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ボムの助と私  作者: アマタキ
3/10

第3爆「ボムの助と洞窟」

 私とボムの助は洞窟の中にいる。周囲は薄暗く、発光するボムの助が存在しなければ歩くことも難しかっただろう。


 ぼんやりと暖かな朱色の輝きを放つボムの助を先頭に、私とリッキー=ウィンストン、それとマリー=ポーラの3人は洞窟を進んでいた。


 かれこれ、半日は歩いたのではないか? と私は体感していたものの、実際にはまだ1時間程しか経過していないらしい。私は見知らぬ人間と行動するとき、多大なる疲労と緊張を覚える。人間が「早く早く」と状況の脱出を焦るほどに、時間は意地悪をしてくる。


 心の中で「さっさとボムと2人旅に戻りたい」と考える私は、目の前にある新たな謎を前にして立ち止まった。


「や、また分かれ道か……まいったよ、複雑なんだ」


 リッキーが一歩歩み出て、私の横に並んだ。やめてくれないかね。


「ええと、分かれ道は5つ……か。曽祖父の述懐によれば……」


「リッキーさん。ここまで来てなんだが、君のその……紙切れは信頼できるのかね?」


 私はもう、何度目かの同じ質問を行う。それはリッキー氏が持つ“地図”に向けてであり、しかしそれは地図と言うにはあまりに頼り難い。


 ろくに図解もないのもそうだが、第一にしてルーズリーフの1枚に書き殴られたものを誰が信じるであろうか。IRモニターでヴィジョン化したものを提示されたならばともかく、これでは少年の悪戯に思われても仕方がないだろう。


 大いに不安なのだが、リッキー氏はもう何度目かの同じ答えを返してくれる。


「信頼できますとも。曽祖父は真面目でしたよ」


 これだ。リッキーが言うに、その手にしている落書きの根拠は「彼が真面目だったから」でしかない。主観ではないか。そんな理由で、古代テメロピト人の遺したクリスタルスフィアがこの洞窟に存在すると言われても、誰だって疑わしいと思うだろう。


 たまたま洞窟の入り口に居合わせ、ジャガイモをかじっていたのが運の尽きだったのだろうか。それとも、そこで見知らぬ若者に声を掛けられて「NO!」と突き放せない私が悪かったのだろうか……。


 ボムの助に同情を求める視線を送るものの、ヤツは何も答えてはくれない。ただただ、前足を舐めるのみである。


「――なんでもいいけど。それで、この分かれ道のどれを進めばいいのよ?」


 また横に並んでくる。鬱陶しい。今度は最後尾でトロトロ着いてきていたマリーが歩み出た。どうやら彼女は、私とリッキーの問答が気に食わないらしい。彼女は金属の少ない軽装の鎧を身にまとったその風貌の通り、素早きことを重んじる質のようだ。


「ああ、それは真ん中さ。真ん中を行くがよい、と真面目な曽祖父は記してくれている」


 彼女に急かされて、リッキーは慌てた様子で5つの道の真ん中を指示した。


「そう。じゃ、ほら、進みなさいよ」


 このマリーという女。なかなかに態度が荒い。今も、言いながら足元の砂利を蹴って私のボムの助に吹っ掛けたのだから、私が怒っても仕方がないものだ。


 しかし、それでいてこのマリーという女。腰元に吊るした鞘に曲刀を納めており、洞窟の3つ目の関門であった石造の守護者をその曲刀や軽々しい体術を駆使して破壊せしめたのだから……たまったものではない。


 基本的に私は力による解決と、力による制圧を恐れるので、砂を掛けられて尚平然と尻を舐めているボムの助を蔑むくらいが関の山となる。


 私はボムの助に「ほら、真ん中に行くんだよ」と教えながらパンの切れ端を放り投げた。それを切っ掛けにしてボムの助が歩き始める。


「この分かれ道を抜ければ、あとは“最後の壁”だけです。進みましょう」


 リッキーは私を急かす。それは彼が急いている表れであり、つまりはマリーに急かされていることに他ならない。


 そもそもに私は思うのだが……。このリッキーという若者は、それ自体に一見して悪いところは見当たらない好青年だ。ところが、彼はあのマリーという女に心が囚われすぎている。別段として深くは聞いていないが、どうやらリッキーにとっては正に“彼女”なのだろう。嫌われたくない、という心理がチラチラと垣間見える。


