第7爆「ボムの助と島」
ドコチャカドコチャカ♪ ――打ち鳴らされる葉太鼓のリズム。鼓動に合わせて弾む軽妙な音の波に、思わず得意のボイスパーカッションが口ずさまれてしまう。
「ドゥッ、ドゥッ、ダッ! ドゥッ、ドゥッ、ダッ! ドゥッ……あっ」
「――ゲコゲコッ」
「・・・・・」
嫌なヤツである。軽快な私のボイパも、真横にこうも無関心なボムの助があっては冷えてしまう。ボムときたら空飛ぶ小ハエなど気にしてしまって……せめて少しくらいは合唱してくれてもいいだろう?
ノリの悪いボムの助はともかくとして。カンサヤハッタチャムラマンチャマヌ島に響き渡る舞踊の音頭は心地よい。この島を訪れるのは初めてだが、いつのまにか私は密林を乗り越えて島の中心部にまで誘われてしまったらしい。
アラ~ヤマッタヨ、ダマダマドゥン♪
ナラ~マナッタヨ、ダマダマドゥン♪
ヤッパナマッタヨ、ドマドマドゥン♪
歌詞にある様に。この音頭はカンサマハッタチャムランマ島に先住する方々による、“年の周期を象徴する祝いの歌”だ。密林を切り開いた円形の石版舞踏場は一枚岩で平らに覆われており、激しい踊りに足元をミスして転べば、出血は免れない。身を護る衣類は一切着用を許されない舞踏儀式なので、彼らは割かし血まみれになりながらも笑いながらこの歌を詠って踊っている。
石床に這う失敗者をこれ見よがしに取り囲み、笑って皆が周回する。失敗者は傷の手当てもせずに立ち上がってみせ、「マヌマン、ダマダマドゥン!!(*さぁさ、気にせず続けましょう!)」と叫ぶのだ。
傍から見れば異様な光景である。しかし、彼らからすればこれこそが“良い”のであり、これこそが“いつもの”なのである。骨折などして立ち上がれない失敗者は、石版のステージから放り投げられるのが慣習だ。これもまた、厳しい自然に生きる彼らこその世界観といえよう。私も見習って、足元に放り投げられて来た失敗者の周囲を小躍りしながら囃し立ててみる。
「えーと……、ヌマンヤッタ、ダマダマドン! ヌマンヤッタ、ダマダマドン!」
「痛ぇ、痛ぇよぉ……足が、脚が……祭どころじゃない……」
「ヌマンヤッタ、ヌマンヤッタ、ダマダマドゥゥン!! ――あっ」
少しばかりハメを外してしまったようだ。私のボムの助は何の興味もないその眼で、じぃっと私を見上げている。やめろ、恥ずかしいでわないか……。
「――んんっ、コホン。さて、ボムの助よ。そろそろ何か食べるかい??」
「ゲコッ、ゲコッ、ゲロゲロゲロ」
気を利かせてやったというのに……。ボムの助のみっともないこと! ヤツは口を開いて粘液塗れの舌をヌロヌロさせ、その上で小虫を躍らせてみせた。こんな孤島だからゆるされるが、街中では絶対にやらないでほしい。こんなところを人間に見られたら――。
「あら、奇遇ね。何をしているの、久しぶりじゃない」
あれ、島の言葉じゃない……? 音波に疑問を覚えた私は振り返る。すると、そこにはどうやら祭りに参加していたらしいマリー=ポーラの姿があった。
私は思わず「うわっ」と言う。それは仕方のないことだった。
「――ええと、確かマリー? じゃないか。久しぶりだね」
「あらあら、覚えていてくれてうれしいわ。あの時はありがとうね」
ああ、覚えているとも。私の中でのマリー=ポーラという女は、私のボムの助に砂を蹴り掛けた人間である。死ぬまで忘れない。
「しかし、マリーさん。どうしたってカサンマヤタサムンサムン島なんかに??」
実際不気味である。このマリーという女は、何を考えてこんな未開の島に渡ってきたというのであろうか。獣王の宝剣を求めるにしたって、女の一人旅で来るような場所ではないだろう。強気な人である。いや、旅をなめているのか。
「決まっているでしょ。マリーはね、この島にあるという“獣王の宝剣”を求めてきたのよ」
「そうですか。それで、なんだって儀式に参加を……?」
「なんか盛り上がってたから。悪い?」
「ええ……」
なんて人だろう。いくら盛り上がっていたからといって、他部族の儀式に参加するものだろうか。もしかして一族の人なのかとも思ったが、朝の陽光のように白い彼女がカムハムンヤマンチャッタロー島の先住民族であるとは考え難い。
