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ボムの助と私  作者: アマタキ
8/11

第8爆「ボムの助と天空」

 シンピア語で「イノセンタ」とは“手が届き難い物”を意味するらしい。転じて高い空や、場合によっては宇宙などを意味するものとして使われる。その中でも「場所」の名として扱われる場合、イノセンタは天空の領域を意味することになる。


 この大地から離れた高い位置に存在する文字通り雲の上の存在であるイノセンタには、サザラード(天女)が存在しているらしい。


 翼無き鳥とも呼ばれる彼女らは、鳥や虫のそれとは異なる手段で空を活動圏としている。厳密にどのようなものかは解っていないが、私は「我々の住む空間に彼女達それぞれの空間を載せる形、すなわち空間の重ね合わせによって重力などから離別している」のだと理解した。


 “別格”という言葉は、彼女達のような存在に用いれば相応しい。原子の細分までを見識に入れると彼女達が地底にまで潜れないことが理解できてしまうが……返ってそれで良いのではないか。地女は何か違う。


「見えて来たわね……。そう、あれがイノセンタなのかしら――?」


 マリー=ポーラは天女の一族だった。具体的には天女が人との間に創り出した創造生命体だった。


 イノセンタが見えている。マリーは初めてみるので疑い深いが、あれは間違いなくイノセンタ。雲を縫い合わせたようなものだが、大地すら必要ない天女にとって、地上から姿を隠せればなんだっていいのだろう。


 適当にボムの助を停めて、私はマリーを降ろした。


「じゃ、私達はこれにて……」


「ほら見て! 何かしら、教会? それともお店?」


「・・・・・」


 マリーは当然のように私の手を引き、イノセンタ内部へとフワフワ入り込んでいく。どれほど面の皮が厚いんだ、この人は。


「仕方がない……ほら、行くよ、ボム」


「ヴォヴォヴォン! ヴォンヴォン!」


 ボムの助をオート追尾機能に設定して、私とボムの助とマリーはイノセンタ市場センターへと入っていく。


 市場センターはいわゆる百貨店なのだが、「何階建て」などと表現することができない。客も店員も天女なので、階段もエスカレーターもエレベーターも無い。店員を中心としてフワフワと商品を浮遊させた何やらが、そこらに無数と浮かんでいる光景だ。ただ市場センターと外を区別するために天井の無い高い白壁が四方に聳えている。


「あれは何? 本を売っているの?」


 マリーは飛ぼうとしているらしいが、それは難しい。テメロピトのクリスタルによって浮遊の術を得たものの、所詮天女の紛い物である彼女が自由に空を飛ぶには拙い。気を抜くと徐々に高度が下がり、やがてはイノセンタの雲床を抜けてしまうだろう。


 仕方なく私は彼女の手を引いて、無数の本が浮遊する何やらへと接近した。店員は椅子に腰かけているが、意味はあるのだろうか? 店員の天女に聞いてみよう。


「あのぅ――ここは本屋でしょうか?」


「……?」


「あのぅ――えと、私は……」


「シュリザ・メック? ナヤ・マ……っとと。あらま、地人だなんて珍しいでねーの」


 店員の癖に読書にふけっていた店員は、眼鏡を掛け直して私とマリーを交互に見た。当たり前のことだが、イノセンタで私達地上の人は珍しいのだろう。わざわざ言語を使い直してくれていることからして、彼女は親切らしい。これならマリーにも会話が伝わる。


「はい、この女性に頼まれまして……彼女、ここにいるらしい母親を殺すために来たのです」


「あんれま。そらまた、どうすてどうすて。そげなメンコイのが物騒だなぁ~」


 店員は益々眼鏡をカチャカチャしながら、マリーを興味深気に観察した。観察対象のマリーは浮遊する本を興味深そうに眺めている。


「ところで、あなた……天女なのに、椅子って必要です?」


 だってそうだろう。椅子というものは、人間が座位を維持するために負担を身代わりさせるものなのだから。重力も自重も気にしない彼女達が、どうしたって椅子を用いるのか。


「椅子?? あぁ~、こりぇはだな、本を読むためのもので……読むときはこりぇに座れって、決まりなんでさぁ」


「はぇ~、……どうしてそんな決まりを?」


「んだ。決まりなんでさぁ、だっけ座っとるんだわ」


「なるほどぉ!」


 天女というものは色々と意味不明なこだわりが強い者達らしい。「重さ」というものがあまり意味を成さない環境でも体重を気にしていたり、鳥を「先達者」と敬い飛行速度でからかうことを禁じていたり、と彼女達の感性外からするとまるで理解できない“こたわり”が無数にある。


