第1話 嵐の前の・・・騒がしさ
第1話 嵐の前の・・・騒がしさ
1
2015年4月1日、H県H市金龍高校。
その1年校舎の角で、2人の生徒が出会い頭にぶつかった。
「ってー・・・。とと、大丈夫ですか?」
「・・・あ、はい。大丈夫です、大丈夫。いえ、本当に」
倒れていた女生徒が慌てて立ち上がった。実際、大した怪我もないようだ。
「すいません、急いでいたもので」
もう1人の生徒も遅れて立ち上がった。彼は高校生にしてはやや童顔、だが魅力的な容姿をしている。
「・・・・・・?」
辺りをきょろきょろと見回す女生徒をを見て、彼は何事か気がついた。床に落ちていた眼鏡を拾って渡してやる。
「これですか?」
「あ、そうです。すいません、ありがとうございます」
受け取った眼鏡をかけなおした少女は目の前の少年の美貌に気がついたらしい、2・3度瞬きすると顔を真っ赤にしてうつむいた。
「もし何かあったらいつでも言いに来て下さい。僕は1年B組の白竜といいます」
「わ、私は、私も同じB組の小嶋沙希・・・です」
それだけ言うと小嶋と名乗った少女は恥ずかしそうに顔を伏せたまま走り去った。その後ろ姿を見つめる白竜の表情は・・・、
笑っていた。
その笑みは魔的と言うには柔らかすぎ、天使のようなと言うには”あく”が強すぎた。 (同学年ってのはちょっといただけないけど・・・なかなか美人じゃねーかよ)
新入生『白玉白竜』、小悪魔のような美少年であった。
2
金龍高校は20万人の生徒を抱えるマンモス校である。したがって校舎の大きさも並の学校とは比べものにならない。学年*100階建ての大きさは来訪者を圧倒してやまなかった。
その屋上に1人の女生徒が佇んでいた。
「兄貴・・・」
落下防止のフェンスを片手で掴み、『村雲絵理』は1人ごちた。その瞳は眼下の風景ではなく、どこか別のものを見ているようだ。
(兄貴はここから落ちていなくなった。だから世間は自殺と断定した。でも、私は信じなかった。今だって信じていない。だって、兄貴は帰ってくるって言ったもの。私の元へ帰ってくるって約束してくれたもの。・・・私は必ずこの学校で兄貴の手がかりを掴んでみせる)
物思いにふける絵理。その時1陣の風が巻き起こり彼女のスカートを翻そうとした。手で素早く制服を押さえる前の1瞬、脚が露わになる。それは少女らしい曲線を保ちながらも強靱なバネを秘めた、いわば「鋼鉄製のカモシカの足」であった。
3
「見つけたぞ、リュウ・パイ!いざ尋常に勝負しろ!!」
「まーた、あんたなの?もうお互い高校生になったことだし、いい加減あきらめなさいよ」
1年A組の教室に入るなり大声で叫んだ男に冷たい反応が返ってきた。呼ばれた女生徒は形のいい眉をつり上げ気怠そうに振り返っただけで、席を立とうとさえしない。
「黙れ、昔年の恨み今ここで晴らしてくれる!」
そういうと彼は教室内を1直線にパイの方に向かって走った。サングラスにヘッドホンと言う格好が緊迫した態度にそぐわない気もするが、つけてる本人は意に介していない。周囲の生徒たちから送られる好奇の視線も同様のようだ。
「人のクラスまで来て騒がないで!」
言うなりパイは手近な机を走ってくる男に向かって蹴り飛ばした。
「何いっ?うわあっ!」
宙を走った机に激突して男は後方に吹っ飛んだ。咄嗟に机をかわそうとした動きは常人とは比べものにならないくらい程早かったが、机の速度はもっと速かったのだ。
「ふう・・・」
と、ため息を1つつくとパイは頬杖をついた。後頭部の高い位置でまとめた髪がピョン、と跳ねる。
だが、そうやってパイが安堵するとほぼ同時に倒れていた男が立ち上がった。
「ふははははは!今日のところは俺の負けだ、パイ。だがこの次はこうはいかんぞ。では、さらばだ!」
言い残して風のように去っていく男。その背中にパイは1言こうつぶやいた。
「懲りない奴、浜口・カルロス・ダン・・・」
4
H市内某所。ここにも今年度の金龍高校の新入生がいた。
「相手の右手を掴む、と同時に・・・」
話しながらその少年は女生徒の体の前面に左手を流した。
「腰を掴んで同体に。そして後方に倒れ込む!」
