1.幼年期 諜報網を得る
今日は、川並衆を束ねる蜂須賀家に出向いている。
川並衆は、濃尾平野を流れる三つの大河 揖斐川 長良川 の河川による水上交通を取り仕切っている。
今でもそうだが、河川や海は領主の支配権が及ばない公海のような存在だ。武士は、そもそも田畑の集合体である荘園の支配権を守る存在から発展したのだから、土地のない水上に支配権を持たないのは、あたりまえだ。
そんな領主の権力が及ばない領域で生きている自由民が川並衆というわけだ。
川並衆には、津島からの水上運搬はもちろんであるが、一番期待する事は情報収集力なのだ。
自らは生産しない彼らは、在地の土豪や領主たちと良好な関係を築かなければ生きていけないのだ。必然的に川並衆はコミュニケーション力が高くなり、結果として豊富な情報を持っているはずだ。サラリーマン時代を思い出すな。結局、飲めない酒を無理して飲んで、夜のお付き合いから必要な情報を集めるのだ。川並衆からは、濃尾平野全体の状況を把握する為の情報を得たいのだ。
頭領の蜂須賀弥平は、 まだ20代だが恰幅の良い男で、頭がはげあがった坊さんのような風貌だ。
対面の俺たちは、秀政と俺の二人だが、主従と言うよりは親子みたいな印象だろう。まるで、子連れ狼みたいなもので、心の中で、『ちゃーん』と叫んでやろうかと思った。そんな大二郎みたいな俺が、いきなり話し始めた事で、弥平が驚いた顔をするのは、いつものこと。
「弥平殿には、美濃への荷運びを担ってもらって、とても助かっている。あらためて礼を申す。」
「ありがたきお言葉。我らこそ織田家の荷をひとえにお任せ頂きありがとうございござりました。船頭たちも、変わらぬ駄賃を稼げるようになり、暮し向きもよくなってきております。」
「それは祝着至極。ところで、美濃の国は今はどのような次第となっておるのか、少し物語をしてくれぬか。」
「されば、美濃の国は、古くから土豪の者が多く、国主の土岐氏に力が無いのは、尾張の斯波家と同じでございます。最近、頼芸殿が、兄様を追い出して守護になりましたが、もとより頼芸殿に力は無く、家臣どもの傀儡となっておる様子。」
なるほど、国主に力なければ、尾張に押し出してくることはないか。当面は、北は平穏か。
「して家臣どもに見るべきものはあるか?」
「守護代の斎藤家の陪臣ではありまするが、長井新九郎と申すものが一番の英質にて、その噂を度々耳にいたします。元は美濃の土豪にあらず、先代は京の油屋を営みしもの。新九郎の代になって、長井の家を乗っ取って今に至りますが、誰も彼のものにも敵うものはおらぬようです。我ら川並にも誼をつうじようとしていものと思われます。」
守護代の家来から実力をためて今に至るのは、我が織田家とて同じ。いや本当に戦国の世の中は実力がものをいう時代だったのだな。
でも、実力ってなんだ。この戦国の世で力といえば武力のこと。今の自分は、なんの武力も持たぬ無力の幼児。いずれは自前の軍隊を作らねばらないが、それは当面の課題だな。
「さすれば弥平殿、今後も美濃の動きを教えてくれぬか。よろしく頼む。」
「かしこまりました。」
弥平は、これからも情報収集に役立ってくれるだろう。いわゆる諜報機関のようなものだ。今必要な事は、現代のスパイのような他国の機密情報なんかではなく、自分の立ち位置を知るための情報だ。自分に残された時間は、どれくらいあるのだろうか。織田家はいつまで存続できるのかを知ることが大切だ。そのための情報が欲しい。