 それは別にいいのだが、だからと言って私を巻き込まないでほしい。たまたま洞窟前で寝ていたボムの助が欠伸と同時に光り輝いたからといって、それを「光源として洞窟を進もう!」などと、発想してほしくなかった。大体、魔法使いだと最初に名乗っていたのだから、自分で便利な術でも使えば良いのに。そんなに自分に自信がないのだろうか。


 まぁいい。ともかく私は、この紛うことなき野暮用をさっさと終える為にボムの助を追う。例えマリーから見たリッキーがどうにも“彼”のそれではないことなど、知ったことではない。



 かくして、ボムの助と私、それにリッキーとマリーは胡散臭い地図の指し示す最後の関門、“最後の壁”に辿り着いた。



 私達が挑んでいる洞窟の最深部――つまり、古代テメロピト人の遺したクリスタルスフィアを保存するフィーリングディメンションが存在するメリドサの安息所……があるとされる場所が、一枚の壁を隔てて隠されていたのである。最後の壁は、古代文明の技術によって魔術結界を施された古代超合金の扉であったのだが、それは私が破壊した。


 破壊された壁の先には確かにテメロピト星人が残した研究室が存在し、その中央にはテメロピトのクリスタルがスフィアの形状で浮遊していた。


 そのクリスタルを確認した瞬間、マリーが豹変したように叫び声を上げる。


「やったわ! 本当にあったのね、あれは私のクリスタルよ!」


 彼女は胸に手を合わせ、何度も跳びあがった。やめろ、足元に私のボムの助が寝ているのだぞ。


「ああ、よかったね、マリー。それで―――」


「私のクリスタル! 私のクリスタル!」


 リッキーがなにか、もじもじと話をしようとしたのだが……。マリーはまったくもってその存在を脳内から消去しており、興奮した状態でクリスタルへと駆けた。


 葉を通した強い日差しの輝きを彷彿とさせる、テメロピトのクリスタルスフィア。その表面には、夕張メロンのように不規則な線が無数に奔り、それは現在進行形で変化を続けている。そして、それが浮遊するのはテメロピトが動力としていたグリナールという空間湾曲粒子のおかげであり、無数に揺らぐ不規則な文様はつまり、そのエネルギーの迸りが圧縮されてクリスタルに張り付いている証左なのである。結論からすれば、現在にしてこのクリスタルは生きている。


 どうやら、そのくらいのことはリッキーも理解しているらしい。彼は確証的予測をはっきりと述べる。


「――あっ! このままではマリーがっ、豆粒になってやがて消えてしまう!」


 そんなことも知らずに、マリーは弾むように駆け寄った。クリスタルの浮かぶフィーリングディメンションへと、彼女はなんら無防備に駆けた。



 “ガシッ!”――と。稲光のような光が刹那に空間を支配する。時間にして0のことだ。



 マリーはクリスタルを掴んだ。そして彼女の手でも片手で持てる程度のそれを、大事そうに胸元へとしまい込んだ。どうやら私の用いたアンチグリナールの術が問題なく作用したらしい。昔取った杵柄だが。どうにもマリーはあまりに不用心で無慮すぎる。注意するべきだ。


「よかった……マリーは豆粒になって消えなかったぞ!」


 リッキーは嬉しそうだが、その横を素通りしてマリーはその場を後にしようとしている。ちゃっかり用意していた懐中電灯の光が遠ざかり始めた。


 ポカンとしているリッキーは、しばらくしてから「あ、あれ? マリー??」とようやくに呟いた。


 さて、予測できた事態はともかく……。これでもう、私とボムの助に用はないはずだ。「それじゃ、これで――」と私は軽く会釈して歩き始めた。私の後ろを、ボムの助が着いてくる。


「あっ、待ってください!」


 変わらずポカンとしていたリッキーだが、彼はふと、思い出したように私を引き止めた。おそらく、1人残されては帰りの灯りも灯せないのだろう。私もそれくらいは責任を果たすつもりである。


