伯爵令嬢アリーリャの憂鬱
私の名前はアリーリャ・ネイルフェス。ネイルフェス伯爵家の次女です。
私には姉と妹が一人ずつおりますが、二人とも美しく聡明で、素晴らしい淑女です。なぜだかわたくしだけが何のとりえもない、普通の女の子なのです。特別冷遇されているわけではないのですが、やはり私は二人の姉妹につい、遠慮してしまうし、引け目も感じております。
そんな私は、このたび十歳になられたこの国の第一王子アルフレッド様のお誕生会兼婚約者選びの舞踏会に招待していただいたのですが、姉ならともかくわたくしのような何のとりえもない子供など、おそらく王子様のお目に留まるどころか一瞥も頂けないに違いありません。何せ、年の近い貴族のご令嬢方全員が招待されているのですから。
この国の第一王子、アルフレッド様は、国内外のその名が知られるほどの完璧なお方でございます。お顔立ちは、わたくしも今夜はじめて間近で拝見いたしましたが、天上の神々すらもとりこにできるであろう美貌でございます。そしてその頭脳は国一番お学者様ですら論破されたほど。あらゆる武道に優れ、将軍様でさえかなわないと噂される武術の腕前。魔術は宮廷魔導師様が束になってもかなわないと聞き及んでおります。さらには芸術にも秀でておられ、その絵を見たものは感動で涙し、音楽を奏でれば天上の音もかくやというほどだとか。どなたが王子の横に並び立たれるのかと、みな興味津々です。将来の王妃になられる方はさぞや大変でございましょう。
そういったわけで、私は舞踏会に出席したのはいいですが、挨拶が終わった後は会場にいるのもなんだかいたたまれなく、そっと会場を抜けだして王家自慢のローズガーデンへと足を向けました。本来ここに立ち入るには王族の方の許可が必要なのですが、今夜は特別、ということで解放されているのでございます。ローズガーデンはさすが王家自慢のお庭だけあって、とても幻想的で美しいお庭でしたわ。
そのローズガーデンで私は公爵令嬢リーリア様にお会いしたのでございます。
リーリア様は公爵家のご令嬢で私とは価格が違いますし、今まで特に両親が交流がある、というようなこともございませんでした。顔を合わせたことも二度ほど、しかも両親が招かれたパーティーについていった時に、何気なくご挨拶をしただけ。会話らしい会話を交わしたこともございません。
そのリーリア様がなぜ根も葉もないうわさ話を引き合いに出して、私を王子様の婚約者になる資格がないなどと断定されたのか。皆目見当もつきません。もっともそのようなことがなくても平凡な私では候補の一人にすら選ばれることはございませんでしょうから、リーリア様の心配は杞憂でございますが。
リーリア様が私の手の甲にある痣にまで言及し私を追い詰めようとしていたその時、なんとさっそうと現れて助けて下さった方がいらっしゃいました。彼こそは今日の主役である第一王子アルフレッドさま。
そのあと、不敬にも王子様と直接お話をさせていただくこととなりました。王子様は噂通り、博識でお優しく、そのうえお美しい。手の甲にある痣は近いうちに私の命を奪うだろうが、必ずその前に助けるから安心してほしい、と王子様がほんのわずか微笑まれただけで、私は顔まで真っ赤っか。王子様のお言葉にただうなずくことしかできませんでした。
私のような一介の貴族の娘ですらやさしく気遣ってくださる、噂にたがわずお優しいお方。であるというのに、王子様はなぜか皆が視線をそらすのはご自分に非があるからだと思っていらっしゃるご様子。
いえいえ、それもこれもお美しすぎるが故であり、完璧すぎるからですよ?決して王子様ご自身を厭っているわけではありませんよ。私が少し接しただけでも王子様の虜となってしまうくらいですもの。国王陛下を始め王族方はもとより、女官や侍従、大臣様方などすべての方から愛されているのもうなずけるほどですわ。
舞踏会から七日後、私は父の書斎に呼ばれました。書斎にはお母様もいらっしゃいました。一体何があったというのか、何やら物々しい空気です。
「今日お前を呼んだのは他でもない」
一体私は何をやらかしてしまったのか、と思っていると、お父様の口から信じられない言葉が紡がれました。
「昨日、国王陛下から内々に打診があった。お前を第一王子アルフレッド様の婚約者にしたいというのだ」
「……もう一度おっしゃっていただけますか?」
空耳かしら?ありえない言葉が聞こえてきたような。
「第一王子アルフレッド様の婚約者としてお前が選ばれた」
私、国内外のご令嬢方に呪い殺されてしまうのではないかしら?
