第5爆「ボムの助と牙」
「ああ、ちょっと。待ちたまえよ――」
「――ん?」
今にも飛び立とうとした私に、声を掛ける人がいる。
振り返って解った。それは旧富島だった。彼は門から駆けて、砂地の街路に立つ私を呼び止めたのだ。
「君のその、横にいるのはもしかして……かの失われた“伝説の記憶媒体”、ボムの助じゃないか!?」
「え、なんだい、それは?」
いきなり何を言い出したのか。呆気にとられたが、一応確認してみることにする。
「そうなのか、ボムの助??」
「クェッ、クェッ、クェッ……クェシュン!」
「・・・・・くしゃみしたな」
「くっくっくっく……ぐぇっへへへへぇ!! 間違いねぇ、ついに見つけたぞぉ?? さぁ、そいつをこっちに渡せ!!!」
「え、それは困るよ」
困るに決まっている。ボムの助をいきなり“渡せ!”などと言われて……はい、そうですかといくわけがない。断固、拒否である。
「ぬぁぁぁんだとぅぉおおお!? 渡さねぇってのか!!!!」
「その通りだよ、渡せない!」
「ならば―――キサマを殺して、所有権を剥奪してやるッッッ!!!!!」
ならず者(旧富島)はコートの裏から2本のナイフを取り出し、両手でクルクルと回し始めた。そして前傾姿勢に身構えると、直線に私へと迫ってくる。
「えっ……うっ、うわぁぁぁあぁああああ!?!?」
低い姿勢で猛然と迫るならず者。私は少し後退したが、整備されていない路の小石に躓き、転倒してしまった!
「首をもらうぞ!!!」
ならず者はナイフを交差させるように振るい、私の首を落とそうとした。
「ひっ、こ、殺される!? た、助けっ―――」
転倒して朦朧としている私は、当然として態勢も崩れており、まともに動けない。よって振りぬかれる刃を軌道上で掴み、ナイフを奪い取ってならず者の膝に突き刺すのがやっとであった。
「ぐぅっ――ふぁっははは!! 恐れろ、畏れろ!! 異国で死ぬ気持ちはどうだ!?」
ならず者は両膝を地に着き、ナイフを抜き取って止血に勤しんでいる。
繰り返される狂気の恫喝によって、すっかり萎縮してしまった私は逃げようとしたが、ふとももの辺りに付着した砂を払うことで精いっぱい。そうこうする内に、ならず者はよろよろと立ち上がってしまった!
「こいつで頭を吹き飛ばしてやるッ!!!」
「!? や、やめてくれ! 撃たないでくれ!」
震える膝を抑えて立ち上がったならず者は、拳銃を取り出して即座に発砲。迫る弾丸が私の能力によって軌道を変更され、Uターンしてならず者を襲う!!
弾丸はならず者の右肩を抉って何処かへと飛んでいった。飛び散る鮮血に、私は恐怖して言葉も失う。
「くっくっくっく……終わりだよ。お前は、ここで死ぬのさ――!!」
射撃の反動で再び膝を着いたならず者は、肩の止血を終えてから満面の笑みを浮かべた。ぞぉっ、と。私は寒気を覚える。自分が今、命を狙われているのだと実感して、私は涙すらしそうに震えた。
私を追い込んでいくならず者は、トドメの取って置き! とばかりに何かと通信を行った。
「コード、バルナンよりマクシーマへ。――例の記憶媒体が目の前です、エンペラーユニット共の武制許可を頂こうッッッ!!!」
『――2NDヨリ、バルナンニツグ。2NDハ“許可”スル。ユニットヲ使用セヨ』
「へへっ。ありがとうよ、マザー殿……」
ならず者の通信に何の意図があるのか判らず、私は未知を怖れた。何か不穏を覚え、私は逃げようと駆けだす。
だが――手遅れだったようだ。
「これで終局だ!! ボムの助はこのメンドローサが有効活用させてもらおう――いざ!コォォォォルっ、エンペラァァァァァズ!!!!!」
発せられたならず者の号令。それに応じて展開される次元の揺らぎはメンドローサのしみったれた市街を正しく網羅する。浮かび上がった交錯線の数々が、メンドローサに転移フィールドを生じさせたのだ。
「あっ」と言う間に、私の周囲に70000体の国王が並んだ。それらは全て右手にライフル、左手に剣を持ち、プレッシャーによって私は全てのカメラとセンサーが私に向けられているのだと理解できた。
「……な、なんてことだ。私は国王に包囲されてしまったのか!」
生身の身体でアンドロイド(機械人体)と格闘をしようなどと、無茶が過ぎる。それどころか、国王の群れはしっかり遠近用の武装を得ているのである。ならず者の一声で、脅威の軍勢は一斉に私へと襲い掛かるだろう。
