第6爆「ボムの助と山」
私とボムの助は山を登っていた。登山は荒んだ心を癒してくれる……私達がノスティア山脈の最高峰、“ロックバード登山”にチャレンジしたのは最近ボムの助がグレてしまったからである。
「いやぁ、登山は疲れるねぇ、ボムの助……?」
「・・・・・・」
「おっと、いかん。水筒の中が空っぽになってしまったぞ。これは物凄く困ったなぁ……どうしようか?」
「・・・・・・」
こんな調子だ、何も答えない。ただヤツは私の後ろをフワフワ着いてくるだけで、何のリアクションも返してはくれない。
何が原因かは解らないが、おそらく推測するに反抗期なのだと思われる。持て余したエネルギーの行き場を失い、何をしても焦ってしまってイライラが積もる。血が多すぎて些細なことでエクスプロージョンしてしまう、まるでシャープなエッジのようなフィーリングが伝わってきて嫌だ。
一生懸命に何かに打ち込み、汗を流して達成感を得ることできっと落ち着いてくれるだろうと、敢えての困難な登山に挑んでいるのだが……どうにも効果が表れない。むしろ、ひたすらに私ばかりが疲弊してすでにヘトヘトだ。まだ半分もあるというのに……。やはり、学者肌の私がなんの準備もなしに挑戦するのは無謀だったのだろうか。
「――おや、こんにちは」
岩に腰かけしばしの休息をとる私に、降りて来た登山者が声を掛けてくれた。疲れてはいるが、私も笑顔で返すのが礼儀だろう。
「やぁ、こんにちは。良い天気ですね」
「ええ、頂上からの眺めは素晴らしいですよ。ワシはもう、200回は見ておりますが、一向に飽きません」
「なるほど。それを励みに頑張ってみます……ちょっとめげそうだけど」
「ほっほほ。なぁに、初めてでしょう? ここらを超えれば楽になりますよ。もしでしたら、回復して差し上げましょう?」
「いえ、それは……」
「おお! これは失礼した――。あなたの充実を奪ってしまうところでしたね」
「お気持ちだけ、ありがとう。受け取っておきます」
「それでは、これにて――よい登山を!」
「ええ、よい下山を……」
先人の登山者は一礼して山を下って行った。こういった何気ない登山者同士の交流も、登山の癒しポイントの1つなのだが……ボムの助ときたら! 挨拶もしないのか。
「……なぁ、ボムの助。せめて軽く会釈くらいでもしなよ」
「・・・・・うるさいわね! どうしたって、私が見知らぬジジィに挨拶を? あなただけ勝手にすればいいじゃない!」
「これなんだもの、どうしたものかね……はぁ……」
果たしてこの登山に意味はあるのか、もしかして私はとても無駄なことを行っているのではないか……?
そう言った疑念を振り払いつつ、いっそここまで来たのだから私だけでもロックバードの達成感を満喫してしまおうと、私は奮起して登山を再開した。
すると、標高45万mを越えようという地点で何者かが私達に語り掛けて来た。
“ 登山者よ――無謀にも我に挑む下界の人よ―― ”
脳内に直接語り掛けて来たので、すごくびっくりさせられた。礼儀知らずにもほどがある。
“――いや、どなたか存じませんがね……テレパシー通話にもマナーはあるでしょう?”
“あ……これは御免なさい。しかし、だって神の言葉は不意でなければ……”
“そんなことはあなたの都合。社会的マナーを守っていただきたい”
“以後、気をつけます……”
あんまりにも腹が立ったので通話を返して一言申してやった。いや、一言で収まらなかったのだけど、それは向こうが変に反論したのが悪い。
“それで、何のご用向きでしょう?”
“あっ、そうそう。……下界の人よ。我に挑むからには、楽をさせるわけにはいかぬ――”
“はい、なんです?”
