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ボムの助と私  作者: アマタキ
2/10

第2爆「ボムの助と街」

 ある日突然として、この世界の秩序は崩壊した――。三大魔王と呼ばれる方々は、その理解し難く抵抗しようのない圧倒的な力と法則によって、人類の惑星支配体制を一気に瓦解させてしまったのである。


 三大魔王の絶望感をどのように言い表せばよいのか解らないが……。例えば魔王の1体において、ミサイルはスナック菓子の代わりとなり、核の汚染はアロマセラピーに似た効能を与える結果となってしまった。それらの返礼として大陸が1つ、深い海底へと沈んでしまったことは「やりすぎ」と言わざるを得ない。おかげでその大陸の人々は、海中人として生きることになった。


 ガラハトーラの街は、前述のように度し難い魔王の一角、『パルテ魔竜王(=パルテドーザ)』によって支配されている。三大魔王の中で最も苛烈とされる彼による支配は、当然ながら人々に耐え難い苦痛を与えている――。


 私には不安があった。まったく初めてではないが、魔王の支配領域に足を踏み入れる時は、いつだって緊張が付きまとう。


「やぁ、それでも混雑しているね、大通りは……迷子になってくれるなよ、ボムの助?」


「フンフンフンフン……フシッ!」


 なんて奴だ。私の話を聞かないのはもういいのだが、あまつさえ人目も気にせず路の臭いを嗅いで回る有様には頭痛すら感じてしまう。どこまで卑しいのだ、こいつときたら。


「いいか、おしっこは3回までだからな?」


 一応は念を押すものの、きっと聞かないだろう。そんな調子で自分勝手なボムの助なので、私は迷子にならないように必死である。これではおちおち観光もできないではないか。


 歩き疲れた頃に、都合よくボムの助が排便の時を迎えたので、私は見守る様にベンチへと腰を降ろした。円形に並べられたベンチの内側には、巨木が生えている。ちょうどこれの影に入れて心地よい。


 何せ熱いのだ、このガラハの街は。赤道に近く、年中半袖で過ごしても問題ないだろう。実際に、道行く人々の服装は実に軽装である。


 ようやく落ち着いて周囲を見渡せば、至る所から活気のある声が聞こえてくる。それは商人達の声であり、主には露店商によるものである。


 ガラハの街は積極的な商業で知られている。「商売を行う」という行為そのものに重税が課される代わりに、収益に関する税が少ないので、商人達はともかく稼いで開業税を打ち消そうと頑張るのだ。だから、店舗を構えている者であっても、露店による小商売、宣伝を兼ねた営業を行うことが普通となる。付属店舗(露店)に出店税がかからないことも理由の一つだ。


「安いよ、安いよ~! パンが好きなら、絶対ココだよ~!」


「スパゲッティは好きかね? 試食はお1人小皿までだよ~、味が好みなら、奥にどうぞ~!」


「そこの人、ズボンが破れているよ~! どうだね、ここのジーンズは安いよ~!」


 飛び交う宣伝文句は、互いの音量を打ち消し合うように、それぞれがガラガラ声を構わず全力だ。「ガラハに歌上手は無い」というのは、この街の真っ当な商人がほとんど声を枯らしていることを皮肉った言葉である。


「そうだな、お腹が空いたかもしれないな……パンでも食べようか、ボムの助?」


「―――ッ、―――ッ!」


「・・・・・まだなのか」


 頑張っているボムの助はともかくとして、私はこの後食事をする店を選び始めた。人が多いので、混んでいる店が多い。ガラハ人とは違って、あんまり並ぶのは好きではないのだけど……。


「安いよ、これは絶対安いよ~! ほらほら、こんなに安い!」


 一際甲高い声が響いている。私はそれに気が付いて、思わず目線を送ってしまった。ガラガラ声に混じって甲高いくらいに高いので、耳によく入ってくるのだ。


 どうやらその店主は若い男性で、文句や振る舞いから新米の商人なのだと思われる。彼は炎天下にも汗を拭いながら、頑張っていた。ボムの助と同じである。


「さぁさ、安いよ! ほら、どうです? ここのお酒は、安いよぉ~!」


 どうやら彼は、酒を売っているらしい。不慣れにも景気よく声を張る彼は、もしかしたら旅商人なのかもしれない。本店舗を持たない流れの露天商の可能性が高い。理由はすぐに解った。