「ええ、いいですよ。出口まで一緒に行きましょう」


「いえいえ、そうではなくて。あなたのその……横にいるのは……」


 リッキーはそう言うと、私のボムの助を指差した。


「はぁ、なんでしょう?」


「それって、もしや……いや、間違いない!! そいつぁ、あの失われた――“伝説の魔導書”、ボムの助に違いねぇ!!!!」


 何を言い出したのだろうか。突然にそういうと、リッキーは左右の五指を青白く輝かせた。


「はぁ? 伝説の? 魔導書の??? ……そうなのか、ボムの助?」


「へっ、へっ、へっ、へっ……ニャシュン!」


「・・・・・くしゃみしたな」


「おい、あんた! そいつを俺に渡す気はないかい? 俺はそいつが欲しいんだ!!」


「いや、一体何を……だめですよ、そんなの」


「渡さねぇってのか、このヤロウ!! ならば――――死ねっぃぃぃぃぃい!!!!!」


「!? う、うわわぁぁああああ!!?」


 容赦を知らない。容赦する気がまるでないと、彼の険相を見るにすぐ察することができた。


 ならず者のリッキーは輝く左右の五指からそれぞれに電流を生じさせ、一点に集めて私目掛けて放出した。


 まるで天から地を撃つ稲妻である。彼の放つ一撃は、弾丸など比べられるはずもないほどに高速。弧状の稲妻が跳弾の如く大地を抉り、飛び散った。凄まじい破壊力。それは人体に当たれば、貫通してしまうだろうし、もしくは体内を奔って焼き焦がすだろう。だからこそ、私は身を逸らして避けるしかない。


「はぁっははははっは!!! 死ねッ、死ねッ、死ねッ!!!!」


 ならず者は続けて3発、雷撃を撃ち放つ。恐ろしい速度と破壊力を向けられて、私はやはり、身を傾けて避けることしかできない!


「や、やめてくれっ、死にたくないんだ!」


 ある程度避けると、ならず者は左右の五指を開いてそれぞれから乱雑に電撃を解き放ち始めた。一点特化ではなく、散弾の要領で当てるつもりらしい。まったくの無防備にそれを喰らったら……私は、人間の原型を留めることができないだろう。


「くっ、くそっ! どうしたら……このままではっ……!」


 生きるために――私はならず者と同じく左右の五指から雷撃を放ち、全て相殺するしか道がなかった。


「ぬぅぅぁああああっ!!!」


 倍以上の効率で撃ち放たれる私の雷撃がならず者の身体を撃った。放電は急には止められないので、数秒の間ならず者は感電していたようだ。焼け焦げた香りから察するに、なんて恐ろしい魔法なのだと、私は身震いを覚える。


「ぐっ……くぅぅぅああああっ!!! はっははは!!! なんとしても渡してもらうぞ、ボムの助ををををを!!!!」


 生焼けのならず者は立ち上がった。全身に電流を巡らせ、強引に肉体を稼働させているらしい。その執念と気迫に、私はただただ、恐怖して怯える。


 後ずさる私に対して、ならず者は「逃がさんんん!!」と強く威嚇した。


 威嚇の咆哮は激情を帯び、高温となって彼の口内から解き放たれる。巨大な火球と成ったそれが、真っ直ぐ私の足元に落下した!


「うわぁぁぁぁぁぁっ……!!」


 間一髪のこと。現在、私の足元は煮えたぎる溶岩のそれである。高熱でグツグツと地面が沸騰しているのだ。頭上にあった長さ5cm、直径にして2cm程であるこの出っ張りがなければ……今頃、私は溶岩に沈んだ炭人形と化していたに違いない。とは言え、状況は絶望的だ。


「う、うわぁ……ごくりっ」


 足元は灼熱の溶岩。私の身体を宙に支えているのは、この右手人差し指と親指の力。それに天井にあった出っ張りだけなのである。このままでは、1日と持たずに生物的生理現象が限界を迎えてしまうだろう。


「ふははっはははは!! どうだ、これでも渡さないかあああああ!?」


 ぶら下がっている無防備な私に向けて、次々と火の玉が放たれる。余裕のない私はそれらを蹴撃にて1つ1つ叩き落とすことでどうにか凌ぐしかない……!