 物欲しそうなマリーがいたので、「このままでは窃盗癖が出るのではないか」と心配した私は、さっさとマリーの殺害対象の居場所を聞いてその場を去ることにした。


 市場センターから雲間を越えて隣接層へ……。そこは大天女、グリモラパラックが治める天女達の転生拠点である。



~大天女とはそのまま巨大な天女であり、投票によって力を集約された一部の天女が高位の存在として昇華された姿らしい。ちなみに、地球と月が一定の距離を保っていられるのは彼女達大天女の六柱が存在するからであり、距離のブレは彼女達の気分のブレである~



 転生穴の管理責任者にしてマリーの母親であるグリモラパラックは、雄大にも思える巨躯で城のような椅子に腰かけている。太陽光を背に、油断しきった表情で頬杖を着いているグリモラパラックは身体に比して胸元も雄大である。


― ん? ―


 私達の姿をグリモラパラックが知覚した。雄大な彼女が手にしていた本を閉じると、風圧でマリーが回転してしまった。やれやれ、世話が焼ける。


「何するのよ!」


 マリーが怒った。いや、それはどうだろう。だって大天女はただ本を閉じただけなのだから、落ち度は無いのではなかろうか。それはともかくとして、山が動くかのような存在感を惜しげも無く放つ大天女が微笑んだ。


― あらあら、何かと思えば……我が子ではないか。初めましてだね ―


 微笑み掛けられたマリーは、ぐっと唇を噛んで強い眼差しを作る。見上げた人の顔をよく確認すると、腰元から曲刀を振り抜いた。


「あなたが……そうね、解るわ。どれだけマリーという人間を馬鹿にして……嘲って! あなたに作り捨てられたマリーの気持ちが解るの!!?」


 どうやら彼女は怒っているらしい。なるほど、だから殺しに来たのか。


― 何を言う? 別にあなただけではないのだよ。私は全ての人間を見下げているのだから。だって、ここはイノセンタだろう? 仕方がないじゃぁないか ―


 ニヤリと大天女の口元が歪む。まぁ、しかしそりゃそうだろう。どうやって地上の人間が天空の彼方の存在を見下ろせるだろうか。だが、このマリーという娘は正論だろうが何だろうが、聞いちゃいない。


「1人にしたのは誰!? 意味も無く、ただ作っただけと全てを否定したのは誰!?」


 逆ギレマリーの全身にマスクメロンのようなエネルギーの迸りが生じる。蛍光グリーンに輝くオーラが女を包み、先ほどまでの拙さを嘘とするかのようにその身体を浮き上がらせた。


― いいじゃないか。母の胸元へと飛び込んでくる娘……実に人間らしい。交尾や子孫や家族などと劣悪なシステムは天女の頬を緩ませる……だがな、娘よ ―


 天空のさらに空高く。掲げられた大天女の掌に、渦を巻く気流が生み出される。それは対比として遠目に小さなつむじ風であるが、人間に比すれば街を土砂ごと抉り飛ばすツイスターの脅威そのものとなる。


 魔力による大旋風が周囲の気圧を著しく低下させていく。全てが掌に集っていく。


― 下界の下等で下劣な仕組みをッ、星なる大天女に向けようなどとは……無礼千万ッ!!! ―


 振り下ろされる広大な掌。渦巻く魔力の気流は、更に勢力を増してハリケーンの領域へ。地上で吹き荒れれば大飢饉間違いなしの異常気象が、ただ1人の人間を打ち砕くために、惑星の気候へと影響を与えた。