訝しんでいる私を察したのであろう。彼女は本音を晒してきた。
「――あはは、モノはついでにね。儀式の終わりに用事があるから、暇を潰していたのさ」
「はぁ、なるほど……」
マリーは胸を張って見せているが……何にせよ変わり者である。彼女はチラリと儀式の様子を見やりながら、ステージ横に隠しておいた装備を装着し始めた。明らかにタイミングを計っている。きっと、儀式終わりに火口から姿を見せるとされるカムラッハシャムチャムラーマ島の王を出迎える腹なのであろう……。
~宴の終わりは彼らの一年が終わり、そして始まることを意味している。彼らの新年を迎えるにあたり、島の守護者である王が姿を現した。
一年を通して噴煙が絶えない火口は本来、活火山ではない。それら噴煙は中に住んでいる王の寝息であり、溶岩は涎であり、地震は貧乏揺すりであり、地鳴りは歯ぎしりなのである。
7万度の高温気体として地殻を溶かし続けるカマラン島の主は、この時にだけその体温を冷やし、個体物としての体裁を取り繕う。儀式の音色と熱気は、彼を誘い出すための餌なのだろう~
<< ガゥゥゥゥォオオオオオオオ!!! >>
咆哮は儀式の終焉を意味していた。それによって島全体が揺らぎ、石版のステージでは先住民達が口々に「タマラ、ムシ!(*ひゃぁ~、やっと終わった、終わった。これで今年も安泰というものだな。それにしたって君、奥さんがお目出度なんだって? やるじゃないか、21人もこしらえるなんて、このっ、このっ、絶倫め!)」と零しながら床に尻を着いていく。新年の抱負は体育座りで傾聴するのがここの掟なのだ。
火口から溶岩の噴流を固めて集めたような半端な状態で出でてくる獣王。四足のそれは、頭部が獅子であり、図体が象であり、四足は馬であり、好物は苺であり、二児の父である。
やがて冷え、軋みながらも動く黒曜石の彫刻の如く姿となった獣王が新年の抱負と去年の反省を述べる。
「ガゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオ!!」
「ナマラッタボン! ナマラッタボン!」
「ガウガウォォ、ガウォォォォ!!!」
「ナマラッタボン! ナマラッタボン!」
「ガウガウ、ガゥゥガゥ……ガウ」
「ナマラッタボン……」
「――ガッウ! グオオオ、キャン、クゥ~ン、グゥゥゥゥォオオオオアアアア!!!!!」
「ナマラッタ……ナマラッタボォン!! ナマラッタァッ――ボォォォォン!!!」
新年会の会場は大盛り上がりとなった。力強い演説と、前向きな目標に島民のボルテージは最高潮。昨年の反省については最もな事柄であったが、今更言うことでもない気がした。というか、獣王の妻が実家に帰ったことは島民の落ち度ではないし、反省点でもないだろう。獣王が悪い。
「随分とした賑わいね……うふふ、悪いかしら?」
当たり前のように私の横に並んでいるマリーが「ニヤリ」とした。そう言えば以前もこのように馴れ馴れしかったな。
ニヤリとした表情のマリーは一度背後の樹木に飛び乗ると、勢いで幹を大きくしならせ、反動を利用して飛び出していく。着弾点は黒曜石の獣王だ。
―― 御免なさいね、お祭りはここまでよ ――
一瞬の出来事。演説の間隙を裂く、湾曲した刃の軌跡。弾け飛んだ獣王の右前足がぐらりと揺らいで倒れる。重量と衝撃によって石版の一部が破裂した。
「ガウガゥウ!?」
「マリーはよくばりだから……全部もらっちゃうわよ、獣王ちゃん♪」
石版のステージを踊る様に駆けるマリーは、その攻撃的な舞の最中に曲刀を振るい、バターでも切り裂くように獣王に残された3本の支えを切り裂いた。
全ての脚を失った獣王の身体は自然落下によって石版に沈み、黒曜石の胴体が軋んで甲高い悲鳴のように響き渡る。居眠りしていたカムラマンヤマチャッタハッタヨーイヨイ島の住民達は突然の轟音と状況に驚き、飛び上がって蜘蛛の子のように散り散りと逃げていく。
「マハターン、マハターン、ナム!」
「えっ、あ、はい」
「チョマッチ、ハイッ、リターン!!!」
なんていい人なんだ。島民の中の1人が、見ず知らずの部外者である私に、逃走の中で気を配ってくれた。さっきあれだけ、転んだ彼を小馬鹿にしたというのに……心温まり、私はホロリと微笑み泣いた。どうか、彼に幸せな未来がありますようにと願う。
