第4爆「ボムの助と王宮」
私とボムの助はメンドローサの街道を散策していた。国には活気があり、「なんらかのイベントが企画されているのだろう」と私に予測をもたらしてくれる。
「メンドローサ」の語源は、シンピア語における“牙”の意味である「ヌエヒロサ」が変化したものだと言われている。つまり、メンドローサ王国とは「牙の国」であると考えて問題ないだろう。
メンドローサのマクシーマ王2NDは大変なやり手であると聞いている。何しろ、現状数少ない独立した人間による国家であり、ほとんど属国とは言えど魔王の直接支配を受けていない国政を維持しているのである。人間離れした巧みな術を得ているのだろう。
不条理の権化であるかのような魔王共の支配下にないためか、メンドローサの国風は自由に満ちており、各々国民が自分の判断と責任で行動を選択しているようだ。
砂地の道を歩くと、時折小石が靴の底に当たって痛い。歩きにくいなぁ、と思いつつ隣のボムの助に同意を求めるが、そもそもヤツはホバリングで飛行状態にあるため、まったく感想を共有できない。なんてヤツだ。
しかし、せっかく招待されてきたので名産の一つでも買って帰りたいところ……。
整然と並ぶ碁盤の目のような街並み。同様の形状で連なる木造平屋の1つを選択して訪問してみる。何せ、私以外に通行人は滅多にいないので情報を得るにも一苦労だ。
「あの……ちょっとよろしいか?」
私はベニヤの扉をノックした。しかし扉は開かれない。ここの住人も奉仕に出向いているのだろうか?
「あの……居られないか? だとすれば諦めよう」
居ないのならば仕方がない。私はボムの助に肩を竦めてみせた。ヤツは私の気まずい心境など知らず、呑気に屋根の上でクチバシの手入れをしている。
しかし、私が背を向ける間際に。ベニヤの扉は遅れたローディングを終えたかのように、ゆっくりと開かれた。中から女性が姿を現し、ほとんど骨と皮だけの身体を僅かに揺らしながら、そこに棒立ちした。口は開きっぱなしである。
「あの……私は旅人です。この国の名産や名所などありましたら、ご教授していただきたく――」
「・・・・・」
「あの……よろしいか?」
「・・・・・岩」
「え?」
「岩の・・・群れ・・・」
「え? 岩の? なんですって?」
「・・・・・食べたいな」
「あっ! なるほど、どうもありがとう」
私はベニヤの扉を閉じた。結局ここの名産は解らなかったが、そこは後で旧友に聞けばよい。
というか最初からそうすれば良かった。第一、招待されたのだから、さっさと王宮に向かえば良いのである。どうしてこんなところで道草を食う必要があるのか。実際に今、目の前で砂利の街路にうずくまり、雑草を噛んでいる老人が私を見ているが、これでは彼と同じである。
「ほら、行くよ、私のボムの助」
口笛を奏でてボムを呼ぶ。しかし、そんなことなど気にする様子もなく、ボムはかぎ爪を懇切丁寧に手入れしている。ふてぶてしいヤツだ。
先んじて行こうと歩き出した私の横を、活気ある掛け声と共に一団が通り過ぎていく。軍服姿の祭調子が、巨岩の上で囃し立てる。
「早く引け、速く引け! 国王様の願いの為に! それ引け、もっと引け!」
「 「 「うぉ~、あぅ~!」 」 」
高速で打ち鳴らされる鞭の音に合わせるように、無数の男衆が開きっぱなしの口を晒して巨岩を引っ張っていく。地鳴りのような男衆の呻きが街路にねっとりと木霊した。たぶん、イベント設営の方々であろう。祭日に合わせようと頑張っているらしい。
バス車両のような存在感ある巨岩を物凄い速さで引っ張っていく集団。砂埃を上げて駆け抜ける彼らに、私も指揮者につられて「それ引け、頑張って引け!」と思わず声を出した。祭というものは、こうして準備の時にも楽しいものである。旅人の私も、声を出せば間接的に参加している気分になれる。
旧友の話によると、近日に国王生誕祭があるらしい。きっとそれなのだろうなと思いつつ、私は王宮へと向かった。着いて来いと言っても動かないが、いざ置いて行かれそうになると慌てて飛び立ち、私の先を行く……。まったく、ボムの助というヤツは素直ではないのだから。
~木造平屋が整然と並んだ街並みにあって、一際目立った合金製の巨城。
広さは街の円直径の3割を占め、主塔の高さは雲が形成される高度を貫いている。
あれこそがメンドローサの王宮なのだと、初見の私でも十分に理解できた~
「おーっ、これは! ようやっと来たな!」
王宮の敷地に入った私とボムの助を、「待ってました」と出迎えてくれた人。彼は私の旧友であり、小学生時代に一緒に生物係を担当した富島 金道くんである。
昔から律儀な男で、ウサギ小屋に散乱している糞を率先して処理してくれるその背中には頼もしさを覚えたものである。鉛筆の芯をかじる悪癖はあるものの、それ以外には文武そつなく優秀な少年であった。