「安い、ほら、安い! 酒、酒、お酒が安いんだよ~!」


「……君、ちょっといいかね?」


「え!? あ、お酒! 買うかね!?」


「いや、本官は職務中だ……例えそうでなくとも、酒はいらんがね」


「あ、都市警備隊の人ですか……それは失礼――」


「失礼では済まない。君、ガラハは酒、煙草、コーヒー、ガムを許可していない。まして麻薬など絶対にダメだ」


「え?」


「来てもらおう。我々の尋問室は狭いが、良いだろう?」


「え、あ、ちょ、ちょっと! 商品を置いては……」


「来てもらおう。良いね?」


「ああっ、ああ~~~~~~~~」


 断末魔のように声をなびかせながら、若者は制服の人間に連れていかれた。若気の至りなのかもしれないが、それにしたって最低限知っておくべきこともある。ガラハを支配する者の趣味は、禁止事項の制定だ。承知しておこう。


 些末の観察を終えると、ボムの助はすっかり出し切ってくつろいでいた。私はヤツが排泄した金塊を抱えると、それをバッグに詰めた。まったく、場所をとって仕方がない。


「ボムよ、私はあすこのパン屋に入ろうと思うのだけど……」


「ハッ、ハッ、ハッ……フゥン」


「・・・・・いいんだな?」


 私はボムの尻を撫でてから、パン屋へと向かった。


 “パン屋”と言ったが、それはこの雑踏賑やかな中心街にあって、まるでベンチ周りの木陰の如く沈んだ場所にあるものだ。つまりは他の店と異なり、露店も出さずにひっそりとしている店なのである。


 他のパン屋と比べてもまるで質素な有り様に、失礼ながら「あれは並ばないで済むだろう」と私は考えた。それに、隠れた名店であるかもしれない。



 実際、さびれていた。通路の曲がった死角ということもあり、存在すら気が付かない人が多いのだろう。地元の人でなければ察知が難しい。私だって、探査魔法を使わなければ気が付かなかった可能性が高い――そんなパン屋である。



 店に入ると、案の定客は少なかった。いるにはいるが、数名がウロウロとトングをもってのんびり商品を選んでいた。


 店のカウンターには老人の女性が座っており、まるでうたた寝しているかのようにゆっくりと揺らいでいる。


「ムハッ! フンフンフンフンフン……!」


 やばい、と思う。ボムの助はパン屋に入ると、まるでエルドラドを見つけた探検家のように鼻息を荒くして目をぎらつかせた。私はさっさとヤツにエサを与えるために、迅速な購入商品の選択を行う必要に迫られた。


 さっさ、と。私はハムとチーズのサンドにバニラ風味のクロワッサン、それにリンゴ入りのパンケーキを選択してレジへと向かった。


 ボムが私の脚に攻撃を加えてくる。前足で叩いてくる。明らかに催促されて、私は「嫌なヤツだ」と思いつつ会計を急いだ。


 しかし、レジの老いた女性が反応しない。どうやらうたた寝から本寝に入っていたらしい。横斜めにかしがって、腰に悪そうだ。


「あの、もし――」


 バツが悪い気分で私が声を掛ける。だめだ、女性は微動だにしない。


「あのっ……もし!!」


 少し語気を強めると、ようやく女性は反応した。数秒の解釈時間を経て、彼女はニコニコとした顔で「あら、これは失礼しました」と私がカウンターに置いた商品を確認し始めた。


