1.幼年期 城主となる
俺は、三歳の誕生日に、乳母の館から、父の居城である那古屋に帰還したら、早速城主の座を譲られた。三歳にして城主になるなど、前代未聞であろう。
早速、傅役の平手政秀と対面する。正秀は、爺というから、年寄りな外見を想像していたが、見た感じ40代の精悍な自衛隊の幹部という印象だ。やはり、命を懸けた修羅場をくぐり抜けてきた人の目は、独特の澄んだ色を湛えている。そして、お洒落な人だ。身だしなみもバシッとしているぞ。
おれは、早速、正秀を質問攻めにした。
「吉法師である。まず、聞きたいのだが、愛知郡の人口は、何人だ。」
三歳児が、いきなり、こんな事を言えば、驚くであろうと思っていたが、あにはからんや、眉1つ動かさぬポーカーフェイスはさすがだ。
「人口とは、いかなるものでありましょう。」
そこか! 引っかかったのは、そこか?
「人口とは、郡内に住んでいる人の数のことだ。」
「さすれば、1万人ほどと覚えます。」
俺の記憶では、戦国時代の尾張の石高は60万石ほどであったはず。人が一人生きていく為に必要な米の量を1石とすると、だいたい60万人の人口を養えるということ。尾張は、上4郡、下5郡で、全部で、9郡が均等の人口とすると、一郡あたりの人口は、6万人あまりということになるはずだ。1万人とは、少し少ないような気がする。
「本当に一万か。ちょっと少ない気がするが。」
「いにしえより、さように言い伝えられて参りました。ただしく数をかぞえたわけではありません。」
まあ、良い。いずれ、国勢調査を行うのだ。正確な数は、後の調査を待つとしても、間をとって3万ほどと考えよう。
「それでは、毎年の米の収穫高と年貢の収入は、いかほどか?」
「現在の備蓄米は、どれくらいだ? また、金の貯蓄はいくらあるのだ?」
「はたまた、那古屋城にいる手勢の数は? 配下の騎馬武者クラスの武将は何人いるのだ。」
俺の矢継ぎ早の質問に、さすがに正秀も面喰って動揺の色を顔に浮かべている。
「すぐにはわかりませぬゆえ、調べてお答え致します。」
やはりな。常日頃から、そういうことを気にしていないと、数字として、頭の中に入っていないということだ。いわゆる”KPI”ができていないってことさ。これからの領国経営を考えると、経営数値を明確に把握することが重要だ。
それより、驚いたことに、名古屋城に常駐する手勢の数は、50人にも満たないということ。たった50人なら、陸軍の一個小隊程度の戦力だ。なんでも、実際の戦の時は、騎馬武者クラスが自分の手勢を引き連れてくるとのことなので、俺の直接指揮できる人数は、こんなものらしい。だいたい一人の指揮官が、実際に見ることができる人数なんて、10人がいいところだ。出だし50人なら、上出来だろう。
しかし、この戦国の世で生き抜く為には、常備軍として、2個師団(1個軍団)で、2万人規模は欲しいところだが、当面の目標を一個大隊・千人規模としよう。愛知郡の人口を3万人として、千人を集めるとすると総人口比は3%ほどだ。それほど無理な数字ではないはずだが、騎馬武者クラスの武将の知行地も点在するので、俺が持つ支配地からの収入は、5千石程度だろう。そこで千人くらいの軍隊をもつのは、妥当な数字だ。問題になるのは、それらの兵隊に土地を分け与えることは難しいということだ。将校クラスであれば仕方がないにしても、一兵卒レベルまで土地を与えるのは、不可能でろう。そこで、サラリーマンと同じで、賃金として銭金で支払ってやる必要がある。やつらが、もらった金で、生計を立てるのであれば、社宅を提供し、かつ、米を買ったり、衣服を整えたりする為の商店も近くに必要となる。つまり、兵舎と商店が集う城下町の建設が必要だということ。
まずは、先立つものは、金が必要だ。金を儲けて、大量に蓄えることが必要だ。そして、通貨の流動性を高める貨幣経済の世を建設することだ。俺は、早速金儲けを始めることにした。