ふと目をステージ上に戻すと、色濃い噴煙の中にマリーの姿が確認できる。センサーによって浮かび上がった彼女は、どうやらむせ込んでいるらしい。
「ウォォォォォッォォォォォオ!!!」
獣王の咆哮が響き渡る。衝撃によって石版に亀裂が奔り、一部がめくれ上がって舞飛んだ。私は飛んできた岩の欠片を払いのけると、ボムの助に声を掛ける。
「ボム、何か危険だぞ。逃げよう!」
「ゲコッ、ピチャピチャ……」
早くこの場を後にした方がよいと考えた私の提案だったのだが、当のボムの助は物珍しい蝶々を咀嚼するのに一生懸命。私のことなどまるで、無視。なんだコイツ。
「きゃぁぁぁぁっ――あぐぅっ!?」
噴煙の中から人間が飛ばされてきた。餌と間違えたボムの助が長い舌で捕らえたが、鎧のトゲが刺さったのか、不快そうに吐き捨てる。吐き捨てられたのは半壊した鎧のマリーだ。先ほどまで新品のようだったのに、どうやら彼女は物の扱いが雑な質らしい。
<<ガァァァァぁオオオオオオ!!!>>
なんてうるさいのだろう。熱を帯びて発火した、赤い瞳の獣王は足元の石版を揮発させながらゆっくりとこちらに近づいてきている。存在するだけで周囲に噴煙が満ちるのだから、環境的に迷惑なのは確定的。もし、隣の住人が彼であるなら、私との間に住民トラブルは避けられないはずだ。
「ほら、煙いだろう。だから逃げようと言ったのに!」
「ゲッコゲッコ」
駄目だ。ボムはダメだ。ヤツは私が呆れているというのに、まったく知らぬ顔で眼球を磨いている。ダメだコイツは。
よく見れば近づいてくる獣王の四肢は熱せられた鉄のように赤く、形が定まっていない。生えたばかりなのだろう。それに限らず、獣王の熱量ときたら……やめろ、近づくな。ただでさえ密林でジメジメと熱いと言うのに、尚更汗が噴き出てくる。ああ、足元の雑草まで焦げ始めちゃって……。
「グゥゥゥァアアアアア!!!」
もう解ったから。あなたがうるさいのは承知ですから、黙っていただきたい。わざわざ目の前にまで来て、叫ばなくったっていいでしょう? 聞こえますよ、どうぞ勝手にやってください。ほら、マリーはそこで転がってますよ。
「ガゥガゥガー!! ガォォォウウウウ!!」
「いえ、違いますって」
何だこの獣王。どうやら彼は、私がマリーの身内とでも思っているらしい。とんでもない、ほぼ初対面です。
「ガガゥガゥガゥッ! ……ガウゥ?」
「――は?」
「ガガゥッ、ガガゥグォォッ……“ガーウガゥグオオキャン”、ガガォオ!?」
「・・・え、なんですって?」
いきなり何を言い出したんだ、この獣は。唐突な質問に困惑しながらも、私はボムの助に聞いてみることにした。
「そうなのか、ボムの助??」
「ゲコッ、ゲコゲコ……ゲコシュンッ!」
「・・・・・くしゃみしたな」
「グゲッグゲッグゲッ……! グエヘヘヘヘ、ガァォォウ!! ギッヒヒヒガォオ!!」
「いや、それはちょっと駄目ですね」
なんかいきなりそんなこと言われましても……。私とボムの助はこれまでも一緒に旅してきたのだから、そうそう容易く手放すわけにはいかないのです。だから私は、彼の要求には断りを入れるしかない。
しかし、マズいことに。彼はどうやら聞き分けのない獣だったらしい。
「ガァァァァァァァウッッッ!!!!!」
雄叫びと噴煙を拡散しながら、ならず者の獣王が襲い掛かってきた!
溶岩流が意志をもって迫り、確殺を決め込んでいるかのような迫力、恐怖。大自然の無慈悲な破壊力を感じたちっぽけな私は、念動力による制御を試みる。
「――だっ、駄目だっ!」
力及ばず。思った方向に飛ばせず、若干スライスカーブを描きながら黒曜石のならず者は密林の何処かに落下した。ならず者の迷惑な体温によって、周囲の木々が燃え上がる。
「ギヒッヒ……ガアアアッ、グオオオオオオ!!!」
ならず者が健在なことは明白だ。落下地点で一際高々と火柱が生じ、獅子顔混じりの溶岩と化したならず者が密林を末梢しつつ、私へと再突撃を試みる! 凄まじい熱量によって肘や膝などの関節に汗が堪ることを感じた私は“あせも”の恐怖に怯えた。
(このままでは、皮膚科に通うことに……ッ!)
