王子と冒険者たち2
さらに翌日。
俺は約束の南門でリゼッタたちを待っていた。
細工は流々。城は明日の夜までは不在にしても問題はない。いつものフードを頭からかぶって、後ろにやはり深めにフードをかぶったグレイを従え、待つこと十分。
リゼッタとその仲間たちがやってきた。なぜわかったかといえば、リゼッタには前もってイスリットから近づいたら分かるように魔道具を渡してもらっているからだ。
「貴方がアル?」
「ああ、リゼッタか?」
「そうよ。紹介するわ、今日一緒に行く私のパーティメンバーよ」
そう言ってリゼッタが自分の後ろにいた四人を順番に紹介していく。
金髪碧眼、天使のような可愛らしい顔の青年は剣士で、ミルアーというらしい。体はいわゆる細マッチョというのか。あとで聞いたところによると老若問わずモテモテの彼はしかし、リゼッタ一筋なのに、当のリゼッタには弟のようにしか見てもらえないという不憫な青年である。
もう一人の前衛であるナルセイは、大きな盾を自在に操り、仲間たちを守る盾師という珍しい職業だ。護りに特化した能力を持っているが、攻撃力も案外高いらしい。気は優しくて子供好きだが、大男で厳つい顔に加えて、目付きが悪く無愛想なせいか、一人でいると女子供には取り合えず初見で泣かれるか、犯罪を疑われるらしい。
中衛には罠の解除やマッピングの得意な弓使い、ヘレン。燃えるような赤毛に金の瞳の彼女は、ナルセイの奥さんらしい。パーティの食事や会計も彼女の仕事なんだとか。パーティ一のしっかり者なのだ。
後衛にリゼッタと並んで立つのは、古代魔法の研究家であり、錬金術師のピレネー。回復担当でもある彼女の攻撃はけっこうエグいらしい。変な薬を作るのが趣味で、気になるものはとことん研究しないと気がすまない残念な美人らしい。
そして、パーティの火力、頭脳担当の魔法使い兼賢者であるリゼッタ。
「以上よ。貴方は……アルでいいのよね?敬語とか使わないし、特別扱いもないけどいいかしら?」
リゼッタの問いに、俺は当然とばかりに頷く。
「ああ。かまわない。俺はアル、彼はグレイ。訳あってフードを取ることは出来ないが、足手まといにだけはならないよう気をつけるので、よろしく頼む」
「愛想ないなあ」
俺の言葉に不満そうにしながらも、まあ好きな人のためならな、と理解を示すミルアー。
「が、頑張って下さいね」
出来る限りの協力はすると拳を握るナルセイは意外と恋バナが好きなよう。
「リゼッタが認めたなら構わないわ」
興味はないが好きにすればいいと、ヘレン。
「うふふふふ、フードの下が気になりますわ」
にこにこ笑っているが、ピレネーの紅いその瞳は鋭くこちらを観察してくる。ちょっと怖いわー。
「ああ、えっとみな悪い奴らじゃないから。一日だけどよろしくね」
パンパンと手を叩いてリゼッタがにこやかにいうと、皆が頷く。
こうして俺たち七人はグレイゴルのいる洞窟、「サイカの迷宮」を目指して出発したのであった。
※※※※※
俺とグレイは中衛に配置された。出来るだけ傷つかないように、ナルセイの後ろで、リゼッタの前だ。
「イスリットおじさんから涙ながらにお願いされたのよねえ。傷一つつけないようにって」
少しでも傷つけようものなら、間違いなく首が飛ぶと脅されたらしい。イスリットも大袈裟なんだから。
「いや、陛下たちの溺愛ぶりからすると大袈裟とも言えないぞ」
なにやらぶつぶつ呟いて、まだ出発したばかりなのにもう帰りたいと肩を落としているグレイ。早すぎるわ!
迷宮まではほぼ街道を通るのでたいして危険な魔物に襲われることもなくサクサク進む。なにせ街道周辺は王国騎士団が定期的に魔物を退治しているので、スライムにすら遭遇することは希だ。
「そろそろ転移ポイントよ。気を引き締めて」
昼前にリゼッタが声をかける。王都から約三時間くらいの街道から少し外れたこの辺りに、「転移ポイント」がある。本来は「罠」の一種であるが、迷宮は資源を確保する場でもあるので、「転移ポイント」を王国管理下として番人を配置し、解除することなく、冒険者など必要な者は入れるようにしてあるのだ。
ただ、この転移先の迷宮は浅くても危険度が高く、Aランク以上の冒険者しか入れないようになっている。もちろん、貴族や王族の許可証があれば別だが。
取り合えず、離れた場所で少し早い昼食にする。俺たちの分もヘレンが作ってくれたのだが、思ったより美味しい。
素直に褒めるとそっぽを向いて、眼鏡をくいっとあげる。
「別に。普通よ」
顔が赤いですよ、ヘレンさんや。
食事が終わると、いよいよ迷宮である。
リゼッタたちは番人に冒険者証を提示し、俺とグレイは第一王子の許可証を提示する。リゼッタ以外のメンバーにはよく手に入ったな、と感心された。まあ、自分で書いたんだけどな!
