王子と冒険者たち(1)
翌日である。
イスリットから連絡があるまでは待機なので、とりあえずある材料でできることをする。土台を作ったり、魔道具の素材を選別して加工したり。
リュートには朝からスラム街の調査に行ってもらっている。何かつかめるといいのだが。あそこは特殊だからなかなかよそ者では調査しにくいのだ。ちなみにグレイのところで住み込みで働いている彼の弟妹にも協力してもらっている。
とりあえず、国王陛下にいろいろ言われたのでアリーリャを婚約者にしたいと考えている旨は伝えてあるが、今はまだ本人には伝えないでほしいと言ってある。告白は自分でしないとな!
告白する前に彼女のために素材集めをしたり命を助けてみたり、いろいろ画策してからなんだ。まずは環境を整えて勘違いでもいいからかっこいいとか思ってもらわないといけないのだ。彼女の心をつかむために頑張るのだ!
本当は父上にも内緒にしておきたかったのだが舞踏会の翌日には勝手に婚約者を決められそうになっていたから仕方がない。本人にも家族にも内緒にしておいてほしいとは言ったもののどこまで約束を守ってくださることか。だが勝手に決められてもたまらないので仕方がない。
というわけでかなり不本意ながら国王陛下にアリーリャのことを伝えざるをえない俺なのだった。まあ、国王陛下直属の諜報部隊も借りたことだし、細かく伝えておかないとあとあと困るのは俺だからな。いいんだけど、うん、いいんだけどね。
昼過ぎにはイスリットから待望の連絡が入った。イスリットが懇意にしている冒険者たちに連絡が付き、特急かつ危険手当込ということで、通常より若干高めの料金ながら引き受けてくれるという。もちろん金の問題じゃないからな。俺は一も二もなく了承した。俺が了承すると、ほっとしたような声でイスリットが明日出発することを伝えてくる。
「さすがに彼らがだめならもう素材の調達自体が難航いたしますのでね。ご了承いただけて良かったです」
「俺もどうでも必要だからな。料金などいくらかかっても構わないといったはずだ」
「そうでしたな」
肩の荷が下りた、と息をつくイスリットに俺は自分の提案を伝えてみることにする。
「ところで素材の採取には俺も同行したいのだが」
「……今なんとおっしゃいました」
空耳ですよね、とイスリットが聞き返してくる。
「俺も冒険者たちに同道したいと言ったのだが」
なぜそんなことを言い出したかというと、話は昨日の夜にさかのぼる。
つまり俺はアリーリャに言ところを見せたいのだ。彼女に俺という人間を覚えてほしい。そういうとなぜかリュートにはあきれたような目で見られてしまったが。
「ご心配なさらずとも、すでにアリーリャ様の脳裏にはあなたのお姿が焼き付いていると思いますよ」
「そうじゃなくって。いいか?今は命の期限を伝えただけの嫌味な王子だろ?だから素材集めに言ったらいいんじゃないかと思うんだよな」
「……だからの使い方が間違っているような」
つまり、だ。良く恋愛小説なんかであるだろ?なんとも思っていない相手や、いい印象を抱いていない相手でも、自分のために危険を顧みず素材や薬を取りに行って命の恩人となったところから何となく意識し始めて、最終的にごにょごにょ……。今回イスリットが依頼する冒険者はかなり優秀だというし、グレイを連れていけばそこまで足手まといにはならないだろう。ああ見えて彼は恋愛には驚くほどヘタレな男だが、騎士としては王国でも十本の指に入るくらいには優秀な男だからな。
というわけで、俺もついて行って冒険譚とかいずれ面白おかしくアリーリャに話して見たりなんかして……。うん、いい考えだよな!
というわけで、さっそく家人に指示だけ出して帰ってきたグレイにそれとなく相談してみる。
「……アル」
いやいや、何でそんなかわいそうな子を見るような目で見るのかな?
「いいか、お前は第一王位継承者、つまり仮にも王子だ」
そんなことくらいわかっているぞ。
「王子のお前に何かあったらどうするんだ?ここはおとなしく本職に任せてお前はこの部屋でおとなしく待っておくんだ」
「大丈夫だ!魔道具だってあるし、俺だって多少武術や剣術の素養だってあるしな。そこまで足手まといにはならないはずだ」
「いや、多少どころか」
「ん?」
「じゃなくて!お前を素材集めに同行させたとばれたら俺が国王陛下と王妃様に殺されるわ!」
「内緒にしとけば大丈夫、大丈夫」
いつものお忍びと同じだって、というとしばらく口をパクパクさせていたが、やがてがっくりと肩を落とすグレイ。そんなグレイに、アリーリャに格好よく頼りになるところを見せたいんだというと、ばかばかしい、そんな必要があるか、と言われてしまった。ひどくないか?
