表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/21

冒険者の溜め息

私の名前はリゼッタ・リグリット。


まだ年若く女だということもあって、侮られることも多いが、腕は確かだと自負している。


実は叔父のイスリットしか知らないことだが、私は五年前、十五歳になったばかりのころ、異世界に行ったことがあるのだ。異世界に行ったのは事故のようなもので、なんとか帰ってはこれたのだが、私は魔道具を造るという才能を失ってしまっていた。魔法使いの才能は失っていなかったので、何とか冒険者は続けてこれたが。だが、魔道具職人になる夢を絶たれたからと言って、異世界に行ったことを後悔しているかといえば、そうでもない。


私は異世界でかけがえのない友人に出会ったし、見たことも聞いたこともない様々な道具を見た。その時の体験を元に、今では叔父のイスリットの元に持ち込まれる新しい魔道具の改善点なんかを指摘したりしているし。それに冒険者として人々の手助けも出来る今の自分も気にいっている。


ところで、四年前から、なんだか異世界で見たような道具の効能を持った魔道具がちらほらと叔父の元に持ち込まれるようになった。私も何度か見たが、この魔道具たちを造った人物は天才だ。今までこの世界の誰も思い付かなかった効能、試作品とは思えない完璧な仕上がり。


「ってこれ通信機?すごいわね。ねえ、叔父さん、いい加減に教えてよ。誰が造ったの?」


向こうの世界でも似たようなものがあった。遠くの人と話せる道具。向こうでは「電気」という動力を使っていたが、これはもちろん魔法石を動力に使っている。それに魔道具に組み込まれた複雑な魔法陣。こういった道具を思いついたのもすごいが、そもそも思いついたからと言ってそう簡単に造れるものでもない。組み込まれている魔法陣はそれこそ現代でも最高の魔道具職人が二昼夜、解読に頭を悩ませるほど高度なものなのだ。誰が造ったのか、興味を持つのも当然と言えよう。


「はあ、仕方がないな」


毎回しつこく聞く私に根負けした叔父が、先日とうとう教えてくれた。


「内緒だぞ?兄さんたちにも話すなよ?」


「……あの人たちに何を話すっていうの」


私の両親には私が異世界に行ったことすら話していない。半年間行方不明だった娘に、気づいてもいなかった。そんな両親には私が話しかけることはまず、ない。


叔父は、気まずそうに咳払いをし、小さく溜め息をついた。


「あー、まあそうだな。あれはな、王子様が造られたんだ」


さらっと爆弾発言をかます叔父。本当に何気なく言われたので、思わず聞き返してしまった。


「はあ?」


「はあって何だ。そんな顔をしていると年相応だな」


はははは、と楽しそうに笑う叔父。私の反応は彼のお気に召したようである。


「だがこれを造ったのは本当に王子様だよ。第一王子アルフレッド殿下だ。……もちろんこのことは他言無用だぞ?お前だからこそ話したのだ」


「第一王子……っていうとあの評判の悪い?」


「評判というと?」


「私もうわさでしか知らないけど、獣人族の子どもを捕まえてきて奴隷にしたり、西の古代遺跡を潰したり、港町グルーマで海賊に資金提供をしていたり、色々聞いたことあるけど、でもまだ王子様はたった十歳でしょ?どの噂も信憑性はいまいちよね」


歳が幼すぎることもあってあくまで噂は噂だと、信じていないものも多いのだが。もちろん私も話半分に聞いていた。しかしながら魔道具の数々を開発したのが本当に王子様なのだとしたらたったの六歳の頃からあの素晴らしい道具の数々を作っているということだ。それはもはや天才を通り越して、異常とすらいえる才能である。


「そうだな。まあ、噂はわずかに真実も混じっているが、一つ言えることは王子様は決して非道な方ではないということだ。そしてお前が感じている通り、あの方は異常だ」


叔父は笑いながらはっきりと断言した。もし兵士や城の人々に聞かれたら不敬罪だと断罪されてもおかしくない。


「あの方は完璧すぎる。容姿も、頭脳も、運動能力も芸術性すらも何もかもが完璧だ。そして誰からも愛される。全てにおいて完璧で、そしてそれこそがあの方の異常性を示している」


「……それは、どういうこと?」


叔父は何を言っているのか。


「それほどに完璧な人間など、いるはずもないだろう?だが実際に王子様はそういったお方だ。おそらくこの世界のだれよりもあの方は神々に愛されているのだろう。それこそ異常なまでに」


王子様を異常だ、と繰り返す叔父の瞳には王子様に対する敬愛があふれているし、王子様のことを語っているときとても楽しそうだ。つまり叔父はすっかりその以上で完璧な王子様のとりこなのだろう。


