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ボムの助と私  作者: アマタキ
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第1爆「ボムの助と丘」

 私とボムの助の馴れ初めは、ペットショップのショーウインドウ越しの出来事だった。


 あまりの出来事に、その時私は言葉を失っていたのだろう。つまり、偶然街中で通りかかったペットショップのウインドウ内にて、ヤツは自分の前足をペロペロと舐めていたのである!


 ……ショックだった。


「自分の足を舐めるバカがあるかッ!!」


 激昂した私はすぐサマ店内へと乗り込み、財布から取り出した一万円札を15枚、丁重にしてレジカウンターに並べた。


 かくして私はボムの助をショップから連れ去り、公園や川端などをへとへとになるまで歩き尽した後に家路に着いたのである。それはもう、今から4、5年は昔の思い出であろう。


 ちなみに、世間一般で言われる“全世界大壊滅ショック(=全壊ショック)”が巻き起こったのは、私とボムのファースト・コンタクトからそれほど経たずしてである。


 ~件の全壊ショックによってこの惑星に形成されていた人類の社会秩序は崩壊した。それに呼応するようにして大地は荒れ狂い、大海は盛り上がり、大空は雨を降らした……。

 全てはその日突然に。世界へと“支配布告”を行い、偶然の一致に迷惑そうな有様で争い始めた『三大魔王』の責任である~


 今の世界は人間にとって住み難いものだ。到底過去の先進先鋭な生活など幻想で、生き残った人類は世界に蔓延る“ならず者”に怯えて生きることを余儀なくされている。


 かく言う私とボムの助も例外ではなく。あの日以来、定住の地を失った私とボムの助は今日も放浪の生活を運命によって余儀なく強いられ、預金通帳に残されたほんの数億ドルの貯蓄を頼りにするしかない有様である。


 私とボムの助に心からの平穏な時間など、もう訪れないのであろうか……?


「なぁ、ボムの助よ。私達はこれからも、こんな砂と蟻に迷惑する日々を送るのであろうかね?」


「へっへっへっ……フスンッ!」


「・・・・・・」


 ボムの助は、私の問いに答えてはくれない。


 ヤツは今、私が不注意に置いたランチバックからサンドウィッチを取り出し、貪ることに夢中なのである。前の脚と牙を用いて、ヤツは器用に私の分まで喰らいつくそうとしている。そうなっては堪らないので、私は自分の分を取り出して胸に抱えた。貪欲なボムは、私の行為を快くは思わないだろう。卑しいヤツだ、まったくに。


 ……ここはかつて、人間の開発が進んでいた丘の上である。見下ろす限りに住宅地が並んでいたらしいが、今は景色にその痕跡は見いだせない。所々が禿げ上がった草原に、野生のバッファローがうろつく様子が望んで見える。


 まるで周囲に人の気配がない。自然と野生のみで構成された環境に「寂しさ」を感じる私は、おそらく文明とやらに馴れ合い過ぎていた。隣で満足気な様で仰向けに寝そべっているボムには「寂しさ」などないだろう。その方がよほど生物として自然なものであると、皮肉にも社会が崩壊したことによって私は気が付くことができたのである。


 その時、私はふと、聴覚に察知した。


「―――へっへっへっ、へ!」


 なんであろうか、ボムの助の息遣いであろうか?


 いや、それは異なる。犬のような粗野な感性ではあるものの、それは“人間”が発したものであろう。“笑い声”なのだ。


 私は振り返る。すると、そこに3名の姿を並んで認識することができた。ここでは仮に、右からA、B、Cとシリアルコードを割り振ることにする。警戒して、私は抱えているサンドウィッチを空になったランチバックの中に隠した。


「よぉよぉ、無駄だぜ? よぉっく、見えちまっていたんだぜぇ??」


 Aが私を指差し、次いでランチバックを示した。どうやら、こいつらの目的はやっぱり、私の食糧らしい。


「な、なにがですか?」


 解ってはいるが、それでも私はしらばっくれる。私の脳内には「マズい、キケン!」と、警告の音声とサイレンがけたたましい。


 すると、見るからに我慢が利かなそうなBが一歩踏み出した。


「なにがじゃねぇだろう!? ほら、良く見ろ! 俺達は腹が減ってんだよ! そいつを寄越せ!!!」


 Bが怒鳴りつけてくる。しかし、見た目で人の空腹満腹を見抜くことは難しいのではないだろうか? それは、腹を抱えてうずくまっていたり、痩せ細っていれば解るが……健康そうな顔色でズカズカ歩き、筋肉ミチミチに張り裂けそうなタンクトップを見て「見抜け!」というのは、あまりにも酷ではないだろうか?


