孤軍、修道童女と戯れる
巨大な光の球体がエレーゼを包み、気付くと彼女はいなくなっていた。大司祭は空いた口が塞がらず、「夢だ、何かの間違いだ」などと呟いている。どうしても現実から眼を背けたいらしい。
光の球体。まさしく「聖光」は彼らの教典である聖白書に記される神の秘宝である。神から生み出され、神のみぞ、その繰ることを許される。
「聖女」だと彼女は証明してしまったのだ。
結果どうなるか。
教会は誤ったことになる。
自らの信奉し、信仰の拠り所としてきた神の遣いを葬り去ろうとしていたことになるのだ。
教会はこの事実をどう揉み消すのだろうか。
この場にいる誰もが、そのための犠牲を考え怯えることだろう。最大の関心ごととなったはずである。
この二人を除いて、の話だが。
「消えた……」
紅く燃えるような意志の強そうな瞳。背丈の小さな修道女がその小さな頭部に全く合わない大きさのフードを目深にかぶり、そのつぶらな瞳をしきりにパチクリさせていた。フードからは銀の髪が湧き水のようにわすがに漏れ出ていた。
どうもこの修道女。剃髪はしていないらしい。
「ですねー」
隣の青年は対照的に長身だ。
彼はどこかわざとらしい能面のような笑顔を浮かべながら、これまたわざとらしく手を叩き「ブラボー」と呟く。徹頭徹尾、不自然だ。作ったような動き、といったら適当だろうか。不適当な人間に適当というのは、それこそ不適当な気もするが。
「こりゃあ参ったなあ、どうします?せっかくヒーローらしく颯爽とエロかっこよく助けだそうと思って遥々やってきたってのに、骨折り損ですよ。リリス」
「誰がヒーローか、この外道がっ」
「いやいや褒められると照れますね」
「くたばれ外道がっ」
「外道ではありませんよ、僕には高宮天理という非常にエロかっこいい名前があるんですからねっ!」
「いや外道だろうがっ!」
「つっこむところ、そこじゃないです!?」
「だってさぁ……エロかっこいいじゃん、外道くん」
「ん!?……ありがとうございます?」
「嘘よ、ばーか。きもきもいだけよ、あんたなんて」
「ひどくない!?」
「おいそこの二人!」
突然、人ごみを通る声がした。明らかにリリスと天理に向かい掛けられた声は、隠しきれない苛立ちを含んでいた。
犯人探しだろうか。あの聖女救出作戦を遂行してのけた人間を。
「まさか……見つかっちゃいましたかね?」
「違うわ。いつものように、ごまかすわよ」
「いつものって妹バージョンですか?僕としては妹よりも妻といいたいところですがね」
天理は真顔で応え、リリスは顔を赤くした。本気で怒っているようだ。
「痛いっ!」と天理の脛への的確なローキックが決まったところで、彼女は追い打ちをかける。
「このロリコンがっくたばれっ!」
「いやですよ」
「おい、いつまで話してるんだ?」
「ああすみません」
保安官と思しき中年の男が荒い動作で胸の内ポケットから取り出した、身分証を見せつつ、二人に声をかける。
あまり刺激してはいけない、と二人は経験則からそう感じた。
なにより面倒くさいことは嫌いなのだ。
ここで暴れても目立ちすぎる。
「お父さん、娘さんのお名前は?」
「おとっ!?むぐっ!?」
すかさず天理はリリスの口を塞ぐ。
ボロを出す前に。
「リリスです」
(「娘じゃないし!なに普通に答えてんのよ、否定しなさいよ!」)
「かわいいでしょう?自慢の娘なんですよ、僕たち旅をしていましてね。あっとある理由で、というかもう言っちゃいますと出て行ってしまったこの子の母親を探すためなんですけどねーあぁもうそんなことはどうでもいいやーあのですね、僕が言いたいのはこの子の寝顔の可愛さなんですよ。まるで天使ですからね!もうたまらないのなんのって。見ます、なんなら写真見ますっ!?ああ、どうしようかなぁーどうしよっかなぁ!?」
懐から写真を取り出す天理。
「遠慮しておきます、お父さん。……それでは本官はまだ仕事がありますので、これにて」
「ああー見てってよ!ねぇ!」
「ねえ、お父さん?」
「なんだ、リリスちゃん」
「いつあの写真撮ったの?答えによってはローキックよ」
「昨日です……痛っ!?……結局蹴ってるじゃないですか!」
「うるさいわね、あんたが盗撮するからいけないのよ。アタシだってしたいわけじゃないし、それにあんた足くさいわよ」
「関係なくない!?」
「くしゃいわぁ……」
苦悶の表情で鼻をつまむリリス。
「……え、まじで!?」
「嘘よ、口は臭いけど」
「まじで!?」
「嘘よ、騙されんじゃないわよ。ばか」
「よかったあ、お父さん嫌われたかと思った」
「いつまでやってんのよ」
リリスは諦念の混じった溜息をついた。目標を失い、すっかり途方に暮れてしまった。
「さて、どうするかよねえ。お姉ちゃん、消えちゃったし」
「じゃあ結婚しましょうか?」
「却下。帰りましょうか、くらいの軽い感じで言わないでよ、外道」
「次にやらなきゃならないことなら明白ですよ」
「は?」
「あれは高宮の霊術です。しかもかなり高位術師でないと使えないレベルの。とあれば、解はもう出たも同然。エレーゼを救い出した奴の犯人、君もよく知っている人間ですよ?人間とすれば、の話ですが」
君もよく知っている?
ならば――。
「高宮……甚助?」
「ザッツライトですよ、リリス」
「でっでも行方不明になったって!?」
「そうですね、確かに。不運な事故で死んだと思ってましたが……そうですか、生きてましたか」
「嬉しい?」
「最悪な気分ですね」
「……なぜ?」
「高宮一族はですね、死んだ術師の能力を吸収できるんですよ。ある一定の条件をクリアすれば、ね。なーに些細なことですよ。いやぁ生きててくれてよかった」
リリスは蛇に睨まれたようなぞわりとした感覚に襲われた。
ひどい寒気がする。
そうして嗤ったのだ。
天理はこれ以上ないくらいの最大限の冷たい笑みで。
平然と言った。
「これで殺せますからね」
「でも本当に演技うまいですよねリリス。アカデミー賞狙えるんじゃないですか」
「ありがとう、たまにはあんたもマトモなこと言うのね。見直したわ」
「お誉めに与り光栄です、お嬢様」
「くるしゅうないぞ」
「いやぁほんとすごかったですねえ。これは期待できますねぇ。将来は立派な悪女ですね、確実に」
「はあ?」
「ああ、手玉に取られたい」
「気持ち悪いっ!」
「で、いつになったら僕の娘になってくれるんですか?」
「永遠にないわ」
「どうしたらなってくれます?」
「死んでくれたらかしら」
「じゃあ死にますか、ザクッ!」
「……なんでナイフ刺しても死なないのかしら?このビックリ人間が」