王子と冒険者たち3
グレイゴルは竜族の亜種だ。亜種であって、竜ではないのだが、それでもその強さは通常の人ではとても太刀打ちできない。魔属でさえ一対一では敵わないだろう。こんな化け物を一人で倒せるのは英雄か勇者くらいのものだろう。
「やっぱり強いわね」
緊張感に満ちた顔で呟かれたリゼッタの声を合図に、戦闘が開始する。見ただけである程度相手の強さがわかるのは、それだけ場数を踏んでいるからだろう。
蟻を倒したあと、俺たちは戦闘の細かいところを詰めていた。もちろんパーティー「緑の疾風」だけなら問題はないはずだが、今回は俺とグレイというイレギュラーな存在がいる。とはいえ、俺たちを守りながら戦えるほど甘い相手でもない。一時は安全なところに退避しておいてほしいと言われたが、ここまで来てそれはないだろう。というわけで、俺たち二人も戦線に組み込んでもらうことにしたのだ。もちろん事前にある程度闘えることは実証済みだ。
ちなみにその時、俺もグレイもさすがに邪魔だし危険は極力避けたいので、フードつきマントははずしたのだが。
「……は?」
「これは……」
ミルアーとナルセイが絶句してフードを取り去った俺を見る。
「あははははは、すごいわね」
豪快にわらったのはリゼッタ。口をパクパクさせているだけで、食い入るように見てくるのはヘレン。
「破壊力抜群ですわね」
ピレネーさん、どういう意味さ。
しかし、この驚きよう。もしかして俺が王子だってバレた?でも王族のなかでも俺の絵姿は出回ってないはずだけどな。ちなみに、理由は俺の姿を見た画家すべてに断られたせいだけどな。俺の顔って絵姿に残す価値もないのかしら。落ち込むわ。
パーティ「緑の疾風」が全員もれなく動きを止めてしまったので、復活するまで俺は蜜の味見をしていた。これ、めちゃめちゃ美味しいわ。採りたてだからか、混じりけがないからか、スゴく濃厚なのに、くどくなくて、このままでもいくらでも食べられる。
「ってちょっと、なに食べてるのよ!」
一番に我にかえったのはリゼッタだった。
「え、いや、味見」
一応自分に割り当てられたものだからいいかと思ったのだが、ダメだっただろうか?
「ダメに決まっているじゃない!なんでそのまま食べてなんともないのよ!」
慌てて止めてきたリゼッタが言うには、この蜜は下処理をしないと、体がマヒする神経毒があるらしい。
うん、たぶん俺が身につけている餡くれっとのおかげだよね。これは俺お手製魔道具で、すべての状態異常をかなり軽減させる効果があるのだ。ちょっとした毒くらいなら体に入った時点で浄化されてしまうのである。
「そんな危険なもの、聞かずに食べるなよ」
呆れたように言うグレイに全く慌てた様子がないのは、アンクレットの効果を知っているからだ。ちなみに彼も同じものを身に着けていて、以前致死量の毒を食らっても普通に動いていたし、そのあと一日熱を出して寝込んだが、後遺症なども全くなかった。身をもって効力を知っているのである。ちなみに材料が高すぎて一般に販売はできない。
「いやいやいや、まさか毒があるなんて思わないだろ?」
「ってどうしてなんともないのよ。まったくふざけた王子様ね」
俺たちのまったく緊張感のないやりとりに、リゼッタが呆れたようにつぶやいたのだった。
全員がようやく動けるようになったのはそれからさらに五分後のことだった。俺の身分がばれたせいかとも思ったがどうやらそうではなく、顔のせいだと言われた。うん、意味が分からない。俺の顔は人の顔を何分も止められるほど破壊力があるわけでも、見られないほど不細工でもないぞ?
