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王子と孤児の少年 4

先ほどの部屋での話によると、リュートがこの屋敷に囚われて、すでに四日は経っているという。その間出された食事はといえば、一日二回水のように薄いスープと、パンがひとかけら。それでもリュートが攫われる前と大して変わらない食事なのだというから、彼が痩せこけているのもうなずける。


ともあれ、この四日の間にリュートが盗み聞いたことと、目にした人物から推測するに、どうやら今あの部屋で密談をしている六人以外は特に仲間はいないようだ。あとは名前もわからないが、身分がありそうな黒幕がついているらしい。


姿かたちは俺の魔道具でばっちり映像に残しているが、しかし。今とらえた方が絶対楽だよな?もし騎士団に知らせに行っている間に逃げられでもしたら、悔やんでも悔やみきれないぞ。何せ七日後には大事な弟のためのパーティーがあるのだから。


「よし、捕まえよう」


「……って、ちょっと待てい!」


「どうした?」


ベン、と後頭部をはたかれて俺は前のめりになりつつリュートを振り返る。たいして力は入っていなかったが、不意を突かれた。まあ、王子の俺の頭をはたくなんて、グレイ以来だ。なかなか貴重な体験といえるだろう。


「どうしたもこうしたも、あんた馬鹿か」


「失礼な」


馬鹿かもしれないが、面と向かって言われたのは初めてである。


「いや、バカ以外考えられないだろう。よく考えてみろ。俺ははっきり言ってケンカ以外したことはない。あと、ケンカも弱い」


え、それは意外。てっきりケンカは強いのかと思った。だがよくよく考えてみれば、確実に栄養失調のこの体では確かにケンカにも勝てないだろう。そもそもそこまで体力がなさそうである。


「あとは戦力といえば十歳のお前だけだ。対して向こうは大の大人が六人もいて、しかもその半分は【ギフト】持ちだ。そのうえ全員魔法も使えるときている。間違いなくあっという間に捕まってさっきの部屋に逆戻りだ。しかも次に捕まったら監視を厳しくされるぞ」


「だろうな。それに今日中に売り払われるだろう」


「分かってるなら……!」


イライラした様子で、さっさと逃げるぞ、というリュートを無視して、俺はさっさと隠れていた場所を出る。もちろん『遠視くん六号』も忘れずに回収だ。これ作るの大変だったんだよなあ。


「おい、待てよ!」


声大きいわ!


だがまあいい。俺はフード付きマントの隠しにある魔道具の感触を確かめると、一人ニマニマと笑う。もちろん、俺だとて何の勝算もなく犯罪者に挑むほど馬鹿ではない。しかも相手は詳細の不明な【ギフト】持ちだ。だが、このいくつかのお手製魔道具があればなんとかなるだろう。


リュートの顔色は青を通り越してすでに白い。彼としては、見込みのありそうな貴族の子どもがやってきたら、ちょっと話を持ち掛けて逃がしてやり、最悪ボンボンの小遣い程度でも手に入ればいい、というところだったのだろう。六人もの犯罪者に立ち向かうなど、想定外もいいところに違いない。だがしかし、俺はそんなに甘くはない。これから俺の下で働いてもらうのだ。今後のためにもこういう事態にも慣れてほしいものである。


こんな奴らをうっかり取り逃がしたらどうするんだ。俺の大事な弟、ひいては俺の将来の夢が脅かされているのだ。今、ここで、完膚なきまでに叩きのめし、一人残らず騎士団に引き渡さなくてはならない。それに黒幕も捕まえなければ。


逃げよう、と必死に促し、俺が無視を決め込んでいると一人逃げようとしたリュートを逆にひっつかんで関節を決める。


「痛い痛い、痛い!」


「近い将来の雇い主を見捨てて逃げようとはいい度胸だな?」


「うるさいわ!俺は自分の命が大事なんだよ!」


「俺だって自分の命が大事だぞ。まあ、見ていろ。あんな奴らあっという間に一網打尽にしてやるさ」


さくさくリュートを引きずって、六人が密談している部屋の前まで来ると、フード付きマントの隠しから取り出した攻撃用魔道具を部屋の中にさっと投げ込むと、扉を閉める。しかしこの扉、魔法どころか鍵もかかっていなかったぞ?本当に世間を騒がしている犯罪者たちなのか疑うところだな。犯罪者の自覚が足りないのにもほどがある。


俺お手製の魔道具は実にいい仕事をしてくれた。『遠視くん六号』により、扉の外、少し離れたところで観察していると、魔道具が白い煙をまき散らしつつ室内に催眠の魔法を充満させる。煙のおかげで視界も利かず、なすすべもなく眠らされていく馬鹿ども。何が起こったのかすら理解してはいいまい。のぞき見している間に俺とリュートは抜かりなく中和剤を飲んでおく。扉があいたときに間違って煙を吸い込んでしまえば俺たちも眠ってしまうからな。


しかし煙がひどすぎて中が良く見えないうえに、どうも二人ほど眠りを免れたようだ。これは改良の余地ありだな。帰ったらまた研究しなおそう。


思わず頭の中で魔道具の改良個所を確認していると、中から二人、転がり出てくる。


出てきたのは、スキンヘッドの男と、赤い髪の女だ。この二人、いったいどうして催眠の魔法を免れたのか。レジスト系の魔道具か、それとも状態異常に耐性があるのか。どちらにしても油断できないのは確かだし、思ったよりもハイスペックのようだ。本当に犯罪者にしておくには惜しい人材である。


