王子と魔道具屋(1)
俺はその日、一日中部屋にこもって魔道具を製作する予定だった。時間的には余裕はあるが、それでも早いところ魔道具を造って、【印】の効力遅延をさせないといつ何があるかもわからないからな。
この魔道具には遅延効果だけではなく、一度きりだが、命に危機があったときに身代わりになる、という機能も付けておくつもりだ。呪いには全く効果はないのだが、物理攻撃ならこれで一度は防げる。命を狙われているかもしれないアリーリャだ。用心するに越したことはないだろう。
たがしかし、予定は未定というものだ。
というわけで。
「グレイ、出掛けるぞ」
「……なんだって」
練兵場で他の近衛騎士たちと訓練をしていたグレイをつかまえて、詳しい説明をすることなく俺は無理矢理外へと連れ出す。
「おい、ちょっとまて!」
グレイは俺に引きずられながらも器用に訓練用の剣を同僚に投げ渡し、今日の訓練の中止を告げている。
グレイが訓練は必要だとかわめいているが、ここは譲れない。なにせアリーリャの命がかかってるからな!
「歩くから手を離せ」
仕方なく、といった口調であきらめたようにいうグレイ。言われてみればいまだ、彼の襟首を掴んだままだった。さすがにこれはなかったか。
「ああ、悪い」
ははははは、と笑ってごまかしてみるとジト目でにらまれた。にしても俺に軽々引きずられるなんて、体重がかるすぎるんじゃないか?言ったら拳骨くらった。俺、王子だよな。この扱いって……。いいけどさ。
「で、なんなんだ。今日は一日魔道具の製作をするんじゃなかったのか」
不機嫌に聞いてくるグレイに、俺は我が意を得たりとうなずく。
「そうそう、そのつもりだったんだがなあ」
そして思い返して俺は小さくため息をつく。
「まいったよ、どうしても出来ない部分があって。設計段階ではいけるかとおもったんだけどな」
「それは設計ミスってやつか」
珍しいな、とグレイが驚くがちょっと違う。弁解するわけではないが、決して設計ミスではない。
「だったらなんなんだ」
「うーん、魔力がたりないんだよねえ」
「……はあ?!アルの化け物みたいな魔力量で足りないとか意味がわからん」
ナゼかドン引きされた。ひどくない?あと、勘違いだから。
「足りないのは量じゃなくて属性」
「は?アルは持ってない属性ないだろ」
それこそ変な話だと鼻で笑う。……もう一度確認してみるけど、俺、王子だよな。この扱いどうなんかな。もうちっと敬ってみるとかないかな。
「確かに全属性使えるが、一度に扱えるのは四属性までだった」
「……知らなかったのか」
「さっき知った」
ちょっとまて。そんなかわいそうな子を見るような目はやめてくれるかな。
「仕方ないだろ。今まではそんな機会なかったんだから」
「そうかもしれんが」
設計段階で気づけよ、といわれて返す言葉がない。出来ると思ったのだ。まだ十歳なんだぞ、そんなこともあるさ。
「いや、こんなかわいくない十歳児いらんわ。子供は可愛くてなんぼだぞ」
ムダに頭良すぎだ、とかなんとかブツブツ言ってるグレイなんか無視だ無視。俺はその辺にありふれたごく普通の十歳児なんだから可愛さなんか求めるなよ。……あれ?ありふれた十歳児は可愛いかな。
「とにかく、そんなわけでイスリットとリゼッタに足りない部分を補わせてついでにこきつかうから」
笑顔でさらりと言い切ると、グレイの顔が青くなる。
「アルは容赦ないからな……ほどほどにしておけよ」
失礼な反応だな。
「大丈夫だって。ちゃんとわきまえてるから。生かさず殺さずが俺の信条だからな」
もちろん、使い潰す気は更々ない。当然だろう。使うのはともかく潰したら意味ないからな。
「そ、そうか」
若干引きぎみなグレイ。それでもちゃんと付いてきてくれるところが彼のいいところだ。
「仕方ない。必要なんだろう」
「そういうこと」
俺たちはそのまま城壁の近くまで移動する。城門からは見えないが街に近い絶妙な位置に人が一人通れるくらいの綻びがあることを、俺もグレイも知っている。
もちろん、修復はなされているのだが、修復されているのと通ることが出来ないのは別の話だ。
「……はあ」
ため息をつきつつ、二人で作ったカモフラージュ用の石をどかしていく。実は修復が終わったあとに二人でこっそり崩して、カモフラージュしといたんだよね。脱出口確保は大事だからな!