そういうとなぜかリゼッタには馬鹿を見るような呆れたような目で見られた。
「真顔でそれを言うとか意味が分からないわ。まあ、とりあえず何を言っても無駄だということは分かったわ」
ともかく、それから俺たちは細かく戦闘シュミレーションをして、今まさにグレイゴルと対峙しているわけなのだった。
※※※※※
グレイゴルが吐いてくる強力な炎のブレスを、俺とリゼッタの魔法で相殺する。リゼッタはダブルスペルという一度に二つの魔法を唱えられる珍しいスキルの持ち主で、炎のブレスを相殺するための水の盾を出す魔法とは別に、雷の魔法をグレイゴルの頭上に放ち、目をくらませると同時なダメージも与えていた。
グレイゴルがひるんだ隙に、ミルアーとナルセイ、グレイが攻撃を加え、ヘレンも弓で目を狙う。さらには三人が突撃する前にピレネーが防御の魔法支援までかけている。そこで体力を削った、と安心してはいけない。グレイゴルの特徴は驚異的な再生力と無尽蔵とも思える体力にあるのだ。
三人はある程度ダメージを与えたら、グレイゴルが態勢を整えなおす前にいったん後衛まで下がる。その際尻尾などの夜攻撃が来るが、ナルセイが何とか巨大な盾で防ぎきる。とはいえ彼もたった二発、攻撃を食らっただけで満身創痍だ。下がると同時にピレネーが回復魔法をかけ、その間、リゼッタと俺で炎のブレスを防ぎきるのである。
魔法による攻撃と、前衛三人による攻撃を繰り返す。しかし何よりも役に立ったのは、意外にもヘレンの弓である。
彼女も「ギフト」持ちのようで、守りの弱い部分を狙った正確な弓による貫通攻撃、さらには追撃効果として『猛毒』があり、毒にかかるまでは時間がかかったが、それからは一気に決着をつけることができたのだ。
「は、これで終わりだ!」
ミルアーが満身創痍ながら、渾身の力を込めてグレイゴルにとどめを刺す。
「グギャアアアアアアア」
雄たけびを上げて、グレイゴルの巨体が倒れた。
満身創痍と言いながらも、深い傷はそこまではなく、グレイゴルが倒れた後ピレネーがかける回復魔法で傷はきれいに癒えた。まあ、疲労だけはどうにもならないのだが。
「やっと終わったわね」
さすがにリゼッタももう少しで魔力切れを起こすところだったと笑う。
「アルは大丈夫?」
「ああ、大したことはしてないし」
「……あれだけ大きな魔法を連発して息も切らせてないとか、どうなの?」
「ん?」
「いえ、何でもないわ。貴方にはむしろ助けられてしまったわね。立つ瀬がないわ」
「何を言っている?しかし本当に優秀な冒険者だったな。さすがイスリットの紹介だ」
彼らは思った以上に強く、驚くほど素早くグレイゴルが倒せて俺は非常に満足である。これでさっそくアリーリャの為にいい魔道具が作れそうだ。そのあとはセシールに連絡して……と考えていると、なんだかパーティー全員からものすごく微妙な目で見られていることに気づいた。なんかかわいそうなものを見るような目線である。何なのだ?
「アルって、なんだかいろいろ勘違いしていそうね?とても残念な感じがするわ」
リゼッタの言葉に首をかしげる俺とは対照的に、グレイが深くうなずく。
「もっと言ってやってくれ」
「いやいや、意味が分からんし」
そんなことよりさっさと素材の回収をしなくては。
俺の言葉に皆がはっとなったようだ。
「そうだな。腐りやすい部位もあるし、回収は早いに越したことはない」
ミルアーがそういうと素材カバンを取り出した。
素材カバンはその名の通り、素材回収のために作られたカバンだ。かなり値は張るが、かばんには腐敗遅延、消臭、容量拡大などの魔法がかけられており、中級以上の冒険者の必須アイテムといえる。
「そういえば、牙以外の素材はどうするの?」
「ああ、その辺はリゼッタたちが持って行っていいぞ。俺に今必要なのは牙だけだしな」
正直グレイゴルの素材で魔道具に使えるのは牙くらいのものだ。鱗や爪なんかは魔道具よりは武器、防具の素材に適しているし。肉や内臓、血などはどちらかといえば調薬だ。俺の領分じゃない。今は素材を処分する手間も惜しいしそこまで金に困っているわけではないので、俺は惜しげもなくリゼッタたちで山分けしてくれと言っておいた。
素材をあらかた回収し終わり、忘れずに蜜を回収してフードをかぶり、迷宮を出て王都に帰ってくると、リゼッタたちに報酬に色を付けて渡しておく。
「こんなにいいの?迷宮の素材もグレイゴルの素材も牙以外は全部もらったのに、さすがに悪いわ。それにグレイゴルをあんなに短時間で倒せたのも半分はあなたたち二人の功績なのに」
本当に申し訳なさそうな顔をするリゼッタはいい女だ。俺の身分を知ってなお公正であろうとしている。
「問題ない。そもそもこの依頼を受けてもらっただけでも感謝しているのだ。それに蜜の下処理もしてもらったし、かなり多めに渡してもらったしな」
そういって押し付けるように報酬を渡すと、俺はグレイを促してイスリットの店に顔を出す。
「素材はそろっているか」
「って、アルさま!」
グレイゴルの牙を取りに行ったのでは、と疑問符一杯の顔をしたイスリットに、回収は終わった、と短く告げると、ポカンとした顔をされた。
「さすがにお前の紹介だけはある。かなり優秀なパーティーだった」
「は、はあ。それにしても思ったよりずいぶん早くて……」
驚きました、というイスリットをせかして、残りの素材を買い取った俺は急いで城へと帰る。グレイは護衛として今日も俺の隣の部屋に泊まるらしい。……最近ずっと止まってるよね?一年の半分以上、泊まってる気がするが。ぶっちゃけ彼の使用している部屋は一応俺の部屋、ということになっているが、俺の者は一切なく、グレイの私物であふれかえっているのだ。しかも城のだれもそのことを疑問に思っていない。どういうことだ?別に構わないが、なんとなく腑に落ちない俺なのだった。
しかしながら、思ったよりも短時間でグレイゴルを倒せたこともあり、日は大分傾いてはいたが一日で帰ってこれたことに、非常に満足である。明日は一日中部屋にこもっていてもいいように細工はしてあるので、心おきなく魔道具作成に没頭できるというものだ。ともかく早く作って少しでもアリーリャの時間を稼がなくてはならないのである。
俺ははやる気持ちを抑えて、部屋に着くと魔道具設計図の最終チェックと素材のチェックを行うのだった。