 到底、人間ではどうにもならない代物である。例え文明と解釈を広げても、これに抗う術はないだろう。一応気象変動の渦中にいる私だって、肌寒くて仕方がない。


 錐もみに飛ばされながらも、クリスタルの加護で堪えていたマリーは、背中に引っ提げていた別の剣を振り抜いた。それは黄色にも見えるし、気流の狭間に射す陽光によって黄金にも輝いている。柄にまで装飾が施されたその剣にできることなど――精々が、前回に述べたことくらいである。


「剣よ。どうか、マリーを助けてっ――!!」


 気流の渦に巻かれながら祈りを捧げたマリー。その思いに答えたのだろうか。色々舞っていて見え難いが、どうやら獣王の宝剣は性能を発揮したらしい。


― 何っ……これは……?? ―


 即ち、あらゆる魔法を打ち消す性能である。役に立つことがあるのか、あの機能。


 ともかくとして。宝剣からけたたましい咆哮が放たれると、それまで生じていた動乱がまったくもって消え去った。


 完全なる晴天の下、呆気にとられた大天女に向かって飛行していく少女の姿が日差しに照らされる。まるで蛍光グリーンの翼を広げているかのように、輝きをなびかせながらマリーはグリモラパラックの胸元へと曲刀を振りかぶった。


― なるほど、深霊王のコアを持ってきたのか……やはり、悲しいな。発想が人間止まりだ ―


 天空の領域に“亀裂”が入る。無数の亀裂が瞬く間に広がり、ガラスのように空間が砕け散っていく。


「えっ、……え??」


 マリーは何一つ理解できず、ただただ周囲を見渡した。見渡したと言っても、ほとんど動けない状態になってしまったので、顔を少しだけ動かす程度のことである。


 気が付けば、周囲の状況は一変していた。遥か彼方にすりガラスのような壁が見えるが、それは霞んでおり、辺りには浮遊するガラス片のようなものが散らばっている。それ以外に何もない。大天女とマリー、私とボムの助以外に、何も無い。


 どうやら私達は大天女、グリモラパラックの異空間へと引きずり込まれたようだ。この空間ではグリモラパラックが律であり、それ以外は断ざれる対象でしかない。領域創造に対抗しうるのは、それに比する何かのみであり、魔法や科学や超能力や筋力では“触れられないので対処できない”。マリーの持つ宝剣が叫び声を上げているが、無駄なのである。


― わざわざ苦労をかけたね。でも、そちらから処分されに来てくれて、助かったよ ―


 グリモラパラックは微笑んだ。改めて頬杖を付いて、油断に満ちた瞳で娘を眺めている。結局マリーは最後まで、母なる大天女が立ち上がった姿すら見ることはできなかった。


「そんな……なんのためにマリーは――――お母さん!!」


 四肢の末端から体組織が結晶に置き換えられていく。マリーの身体は私のように抵抗変異を行えないので、全て結晶となって無機物の無生命に置き換えられることだろう。


― 飽きるまで眺めたら、砕いて散らせてあげるから。さようなら、不出来な作品よ…… ―


 完全に結晶体となった人間は半透明に光を透してこの異空間に浮かんでいる。古代の力に頼らずとも、彼女は浮かぶことができるようになったのだ。


「・・・じゃぁ、そろそろ行こうか、ボムの助?」


「ドゥルルル、ドゥッルルン!!」


 キーを回すと、ボムの助のエンジンが唸り始めた。私はボムの助に跨って走り出そうとする。


― いや、ちょっと待ちなさい。……チラチラ気になっていたのだけど…… ―


「ん?」


―そこのあなたの横にあるものって……もしかして? ―


「あの、私達はこれにて――」


― いや、間違いない。絶っ対にそれは……!! ―


「もうっ! ちょっと、小刻みに話さないで!」


― 間違いねぇや! それは“伝説の果実”、ボムの助だろう!?!? ―


「・・・・・は?」


 いきなり何を言いだしたのかこの天女は。伝説の? 果実?? ……でも、万が一ってこともあるし。一応聞いてみるか。


「そうなのか、ボムの助?」


「ヴォヴォオン! ヴォンヴォン……ヴォシュンッ!」


「・・・・・くしゃみしたな」


― いいや、間違いねぇぜ!!! 問答無用!! 渡してもらおうか、そいつを!!! ―


 そう言うと、ならず者の大天女は私に結晶化の促進を行ってきた。


「くっ――、くぅ!?」


 この空間では彼女による一方的な影響が与えられる。彼女の作り出したルールの中で戦うようなものであり、同じ空間にある限り私にはどうすることもできない。


 よって私は新たに時空を生み出してそこを仮の空間とすることで難を逃れていた。しかし、影響の促進を行われたことで空間同士が擦れてチカチカ光って眩しい。残光が残って嫌な気持ちになってしまう!