体温与奪の術によって溶岩を凍結させながら、私は保険に加入していたかどうかを気にせざるを得ない。国籍がないので、全額自腹となってしまうのは確実か……。霜に塗れたならず者は、変わらず「グヒャッ、グォォォ!」などと唸っている。恐ろしい。
よくよく考えれば治療代などはした金だな。しかし、そんなことより通うのが面倒だ――と、私が余計な手間に心労を覚えた時……。魚をビタンビタンと舌で弄んでいた私のボムの助が、“叫んだ”――。
“ ゲロゲロゲーロ――♪ ”
崩壊した石版のステージ……燃え上がる密林に響き渡った、ボムの助の声。私はヤツが何を言っているのか解らないが、何が言いたいのかは理解できた。
「いけるのか、ボム!?」
「ゲコッ、ゲコゲコ」
「ようしっ!!」
――私とボムの助には秘密がある。
それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“―神獣武装―”と表記していた。
「はああああああああああッ!!!」
「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲ!」
ボムの助のヌメり輝く軟体が硬質化していく――。二つの眼がレンズを備えたスコープとなり、口はすぼめられて“弾丸を解き放つ物”へと変貌。2mはあろうかという長大なバレルを備えたボムの助が私の右腕に接続されると、ターゲットサイトがならず者の眉間をロックオンした。
「ガ、ガゥガゥガオ……っ!?」
凍結した身体を軋ませながら、ならず者が驚いている。それもそうだろう。目の前で生物が狙撃銃へと変化したのだから、眼を疑っても仕方がない。
「悪ぃな、ならず者。コイツは加減を知らねぇから……“粉々”では済まないぜ?」
「ガ、ガオオっ――!!」
ならず者はひび割れながらもどうにか身体を動かし、我々に抵抗を試みる。熱を奪いつくされた彼にできる最後の抵抗は、獣らしい“噛み付き”だったのだが――我々が狙いを付けた以上、標的に反撃の可能性など残されていない。
「ガ、ガオア!ァ!ァ!ァ!ァ!ァ!ァ!ァ!ァ!……ァァアッ!!!」
無尽蔵の弾丸が撃ち放たれる。一定間隔で無情に放たれる弾丸が、一撃一撃に獣の身体を打ち砕き、破裂させる。小一時間ほど続けられた我々の攻撃によって、獣王の身体は“一振りの剣”を残して消え去った。
残響するならず者の叫びを聞き取り、安心した私の脳が武装を解除した。再び軟体となったボムの助が、跳びはねて私の横に着地する。
砲撃に近い銃撃の連弾。それによって瓦礫の山と化した石版のステージに、突き立てられる形で刺さっている剣。島民達の消火活動によって沈静化した密林火災の焦げた香りが漂っている。
私は剣を手に取った。それは黄色でもあるし、光を当てれば黄金でもあるのだろう。装飾が柄にも施されているので、持ち難いしケバケバしい。センスを疑う代物だ。
そして、私の手元にあったそれが不意に視界からなくなる。
「やったわ、宝剣よ! これはマリーの物っ!」
嬉々として跳びはねている女がいる。それは私の横でゲロゲロしているボムの助などおかまいなく、いつか踏みそうだ。どうか落ち着いてほしい。
「ああ、そう言えばそれが目的なんでしたっけ」
「あげないわよ! こ・れ・は、マリーのだから!」
「はい、どうぞ」
「やった! ありがとう♪」
「ところで、さっきはだいぶ厳しかったみたいだけど……元気になったね?」
「えへへ、クリスタルが護ってくれてるから!」
「ああ、そう……」
いっそ好きにすればいい。なんだってそんな物が欲しいのか? 精々、それができることと言えば……玉ねぎを刻んだりニンジンの皮を剥いたり、あらゆる魔法を打ち消すくらいのものだろう? だったらそこいらで売っている包丁で十分である。
しかし、不思議なことにマリーは大喜びで、「また何処かで助けてね!」と凄まじい厚かましさで密林の何処かへと消えていった。きっと、何処かで転売するつもりに違いない。
さてさて。せっかく見物に来たカムヤカッタハマハマヌーン島の祭は何か有耶無耶に終わってしまった。これでは何の為に来たのやら……。
「仕方がないから、ここの名産でも食べて帰るか。なぁ、ボムの助?」
「ゲロゲコ、ピチャピチャ……」
「・・・・・」
なんてものを食べているんだ……。そんな有様のヤツが横にあるのだから、これでは食欲も無くなってしまうよ。
まったく。今日はとんだ一日だったな、と取り越し苦労に辟易としながら。
私とボムの助はカム島の村落へと向かったのだった―――。
~ボムの助と島~ END
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