お父様の言葉を理解した私は真っ青になってしまいました。そんな私をお父様もお母様も心配そうに見ています。
「王子様がお前を気にいられたそうだ。だがお前が嫌ならばこの話はなかったことにしていただく」
「いえ、大丈夫です」
つい反射的に答えてしまいましたわ。もちろんお父様がこのお話をお断りすることも簡単ではないでしょう。地位も家も財産もすべてなくす覚悟に違いありません。とはいえ、即答した私にそのような考えがあったかというとそんなはずもなく。
王子様がお望みだ、という言葉を聞いた途端、私の脳裏には先日の、わずかに微笑まれたお美しいお顔が浮かんだのでございます。あの笑顔をもう一度見たい、私の頭にあるのはそれだけでした。
後から伺ったところによると、王子様はご自分からきちんと伝えるから今は話さないでほしい、とおっしゃったのを、国王陛下がわたくしに婚約者が出来ても困るからと内内で話をしてしまったのだとか。それを聞いたお父様が、もし断るなら早いうちに断った方がいいからと気をまわして私に伝えて下さったようです。何やらいろいろ周囲の方々が空廻っているような気がしてなりません。
「本当にいいのか?無理はしなくてもいいのだぞ。自分のことを一番に考えよ」
「大丈夫ですわ、お父様。お母さまもそんなに心配なさらないで。無理などしておりませんわ」
お父様もお母様も家のこともお父様の立場や地位のことも考えなくていいとおっしゃってくださいますが、そのようなわけにはまいりません。それに本当に無理はしておりませんよ?たとえご令嬢方から恨まれようと呪われようと王子様に望まれたなら、一度でいいからおそばに行ってみたいと思うのは乙女の夢でありましょう。
それにほんの少しお話をさせていただいただけですが、なぜかいろいろ勘違いなさっている王子様に真実をお伝えせねばと思うのですわ。あれほどすべての方から溺愛されていながら全く気付いておられないだなんて。王子様よりも周りの方々が不憫でなりませんわ。
私が笑顔でお父様の目をまっすぐに見ると、お父様も笑ってうなずいてくださいました。
その後、私は一月に一度、王族の方々のお茶会にお招きいただくことになりました。もちろん王子様には内緒で。
お茶会でよくわかったことといえば、王子様の完璧さ加減と、どれほど皆様に溺愛されているかということですわ。皆さまどれだけ王子様が素晴らしい方なのかを延々と語りつくされておりましわ。
一番初めは王妃様と妹君であられるセリーナ王女殿下とお話をさせていただいたのですが、それはもうただひたすらに瞳を輝かせて王子様のことを語ってくださいました。
特に王女殿下はお兄様が大好きなのですね。わかります。私を見るその瞳にはかなりの嫉妬が含まれておりましたから。
近衛の方々ともお話させていただく機会が一度、ございましたが、王子様月の近衛の座を得るのに皆必死でございましたわ。ひと月ごとに交代して誰がお気に入りになるのかと上は近衛団長から下は入ったばかりの新人さんまで王子様に気にいられようとしておられました。
もちろん王子様付きの侍従にも同じ現象が起こっておりました。
そんな王子様は実は無表情で愛情の欠片もない怖い方だと、下々の間では噂になっていると聞き及んでおります。上級貴族や白勤めの者の間ではお優しく慈悲深い方だと言われておりますのに、おかしなことでございます。確かに普段の王子様は表情がございません。ですが少しお話させていただいただけでも王子様がどれほどお優しい方なのかよくわかりますわ。
そんな王子様はなぜかご自分は誰からも嫌われているのだと思い込んでおられるご様子です。なぜなのかはわかりませんが、私は負けません。変なところで頑固な王子様に皆様の愛情を余すところなく伝えるのが私の役目ではないでしょうか。
全てにおいて完璧ではあるけれど、なぜか勘違いの激しい王子様に真実を伝えるべく私は日々奮闘することを誓ったのです!




