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他者視点 従者による考察(リュート)

リュッセライト王国の第一王子、アルフレッド・リュッセライトを一言でいうなら完璧、だろうか。


王子の外見は、まるで神が手ずから造り給うたかのような完璧な美貌。雪のように白く、シミ一つ無い滑らかな肌。弱冠十歳にして、その頭脳は宰相すらうならせるほど。武術はといえば、各騎士団団長たちとさえ互角にやり合えるほど。しかも武器は選ばないとか。さらには芸術性にもたけており、王子の描いた絵を見た高名な絵師は自らの才能の無さに絶望して筆を折ってしまったとか。どんな楽器も一週間も練習すれば完璧に弾きこなし、すべての聴衆を魅了する。まるで芸術の神に愛されているかのごとくに。


とにかく、一言で表すなら完璧。できないことはないのではないかと思えるほどに、完璧な王子なのだ。教師連中も本の二週間ほどですべて王子に吸収されつくし、さらには専門的すぎる質問を山のように投げかけられて、みな自信をなくして去っていったらしい。恐るべし。


そんな王子は、常に無表情である。あまり表情筋を動かすのが得意ではないようだ。まあ、幼いころからその美貌に周りの人々は卒倒するか顔を赤らめてうつむくか、もしくは目をそらして直視しないかだったらしく、笑いかけられたこともあまりないようだから、それも仕方のないことかもしれない。


しかし王子本人ははっきり言って自分のことを過小評価しすぎている。自分のことにはあまり興味がなく、とことん鈍感だ。先日など、


「別にみられないほど醜悪な顔じゃないと思うんだけどなあ。やっぱり俺が後ろ盾も何もない名ばかりの第一王子だからみんな避けるのかな?」


とか馬鹿なことを言っていた。いやいや、貴方が美しすぎるからですよ。





と、まあ、ここまでつらつらと王子のことを語ってきた俺は、リュートという。今でこそ第一王子の専属従者とかたいそうな仕事にありついている俺であるが、実はつい先日まで王都のゴミ溜めとまで言われているスラム街の出身だ。


俺の母は場末の娼婦で、幼い弟妹が四人もいる。母は体を壊して時折もらう縫い仕事をこなすのが精いっぱい、弟妹は幼すぎて日雇いの力仕事はとても雇ってもらえないので、道端や、ごみの中から鉄くずなどをあさって売り払うので精いっぱい。まともに働けるのは俺だけであるが、俺だってまだ十四歳。港の日雇いの仕事をこなすのでいっぱいいっぱいだった。


つまりは明日、食べるものにも事欠いていたような生活ではあるが、スラムには俺みたいなやつはごろごろいる。今日は生きていても、明日生きているかどうかは明日になってみないと分からないのだ。それでも俺はまだましな方だ。スラムには生まれてすぐに死んでしまう子供や、身寄りもなく自分で自分の体を切り売りして死んでいく子供もたくさんいる。俺には守るべき家族も、いざというときには守ってくれる母親もいたのだから。


それに俺は少し変わった【ギフト】を二つも持っていたので、他の子供よりも少しいい給金で何とか日雇いの仕事を貰うことができていたのだ。だからこそこれまで家族を食べさせてこれた。


だが、それももう限界に近付いていた。特に俺が攫われる前の一週間くらいは、一日二食、薄いスープに欠片ほどのパン、というので精いっぱいだったのだ。妹など、女の子なのに、丸みも脂肪もほとんどなくなっていた。


このままでは一家心中か、と思い悩んでいた時に、俺は人さらいにさらわれてしまった。


俺は攫われて考えた。


二日、最悪五日くらいまでなら母親が弟妹達を守ってくれるはずだ。だったら俺は、さらわれてきた他の子どもたちを吟味し、金のありそうな子供と交渉して、仕事にありつけないものだろうか。無理なら当面の食費だけでも確保できればいい。俺の【ギフト】を使えばここから逃げることくらいは簡単なことだし、多少でも金が手に入れば万々歳だ。