「ふうん、まあいいわ」


叔父がそこまで言うお方。そしてあの数々の画期的な魔道具を作ったお方。いつかぜひとも会ってみたいものだと、その時の私は漠然と思っていた。





意外にも王子様に会える日がやってきた。


その日はたまたま仕事が終わった後、叔父の家に泊まっていたのだ。叔父の家は一階が魔道具屋、二階は住居になっていて、私がしょっちゅう泊まりに来るものだから部屋がちゃんと用意してある。ちなみに叔父の奥さんであるメイリースは今は実家に帰っている。叔父は捨てられたと肩を落として落ち込んでいるのだが、何のことはない、メイリースには赤ちゃんができたのである。ただ、叔父が留守の時に彼女が倒れてしまい、慌てて彼女の実家に運び込んで、今は絶対安静のため、帰ってこれないだけなのだ。ちなみに叔父にそのことを告げていないのは、容体がいまだ安定しないためと、叔父がうるさく騒いで余計にメイリースの具合が悪くなりそうだという理由からである。ほかに他意はない。本当よ?


ともあれ、開花におりると叔父が王子様と通信機で話をしているところにちょうど出くわしたので、気配を殺して近づいてみることにした。


どうやら昨日叔父から依頼されたグレイゴルの牙を手に入れてほしいという仕事の依頼主は王子様らしい。しかも一緒についていきたいとごねているようだ。その理由がまた面白い。なにせ、好きな少女にいいところを見せたいからだというのだ。


私は叔父と王子様の会話に割り込んで、一緒に連れていく旨を了承した。会ってみたい、というのもあるし、私の自慢の仲間たちなら王子様に傷を負わせることもなく迷宮から連れ帰れると信じていたからだ。


しかし、実際に会った王子様はフードを深くかぶっていて、全く顔が分からない。少し残念ではあったが仕方ないだろう。声は冷淡でまったく感情がうかがえなかったが、案外気さくで、別に冷たい、というわけではないようだ。こちらの不敬とも取れる態度を責めることもない。


道中何体かの魔物で、王子様や護衛騎士としてついてきたグレイ様の実力を確かめさせてもらったが、魔法も剣術も私の予想をはるかに超える素晴らしい腕前だった。しかもまだまだ余裕を残していそうだった。これならば別に私たちに依頼などせずに、二人で十分グレイゴルを倒せるんじゃないか、とも思ったが、それは無理だと否定された。話してみて分かったが、なんだか王子様はご自分のことをひどく過小評価しているようだ。なぜかは分からないが、完璧な彼の欠点は自分を過小評価するところと、冷淡にも聞こえる話し方ではなかろうか。


グレイゴル戦にも参加してもらうため、王子にはフードを取ってもらったが、まあなんというか、あまりにも美しすぎる顔だった。破壊力のある美形とはまさにこのことを言うのだろう。私たちはしばらく動くことができなかった。


ようやく立ち直った私は疑問に思った者だ。この顔で、今は無表情にもほどがあるが、ちらっとでも微笑んであげれば好きな女の子だってイチコロなんじゃないのか?わざわざこんなところまでくる必要ってあるのかなあ?


グレイゴルとの戦闘は、王子様とグレイ様のおかげで非常に楽に終わった。私たちだけだったなら倍くらいは時間がかかっただろう。しかもグレイゴルの素材までほぼ貰ってしまい、報酬にも上乗せしてもらった。まったく頭が上がらない。


「アルは本当に魔道具に詳しいのね。それにすごく魔道具が好きなのね」


後日、イスリット叔父の魔道具屋でアルフレッド王子とお茶をした私は、延々と魔道具のことを語り続けるアルフレッド王子に呆れてそう言った。


「ああ、魔道具は素晴らしいだろ?俺の夢は誰にも思いつかないようなすごい魔道具を開発することなんだ」


まだ具体的なことは全く見えない、雲をつかむような話なんだがな、と、普段あまり表情の映らない顔をなのに、その時ばかりは瞳をキラキラさせて本当に楽しそうに見えたのだ。


「そういうリゼッタも魔道具、好きだろ?」


「ええ大好きよ。昔の夢は世界一の魔道具職人になることだったから」


二人でフフフ、と笑いあうと、私たちはその後も叔父の店でたびたびあっては魔道具について熱く語る中になったのだった。会話の端々で何やらいろいろ勘違いしている王子様に、少しずつ勘違いを正すよう話をしていくも、いまだにうまくはいかないのだが。溜め息が出るほど、おバカな勘違いが多い、完璧なのに残念な性格の王子様。


ともあれ、アルフレッド王子との話はとても面白く、ためになるのは間違いない。


きっといつか、もっと心を許せたときにはアルフレッド王子には私が異世界に言っていた頃の話をしそうな気がする。……今はまだ、その時ではないけれどね。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