― ハハハハハッ!! お前もコレクションに加えてやろうか!!? ―


「こ、このままでは――!」


 絶体絶命。このままでは持久戦に陥り、彼女の発言によってやたらと改行を強いられてしまうだろう。


 手も足も出ない心持ちにある私――その時。エンジンが温まってきた私のボムの助が、“吼えた”。


“ ヴォヴォウウウウウウン――!! ”


 唸りを上げる機械の鼓動。私はヤツが何を言っているのか解らないが、何が言いたいのかは理解できた。


「いけるのか、ボム!?」


「ヴォン! ヴォン! ヴォン!」


「ようしっ!!」


 ――私とボムの助には秘密がある。


 それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“―神獣結合―”と表記していた。



「はああああああああああッ!!!」


「ドルルルンッドゥルルルルン!」


 私とボムの助は溶けあうように混じり合い、その場から忽然と消えた。



― な、なんだこれは……っ!? ―


 この状況でそのように発言できるのだから、さすがといったところか。ならず者は気がついていた。彼女の創り出した空間、その内側に満ちている“領域”の存在に――。


― お解り頂けているようですね……では、終わりにしましょう ―


― く、くそうっ――! ―


 ならず者は彼女の内側で膨張を続ける我々を抑え込もうとしているらしい。しかし無駄なことだ。所詮はこの次元に生み出した間借りの存在。ちっぽけな存在が、次元そのものである我々を抑え込もうなどと――到底不可能である。


「きゃ、きゃひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 堪え切れずに破裂する彼女の空間。その余波によって、イノセンタに鎮座していたならず者の巨体はどこか空の遥か彼方へと吹き飛ばされていった。


 遠ざかるならず者の叫びを聞き取り、安心した私の意識が結合を解除する。


「あ、危ないところだった……」


 もし、私の傍らにボムの助がいなかったら――恐ろしい予測が脳裏を過る。


 しかし、結構な騒ぎになってしまった。イノセンタの詳しい風紀を知らない以上、このままここにいれば何が起こるか解らない。機敏な離脱が望ましいだろう。


「――あ。……ありがとう」


 結晶化を解消してあげると、マリーがもじもじとしていた。まぁ、解らんでもない。あれだけ勇んで呆気なくあしらわれた姿を見られたのだから、恥と感じるのも仕方がないだろう。


「ともかく、急ぎましょう。地上までは送り届けますから……」


「ヴァオン、ヴァオンンン!!!」


 ボムの助をふかしながら、私は後部席を叩いた。実際、何かイノセンタが騒がしい気もする。


「……どうしました?」


「――――うふふ、いえ、なんでもないわ。そうね、行きましょう……」


 何か思いつめたようにイノセンタの景色を見渡していたマリーだが、振り払うようにこちらを向くと、大人しく後部座席に腰かけた。


 しかし、やれやれ。まさか大天女がならず者化するとは……困った世の中である。誰がいつ、どのような条件でならず者となるのか――この謎が解明される時は来るのだろうか? 私は未来に不安を覚える。


 それでもボムの助が隣にいるだけで随分と心強い。ちょっと生意気な面が目立つものの、いざという時には私達の絆が役に立つのである。


「じゃ、出発しますから――しっかり掴ってて」


 アクセルを踏み込む。聞きなれたボムの助のエンジン音が心地よい。


 天空の世界を後に、大空を降っていく私とボムの助。後部席に腰かけているマリーが何かを言っているが、風の音で聞き取りにくい。


 静寂の魔法を用いて耳を澄ますと、彼女が何を言っているのか聞き取ることができた。



「ねぇ、もしかして私達が跨っているのって、あの“伝説の――――」





~ボムの助と天空~ END



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