「くぅっ、な、なんてこと……しかし、ボムの助を渡したくは――――」


 極限の状況。ならず者の高笑いが聞こえる。煮えたぎる大地の熱が私の脚を暖め、血行が促進されていく……。


 このまま私は生理現象による自然消化を試みるしかないのであろうか? 半ば諦めの心境を抱きつつあったその時――私のボムの助が、“吼えた”。



 “ ワン――っ!!! ”



 洞窟の深部に響き渡ったボムの声。私はヤツが何を言っているのかは解らないが、何を言いたいのかは理解した。


「いけるのか、ボム!?」


「ペロペロペロペロ……」


「ようしっ!!」



 ――私とボムの助には秘密がある。それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“-神獣憑依-”と表記していた。



「はああああああああああッ!!!」


「ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ!」


 ボムの助の身体が光に包まれる。私を軽々と背に乗せられるほどに大きなその光が、私の拳ほどの大きさにまで圧縮されていく。


 ボムの光りが飛びあがると、それは天に吊り下がる私の胸へと吸い込まれるように消えた。これによって獣の光りは私の力となり、私とボムの助の力量が掛け算されて魂を肥大化させる!


「な、なんだそれは……っ!?」


 高笑いをしていたならず者は、我々の変貌を目の当たりにしてすっかり息を呑んでいた。


 溶岩の大地に足先を沈めつつも平然と浮かんでいる我々の姿。見とれていたのだろう。生命の輝きが合わさる、神秘の憑依に――。


「ならず者よ、ここまでだ。あなたはいくらか、やりすぎたのです……」


「く、くそうっ――!!」


 ボムを取り込んだ私の身体は、それそのものが恒星の如く輝き始める。

 目もくらむような輝きに、圧倒されたならず者は顔を抑えながらも抵抗を試みた。


「うぬぅぅぅうああああああッ!!!!!」


 ならず者は渾身の思いだったに違いない。まるで我々には及ばないが、その全身から青き炎を鳥のように沸き立たせ、稲妻の風に乗せて羽ばたかせた。それだけでテメロピトの英知は大部分が消し飛んでいく。


 だが……私とボムの助に対して。その程度では攻撃になど―――値しない。


 突き進む我々はショルダータックルで青き鳥を霧散させ、何事もないかのように振りかぶる!


「心配するな――帰り道に、“灯りは”必要ないッ!!」


 我々が繰り出したパンチ。それはならず者の胸元を捉えた。打ち上げられる様に飛びあがったならず者の身体は洞窟の天を砕き、分厚い土砂を貫いて遥か光の先へと吹き飛んでいく。開かれた洞窟の風穴から、夏の日差しが僅かに覗き見えていた……。


「ひっ――――ひぃぃぃぃぃいああああああああ・・・・・・!!!!!」


 ならず者の遠ざかる叫びを確認したことで、安心した私の脳が憑依状態を解除した。


 危機一髪……今、こうして呼吸できていることが信じられない。もし、私の隣にボムの助がいなかったら――それはあまり考えたくはない。


 私はボムの光りを頼りに、静寂となった洞窟を後にする。やれやれ、とんだ野暮用だったな……とボムに問うても、ヤツは何も答えない。変わらず荒い呼吸で浮遊するパンを追いかけまわしているだけである。



 洞窟を出ると、やたらと日差しが眩しく感じられた。思わず目を伏せる私に、樹木の上から声が掛けられる。


「――さっきの打ち上げ花火は、あなた達の仕業?」


 なんだこの声は。前振りの無い話しかけにムッとして見上げると、そこにはマリーの姿があった。


「あっ、あなたは……」


「ふふっ、いいわ。解ってるから……。一応、礼は言っておくわね。面倒事を勝手に片づけてくれて、ありがと」


「はぁ……はい?」


 呆気にとられている私を見下ろして、彼女は笑っていた。


 私の目が日差しに慣れきった頃には、彼女は既に樹木を渡ってどこかに姿をくらましていたらしい。その後、彼女が何処に行ったのかは解らない。


 私はその場でしばらく考えて、やっと合点がいく。


「ああ! 打ち上げ花火って、さっきのならず者のことか!」


 手を打ち鳴らして納得する私。その横でそこらの雑草を噛みちぎっているボムの助は、無言のままに“空腹”のプレッシャーを私に送っていた。



 まったく、とんだ道草だった。

 さてさて、次の目的地まで――あと何日かかることやら……。




~ボムの助と洞窟~ END



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