「申し訳ないね、寝ていたところを……」


「いやいや、いいのさ。それで、お会計は……?」


「ああ、カードで頼も――いや、これで頼む」


 私は鞄の中から金塊を取り出した。大体、このくらいだろうと当たりを付けて、一握り抉り取る。

“ゴンっ――”とカウンターに置かれた一握りの金塊を前にして、老いた女性は「あれまぁ、金だぁ!」と目を丸くした。


「これで足りるかな?」


 不安気に私が聞くと、老婆は取り出したルーペをしげしげと覗いた。それで納得したように頷くと、大事に抱えて店の奥へと消えていく。杖をついての危な気な歩行に、思わず私は「気を付けて」と声を掛けた。


 再びよろよろと姿を現した老婆は、カウンターのパンを紙袋に詰めて私に手渡した。


「お買い上げありがとうね。また、よろしくね」


「ああ、どうも……」


 私は意識半分に答えつつ、即座に紙袋を開いてパンの1つを手放す。床に落ちる前に、「待ってました!」とボムの助がパンに食らいつき、ムシャムシャとしはじめた。


「それでは――」


 私はムシャムシャしているボムの助を連れて、店の出口へと向かう。老いた女性に背を向けて、淡々と退店するつもりだ。


 粗野な食事に勤しむボムの助を「行儀が悪い」と叱るものの、ヤツはまるで意に介さないのだから、困りものである。



「――ちょっとお待ちなさい。あんた……その、横にあるのは……?」



 私は立ち止まる。それは、背後から老いた声が「お待ちなさい」と私を引き止めたからである。


「はい、なんでしょう?」


 なんとはなしに、私は振り返った。早くパンを食べたい気持ちはあるが、無視して出て行くのも悪いかな、と考えたのである。


 女性はレジカウンター奥に座ったまま、私のボムの助を指差している。


「あんた、もしかして……それって、あの伝説の……“ボムの助”じゃないかえ!?」


「はい???」


「いや、間違いねぇ! そいつは――そいつは『伝説の霊剣、ボムの助』に間違いないッ!!」


 老婆は突然にそのようなことを口走る。私はまったくもって疑問符を浮かべるしかない。


「そうなのかい、ボムの助??」


「ヘッ、ヘッ、ヘッ……フシュン!」


「・・・・・くしゃみしたな」


「いいや、まったくもって、事実だね!! ワシの眼鏡に、狂いはないよ!!!」


 座っていた老婆は立ち上がり、片足をレジカウンターに乗せて遠距離からルーペを熱心に覗いている。


「はぁ……まぁ、それで……それが?」


「そいつを寄越しな!!! そいつはワシのもんだ!!!」


「? ・・・・・ええっ!?」


 いきなりのことだった。老婆は杖を2、3度虚空で回転させると、中から刃を引き抜いたのである。どうやら彼女にとって、杖は刀の鞘だったらしい。


 ならず者と化した老婆はカウンターを飛び越えてじりじりと詰め寄ってくる!


 飛び越えたカウンターには、会計を待つ客が並び始めている!


「な、なにを!?」


「渡しなさい!! 霊剣を手に入れ、力を得るのは――このワシだッッッ!!!」


 決意を表し、意見を曲げないと頑なとなった証。ならず者は刃の先を私に向けて、脅迫してきた。


「だ、だめだ! ボムの助は渡せない……!」


「そうかぃ、なら――死ねィィィィッ!!!」


「う――うわぁぁぁぁぁぁあ!!」


 ならず者は片足を患っているらしい。そのせいか、片足で“ケンケン”するように小刻みに跳んで高速の左右移動を繰り返している。


 一見してリズミカルな動きに、僅かな変動を付けながら――ならず者が襲い掛かってくる!