「これは出世するだろうな」と彼の未来を展望していた私の眼に淀みはなく。彼は現在、メンドローサの武制官僚総括を任される立場にあり、マクシーマ王の側近としても活躍中。結婚もしており、“ゴールドロード=バルナン”という名に変わっていた。名前も髪の色も瞳の色も肌の色も変化しているが、どうやら中身はそのままらしい。
「懐かしいな、最後に鶏の卵を落として割った責任を擦り付け合って以来じゃないか」
「ははは、誰にだって失敗はあるさ。そう気に病むことはないよ。しかし――よく、私が王宮に入ったことをすぐに察知できたね?」
「入国時から監視していたからね。ほら、案内するよ! 国王にも紹介しよう!」
バルナン氏(旧富島)に連れられて行くと、先々で素晴らしい物を見ることができた。壁に掛かっている何気ない絵画も、過去に描かれていた名人の作であったり石像も何処かの国の国宝級であったりする。
トイレにはウォシュレット完備で消音機能もあり、王宮領域内のすべてでインターネットの無線回線が利用可能。そして全ては監視カメラとセンサーによって掌握されており、国王は最新鋭の警備によってガードされている。
「すごいじゃないか。まるで防衛機構の見本市だ! あっ、こら、ボムめ!」
「クエーッ!」
まったくもって度し難い。ボムの助ときたら、これだけ綺麗に整備されている王宮でも構わず糞を落としていくのだから。せっかく70個も用意されたトイレがあるのだから、どれかを使えばいいのに。
「ははは、いいよ。そういった汚れは雑者がすぐに処理するから」
なるほど。旧富島が言うように、バケツとモップを持った男がすぐに駆けつけて来た。人体よりも敏感に刺激を察知する王宮では、些細な出来事にも迅速な対応が可能なのであろう。
しかし、旧友の立派になったこと。流浪の旅人である私から見て、所帯を得てキリキリと仕事をこなす彼の姿は雄々しく凛々しく艶やかにすら感じられる。
「ん、ちょっと待って、通信が入った。 ――ああ、私だ。何か?」
『武制総督。王宮への侵入を試みた者を捕らえたところ、どうやらバンディットA相当のコロニシアンだと判明いたしました。如何に?』
「いいじゃないか。よく消化して、排泄しておきなさい」
『最終までの処置ですね。把握いたしました』
「――いや、すまなかったね。こんな仕事がら、おちおち暇もできないよ」
旧富島は苦笑いにそう言っている。とんでもない、忙しい中案内させているのは私の方なのだから。
迅速な通信対応、淀みない判断――行動の端々から確定した強い精神を感じられる。かつて、鉛筆の芯をかじりながら「俺、こんなのだって食えるんだぜ!」と自慢していた男とは到底思えない……。
「ささ、着いたよ。王座の間がこの先にある」
「よし、入ろう」
案内された扉が開くと、まず目に入ったのは並ぶ軍服の姿である。扉が開いた際に「ガシャッ」と音が聞こえたのだが、それは扉の音ではなくて軍服の全員がライフルを構えた音なのだろう。
「何人いるんだい?」
「祭日が近いからね。700人だよ」
「なるほど……」
メンドローサの国王が量産型だという話は聞いていたが……まさかこれほど存在するとは思わなかった。陣形を組んで並んでいる700人の国王達の視線が一点に集まっていることがよく解る。その「点」は私だ。
「客人をお連れしました、国王様」
「おお! その方こそ、先日お前が話していた……」
「はい、小学生時代の友達です」
「おお! これはこれは、よくぞおいでなすった」
「光栄ですな、我が国を楽むとよいぞ」
「名産のトマトコーンジュースは飲まれましたかな? 素材の味が活かされておりますぞ」
「原本の生誕祭までは御滞在で? 人の花火大会は豪華絢爛、是非ご覧頂きたいものですな」
「トイレはご覧になりましたか? 存分に温まるとよいですぞ!」
・・・・・ちょっと待ってほしい。そうそう、次から次へと話しかけないでくれ。
大体、私を取り囲むように並んでいる同じ顔のどれが言葉を発しているのか、瞬時に理解できるわけがないだろう! 次々に別個体が話すのをやめてほしい。私はどの方向を向いて話せばいい? どの個体と目を合わせれば無礼にならない?? ……教えておくれよ、旧富島。
「トマトコーンジュースというのはね……。この国で力を入れて作らせたトマトとコーンから汁を絞り出して、若干の塩で味を調えた飲み物なんだよ。189年から作り始めて、もうこの国では欠かせない名産品さ」
違う。そのような飲料の情報は必要ない。使えない男だ、こうなったら適当にボムの助でも愛でながら話すことにしよう。
ボムの助は眠っている。己の翼を枕にして、スヤスヤと寝ていた。なんて神経の太いヤツなのだろう。
それから私は、国王の群れと雑談を交わした。この国の成り立ちとか、私の研究についてや、どうして国王が量産されているのかとか、旧富島がこの国で出世した成り行きとか、何故魔王の支配下に収まらずに独立した国家を維持していられるのか……など。
