漏れ聞こえてくる。
「せっかく選手に選ばれたんだし、ここで優勝しとかんとな」
「ああ、俺もそう思う」
さすがに個人戦まではいかなかったが、彼ら2人は1年生ながらともに団体戦のメンバーに選ばれているのだ。
「それじゃそろそろ控え室にでも行って、他校の選手の様子でも見とかないかい?」
白竜がバスから降りてきた。彼もまた、団体戦のメンバーに選ばれている。
3人が歩き始めると、最後に残っていた皇部長がゆっくりとバスからでてきた。彼は個人戦のメンバーである。
3
一方、女子の控え室。男子とは別のバスでドームへとやってきた絵里達が準備を始めていた。
「この大会って投げ・関節(技)以外に『つかみ』も禁止なんだよね?」
タイをほどき、ブラウスを脱ぎながら絵里は尋ねた。彼女の着替えは平均より遅い方だ。
「それに倒れている相手への攻撃もね」
答えたのはパイ。彼女はすでに脱衣を済ませ、裸の上半身にアンダーシャツを着ようとしているところだ。
「あとはフィンガーグローブ着用だから顔面(への加撃)OKだけど、目とか急所への攻撃は当然禁止と・・・これぐらい覚えておけばいいよね」
スカートの腰の留め具をはずしながら絵里は確認をとる。
「ええ。それじゃ私、先に行って男子と合流しとくね」
帯をギュッと締め、パイは部屋を出ていった。
この大会は団体戦は男女混合なのである。だが、東雲副部長は午後の個人戦にしかでないので、まだここには来ていなかった。
4
大会の開会式が始まった。国歌の代わりに昨年の優勝校(金龍高校である)の校歌が流されたり、優勝旗の返還が行われたりで10分程で終了した。そして、2つの試合場でそれぞれ個人戦・団体戦が開始された。
団体戦1回戦をシードされた金龍高校メンバーは試合場を眺めながらくつろいでいた。
「こんなに早く空手着に着替えることなかったのに、これだから公式戦って奴は好かんのー」
「・・・だからって、『それならそれで与えられた時間を有効に使わなければ』とか言って襲ってきたら負傷欠場する羽目になるわよ」
「ちっ」
ダンとパイは試合前だというのにすでに緊張状態になっている。最近では部員達も2人の起こす騒動に慣れてきて、毎日の恒例行事のように扱うようになってきていた。
「まこと」
「うん?」
「志保ちゃん、来てないな」
「・・・なんで、俺に言うんだ?」
白竜の問いに一瞬動揺しながらも、まことは冷静を装って答えた。
「いやあ、別に深い意味はないよ。ただ僕の知識じゃこの中で彼女について1番詳しいのは君のはずだからさ。それとも、なにか意味があった方がいいのかい?」
「あ、いや、別に。あいつはお人好しだから誘われるまま3つも部を掛け持ちしてて、忙しくて来られないんだよ」
(つまり、忙しくなければ来てくれるって確信できるわけだ。なるほど)
白竜は常に状況を冷静に見ており、そのための情報収集を欠かさない。たとえ年上でなくても身近な女性の人間関係は一応把握しておこうとするのだ。
だが、そんな彼でもただ見つめてくるだけの女性はあまり意識しない。格闘部のマネージャーとなった小嶋沙希の視線は、(無論気づいてはいるが)未だ彼にとっては些末なものにすぎなかった。
「部長」
「うん?何だ、村雲」
「藤井文也という人を知っていますか?」
絵里の問いに、皇は少し考えてから口を開いた。
「確か、何年か前にうちの部にいた人だよな。テコンドーの使い手だったけど、学校の屋上から行方不明になったっていう」
「 何か、ご存じ有りませんか?」
「そうだなあ、特に恨まれるようなこともない人だったし遺書もなかったし・・・。うーむ、これといって役に立てそうもないな。すまない」
「・・・そうですか。いえ、ありがとうございました」
そのまま黙って試合を見る絵里。皇は何か言ってやろうとしてやめた。物事の中には特定の人にしか解決するべき方法を与えられないものもあるのだ。彼は別の事件、そして格闘部をやめていった空手家のことを思い出していた。
(・・・鬼道、おまえは今どこでなにをしているんだ?)