 杖に仕込まれていただけあって、細身の刃が揺らぐ軌道で振るわれる。到底老いたとは思えない速度で、金属の商品棚を切り裂く。


「ひ、ひぇぇぇ!」


 そんな切れ味のものを受け止める手段など、私にはない。容赦なく行われる追撃の刃を、白羽取りで止めるのがやっとである。


「や、やめてくれ!」


 私はならず者の腕を蹴り上げた。衝撃によって彼女の手を離れた刃が、垂直に飛んで天井に突き刺さる。


「ぐえっっへへへ……! やめるものか! 霊剣はワシが頂くのだぁ~~!!」


 刃を失ったならず者は、片手を地に着き、コマのように回転して健常な片脚を振り回した。


「うわぁっ!」


 こうなってしまっては、私にできることなどタイミングを読んで跳び、脚を避けることくらいである。しかし、このままでは――。


「ほらほらぁっ! 諦めてそいつを譲っちまいなぁ!!!」


 ならず者は回転の遠心力を利用して、腕で跳躍。空中で反転して私の首元目掛けて噛みつこうと跳び掛かった。


 凄まじい恐怖。私は彼女の頭部を片手で掴み、地面に叩き付けることで難を逃れた。しかし、こんなギリギリの回避を続けていては……いずれ、攻撃が掠ってしまう可能性が僅かにある。


「――ぐっ、ぐへっへ……あきらめんぞぉ~~~!」


「くそっ、どうすれば!!」


 私は足にしがみつこうとしたならず者の腕を掴み、引き上げて放り投げることで彼女をカウンター奥の椅子へと送り返した。


 極限の危機の中――私のボムの助が、“吼えた”。



 “ ワン――っ!!! ”



 店内に響き渡ったボムの声。私はヤツが何を言っているのかは解らないが、何を言いたいのかは理解した。


「いけるのか、ボム!?」


「ヘッヘッヘッヘッ……」


「ようしっ!!」


 ――私とボムの助には秘密がある。


 それは私達の隠された信頼関係による連携技……動物図鑑ではこれを、“神獣装甲”と表記していた。


「はああああああああああッ!!!」


「ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ!」



 現在、私とボムの助と同等の信頼関係を持つコンビはこの世界に存在しないと言われている。


 獣骨の戦士と呼ばれる我々は、私がボムの助を装備することによって、その真の力を顕わにするのである。この形態の私達を、魔王達は恐れて血眼に探しているらしい……。


「な、なんだそれは……っ!?」


 椅子に腰かける形でうめいていたならず者は、思わず息を呑んでいる。無理もないだろう。僅か50cmに満たないボムの助を私が纏ったのだ。物理法則では測れない奇跡が、ここにある。


「ならず者よ、そこまでして私とボムの助の仲を裂こうと言うのならば――容赦はしないっ!!!」


「く、くそうっ――!!」


 ならず者は再度跳びあがった。そして天井に突き刺さった刀を掴み、空中で全身を回転させて我々に斬りかかってくる。


 だが……私とボムの助にっ――そのような攻撃など―――ッ!!


「吹き飛んでいけ! ――ビンタだッ!!!」


「うっ――――うおぉぉぉぉぉあああああああああ!!!!!!!!」


 我々が繰り出したビンタ。それは回転して迫っていたならず者の刃を弾き割り、貫通してならず者の身体を撃った。



 魔王も恐れる一撃。我々の手のひらがならず者の顔面を捉え、それを身体ごと弾き飛ばした。



 店舗の屋根を突き破って飛び出したならず者は、どこか大空の彼方へと消えていく……。ならず者の遠ざかる叫びを確認したことで、安心した私の脳が装甲状態を解除した。


 まったくもって、危ないところだった。もし、ボムの助が私の隣にいなければ……そう考えると、怖気が奔る。


 ふと、静寂となった店内を見ると……レジに並ぶ客の姿がある。彼らは苛立つようにカウンターの台をノックしていた。


 もう、ここに店主はいない。そして、その店主をどこかに吹き飛ばしたのは……私とボムの助だ。しかし、ボムの助はどこ吹く風でまったく無関心。私の手から奪い取った紙袋の中身を貪るのに夢中だ。



 仕方がないのだろう。私は、渋々にカウンター奥の席に座ると、並んでいる客たちの会計を済ませるはめになった。


 まったく、そんな私の心境など知らないもので。ボムの助は満腹の腹を晒して仰向けに眠っている。



 さてさて、いつになったら私は、落ち着いて食事にありつけるのであろうか……?





~ボムの助と街~ END



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