4話:青狸の声が渋くて笑える
今回少し、職業ヒモの事が判明します。
それでは4話、始まります。
神殿の中、職業を調べるための水晶に手を当てた俺は呆然と立ち尽くしていた。
水晶に映る文字はヒモ。つまり俺の職業はヒモということだな。
……ナンダコレハ、ヒモってあれだよな。自分は働かないで女の人に貢いでもらったりするあれだよな。または、肉体関係をもったりしたりするあれだよな。
ハハハ、俺は彼女なんてできたことないし童貞なのにな。
いや、そもそも職業がヒモってなんだよ!
俺にその適性があるとでもいうのか。
おい、答えろ。答えろ神ーー。
もちろん女神の像が俺の心の叫びに反応することはない。
ハハ、そうか。そっちがそうでるなら、こんな水晶壊してやる!
「ちょ! ちょっと伊勢、あんた何してるのよ」
水晶を持ち上げる動作をする俺を慌てた一ノ瀬が止めにくる。
くそ、この水晶、女神の像の手に張り付いて取れないぞ。
「だから、何してんのよ。……何? 水晶がどうかしたの」
俺の様子から水晶に何かあると思ったのか一ノ瀬が覗いてくる。
「あっ、みるな!」
制止の声も間に合わず一ノ瀬の視線は水晶の文字にいっていて……
「……ぷっ」
そして吹いた。
「る~くん。どうしたの~」
「水晶に必要以上触れるのは厳禁ですよ」
ついで亜里沙とエドワード司祭も同様に水晶の文字を見ている。
「紐? 紐が職業ってなんだろう~」
「ヒモですか?」
二人はヒモの意味が分からないのか困惑している声が聞こえてくる。
「……ぷっ、くくく。……あははは」
そんな二人の反応に、大声を出すまいと口を押さえて堪えていた一ノ瀬がもうだめだと爆笑する声が俺の耳に届く。
今この部屋では爆笑する一ノ瀬とヒモを理解できず首を傾げる亜里沙とエドワード、
水晶を見てなくて今の状況がわからない門番のオッチャンとその他の兵士たち、そして言葉を発することなく立ち尽くす俺……とても温度差がある空気だった。
「アハハハ、ヒモだって、伊勢。あんたヒモになったのね。あんなに憧れていた異世界で、ひっ、ヒモ、アハハハ」
一ノ瀬は笑いながらバシバシ肩を叩いてくる。
何でだろう別に肩を叩かれても痛くない。
なのに涙が出てくるのは。
「もう~、灯ちゃん。紐って便利なんだよ~、笑ったらダメだよ~」
ピキリと、亜里沙の的はずれの声を耳にした時、俺の中で堪えていた物が決壊する音が聞こえた。
勢いよく体が震える。
「うっ」
ブルブルブルブルブルブルブルブルブルブル……体の震えが最高潮に達したとき、
「いっ、伊勢!」
「る、る~くん!」
「うわぁぁぁぁん」
俺は号泣して逃げだした。
「うわぁぁぁぁぁぁん」
「い、伊勢!」
泣き出した渉に灯が手を伸ばして呼びかけるが渉は状況を理解できずに立っていた兵士の間を潜り抜けて外へと飛び出してしまう。
シンと場が静かになる中、灯は気まずい思いをしていた。
「……ちょっと笑いすぎたかも」
灯は頬に指を当てて少し無神経だったかと反省する。
「ねぇ、灯ちゃん、る~くんは何で逃げたの~」
「恐らくこれも原因よね」
最後に止めを指したのは間違いなく純心ゆえに相手を傷つけた亜里沙だと灯は考える。
「あの、アカリ様、ワタル様は何故逃げたのでしょうか」
ああ、そういえばこの司祭もヒモというのを分かってなかったと灯は思い出す。
「はぁ、ちょうどいいわ。亜里沙にも理解させないと、実はヒモというのはですね……」
灯は亜里沙と司祭様にヒモがどんなものかを説明した。
「う~、亜里沙、る~くんに変な事を言っちゃったよ~」
説明を聞いた亜里沙は頭を押さえて、う~う~唸る。
「ヒモというのにはそんな意味が……しかし、そうなると変ですね」
「何がですか?」
灯は何かが引っ掛かると言う司祭にどういうことか問う。
「いえ、水晶が光を放つのは上位の職業につく者が水晶に触れた場合のみなのです。実際私は司祭になってから三十年光を放った所を見たことがありません」
たがらエドワードは最初、灯が水晶に手を置いた時に目を覆う事ができなかった。
「待って、てことはヒモも上位の職業ということ」
灯は渉が駆け去った神殿の入口に目を向ける。
うわぁぁぁぁん。ドラ○もーん。
神殿から逃げ出した俺は知らない町をひたすら走り続ける。
どれくらい走っただろうかやみくもに走っていたらいつの間にか小高い丘の上に俺はたどり着いていた。
「ひどいんだ、一ノ瀬はスネ○みたいに俺をバカにして、亜里沙なんてヒモを理解すらしてないんだよぉ」
エドワード司祭のように地面に両膝を着けて俺は心の中の青狸に秘密道具をちょうだいと祈る。
『否。我は既に力を与えている』
あれ、急に青狸が心の中で話したような、青狸はこんな低く渋い声をしてたか。気のせいか?