だがしかし!犯罪者に情けは無用である。


部屋から出てきて、事態を把握し切れていない二人に俺は容赦なく次の魔道具を投げつけた。


いくら俺が子供だからって本当、なめすぎだな。このフード付きマントさえ取られてしまっていれば、さすがにここまであっさりと六人を相手取ることはできなかっただろう。所詮は十歳の子供だからね。犯罪者たるもの捕らえた相手の装備くらい確認しておけよ。やっぱりバカだな。うん、部下にはいらないかも。詰めが甘すぎる。


スキンヘッドの男と、赤い髪の女はなげつけられたそれに対して即座に身構えた。その反応の速さは称賛に値する。


だが、二人は身構えただけで微動だにしない。


「どうなってんだ、一体」


その光景を見ていたリュートが、唖然としてつぶやく。


そう、二人は本当に固まっていたのである。比喩でもなんでもなく。おそらくは指一本自分の意志では動かせないだろう。


「フフフフ。これぞつい最近開発に成功した魔道具『固まりくん八号』だ!どうだ、すごいだろう」


八号の由来は……言わなくてももちろんわかってもらえるだろうから説明は省かせてもらうが。


「どっちが悪役だよ!ってかネーミングセンスねえな、おい」


「ん?ナイスな名前だろ?」


分かりやすく覚えやすい。これ以上の名前はないだろう。魔道具屋にもこれを言ったときはなんだかものすごく微妙な顔をされたものだが。そう、まさに今のリュートのような。失礼な。


「いや、うん、まあどうでもいいか、名前なんて。それよりこれはいったいどうなってんだ?」


俺特製魔道具のことを聞かれたならば、もちろん答えないわけにはいくまいよ。どんどん聞いてくれ、わからないところがなくなるまで質問には答えよう。いくらでも聞いてくれたまえ。


「『固まりくん』は、発動させた状態のそれを視認すると、瞬時に体が固まり、指一本動かせなくなる、という代物だ。一見便利そうではあるが、発動にはいろいろと条件があって、実際のところ使い勝手がいいかと言われるとそうでもない」


ちなみに俺とリュートがあれを見てなんともないのは、先ほど飲んだ万能中和剤のおかげである。なかなかお役立ちな中和剤なのだ。


さらに滔々とうんちくを語りそうになったが、いまだ驚きから抜け切れていないリュートに止められたので、またの機会に語ってやるとしよう。確かに今日のところはさっさとこいつらを騎士団に引き渡さないといけないからな!






リュートに手伝わせて、さくさく賊を縛っていく。港で日雇いのアルバイトをしていたというリュートは縄を縛る手際が非常にいい。俺の倍の速さで賊を次々絡めていく。


『固まりくん八号』の効果はそう長くは続かないので、先にスキンヘッドの男と赤い髪の女を縛る。そのあと、部屋の中で呑気にねこけている四人も縛って終了だ。さすがにちょっと疲れたので一息入れる。


屋敷を出る前に、あちこちにいくつか小さな魔道具を設置して、正面から堂々と屋敷を出る。出てみて分かったのだが、この屋敷、大通りに門を構える貴族の屋敷だった。まあ、そんな気はしていたが。


しかも俺はこの屋敷の持ち主を知っている。


爵位は男爵と低いが、いろいろと黒い噂のある貴族で、領地は特産物もなく税収が多いとはとても思えない。だというのに、ここ数年、金を湯水のごとくにばらまいてあちこちに手をまわし、年々出世している男だ。宰相がなかなか金の出どころがつかめない、と不正か悪事の証拠をつかむべく奔走していたが、なるほど。今話題沸騰中の人さらいの黒幕だったわけね。


これは宰相に言い土産ができた、と内心でほくそ笑む俺である。最少のやつ、男爵に掌中の珠とかわいがり倒している孫娘に手を出されそうになって半狂乱だったからなあ。普段は超がつくくらい温厚なのに、ここ最近どす黒い怒りのオーラをまき散らして城中の者をビビらせていたし。というか男爵も勇気があるのか無謀なだけか。あの娘に手を出すなんて馬鹿じゃなかろうか。


「おい、どこに行くんだ」


屋敷を出た後も俺はリュートの手を握ったまま、迷いなく歩いていく。そんな俺に、リュートが不安そうに聞いてきた。


「噴水広場。ところでお前の家はどこだ?」


グレイとはうっかりはぐれた時には噴水広場で待ち合わせをするようにと決めてある。はぐれてから随分と時間が経っているので、きっとものすごく心配しているだろう。


騎士団にはグレイから伝えてもらうつもりだ。情報提供するだけでもある程度身元とか聞かれたりするので、俺やリュートでは何かと具合が悪いのである。


ともあれ、グレイとの待ち合わせ場所に急がなくては。さすがに連日城を抜け出すのは難しいので、リュートの家族のことも今日中に何とかしてしまいたいし。こういう時に朝思いついた通信用の魔道具があれば便利だと思うんだよなあ。さっさと連絡取れるし、いらないお小言も減るような気がするしね!


もちろん、噴水広場でじりじりしながら俺を待っていたグレイに散々怒られたのは言うまでもない。あと三十分も遅かったら危うく騎士団総出の捜索が始まるところでした。間に合って良かった。

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