だめかもしれないが、やらないよりはましだろう。


結果として俺は賭けに勝った。


俺が捕まって四日目、そろそろ脱出しなくてはならない、と思ってじれていたところで攫われてきた子供。彼と交渉した俺は、なんと、住むところも、仕事も、当面の生活費もすべてを手に入れた。しかも家族も雇ってくれるという。俺は幸運だったのだと思う。


その時出会ったのが誰あろう、この国の第一王子アルフレッド様だったのだ。


人さらいの事件の後、俺は一月ほど近衛騎士、グレイ様のお屋敷で研修と教育を受け、正式にアルフレッド殿下の専属従者となった。


本来従者とは身元のしっかりした貴族の子弟でなくてはならないのだが、王子が珍しくもにっこり微笑まれて「お願い」をすれば、逆らえるものなどいやしない。


俺を従者にしたいといった王子に、最初はスラム育ち、というので渋っていたはずの鋼鉄の心を持つと噂の侍従長も、国王陛下ですら一目置くという女官長すら、年に一度、出るかどうかという王子の笑顔に二つ返事でうなずいていた。当然国王陛下も王妃様も宰相様もいなというわけもない。珍しい王子のわがままだから、とデレデレした顔であっという間に許可証にサインしてしまった。


愛されてますね、王子。


ちなみに俺が儒者になる前に、特例で参加させていただいた狩りパーティーでは、主催者たる第一王子アルフレッド様がとても張り切って準備したらしく、トラブルもなく、むしろ遠巻きながら貴族のご子息様方のあこがれと尊敬の視線を一身に集められていた。はっきり言って誰も第二王子様など眼中になく、どう見ても「熱く第一王子様の素晴らしさを語りまくる会」になっていた。そして、第二王子さまは嫉妬していらっしゃるんじゃないかと思えば、彼こそ誰よりも、じっとアルフレッド様を見ていたのだ。


俺はてっきり、第二王子さまはアルフレッド殿下がお嫌いなのではないかと思っていたのだが、何のことはない、第二王子さまは誰よりもアルフレッド様に傾倒していらっしゃった。第二王子さまは、兄君が好きすぎると思う。誰にでも愛想よく、学術にも武術にも秀でていらっしゃる弟殿下だが、何もかも、すべてはいずれ国王となられるアルフレッド殿下を全力で支えるためなのだとか。第二王子さまは、決して兄君を傷つけるものを許さない。もし、第二王子様を担ごうとするものが出てきたら、第二王子さまは全力でその勢力をつぶすだろう。


ちなみに、王妃様もアルフレッド殿下が好きすぎる。既に今の時点で、アルフレッド様を排除しようとしていた勢力は王妃様が全力でこっそり裏から叩き潰してきたのだと、グレイ様が教えてくれた。もちろん第二王子様に取り入って、あわよくば第二王子様を国王に、とか進言したものもすべてだ。


もちろん、国王陛下とて例外ではない。とにかく第一王子様の願いは先回りして何でもかなえようとし、結果、王子の私室は高級品であふれかえっている。そのうえ、今回のようにめったにないお願い攻撃をされた日には、否ということなどありえないと断言できる。まったく後ろ盾などなくても、アルフレッド様が廃嫡などされる日はまず、来ないだろう。


一体なぜ、アルフレッド殿下はご自分が嫌われているなどと思い込んでいるのだろうか。非常に謎である。


そんな王子のエピソードを、いくつか語ってみよう。


ある日のこと。


王子を起こしに朝部屋へ行くと、王子はすでに起きていた。というより徹夜をしたようだ。たとえ、目の下に見事なクマが出来上がっていたとしても、その神々しい美貌には全く影響しない。


「王子、徹夜したんですか?」


今日は婚約者である伯爵令嬢に、お茶会に招かれているというのに。


王子に徹夜の理由を聞くと、なんともはや呆れたことに、婚約者のご令嬢に恥をかかせないように、いろいろ研究していたのだという。大事なことなので何度も繰り返すが、徹夜で。非常に残念である。むしろぐっすり睡眠をとって陰りないその美貌で一度でも微笑んで見せたら、おそらく招待客は一人残らず失神するだろう。それだけで万事うまく事は運ぶのでは?