“簡単に登らせるわけにはいかないから、ここからは試練を課させてもらおう――”
テストの試験官かお前は。
随分と勝手なことを言われて、私は心底あったまに来たが……どうにも相手は自分勝手らしい。何者かは知らないのだが、意地悪なのだということはすぐに解った。
何を考えたのか。無礼な声の主は、私達の遥か上から岩を転がし落としてきたのである。それは20tもの巨大なもので、尖りに尖った山の上層部では道幅が細くて回避ができない。衝撃破によって粉微塵に砕いて霞として散らさなければ、今頃私は押しつぶされていたところである。
「ぺっ、ぺっ、すごい粉だ……!」
「なにすんのよ!! 服が汚れちゃうじゃない!!」
舞飛んだ粉が砂嵐のようになり、私は咽たしボムの助は怒った。まったくロクなことになっていない。
“やるな――。しかし、見どころある登山者よ。この程度で油断をするでないぞ――試練はこれからだ――”
やはり声の主は途方もない悪戯者らしく、続けて突風・水流・火炎流・太陽風――と、山頂から容赦なく私達の元へと吹き荒らした。山頂で問い詰めたら「我がやりました」と自白したので、間違いない。
「どうしてそのような事をしたのですか?」
“――簡単に神の元へと人を到達させるわけにはいかず、つい妨害を……”
「いや、もう目の前にいるのだから普通に話してください。左脳が疲れる」
「あ――はい、そうでしたね。御免なさい……」
山頂には巨大な龍が存在しており、私に暴言を吐き、散々嫌がらせを行ったのは彼である。自白させたから間違いない。
巨大トカゲはともかくとして。しかし……なんて素晴らしい景色なのだろう。
標高65万mの位置から見る世界は驚くほど青く、あれほど沢山存在している人間やならず者の影すら見えない。
まるで、その世界には初めから生物などなく、何の争いもなく、偉大な惑星そのものこそが唯一の知性なのではと思えるほどに美しい。
究極に整合されて単一と化した存在にはややこしい部分がなく、何より美しいのだが……それは孤独そのものであり、同時に寂しい。
そんな時は、酸素すらないソラを見上げてみれば良い。広大な黒色に、無数と瞬く星の輝き。それが全て現在足元にある巨魁と同じようなものだと考えれば、むしろ仲間が沢山あって寂しいどころか賑やかですらある。単に私が小さすぎて、勝手にこの星を「孤独」などと決めつけたに過ぎない事実がそこにある。
――というか、むしろコイツは柄が悪いのではないか?
もっと質素な装いの仲間が多いと言うのに……コイツは青やら緑やら着飾って、挙句微生物を繁殖させて楽しむ変態な趣味まである。衛星の方がよほど好印象だ。恒星でもないくせに色気づきやがって……見損なったよ、まったく。
「さて、登山者よ――。我に挑んだということは、“願い”を持つのであろう? あなたはそれを成した。我の試練が超えられたのは、これで200回目のことである――さぁ、記念すべき望みを言いたまえ……」
これだから。景色の余韻も何もあったものではない。山頂に居た巨大トカゲは何か言い始めた。またも“勝手な”決めつけで話をしてくる。
「もう、なんなんですか、あなた? 願いが云々以前に、あなた何者ですか?」
「あっ――そうそう、我は“龍神”。この世界を守護する神であり、高みの存在――」
「神??? それが私の願いを叶える、と?」
「如何にも。さぁ、願いを述べよ――」
第一に。私に願いがある、と決めつけていることが傲慢である。人間=願いを抱くなどと、決めつけているのであろうか。
しかしまぁ、当たっているのかもしれない。神は知らないが、少なくとも“生きる”為に色々と面倒な生き物は、いつだって困りごとの1つや2つ、「できれば~」な事柄くらいあるだろう。
「そうだなぁ……ああ、そうだ。困っていたんですよ、丁度」
「言ってみたまえ――」
「水筒の中身が無くなっちゃって……満タンにしてください。下山用として」
「なるほど。では、叶えてしんぜよう――――」
龍神の全身が光り輝く。すると、眼下の地表も呼応するように輝き、全ての光が発光体と成った龍神へと集っていく。惑星の反対側からも、光が帯を残して私達が立つ山頂へと飛んでくる。
惑星から集めた力の結晶。それは光線として龍神の口内から解き放たれた。高度650kmで虹色に輝く力の集約体が、私の水筒へと流れ込む――すると。
「あっ、重い?? 水筒が心なしか重くなった」
そんな気がしたのでフタを外してみる。ちょっと暗くて解りにくいが……どうやら水が満タンに入っていることが伺えた。これが神の奇跡というものなのだろうか。素晴らしい。
“――願いは叶えた。では、勇気ある登山者よ――我はこれにて失礼するよ――”
最後の最後に私の脳内に語り掛け、龍神はその姿を暗闇のソラに紛れさせた。結局、何度言っても解らなかったな、あの巨大トカゲ。
それはともかく、私は水筒の奇跡をボムの助とも共有しようとした。
「ほら、ご覧よ! 水がいっぱいだ!」
暗くてしかも音も通用しないので、魂を用いた手段で伝えてみる。あの光景に、ここからの景色。それにこの奇跡が合わされば、もしかして――!
「……先に降りてるわよ」
「・・・・・」
ダメだった。まぁ、あのトカゲが起こした奇跡なのだから、こんなものだ。
登山の目的を果たせず、意気消沈して下山した後。私は登山者用のキャンプで一夜を明かそうと考えた。
キャンプで先ほどのおじいさん登山者と再会したが、相変わらずボムの助は挨拶をしないし、私も言うほど景色に感動しなかったし……話を合わせるのが大変だった。
それから一夜明けて。
「苦労して登ったのに……」などと呟きながら、トボトボとした歩調で歩く私。その後ろをムスッとした表情で着いてくるボムの助……。何一つ好転しなかった私達。そこに、声を掛けてくる人がある。
「すいまっせ~ん!」
「ん?」
それは私達を見つけて駆けて来た人で、どうやら若い男性のようだ。これから登山をする、という風体でもなく。おそらくはキャンプの職員なのだろう。
「はぁ、はぁ……いやぁ、走った、走った」
息を切らしている彼は、呼吸を整えてから私に向き直った。
「あの、すいません! もしかしたら、なんですけど……」
「はい、どうしましたか?」
「ええ、その――あなたの横に居る方ですが……もしかしたら伝説のロックバンド、ボム&ステイタスのリーダー、ボムの助さんじゃないですか!?」
いきなり何を言うのだろうか。困惑した私は思わず聞き返す。
「え、なんですて?」
「ですから! もしかしてそこの人、“伝説のボム&ステイタス”のリーダーにしてヴォーカリスト! ボムの助さんじゃないかってことですよ!!!」
「へぇ。そうなのか、ボムの助?」
「……くしゅんっ!」
「・・・・・くしゃみしたな」
「いいや、間違いねぇっス! ファンクラブ会員三号の俺が言うんだから……間違えようがねぇぜぇぇぇぇぇ!!!」
ならず者の職員は登山用の靴を取り出すと、それを両手に装着して私に殴りかかってきた!