 まぁ、そんな道理は通用しない。“こいつら”には、通用しないのだ。


「おい、さっさとそいつを寄越しちまった方がいいぜ? さもなくば……」


 Cは静かな凪の海面が如く、大人しい声色である。しかしそれは嵐を前にした自然の獰猛さを感じさせるものであり、私の選択如何によっては「非理性的対処も止む無し」といった心構えが丸出しに近い。


 そうなのだ。こいつら……“ならず者”というものは、決まってこのように横暴で、突然で、蔓延的なのである。


 今や、“あの日”以来に。ならず者は世界中のあらゆる場所に出没、生息しており、それは人里でも例外ではない。果てはこのような自然豊かな丘だろうが、孤島であろうが、海上であろうが、地中であろうが、天界であろうが……どのような場所で出くわしても不思議ではないほどに、ならず者はこの世界に跋扈してしまっている。人類よりも多いのではないかと、多くの学者も私の研究を支持した発表を行っている。


 理性的で人間的な存在であるほど、ならず者には格好の餌食となる。何せ、奴らは手段を択ばないのだから。同じゲームをプレイして、片やルールを律儀に守り、片やルールを無視してバグやチートも辞さないのでは、勝負にならない。そして、私はこれの前者であり、現在私の前に迫っている3名は当然のように後者であろう。


「どうした? 固まっちまって?」


「へっへっへ、恐いのだろう? それでも物欲が強いか?」


「おら、こいつでどうだ。悔しかろう、だが、諦めな?」


 ABCと揃って私を煽ってきやがる。腹は立つが、この貧弱な一人間である私ではどうにも、対抗はできない。例え一対一でも、無理だ。


 Cは懐から取り出した千円札を私に突き付けてきた。どうやら、それと引き換えに私のサンドウィッチを寄越せということなのだろう。あまりにも常識がズレている。そんな端金はそこらの小石と同等に過ぎない。


 だが、前述のように……そういうものなのである。ならず者という存在は人間の暗黒を凝縮したようなどうにもならない不条理と思うしかない。


 絶体絶命。私のサンドウィッチは、このまま成り行きに任せれば彼らABCの胃袋に収まってしまうだろう。


 遂にはAとBも千円札を取り出し、3人揃って札で私の頬をペシペシはたき始めた。耐えられない、このままでは、奴らの購入行為を許してしまう。ああ、なんと無力な人間か……社会の繋がりなき、後ろ盾を持たない人類の弱さとは到底惑星の支配者に足るとは思えないではないか。


 のど元まで出かかった「ご購入、有り難う御座います」の声――例えば私が1人なら、それは発声によって実現されていたはずである。



 ところが思うに……私は、1人ではない。

 いつだってそうだ。私の傍らには――尻を舐めてくつろぐ、ヤツの姿がある!



「ぼ、ボムの助―――!!」


「ペロペロペロ……フシュっ!?」


 ランチバックから取り出したサンドウィッチ。それが空中に放られた。

 放ったのは私である。私はフリスビーのように、サンドウィッチを回転させ、大空へと解き放った。


「ああっ、なんてことをしやがる……!」


 ならず者の誰かが叫んだ。哀れにも、このままではおそらく先の草原に落下し、バッファローによって食べられてしまうであろうサンドウィッチの行方に悲観した。


 その時、その場の誰もが空中のサンドウィッチを見上げていた。しかし、最も真剣であったのは……この中で最も貪欲で、最も卑しく、最も素早い生物である。


「アフンッ!!」


 ボムの助が吼えた。ヤツは機敏に起き上がり、すぐ様の追走劇を開始する。


 丘を下る様に駆けるヤツの速度は見る見る加速され、四本の脚が駆動する車両のように回転する。そして大空のサンドウィッチを目指すべく、ヤツはその背に折りたたまれていた“二対の翼”を広げた。


 加速から得た速度に、翼の羽ばたきによる推進力を加算する。ふわりと、ボムの助の身体が浮き上がり、余勢のままに空回る脚が暴れている。


 同時に、私も駆けだしていた。ベルトを外したズボンがずり下がりそうで、苦心しながらも、私は駆けていた。私が愛用する靴の底はゴム製で、摩擦によって溶けたそれの香りをこの豊かな自然に残すことは心苦しい。禿げた砂地で飛び散った火花が、どうか草原に引火しないようにと祈りを捧げよう。


――進路上にバッファローが佇んでいる。草を食んで、間抜けな面で虚空を眺めている――


 一瞬の判断だった。私は飛び上がり、バッファローの背を踏み台としてさらなる飛翔を試みる。まだ届かない。空を飛ぶボムの助まで、あと少しだというのに……!


 滞空する私は手にしたベルトをなびかせ、渾身に腕を振り抜いた。それはボムの助の胴体に絡みついて、しっかりと固定された。どうやら私はヤツの身体にぶら下がることに成功したらしい。


 そんな私の苦労などまったく意に介さず。ボムの助のヤツは夢中に空を駆け、しっかりとサンドウィッチを咥えてモグモグとしてしまったらしい。呑気なものである。


「ボムの助、そのまま真っ直ぐ――ここを離れよう」


 一声掛けてから、私は眼下を見る。そこには所々が禿げた草原が広がり、草を食むバッファローの一団が散見される。踏み台にしたバッファローは、踏み台にされたことすら気が付いていないようで、変わらず食事を続けていた。


 盛り上がった丘の上には、私達を見上げている不動の3人の姿がある。危ないところだった。もし、ボムの助がいなかったら……そう考えると、背筋が寒くもなるというもの。


「サンキュウ、ボム。よくやったよ」


 私はボムの助に労いの言葉を贈ったが、返ってくるのは「へっへっへっ」とした息遣いのみ。やれやれ――しかし、どこか適当に着陸したら……頭でも撫でてやろうかな。


 さて、ところで……。ボムの助は当然として真っ直ぐになど進んではくれない。どこで着陸するつもりなのかも解らない。


 一体、私達は次に、どのような場所に姿を現すことになるのだろうか?


 それはボムの助にも、この大空の風ですら知らない先の話である――――。




~ボムの助と丘~ END



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