そもそも王子を見た人々のほぼ九割はアルフレッド殿下にメロメロですよ、と思ったが、俺はただそうですか、とうなずいて着替えを手伝うことにしたのであった。なんか残念な方向にずれてるんだよな、この王子様。はたで見ている分にはなかなか面白いので、まあいいか、と思っている俺も俺だが。


さらにまた別の日。


朝から王子の幼馴染であり、専属の近衛騎士グレイ様が王子の部屋に侍従長や女官長、騎士団長や宰相閣下、果ては王妃様や国王陛下など、王子に用件があり、訪ねてきそうな人物は一人残らず根回しをして、今日は王子の部屋には近寄らないようにしていた。その手際の良さはさすがといえる。


そこまでして、一体何をするのかと思えば、説教だった。


どうやら先日一人でこっそり外出したことがなぜかばれてしまったらしい。一日中こんこんとお説教されていた。世界広しといえども、アルフレッド殿下にお説教できるのは、おそらくグレイ様ただ一人であろう。


もちろん見なかったことにした。ちなみに王子が解放されたのはすでに夕闇が迫るころだった。合掌。


さらにまた別の日。


魔道具屋が王子のもとにやってきた。どうやら新しい魔道具の作成依頼らしい。専門用語がたっぷりに、俺にはさっぱりわからない会話が繰り広げられている。


やがて、王子が見本を作るといってあっさり依頼通りの品を、本の一時間ほどで完成させたのを、魔道具屋が顎が外れそうなほどぽかんと口を開けてみていた。


帰り際、魔道具屋がポツリと漏らした。


「まったく、王子さまは非常識にもほどがありますな」


ホントですね。思わず同意を示した俺だった。


宰相閣下が体調を崩して一日寝込んでしまったときには、宰相閣下の執務机に山積みにされていた異常なまでの量の書類を、本の一時間ほどで王子が処理してしまった。それも後日確認した宰相閣下をうならせるほど的確に。


翌日でてきた宰相閣下はすべてを知ると、ポツリと漏らした。


「私、本当に必要ですかね?というより、王子さまは本当に十歳なんですかね?」


ちょっぴり涙目だった。


国王陛下が隣国との交渉がうまくいかないと、憔悴しきっていた時にはたった三時間の交渉でうまく事を収めてしまった。このままでは戦争も辞さない、と息巻いていた隣国だったが、なぜか我が国に非常に有利な条件で納得、調印し、使者は上機嫌で隣国へと帰っていった。


国王陛下は唖然として、がっくりと肩を落としていたのが印象的であった。


「ワシ、外交に向いてないんかの」


諸外国からは賢王とたたえられ、外交の達人とまで言われた陛下は、見る影もなかった。ムリもないけど。


とある宮廷画家が開いた個展では、慣例とやらで、王子、王女様方がご自分の書かれた絵を宮廷画家に贈る、というものがあった。絵を送られた宮廷画家は、アルフレッド様の絵を見て、自分の才能の乏しさに絶望し、筆を折ってしまった。


「私の絵など、アルフレッド様の描いたものの足元にも及ばない。王子さまは芸術の神のおひざ元まで到達されておられる!」


だそうだ。その後残っていた絵は「こんなものは子供の落書きにも等しい!」と叫びながらすべて燃やしてしまったのだとか。不憫。


このように、人々の心を折りまくる王子はしかし、なぜか皆に愛されている。溺愛といっても過言ではないだろう。だがなぜか本人は全くと言っていいほど気づいていない。


そんな、天然かつある意味ちょっぴりおバカな愛すべき王子のとりこになってしまった俺なのだった。





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