あっさり通してもらい、俺たちはあっという間に迷宮の入り口に立っていたのだった。
※※※※※
「随分魔物が多いな」
ミルアーが首を傾げながらコウモリのような魔物を次々切り落としていく。
「そうね。でもこの辺りの魔物は食べても美味しくないし、毒持ちで色々面倒だし、素材もたいしていいものはないし、増えてもたいして役には立たないわね」
容赦なくいい放ったのはヘレンだ。そんな彼女は弓矢で的確に飛行型の魔物を落としていく。ちなみに、彼女の魔物に対する基準は美味しさらしい。大抵の魔物は食べた、と豪語する彼女は確かに魔物の味には詳しかった。必要なんだか不要なんだか、判断に困る能力だなあ。
「あ、でもこの迷宮の奥には蜜蟻がいるじゃない。巣が増えていたらラッキーだわ」
ポンと手を叩いて、リゼッタが満面の笑みで言う。
「蜜蟻?」
聞いたことのない魔物である。
「そう、名前は知られているけど、正式な姿形は冒険者くらいしか知らないかもしれないわね。珍しい魔物で、王国周辺にはここくらいしかいないんじゃないかしら?」
「確かに。そういえば蜜蟻ってのは通称だったか」
ミルアーが魔物を切り伏せながら首を傾げて思い出すように言う。
「蜜蟻っていうのは、体長一センチくらいの小さな魔物なの。直径五十センチくらいの巣をつくって、その巣のなかに蜂みたいに蜜を溜め込む習性があるのよ」
「その蜜がものすごく美味しいの」
ヘレンが力強く断言すると、ピレネーも頷く。
「本当に。それにバカな貴族に高値で売れますわ」
ピレネーの笑顔が黒くて怖いわー。はじめは美人だとみとれていたグレイも若干引いている。たぶん、このパーティで一番敵にしてはいけないのはピレネーだろうと、俺の勘がいっている。こういう予感はよくあたるのだ。
どうやら、グレイゴルの生息地の手前に蜜蟻の巣があるようだ。その蜜は超がつくほどの高級品。味は知る人ぞ知る、という具合らしい。
「ユース蜜って聞いたことないかしら?」
「ああ、あるある。王族ですら滅多に食べられない幻の蜜だな」
あれ、蜂蜜じゃなかったのか。
「ん?この奥で採れるのか?」
「そうよ。基本的に山分けだけど、少し多目にあげるから彼女にでもプレゼントしたら?」
リゼッタ、君は何て素晴らしい女性なんだ。感動した俺は思わずフードをずらし、じっとリゼッタの瞳を見て礼を言った。
「ありがとう。君は素晴らしい女性だ」
「……っい、いいえ、どういたしまして」
なんだか真っ赤な顔をしているが、熱でもあるのだろうか。
「く、破壊力抜群ね。悪魔のようだわ」
なんだか礼を言っただけなのに悪魔のようだとか、ひどくないか?俺は肩を落としてフードを戻したのであった。
そのあとは微妙に不機嫌なリゼッタに追い立てられるように、ペースを若干あげつつ、なんとなく無言で進む。そしてグレイゴルが出現する手前、蜜蟻の巣がある場所にたどり着いたのだが。
……結論からいうと、蜜蟻は強かった。話を聞いただけの俺も、今まで無言でついてきていたグレイもぶっちゃけなめてました。
だって蟻だっていうし。小さいようだから。
「あら、小さいからってなめてかかると返り討ちにあうわよ」
唖然として蜜蟻とリゼッタたちの戦いを見ていた俺とグレイを見てなぜだか機嫌を直したらしいリゼッタが、ふふふふ、と笑う。あと女性陣の張り切り具合が怖い。美容と甘いものに対する女性の執念は半端ないよな。
蜜蟻は数が物凄かった。通常の三倍はいるらしい。しかも巣が壊れては意味がないので、ナルセイが巣を守りつつ中の蟻を追い出して、出てきた蟻からリゼッタが焼き払っていく。ちなみに、蜜蟻は強力な酸をはいて攻撃してくるので、リゼッタが呪文を唱える間、ミルアーやヘレン、ピレネーが必死に立ち回ってリゼッタを守る。
パーティの呼吸が重視される立ち回りだとかで、俺とグレイは離れた場所で、リゼッタが張った強力な結界の中で見学だ。王子だからかな、とも思ったが、グレイゴル戦ではこき使う、と宣言されたので、純粋に邪魔だったのだろう。彼らの息のあった戦いを見ていれば嫌でもわかる。
彼らは俺が思っていた以上に強かったのだ。イスリットはなかなかいいパーティを紹介してくれたようだ。
こうして俺たちは幻の蜜を大量に手に入れ、安全な場所に隠して結界で守ると、いよいよ肝心のグレイゴルの牙を手に入れるべく、奥へと進むのだった。