「おい、ため息をつくのやめろ」
「だってさあ、まさかこんな初歩的なミスするなんて」
実はひそかにショックを受けてる俺なのだ。
「魔道具作りには自信、あったんだけどなあ」
「それだけできれば十分だろう。アルは一体どこまで行きたいんだ」
呆れたようにいうグレイ。おかしなことを言うんだな。目標はもちろん、最高峰の魔道具職人フィフォリア・ティフィスに決まっている。
「王子だから。忘れてるかもしれないが、アルは王子だから」
「もちろん分かってるさ」
グレイ、そんなに念をおさなくても忘れてなんかないぞ。むしろグレイこそ態度を改めたらいいんじゃないかな。こう、もう少し敬ってみるとか。
「今更?」
「……あー、うん。いいです」
想像したらちょっと気持ち悪かったから、今のままでいいや。
「あと確実にその魔道具職人は超えてるから。アルはまだ十歳だってことも忘れている」
「忘れてなんかない」
はっきり言って忘れられるはずない。やっぱり子供の体は不便だからな。早く大人になりたいものだ……あ、いいかも。大人に見える魔道具とか作ってみたらどうかな。幻影魔法では限界あるからねえ。
新しいアイデアに浮かれつつ、無駄話をしながらも、俺たちは順調に秘密通路をすすみ、イスリットの魔道具屋へとたどり着いたのだった。
イスリットの店は、実はそこまで大きくはない。ぶっちゃけ、店の大きさは王都にある魔道具屋のなかで四番目くらい。下から数えたほうがはやいくらいだ。
けれど、品揃えは王都一だと俺は思っている。
イスリットの店は抱えている冒険者の質もいい。魔道具を作る素材など、店になくても依頼したら短時間で揃えてくれる。あとは口がかたいところも重要だ。それにイスリット本人の保有魔力が大きいことも。
「こんにちはー」
言いながら扉に手をかけた途端に内側に引っ張られた。
「うわっ」
「アル?!」
慌てて後ろからグレイがつかんでくれて倒れ込むことはなかったが、その拍子にフードがとれてしまった。
「なっ……!」
中から扉を引っ張ったとおぼしき中年の女性がフードのはぐれた俺の顔を見て息をのむ。
……知り合いじゃないよな。
ついまじまじと女性と見つめ合ってしまった俺である。とか呑気に考えていたら、女性がいきなり真っ赤になってフラッと後ろに倒れこんだ。
「危ない!」
後ろから女性を抱えたのはイスリットである。
「大丈夫か、メイリース」
「叔母さん?!あ、アルの顔まともに見ちゃったのね……」
奥から出てきたリゼッタが俺と赤い顔をして倒れてしまった女性を見比べて納得したようにうなずく。え、どういうことさ。
「とにかく、アルもグレイ様も奥に入ってちょうだい。そのままそこにいれば騒ぎになるわ」
「そうだな。お邪魔させてもらう」
俺が何か言う前に、グレイがうなずいて俺を店の中へと押し込むと、勝手に扉に本日閉店の札をかけてしまった。
「で、なんなの?今日は愛しい婚約者(仮)のために魔道具造りにいそしむんじゃなかったの」
「いろいろあって力を借りたくてな。それより彼女は大丈夫なのか」
いきなり倒れるとか何か持病でもあるのか?女性には多いよな。今はイスリットが二階へ連れて行って様子を見ているようだが。
「問題ないわ。ちょっと叔母さんには破壊力が強すぎただけよ」
肩をすくめてそう言うリゼッタ。破壊力って何だろう。この様子からすると危険はないようだが。
「大丈夫だったら。それより、ここに来た理由を聞かせてもらえるかしら」
「あ、ああ。実は……」
俺は二階を気にしつつも、リゼッタに理由を話すのだった。