終始ボムの助の寝姿を見ていたので、あまり国王と会話した気はしないものの、ともかく私は彼らとの歓談に満足したのでこの場を去ることにした。
「いやはや、貴重なお話を有り難うございました」
「それはこちらこそ。是非、またおいでなさい。歓迎しますぞ」
私はボムの助に一礼すると、踵を返して王座の間を出ようとする。
「 ん?? ――貴殿、少し待たれよ 」
私の背に国王達が声を掛けた。全員一斉に言葉を発したので、とても喧しい瞬間だった。
「うるさい。……はぁ、なんでしょうか?」
「ふむ、その……君の横にあるものは――」
700体の国王が一斉に私の横を指差した。凄い圧迫感を覚える。
「え? ああ、これは旧富島君が用意してくれたトマトコーンジュースの山ですが?」
示された先には、この国の缶詰された名産が積み重ねられている。律儀に積み重ねられた缶の山は、旧富島の精神を象徴するかのように狂いがない。
「それは――丸出しではないか! 袋も無しに、それでは持って帰れまい」
「え……ああ、それは確かに」
言われてみればそうである。缶詰を7000個ともなれば、私の細腕では抱えることは難しい。きっと零れて落ちてしまう。イライラすること間違いなしだ。
「バルナン、すぐに紙袋を用意して差し上げなさい!!」
「はっ、直ちに!」
国王は旧富島に指示を出したが……余計なお世話である。何も腕で抱える必要などないのだから。
「いえ、結構です。――ムンッ!!」
私は切り取り魔法を用いることにした。プリズム光線を照射することによって一度分解した缶詰の要素を私の中にデータとして取り込んだのである。これならば持ち運びに苦労することもないだろう。
「……なるほど、差し出がましいことをしてしまったか」
国王は自分の早とちりを後悔していたが、誰にだって間違いはあるというもの。私は寛大にそのことを許すだろう。
「どうってことはありません。では、失礼いたします」
「うむ、御機嫌よう!」
王座の間を出ると、見送る為に旧富島が私に着いてきてくれた。そもそもは彼の結婚式に呼ばれた私だったのだが、既にそれは10日前に終わっていたことなので、これ以上ここに留まる理由もないのである。お土産も頂いたことだし、私は「ああ、呼ばれてよかったな」と思った。
道中で旧富島と思い出話に花が咲く。鉛筆に留まらず消しゴムまでかじって見せ、クラスの皆に「俺は普通じゃないんだぜ」と自分の特別感を醸し出していた彼が、保健室に担ぎ込まれた際に肩を貸したのは私である。
「あの時は助かったよ」
彼はそう言っているが、あれだけ格好をつけておいて「苦しい、僕はもう死ぬんだ!」と散々に弱音を聞かされた方の身にもなってほしい。
そんな彼も大人になり、妻とのロマンチックに溢れる出会いを経て所帯を得た。
「あの時は助かったよ」
彼はそう言っているが、見た目が美味しそうだからといって芳香剤の粒々を飲み干し、挙句に担ぎ込まれた病院で手当てを行ったという現在の妻はたまったものではなかっただろう。しかし、それでも翌日に完全回復してアプローチに至る回復力は昔から変わらない彼の長所の1つである。
王宮領内の門に至っても、我々の会話は尽きなかった。旧富島との思い出は古くからのこともあって、中々底が見えないほどだ。
「あの時は助かったよ」
「いやでも、いくらなんでもウサギ小屋に散らばってるものを――」
“クェェェェーッ!”
「ん、なんだね?」
「ああ……まったく、困ったヤツだ」
会話の途中でボムの助が鳴いた。ヤツは羽ばたいて門の上に陣取っている。そこでしきりに羽を毛づくろう仕草――これは、ヤツが「早く行こう」と散歩を急かす行為である。
「やれやれ。申し訳ないがね、そろそろ私は行くとするよ」
なんてヤツだ、と呆れながら私は別れの言葉を告げた。
「いいだろう。これが今生の別れってわけでもないさ。また会おう、友よ!」
旧富島はそう言うと握手を求めてきたので、私も手袋を装着してそれに応じた。
歩き出した私が門を潜ると、上空からボムの助が降りてくる。
振り返ると、手を振って見送っている旧富島の姿。
夕焼けの空に沈んでいくお天道様の、光が我々の影を伸ばしている。
メンドローサの国に夜が迫る。警戒灯の光りが点き、昼夜に終わらない指揮者の号令と鞭の音が響いている。
建造されている巨岩を重ねたピラミッドが完成するには、まだまだかかりそうだ……きっと、国王の誕生部には間に合わないだろう。それでも間に合わせるのだろうか。
整然と並んだ木造平屋の家屋群。砂地の街路に残る足跡。
再開と別れの余韻を惜しみつつ。さてさて、次は何処へ向かおうか? その前に、今日は何処で夜を過ごそうか?
問いかけたとしても、ボムの助は答えてくれない。まったくに勝手なヤツである。
~ボムの助と王宮~ END
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