そして投げを打つ・・・寸前で止めた。
「どうだ、わかったか?」
「うーん。難しいよう、まことちゃん」
「そうかあ?基本だぞ、この技は」
どうやら彼-『神岸まこと』-が柔術を教えていたところらしい。
「もう少し簡単なら良いんだけど・・・」
教わっていた少女が申し訳なさそうに言う。
「しかたねえなあ。じゃあ別の教えるからきちんと覚えろよ、志保。」
「うん、おねがいしまーす」
幼なじみのまことに、護身術として役に立つからという理由で柔術を習い初めて数年がたっていたが未だに初心者の様な会話が行われている。だが腕前の方は少しずつだが確実に成長していた。
(まことちゃん、私頑張る。だから絶対見捨てないでね)
心中つぶやく少女、堀田志保。
その思いを知ってか知らずか、まこと少年はめんどくさそうにだが辛抱強く教え続けるのであった。
5
この後、金龍高校で波乱の渦に巻き込まれることになる以上の少年少女達。彼らの入学は様々な予感をはらんで静かに熱くたぎったものとなった。が、無論本当の戦いはこれからである。今までの光景はどこの高校でも見られるもの、この先にあるものはそれらを遙かに越えるものなのだ。現に第1の波乱である「格闘部撲滅計画」がすでに動き出していた・・・。
「今年は新入生がようけ(沢山)入ったようじゃのう」
「ほうですよ、格闘部も新入部員をえっと(沢山)入れられるゆうて喜んどりますよ、きっと」
闇の中で5人の男達が密談していた。いずれも常人とは比べるべくもない強靱な肉体の持ち主であった。最初に口を開いた男が座の中心にいることから、この男が他の4人を率いているようだ。
「けっ、胸糞悪ぃ。鬼道さん、最初は俺にやらしてくれよ。奴らの顔を親が見てもわからねえくれえに叩きつぶしてやるからよ」
別の男が床に唾を吐き捨てながら不機嫌そうに言った。見事に引き締まった肉体をしているが、その表情と顔の造りそのものの醜さが見るものに男に好意を持つことを避けさせている。
「羽山か・・・、ええじゃろう。おどれのボクシングの腕なら問題はねえ」
鬼道と呼ばれた男は頷いて言った。それを聞いて嬉しそうに羽山は口笛を吹き鳴らした。
「ヒュー、そうこなくっちゃ。じゃ、行って来るぜ」
そう言い残して足音1つ残さずにボクサーの気配は場から消えていった。
「・・・ああ言ったケド、まさか本気でハヤマ1人で格闘部員全員を倒せるとは思ってないでショ、鬼道サン」
巨体の白人が鬼道に問いかけた。鍛えられた筋肉の上にうっすらと脂肪を重ねた体をしている。この体なら投げ技のダメージを効率よく殺せそうだ。
「こんな(お前)の言うとうりじゃ、ガーベイジ。ワシはあんな(あいつ)に全てを任せるつもりはない。じゃが、あんな1人でも1年坊を叩きのめすにゃあ10分なんじゃ」
「成る程、新入生を病院送りにしとけばほっといても部員が入らんようになって格闘部は自滅するっちゅうことですかい」
また別の男が納得したように頷いた。いわゆるアンコ形の体つきをしており、少々の打撃にはびくともしない力士の理想型を体現している。
「そうゆうことじゃ」
肯定して鬼道は鬼道は口元をゆがめた。いよいよ最後となって最強たる自分が戦うことになる、その光景を想像して思わず笑みが浮かんだのだ。
だがその笑みもすぐに消えた。
「・・・なんぞ言うたか、銀仮面」
鬼道の視線が今まで1度も口を開いていない男に向けられた。その男は奇怪な仮面をかぶっており表情がつかめない。
「・・・・・・」
無言で首を横に振り否定の意を表す銀仮面。その動作を見て鬼道は舌打ちした。
(皇の奴に部を追われてから仲間にした奴等の中でこの男だけはワシにも考えが読めん。今のところはワシの下で『4天王』などという立場に甘んじちゃおるが、いつ何を起こすかしれたもんじゃないのう・・・)
鬼道の強烈な視線を黙殺したまま銀仮面は感情の変化を表に出さなかった。いやむしろ感情の有無さえわからせなかったといえようか。
「ふん、まあええ。とりあえずは羽山の働きを見てやるかのう・・・」
こうして金龍高校に第1の刺客が放たれた。
-第1話 嵐の前の・・・騒がしさ 了。
第2話に続く。