「いや、ちょっと待っ……なんで!?」
「うるぇぇぇぇ!!! 俺こそが最強のファンなんだよぉぉっぉ!!! メンバーでもねぇのに、勝手にその人の隣に立つんじゃねぇぇぇぇ!!!」
「うっ、うわあああああ!!!?」
ならず者が装着した登山用の靴。それは頑丈で重厚な作りであり、しかも靴底にはトゲトゲにスパイクが並んでいる。そんなもので殴られたら……ただではすまない。
危険な腕を振り回すように迫ってくるならず者。腕で防ごうにも、スパイクが刺さって痛そうなので、不可能! 苦肉の策として私は気功弾を撃ち放った。
「ぬぅぅ……っは、ふははは!!! そのポジションを寄越せぇぇぇぇ!!!!!」
「ひゃっ、これはたまらないっ……!」
吹き飛ばされて岩に激突しても、尚起き上がって立ち向かってくる気迫。追い詰められた私は、思わず渾身の拳をならず者に叩き込んだ。稲光を纏った一撃によって、同じ岩に叩き付けられるならず者だが……恐るべきことに、その岩は衝撃によってヒビが入ってしまっている。
「ぐぅっ、ふっ……寄越せぇぇぇ、ファンは俺だぁぁぁ、ファン力では負けないぃぃぃぃ……!!!」
若干岩にめり込んだ状態で唸るならず者。絶対的危機を目の当たりにした私は、八方塞がりの心境で片膝を着いた。
「こ、このままでは――っ!」
私には昨日の疲労も残っており、オニギリを頬張って「どうしたものか」と思案に暮れるしかない――しかし、その時のことだ。これまで不機嫌だったボムの助が……突如として“叫んだ”のだ。
“ ―――ったく、見てられないわね。 ”
キャンプ付近の岩場に反響していく、ボムの助の声。私はヤツが何を言っているのか解らないが、何が言いたいのかは理解できた。
「いけるのか、ボム!?」
「……フンっ、どうかしらね?」
「ようしっ!!」
――私とボムの助には秘密がある。
それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“―神獣必殺―”と表記していた。
「はああああああああああッ!!!」
「やれやれ。仕方ないなぁ……まったく!!」
ボムの助の右手が燃え上がるように赤く輝く。それに応じて、私の左手が青く迸る雷撃のように輝き始めた。
「な、なんだそれは……っ!?」
岩に若干埋まっているならず者は、身動きがとれないままに驚愕している。
それもそうだろう。ファンであるヴォーカリストの拳がいきなり輝き始めたら、誰だって驚く。
「解るかな、ならず者くん?/
/ええ……ここがあなたの終着駅よ」
「く、くそうっ――!!」
ならず者は動かせる足をバタバタさせている――だが、その程度のことが……我々への攻撃に成り得るはずもないっ!
同時に駆ける私とボムの助。我々の進んだ後には、足跡と共に炎と稲妻のラインが螺旋の奔流となって合わさり、轟々と破壊の戦慄を奏でている。
「ぎゃ、ぎゃひぃぃぃっぃいぃぃぃっ!!!」
背中合わせに撃ち放たれる掌底。伸ばしたその手の先で、赤と青が一体となり、紫色の衝撃波として炸裂した。瞬間的に発生したプラズマの大爆破によって、ならず者の身体は岩を砕いて飛び上がり、どこか大空の彼方へと消えていった……。
遠ざかるならず者の叫びを聞き取り、安心した私の脳が左手の輝きを失わせる。同じように、ボムの助の炎もヤツの右手から消え失せたらしい。
「ボム……ありがとう」
「――――別に。ただ、八つ当たりしたかっただけだし」
まったく、素直じゃないボムの助だが……ヤツが少しスッキリした表情をしていたのは、良い事だと思う。
結局、私の頑張った登山は無駄だったのかもしれない。
だけど、何か行動を起こしたからこそ変化が生じたのだろうし、広い解釈をすれば“甲斐があった”のだと思いたい。
とは言え、その後も相変わらずボムの助はムスッとしたままで……。
やれやれ、この反抗期はいつまで続くことなのやら。
まったくもって困ったものである。
~ボムの助と山~ END
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