『否』
…………いや、これ確実に心の中のドラ○もーんがしゃべったよな。
何だ。まさかショックのあまり幻覚でも見たのか。
『否、我は真に貴様の心に語りかけている』
「まさか!」
周りを確認しても確かに俺しかこの場にはいない。
どえやらまじでこの声は俺にしか聞こえていないようだ。
俺は心の中の青狸に問いかける。
「お前は誰なんだ……」
『我は神龍、この惑星ガイアの神々と悪魔を見守る原初の神である』
「げ、原初の神ですか」
俺は声をどもらせてしまう。
何故かというと、この神様を名乗る神龍の声は渋くてものすごくかっこいい。本当にカッコいいんだ。……だけど俺の心の中では寸胴の青狸が喋っているようにしか見えない。……とどのつまり俺は笑いを堪えるのに必死だった。
「……あの、何でその姿なんすかね」
『我は貴様の心にいる者の姿を借りて語りかけているのだ。ゆえに貴様が姿を変えようと思えば変えることができる』
「あっ、そうなの」
話しかけられる直前に確かに俺は耳のない未来のロボットの姿を想像していた。
このままでは吹きそうだし俺は心の中で青狸の姿を変えていく。正直この渋い青狸をまだ見たい気持ちはあるがそろそろ俺の頬の筋肉がヤバクなってきている。
神龍ということだし俺は七つの玉を集めると願いを叶えてくれる赤目の龍を思い浮かべる。
『フム、コレが貴様の我のイメージということか』
今度はちゃんと声も合っているしやっぱこれだな。
「それで、話を戻すけど俺に力を与えたって本当にか?」
相手が心の中の姿を借りているからだろうか、何故かタメ口で話せる。
『是だ。我は確かに貴様の可能性を開放した』
「それがあのヒモってか、あんな職業が強いとは思えないがな」
『それは是であり否でもある。我が与えるは可能性。最強も最弱も全ては貴様次第』
「全ては俺次第……何か燃えてくるな」
最強で最弱、何それかっこいい。……ん、まてよ?
「職業を与えるのは女神と悪魔だけなんだよな?」
司祭様の話では龍なんて出てこなかった。
『それも是であり否だ。我は与える事はできる。だが、ここ何百年はしてこなかった』
「じゃあ、何で俺に職業を?」
『我は少し前、貴様の魂の輝きを視た。可能性を視た。我は貴様に職業を与えてみたくなったのだ』
「俺を見ただと!」
『是だ。我は全ての我が子と視界を共有できる。子の目で貴様を我は視たのだ』
「あっ」
我が子の視界を共有できる。俺は一度、過去に扉の隙間から空飛ぶ竜を見たことがある。神龍はあの時の竜と視界を共有して俺を見ていたのか。
ふと俺の脳裏に異世界への扉に描かれていた彫刻を思い出す。
もしあれが女神と悪魔について描かれていたのだとしたら、くすんでよく見えなかったもう一つの彫刻が神龍なのかもしれない。
『どうやら理解したようだな。我は長くはここに居れぬ。そろそろ去るとしよう』
「まっ、待てよ。ヒモってどういう職業なんだよ」
早々に帰ろうとしてるけど大事な事を教えてもらってないぞ。
『我に職業を教える事はできぬ、貴様の可能性は自分で理解するしかない。では、我はいく』
「ちょ、まって」
すっと俺の心から何かが居なくなるのを俺は何となしに感じていた。
神龍は俺に可能性を与えてくれた。
でも、どうせならヒモって何か教えてほしかった。
ああ、ヒモって何なんだろう。
「……戻るか」
落ち込んでた気持ちがなくなっていた俺は神殿に戻ろうと道を引き返す。
「ああ、人が多いな」
道を引き返すと沢山の人が通る道にでた。先程は無我夢中で走っていてこんなに人が居るということに気づいていなかった。
俺は道行く人々を濁った目で見渡す。
さっきは最強で最弱はかっこいいと思ったが最弱ということは道行く人々よりも俺は弱い可能性があるということだ。
異世界に憧れてる俺はもちろんある程度の力は必要だと思っている。
じゃなければ、この世界にはいるであろうモンスターを狩り、依頼をこなす冒険者になれない。
「ん、あれは、……まさか」
俺が人々を見ながら歩いていると道の先に他の家よりも遥かに大きな建物が見えた。
建物の上の方に看板がついてあり、冒険者ギルドと書いてある。
そういえば言葉も文字も分かるご都合主義を感じつつ俺はやっぱりあったギルドに歓喜する。
これはもう最弱になんてなれない。
俺は絶対に冒険者になるんだ。
俺がそんな決意を固めた時だった。俺の視界に先程までは無かったものが映りだしたのは。
「何だよあれは?」
俺は呆然と呟く。
俺の目には道行く人々の頭の上に、その者の職業と軽い説明が浮かんで見えていた。
「……まさか!」
俺は人にぶつからないように近くの家まで近づいてそこの窓で自分の姿を見る。
「は、はは、やっぱりそうか」
俺は自分の職業を見れるのではないかと思ったがどうやら当りだったようだ。
職業:ヒモ
※現在閲覧可能な情報
・ヒモは最強になる可能性を持つ
・ヒモは単体では力を発すること事が出来ない。
・ヒモは他の職業に力を与えられる事でその力を発揮する。
・与えられた力には制限がつく。
・現在使える能力、怠惰の眼
俺の目には吹き出しのようなものの中に文字が並んで見えていた。
最強の可能性に単体では何もできないか。
「ハハ、まじで最強で最弱か」
職業ヒモに神龍、最強に最弱。
俺は思った以上に大変でスゴい職業になってしまったのかもしれない。
スミマセン。冒険者は次回かその次になると思います。
今話は作者にしてはネタを入れましたが分かるでしょうか。
誤字脱字や感想等があったらどんどん送ってください。
異世界転生(運命から逸脱した者)も書いています。