どうやら王宮内外からかき集められたのであろう国王の群れ。それらに対して私ができることと言えば、電磁パルスを拡散させて機械人体の機能を麻痺、不満状態として行動を抑制することくらいだ。ガクガクと揺れて引き金も引けない国王の群れに、ならず者が何度も指示を送っている……。
「ふはははははっ、さぁ、殺れ! エンペラーユニット共よ! 動け、奴を殺せッ!!!」
「ぐぅぅっ――同じ顔がいっぱいで、しかも全員ガクガク震えていて見栄えが悪い!」
時間の問題である。私がこのまま妨害を継続すれば、やがて懸命に指示を出し続けるならず者の喉は枯れてしまうだろう。それに、ボムの助が民家の屋根の上に陣取っている。しきりに羽を毛づくろう有様をこれ見よがしに見せられては……気分も良くない。
「こ、このままでは――っ!」
膝を着いて薄れゆく意識で号令を続けるならず者。遂にショートして壊れ始める国王の軍勢。大量の同じ顔に見つめられて気分が悪い私―――。
絶体絶命に近い危機。万事休すか! と、いっそ絶望的な気分に陥った頃――私のボムの助が、“吼えた”。
“ クェェェ――っ!!! ”
街路に木霊したボムの声。私はヤツが何を言っているのか解らないが、何が言いたいのかは理解できた。
「いけるのか、ボム!?」
「クェェェーッ! キョキョキョキョ……」
「ようしっ!!」
――私とボムの助には秘密がある。
それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“―神獣変異―”と表記していた。
「はああああああああああッ!!!」
「キョキョキョキョキョキョキョキョ!」
ボムの助は屋根の上から飛び上がり、私目掛けて急降下してくる。ヤツは色を失い、真っ黒の塊となって入水するように私の身体に侵入した。その影響で私自身も変化していく……。
首は伸び、十字の翼が広がり、二又の尾が振るって生じる。全身の肌は影を纏ったかのように闇と化し、口内から突き出した鋭い牙の輝きが目立つ。
「な、なんだそれは……っ!?」
地に伏せていたならず者は、思わず顔を上げて目を見開いた。変化した我々の姿と圧力に本能からの“危機”を察したのであろう。
影に浮かんだ二つ眼。我々の視線がならず者を見下している。
「解るだろう、ならず者よ? 今度こそ本当に“終わり”だということが……」
「く、くそうっ――!!」
警戒灯の光りが周囲を照らす。強烈な光の中で、影と化した我々は明確に異質な存在と化す。
ならず者は懲りずに号令を発した。しかし、それは無駄ではない。変化と共に私の妨害は解除されいる。彼の意図した通りに、国王の軍勢70000弱が一斉に我々目掛けて制圧攻撃を開始した。
放たれる弾幕。繰り出される剣撃――だが、その程度のことが……我々に対する“攻撃”だなどと、片腹痛い!
「ウォォォォォォォ!!」
我々は無数の銃弾を吸収しながら、手当たり次第に機械人体を切り裂いていく。腕を振るう、尾を振るう、翼を振るう――何が触れても、その衝撃によって国王の身体は木端微塵に砕け散る。我々にとってそれは角砂糖を叩き潰す行為よりも容易いものだ。
「撃て! 撃て! 斬れぇぇぇぇえ!!!」
飛び散る国王の残骸が降り注ぐ中、ならず者は性懲りもなく木偶人形共を我々に仕向けさせる。我々は低空飛行を行い、広げた翼で国王の軍勢を一気に破壊し始めた。
高速で飛びまわった甲斐があり、10秒くらいで全部壊せたので、そのまま残ったならず者へと牙を剥いて襲い掛かった。ならず者は吹き飛んでいく。
「ぎ、ぎぃぃぃやあああああああ!!!!!」
さらに我々は速度を増して、グングン上昇。巨大な城の雲を突く塔の最上階目掛けて高度を上げていく。
闇夜の空に、星々が輝いている
『グ、グ……グワアアアアアアアアアアアッ―――ア!!!』
十字の翼で引き裂かれたメンドローサの制御ルームは、爆発によって粉々に砕け散った。爆発炎上する最上階を確認して、安心した私の脳が変異状態を解除した。
――絶望的状況だった。もし、私一人だったら……もし、私の近くにボムの助がいなかったら――考えただけでも恐ろしい。
羽ばたくボムの助の背の上。振り返れば、崩壊するメンドローサの巨城が見える。舞い上がる土砂から逃げるように、私とボムの助は空を行く。
さてさて。とんだ邪魔のせいで、いよいよすっかり夜になってしまった。今から宿を探しても、難しいだろう。
「今日は野宿かな――」
と寂し気に呟く私の心情など、ボムの助はまったくもって気にしていない。羨ましいものである……。
~ボムの助と牙~ END
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