2回戦、金龍高校の試合が始まる。彼らはメンバー全員での挨拶の時からすでに周囲の視線を集めていた。前年度の優勝校はやはり、皆気にかかるらしい。個人戦の会場では皇が同様に注目されているのだろう。マネージャー達のところまで4人が下がり先峰1人が残った。彼らにとっては高校初の対外試合がようやく幕を開けるのだ。
5
金龍高校の先鋒は、白竜である。
「はじめっ!」
という主審のかけ声とともに彼のとった構えは、
「オン・ガード・ポジションね」
「何だって?」
パイのつぶやきに、まことは尋ねた。
「JKDにおける攻撃や防御にもっとも効果的な構えよ。ボディをきちんと守りつつ、予備動作を行わずに攻撃、カウンター、ディフェンスができる自由な構えなの。よく見て、右肩を数インチ上げて、顎を1ー2インチ程下げてるでしょう?あれは顎や喉を守る最良の位置なの。それに後足の踵を上げてるから細かいステップが踏みやすいし、右膝で金的を、右肘で脇腹を、左手で顔面をそれぞれガードして中国拳法で言うところの三尖相照(打ち出した手の先、踏み出した足の先、鼻の先が一直線上にあって正中線を守れる状態)になってるっていう完全に実戦向けなものね」
「なるほどねえ・・・」
まことは感心してうなずいた。よく見ると確かに様々な工夫が凝らされてることがよくわかったし、それを見抜いたパイの眼力も大したものだと思ったからだ。
(やれやれ、ぺらぺらとよく喋ってくれる・・・)
白竜はシャッフルなどのフットワークを使いながら同時に2人の会話の内容もつかんでいた。多数の相手との戦いも想定しているJKDの使い手だけのことはある。
(この男には悪いが、早めにケリをつけさせてもらおう)
改めて対戦相手に意識を集中する。集団戦闘等に対する際の意識から1対1の際の意識に切り替えたのだ。相手の先鋒は身長180cmの大男だ(無論空手家としてはさほどでもないが)。155cmの白竜にとっては体格差は如何ともしがたい。だが、
(背だけで負けるならブルース・リーはアメリカじゃ有名になれなかったはずだぜ)
大男が様子見のローキックを出してきた。セオリー通りだし、体格差からも有効な技と言える。
「遅いんだよ!」
しかし、その蹴りが届くより早く白竜は大男の懐に飛び込んでいた。オン・ガード・ポジションがぎこちなさのないクイック・アドバンス(前方への素早い動き)を可能にすることの証明のようなステップだ。そして、顔面にリード・ストレート・パンチを放った。 「ぐっ!」
まだ大男の蹴り足が戻っていない状態での1発、さらにバックステップしながら、胴体にサイドキックを1発放っていた。この間5秒とかかっていない。しかも白竜はすでにオン・ガード・ポジションに戻っている。
大男が地に膝をついた。ガードを上下に散らされた上で、息を吸い込んだところを狙って鳩尾を蹴られたのだ、立てないだろう。
(ま、こんなところだが)
主審が大男の様子を見て旗をあげた、白竜の勝利だ。満場の拍手に、だが白竜は不満そうだ。
(部長より2秒も遅れてるじゃないか、まったく)
隣の個人戦の試合場を見て思う白竜。彼の目標は常に高い所に位置しているのだ。
6
次鋒戦、中堅戦をあっさり片づけて金龍高校の2回戦の勝ち抜きを決めた白竜は副将戦を辞退して下がった。体力温存のため、と本人は言ったが信じられたかどうか。そのまま5人抜きもできたかもしれない秒殺戦だったのだから。
「さーて、儂の出番じゃなーっと」
金龍高校の次鋒はダンだ。さすがに試合となるとヘッドホンははずしている。もっとも試合場まで持ってきたりしているのだが・・・。
対する相手副将はバランスのとれた肉体の持ち主だ。体格の優る選手で体力を削り、後半の実力派の選手でケリをつけるつもりだったのだが当てが外れたというところ。
「はじめっ!」
副将は開始の合図とともに突っ込んできた。せめて1勝だけでもしておかなければ面目が立たないのだろう、焦りの気持ちが体を動かしたのだ。
「シッ!」
顔面への正拳突きが空を裂いた。ダンはその攻撃を、
「おおーっ!?」
なんと側方宙返りでかわした。観客席から驚きの声が上がる。
「セオリー無視、どころじゃないわね」
絵里が半分呆れて、半分感心して言った。とても空手の試合とは思えない攻防だ。
逃げるダンを追って副将が猛然と攻撃を加えてきた。右正拳、左下段蹴り、右中段回し蹴り、左鈎突き。それらをダンは、あるものはしゃがみ、あるもの時は空中に飛んでかわしていく。おちょくっているのか思える程無駄の多いかわし方ながら、それでいて相手の攻撃はかすりもしない。これが彼の戦い方なのだ。
「くうっ、このっ」
副将がじれてきた。一方的に攻めていたがかわりに体力もどんどん落ちていったのだ。そしてそのせいで肘が下がって、顔面のガードが甘くなっていく。
(ちゃーんす)
にやりと笑ったダン。その笑みに、咄嗟に副将は左正拳を顔面に向けて放っていた。その視界からダンの顔が消える。
「?!」
その瞬間顎への強烈な一撃が彼の意識を天空へとはじき飛ばしていた。
「一本、そこまで!」
主審がダンの勝ちを宣言した。
「逆後ろ回し蹴りってところか、今の技は?」
まことは何が起こったかをきちんと把握していた。ダンは腰を軸に上半身を回転させて、その勢いで左足の踵を副将に叩き込んでいたのだ。
「まーな。カポエラの技さ」
大将戦を棄権された(さすがに5人抜かれはさけたかったらしい)ダンは再びMDを聞きながら体をゆらしている。
「カポエラって確かブラジルで奴隷が生みだした格闘技だったよなあ」
「そ。俺の爺さんはブラジル人だったから、その影響さ」
こうして彼らは順調に勝ち抜き、ついに決勝戦までたどり着いた。だがしかし、その彼らでさえここで鬼道雷牙第一の刺客「ブレイク羽山」と戦うことになろうとは想像だにしていなかったのである。
-第3話 「大会」、始まる 了。
第4話に続く。