「く、いつもこうして負けるんだよな」
はあ、とため息をついてそれでも了承してくれる彼はいいやつだ。今度想い人との仲を取り持ってあげよう。そういうといらんことはしないでくれ、と拒絶されてしまった。なんでだろう?
ともあれ、昨晩何とかグレイの了承も取ったので、イスリットに話してみたわけなんだけど。
「……はあ、それで王子様もご一緒に、ですか」
なんとも気の抜けた声が聞こえた。
「もちろんグレイもだ」
事情を説明したところ、あっけにとられた様子のイスリット。婚約者(仮)の木を引くためなんだ。ここは快く了承してほしい。
「なんというか、王子様ならば目の前でほんの少しでも微笑んで差し上げればどのようなご令嬢もイチコロかと」
わかってない、イスリットは全然わかってない。
「彼女は身分だけで釣れるような人じゃないんだ」
「いえ、身分などなくてもそのお顔があれば……あー、とにかくです、グレイゴルはかなり危険な魔物ですし、出現する場所も小さいとはいえ迷宮ですので……」
危険すぎる、と渋るイスリット。後ろでグレイがさもありなんとうなずいている。
「あら、いじゃない」
「リゼッタ!?」
突然割り込んできた陽気な声の女性。
「フフ、聞こえてしまったわ、ごめんなさいね?」
「こらリゼッタ。王子様に対してその態度は何だ、失礼にもほどがあるぞ。そもそも盗み聞きすること自体がだな」
「もう、おじさんはうるさすぎるわ。大体私は別にわざと盗み聞きしたわけじゃないもの。階段を下りてきたらたまたま聞こえちゃったの。聞かれたくない話なら防音魔法や盗聴防止魔法のかかった部屋を使うとか考えたら?おじさんは不用心すぎ!そんなんだからおばさんにも逃げられちゃうのよ」
「ぐっ」
イスリット、奥さんに逃げられてたのか。歳若そうな女性にいいように言われて沈黙してしまったイスリット。ちょっとかわいそう。
「ところで王子さま?」
「あ、アルでいいぞ」
王子とか呼ばれたらすぐに素性がばれてしまうからな!俺はすでに同行する気満々で呼び方まで訂正してみた。ここは愛称で呼んでもらうのが一番だ。
「呼び方なんてどうでもすぐにばれるのは間違いないわ!」
なんか横でグレイがわめいているがキニシナイ。無視無視。
「あら、思ったよりも気さくな方ね。改めまして。私が明日グレイゴルを狩りに行く依頼を受けた冒険者パーティー「緑の疾風」のリーダー、リゼッタ・リグリットよ。よろしく。今更だけど敬語は苦手なの。話し方が気に障るというなら、依頼は引き受けられないわ」
「問題ない。貴女の方が話が分かりそうだ。明日の同行を許可してもらえるだろうか?」
「ええ、護衛騎士のグレイ様もご一緒なんでしょう?グレイ様の腕前は噂で伝え聞いているわ。噂通りだとしたらグレイゴルを狩りに行くのに十分な実力の持ち主だわ」
なかなか話の分かる女性である。
「だって王子様、想い人のためにいいところを見せたいんでしょう?だったら協力するしかないわよね。女の子はこういう話が大好きなのよ」
くすくす笑うリゼッタ。陽気でかわいらしい女性である。イスリットが口を挟む暇もなく、明日の同行が決定したのであった。
後は周囲にばれないようにうまく細工をするだけである。最低でも一泊することになるというから、何とかごまかす方法を考えなくてはならない。さすがに王子の身分にあるものが一晩行方不明となったら大騒ぎになるからな!
後でイスリットに聞いたところによると、冒険者パーティー「緑の疾風」は、かなりの実力者ぞろいらしい。
中でもリーダーのリゼッタはイスリットの姪らしいのだが、その実力はS級に上がってもおかしくないほどだという。魔法使いにして賢者だという彼女はパーティー全員からかなり慕われて、信頼されているようである。
リゼッタは今年二十歳になったばかりと、思ったよりも若い。彼女は冒険者になったばかりの頃、半年ほど行方不明だった時期があり、嘘か本当か、その間は異世界にいたのだとか。帰ってきた彼女は、異世界の武術だという合気道とやらを習得していたらしい。って、その話、今度詳しく!
……とにかく、合気道は彼女のような力のない魔法使いにあっていたようで、冒険者をする傍ら王立学園で武術の教師として臨時講師もしているらしい。
俺が発明する魔道具もいくつかは異世界に存在していたようで、使い方を説明するとすぐに飲み込んで、改善点なども話してくれる。今までイスリットが指摘してくれているんだと思っていたものの大部分は、彼女の意見だったらしい。イスリットを見る目がちょっぴり変わった俺なのだった。




